二階俊博~安倍と一緒に、はよう去(い)ね!

2017.07.27.17:07

 まず関係のない話を一つ。ヤクルトが14連敗(そんな不名誉な記録で下賤なナベツネ巨人に勝たなくていい!)のあと3連勝、とりわけ昨日26日の勝利は10点差をひっくり返してのプロ野球界20年ぶりの快記録だということで、僕は感涙にむせびました。相変わらずのダントツ最下位ですが、優勝は広島に譲るとしても、勢いに乗れば、ジャイアンツよりは上に行けるかも知れない(元々7連敗ぐらいは平気でするチームなのです)。希望の曙光がほの見える出来事でした。

 それでは本題です。以下は昨日の時事通信の記事。

 自民党の二階俊博幹事長は26日、大阪市内で開催した二階派研修会であいさつし、「自民党がいろいろ言われていることは知っている。そんなことに耳を貸さないで頑張らなくてはいけない」と述べた。
 世論の批判は意に介さないとも受け取れる発言で波紋を広げそうだ。
 二階氏は、政権に疑惑の目が向けられている「加計学園」問題などを念頭に、「いろいろ話題に乗せられたことがあるが、くだらんことは常識外れだから、切り捨てて前を向く」とも語った。
 マスコミ批判も展開し、「いいかげんなことばかり喜んで書く人がいる。われわれも料金を払って購読している。責任を持ってやってほしい」と注文を付けた。
 これに関し、菅義偉官房長官は記者会見で「政府としては常に国民の声に謙虚にしっかり耳を傾け、安全保障や経済再生を前に進めていきたい」と述べた。


 この二階なる人物は、僕の故郷の選挙区のおっさんです。容貌からして暴力団の組長風ですが、あれとボルサリーノハットの麻生あたりが会食してたら、ほとんど日本版マフィアの秘密会談でしょう。「あんなもんしかおらんのや」というのが田舎の人たちの嘆きで、かねて僕が竹中平蔵と並んで「和歌山の恥」にカウントしている人物です。頼まれたわけでもないのに、二人で北と南を「代表」して下さってるわけです。

 去年の6月には、それについては一度このブログにも書きましたが、長男を自分の地元の御坊市長選に立候補させて、ど田舎の市長選にもかかわらず、例のともちんや進次郎まで応援演説に駆り出し、「国政選挙並」の対応をしたにもかかわらず、ダブルスコアで負けてしまうという「ありえない」話で全国的に有名になりました。理由は、その長男が人望ゼロのノータリン(やや古い表現なので解説しておくと「脳足りん」の意味です)で、「あんな粗暴な奴を市長にしたらえらいことになってしまう!」という御坊市民の危機感のなせるわざだったと言われています。

「この親にしてこの子あり」かと、妙に僕はナットクしてしまったのですが、おとっつあんのこの発言なんか見ると、むべなるかなと、誰でも思うのではありませんか? その「ありえない落選」関連の記事では「二階王国の落日」は間近で、参院の世耕弘成が衆院へ鞍替えしそうだなどと書かれていましたが、この世耕にしてからが、見た目は割とスマートながら、人も知る安倍の腰巾着の一人で、一体人を見る目をどこにつけているのだと言いたくなるような御仁なのです。彼は世襲議員なので、同じ世襲同士、安倍とはウマが合ったんでしょうかねえ…。

 話を二階に戻して、それがまた、こんなアホなこと言ってるわけです。「ほんま、やっとられんわ」とはこのことです。タイトルの「はよう去ね」というのは方言で、これはまだけっこう各地で使われているようですが、「とっとと帰れ」の意味です。古文の「いぬる【往ぬる/去ぬる】」がまだ生きているわけで、僕の祖母などは「夜中に突然目が覚める」という意味で「おどろく」を使っていたほどなので、高校の古文の授業で習ったときも、「そんなの、元から知っとるわ」と思ったほどでした(だから子供たちは方言を馬鹿にしてはいけないので、意外と由緒ある言葉だったりするのです)。

 こうした「二階語」は、いちいち論評するに値しない愚劣なものですが、そこに表明された“感覚”ほど今の政治の劣化を端的に物語るものはないでしょう。自分に不都合なことは「くだらんこと」「いいかげんなこと」と全部「切り捨てて前を向く」というのは、権力は「もった者勝ち」で、それを身内とお友達の利益のために使おうが、民主主義的なプロセスを無視しようが、立憲主義を破壊しようが、勝手だろうがと言っているのと同じだからです。

 これはヒトラー時代のドイツの状況を想起させます。周知のとおり、ナチス政権は「近代民主憲法のお手本」とされるワイマール憲法下で出現しました。彼はえげつないまでのプロパガンダと謀略によって政敵を次々葬り(その象徴とされるものが自作自演を疑われる「国会議事堂放火事件」で、ナチスはこれを「目の上のたんこぶ」共産党をのしわざと決めつけ、叩き潰すのに利用した)、その後「全権委任法」なるものを成立させて、独裁体制を確立したのですが、これは「おまえらがいったんオレを選んだ以上、何をしようとも文句は言うな」ということだったのです。それによって憲法は完全に空文化した。

 幸いなことに、安倍政権のメディア操作は読売に「前川風俗通いスキャンダル」を書かせたあたりで猛批判が起きて機能しなくなりましたが、それまでどんなえげつないことをやってきたか、記憶力のいい人は憶えておられるでしょう。高市「電波発言」なんてものもありましたが、安倍に批判的なニュースキャスターや番組は官邸発の「上からの圧力」でほとんどが姿を消した。最近はスクープ連発で元気を取り戻してきた朝日なども、一時は例の「従軍慰安婦誤報問題」で叩きに叩かれ、虫の息だったのです。

 一方で「安倍政治の正義、素晴らしさ」を喧伝する日本会議系の御用メディア、御用文化人・学者は露出が目立った。それにロクな奴がいないのは、百田尚樹、高橋洋一なんか見てもよくわかるのですが、なかでも笑えたのは、TBSワシントン支局長なる肩書をもつ山口敬之でした。彼は有力安倍応援団の一人である見城徹が社長を務める幻冬舎から『総理』『暗闘』という二冊の露骨な安倍ヨイショ本を出したのですが、一時はテレビに引っ張りだこだったとか。ところが、例の詩織さんレイプ事件で信用失墜、逮捕目前で安倍の忠犬として有名な警視庁の中村格刑事部長の横槍が入って、逮捕を免れていたということまで発覚したのです。

 敵はどんな卑劣な手を使ってでも潰し、味方はどんな汚い手を使っても助ける。安倍のヤンキー政治家としての面目躍如ですが、彼のやることにはどこにも「公正さ」「透明性」「デュープロセスの遵守」なんてものはないのです。省庁幹部の人事を官邸が決めるのみならず、内閣法制局長官からNHK会長、日銀総裁、さらには最高裁判事の人選まで自分の思うままにしようとし、それによって「忖度政治」を行き渡らせる。安倍が何より嫌うのは、自分に批判的なことを言う人間、幼稚な自分を「無条件に受容」してくれない人間です。この「無条件の受容」という言葉はカウンセリングでよく使われる言葉で、子供の頃それを十分経験しないと病んだ人間になると言われているのですが、強い自己不全感を引きずる幼児人格の彼は、六十を過ぎてもなお、それを周囲に求めてやまないのです。

 安倍は精神科医かセラピストの長期にわたる治療を要するレベルの病人です(彼の腸の持病も、半ば心因性のものでしょう)。だから僕は危険だと言っているのですが、彼の「改憲妄想」もそこから発している。もしも彼の好きにさせれば、彼は現行憲法を全面廃棄し、「権力を縛る法」ではなく、独裁を可能にする「国民を支配するための法」をつくるでしょう。それは無理だからというので、中途半端なことを言っているにすぎません(それでも、盗聴法や共謀罪はそのための布石にちゃんとなっているのですが)。時代錯誤の彼の国家主義は、彼内部の病的な自己不全感と関係している。よく彼が口にする「国民の安全」など、彼の関心には入っていないのです。彼がほしいのは「祖父の岸信介ですらなしえなかった改憲を果たした政治家」という評価であり、幼児的な全能感を味わえる「総統」的な、国民の全面服従が実感できる体制なのです。

 この期に及んでもまだ彼は「加計学園問題の何が問題なのか」わかっていないという話ですが、それは彼の幼児人格を考慮に入れないと理解できない。じっさい、彼はイエスマン体制の何が悪いのか、忖度、情実政治の何が悪いのか、立憲主義の否定がどうして問題視されるのか、わかっていないのです。過保護の小学生がいきなり総理大臣になるとどうなるか、そのあたりから想像して初めて合点が行くのです。出来の悪かった彼はお勉強を怠けたのみならず、通常なら人格形成のプロセスで自然に身につく社会性も欠落したままなのです。

 安倍は一応、法学部政治学科なるものを出ています。ふつうならそこでさっき言った「デュープロセス(due process of law 法に基づく適正手続の保障)」なんかも習うのですが、そういうことの意味や重要性が何もわからないまま、卒業したのです。加計学園問題など、前川・前事務次官が繰り返し指摘しているように、まさにそこが無視されているわけですが、それが法治国家の否定に直結するものであるということが、この小学生にはどうしても理解できないのです。

 それは二階俊博についても同様で、こんなこと言うぐらいだから、どうせ学歴なんてものはない叩き上げの政治家なのだろうと思って調べてみたら、何と中大法学部を出ているのです。今は落ち目とはいえ、彼の時代の中大法は難関です(政治学科の方だからいくらか見劣りするとしても)。

 しかし、考えてみれば、安倍の寵愛ただならぬ防衛大臣のともちんなんかも法学部(不快なので、どこのとは書きません)の出身で、司法試験にも一応受かっているわけだから、それであれだけの「失言」連発とは呆れてものが言えないので、要するに単位を取ったり、試験に受かれば、そういうのは用済みになってしまうのでしょう。よく法学部の受験案内などには「リーガル・マインドの養成」なんて書かれていますが、全然そんなものは「養成」されていなかったりするのです。

 二階に話を戻しましょう。こういうのが今の自民党では派閥の長であり、幹事長の要職まで務めているのだから、末期症状と呼ぶほかないのですが、安倍の幼児人格が伝染したのか、こんなのばかりになっているのは驚くべきことです。二階は元々田中角栄仕込みの典型的な利益誘導型土建政治屋、ゼネコン政治家です。「日韓友好活動家」である点など、安倍とは違うところもあるのですが、公私混同はお手のものなので、そこらへん、安倍の「忖度政治」には何ら違和感をもたないということなのでしょう。幹事長抜擢への「恩義」もある。元々が理念ではなく、「情実」で動く古いタイプで、それが奇妙な具合に今の安倍政治とマッチしたのです。そう理解すれば、上の記事のたわごともよくわかる。

 民進党はあのていたらくだし、安倍を退場させてもこれでは絶望的だなと思っていたら、八月号の文藝春秋に「安倍が自民党を劣化させた 自民ベテラン議員・村上誠一郎の諫言」という記事が出ていて、これが「よくぞ言ってくれました」というようなレベルの高い議論で、読んで僕は感心しました。皮肉なことに、村上氏は加計の獣医学部ができる愛媛県の選出議員で、今治市は自分の選挙区だという。しかし、尤もな理由を挙げつつ、明確な反対を表明しているので、説得力は十分です。あの加戸・前愛媛県知事の賛成論とはレベルが違う。まだお読みになっていないという方はぜひお読み下さい。自民党にもまだこういう冴えた人は「かろうじて」ですが、残っているのです。

 現政権下ではむろん、こういう政治家は「絶滅危惧種」とならざるを得ないので、一刻も早い安倍退陣が望まれるのですが、和歌山の二階の選挙区の人たちも、こういうのを当選させ続けることは国家のためにも地域のためにもならないから、次の選挙では二階を落選させるために何らかの手立てを講じるべきでしょう。二階はおそらく、世襲を考えているはずで、長男が先に見たように馬鹿でどうしようもないとすれば、次男か三男かをいずれ後継に立てるつもりでいるでしょうが、それも阻止して、しがらみのない政治家を国政に送った方がいい。こんなたわごと政治家の息子なら、どのみちロクなことにはならないのです。

 最後に、「忖度政治」の恐ろしさについて述べた本があるので、かんたんにご紹介しておきましょう。ティモシー・スナイダー『暴政』(池田年穂訳 慶應義塾大学出版会)という、新書版の薄い本です。原題は On Tyranny : Twenty Lessons from the Twentieth Century で、著者はホロコースト研究や近代ナショナリズム研究で有名なアメリカの歴史家で、名門イェール大学の歴史学教授です。

 これの第一章が「忖度による服従はするな」で、まるで今の日本のために書かれた話のようになっているのです。「おそらく、世の新体制なるものも、あれやこれやと手を尽くして市民たちに直接影響力を行使する、そんな手段を当初は持っていませんでした」と著者は述べて、1932年のヒトラーでも、1946年のチェコの共産主義者のケースでも、「どちらの例においても、十分な数の人間たちが自発的に新たな指導者に精一杯の献身をしたからこそ、ナチスも共産主義者も同じように、『自分たちは速やかに完全な体制変革に勧めるのだ』、そう気づいてしまった」のだと続けるのです。「熟慮を欠いた服従という初めの行為があったので、次の段階では後戻りできないものとなってしまったのです」と。

 要するに、ヒトラーは一人であれほどの残虐行為、破壊行為ができたわけではない。上の意向を下が「忖度」して、それが拡大、エスカレートするうちに、それは上の者が望んだ以上に徹底した、恐るべきものになってしまったわけです。著者はここで有名な「ミルグラム実験」のことにも触れていますが、安倍一強体制と呼ばれるものの中で進みかけていたことも、まさにこれなのです。今となっては幸いなことに、その「忖度政治」「忖度行政」が「もり・かけ問題」という予期せぬ副産物を生み出し、「待てよ…」ということで世論のストップがかかった。マスメディアも正気を取り戻したのです(産経や読売は除き)。本丸の戦前回帰的な国家システムへの完全な改造へと進む前に、それと比較すれば軽微な問題で躓きを見せたのです。僕が繰り返し言っている「安倍政治の真の危険性」は後者にあります。それが考えすぎだとか、「印象操作」だと言う人は、直観力が鈍いとしか思えない。

 第二章の「組織や制度を守れ」もまさにどんぴしゃりの議論なのですが、こうして書いていけばキリがなくなるので、興味のある方は直接お読み下さい。要するに、民主的なシステムというものは、自動更新で機械的に維持されるものではなく、それを守る明確な意識と努力が人間の側になければ、形骸化し、崩壊してしまうということなのです。そのあとには僭主政治家の暴政がやってくる。「まさかそこまではしないだろう…」というような「良識に基づく希望的観測」に頼ると悲惨な結果になる。今の日本人にはとくにこれは必要な教訓でしょう。平和ボケしすぎているからです。

 一つ一つが短いので、これは塾の英語教材にも使えるなと思って、僕は原書のペーパーバックも注文しておいたのですが、実際これは大学入試問題にも使えそうなので、出題するところがあるでしょう。三年ほど前、僕は東大の国語の入試問題も当てたほどなので、その本を読ませた生徒は結局東大ではなく京大を受験したので、直接役には立たなかったのですが、難関大を受験する生徒たちはとくに、マークしておいた方がいいかもしれません。まあ、すでに訳が出てしまっているので、それを考慮して外すかもしれませんが。

 それでは、仕事の時間も近づいてきたので、今日はこのあたりで。

そんな言い訳、通ると思ってるのは安倍本人だけ

2017.07.25.16:19

 ほんとにこの男は馬鹿だなと、認識を新たにしました。衆院予算委員会での集中審議の答弁についてです。以下は、昨日のニューズウイーク掲載の「安倍首相、加計問題の便宜指示否定『申請知ったのは今年1月』」という見出しのロイター記事からの引用。

 安倍首相は冒頭で「私の友人が関わる問題であり、国民からの疑念ももっともだ。今までの答弁でそうした観点が欠けていたことは率直に認める。国民目線で丁寧に説明したい」と述べた。
 その上で「加計氏から、私の地位を利用して何かを依頼してきたことは一度もない。獣医学部新設について働きかけは全くなかった」と述べた。さらに「国家戦略特区諮問会議で岩盤規制の打破をスピード感を持って進めるよう言ってきたが、個別の指示は全くしていない」として、加計学園に便宜をはかったとの疑念を否定した。
 首相は「加計学園が今治市で獣医学部新設を申請していることを知ったのは今年1月だった」と述べた。それ以前から国家戦略特区諮問会議での議論について申請は自治体単位であり、「今治市についても事業者は決まっていなかった」と説明、具体的な説明は聞いていなかったと述べた。


「何かを依頼してきたことは一度もない」「働きかけは全くなかった」と否定に躍起のようですが、しょっちゅうゴルフ・会食を共にしていれば、そこは「阿吽(あうん)の呼吸」というわけで、いちいち「お願い」しなくてもわかるのがふつうでしょう。ましてや、前にも書きましたが、この加計孝太郎という御仁は法律関係にはよく通じていて、下村博文へのパーティ券代金取り集めの一件を見ても、「自分は献金していない」ということがアピールできるように手の込んだやり方をしていて、「この方面の裏がよくわかっている、ダークを絵に描いたような政商だな」と感心させられるのです。仲のいいお友達なら、言われなくても察するでしょう。直接「言った」とか「聞いた」とかが問題なのではない。森友の件でも、この加計の件でも、菅野完氏がいみじくも命名した「全自動忖度機」をフルに活用して不正を働いた、そのことが問題なわけです。

 だから釈明にも何にもなっていない。安倍の非常識さと頭の悪さがよくわかるというだけの話です。似たもの夫婦とはよく言ったもので、アッキーとおつむのレベルが一緒です。

 それでも、「『加計学園が今治市で獣医学部新設を申請していることを知ったのは今年1月だった』と述べた。それ以前から国家戦略特区諮問会議での議論について申請は自治体単位であり、『今治市についても事業者は決まっていなかった』と説明、具体的な説明は聞いていなかったと述べた」というくだりは、完全な嘘でしょう。法廷弁論的に言えば、それは「ありそうもない話」なのだから、その「ありそうもない話」が仮に真実だったというのなら、その証拠を示す「挙証責任」が安倍にはあるのです。

 支持率は毎日新聞が22、23日に行った世論調査ではついに26%になり、「6月の前回調査から10ポイント減。不支持率は12ポイント増の56%」だったという話ですが、支持と不支持が逆転したのみならず、実に30ポイントも差がついたわけです。お粗末の見本のような彼の国会答弁でその流れが変わるわけはない。

 安倍は「腹心の友」の心中を忖度、安倍の取り巻きは首相の心中を忖度というわけで、不明朗そのものの「忖度政治」が安倍政治の核心だったわけです。リテラなんかは「ともちんラブ」という言葉で揶揄していますが、同じネトウヨ仲間で、いい年こいたつけまつげ女の色香にそんなに弱いのかと言いたくなるような稲田かばいも完全に裏目に出た。今度の内閣改造ではついにそのともちんも切るようですが、「女性の活躍」をアピールするために「八紘一宇」の三原じゅん子を今度は入れるのだとか。自らとどめを刺すために同じネトウヨのぶりっこを入閣させて、仕上げの「失言」を誘発しようとは、実に念の入った話です。

 いずれにせよ、退陣は秒読み段階に入ったわけで、僕もここの「政治」コーナーの記事を減らせるかと、大いにほっとしています。最初は「そんな大げさな」と言う人が多かった「安倍はオウムの麻原より危険」という主張も、誇張ではないと思う人が増えたようだし、憲法改正に突っ込む前に彼を追い払うことができそうだという見通しは、僕の心の重しをだいぶ取り除いてくれました。むろん、退陣するまで、書き続けますけど。

 ちなみに加計の獣医学部、最終審査はまだのようですが、開学しても確実に失敗しますよ。先に「今治市長が加計学園の申請に対し、審査も何もないまま、即日決済で96億円の補助金支出を決定」というのが大きなニュースになっていましたが、建設費の坪当たり単価が異常に高くなっているのが同時に問題視されているのです。それだと「公金横領」に等しいが、それでもなお赤字になる見通しなのです。

 先頃の週刊文春の記事によれば、加計の大学でかろうじて黒字なのは岡山理科大だけ、他は千葉科学大も倉敷芸術科学大も慢性定員割れで、数億ずつの大赤字。岡山理科大の黒字も新設のこの学部で消えてしまうことになるだろうと見られているのです。

 それでなくとも地方私大の定員充足率は低い。少子化の進行で、それは深刻化する一方なのです。「獣医だから大丈夫」というのは甘いので、開学前にこれほど不名誉なことで有名になれば、高校や塾、予備校などの良心的な教師が生徒に受験を勧めることはまずありません。政治家先生たちはご存じないのかもしれませんが、受験相談に応じる側のそうした対応が及ぼす影響はものすごく大きいのです。そうすると、当初定員割れだけは免れても、学生のレベルは目立って低くなる。詰め込み受験教育で獣医師国家試験の合格率は他学並を何とかキープしたとしても、それは「試験用学力」にすぎず、「中身に問題がある」ということで就職差別されることにもなりかねないのです。六年間の学費だけでも1500万近く、これに下宿代・生活費を加えれば、その倍近くの費用を見込まねばならず、それに見合った待遇が卒業後に期待できるわけでもないとなれば、そんな費用を喜んで出す親がどれだけいると思いますか? ふつうにシュミレーションしてみれば誰にでもわかることです。

 安倍とその取り巻きたちの言う「岩盤規制の突破」なるものは、全くのナンセンスです。少子化が深刻化する一方のこのご時世に、新たに大学を増やす必要など全くない。家畜の伝染病対策がどうのというなら、それは既存の大学の設備・教育・定員を拡充させれば足りる。そちらの方が使う税金も少なくて済むし、効果も期待できるのです。規制緩和論者の言う「規制は悪」の思想は、それが正しいかどうかはともかく、「規制が経済発展の足かせになっている」ということでしょう。ところが今回の加計問題の場合、政商もどきの私学理事長が目論んだ獣医学部新設は、補助金や私学助成金を自治体や国家からいかにして合法的にせしめるかにあって、自治体や国家財政の負担を増やすほかに取柄のないものなのです(同じ認可をするのなら、京産大の獣医学部の方が、大学の信用から言っても、計画書のレベルから言っても、ずっと成功の確率が高く、マシだったでしょう)。要するに、お荷物を増やすためだけの「規制緩和」なのです。そこに規制緩和論者の言うような「正義」はない(加戸・前愛媛県知事の言い分が論理の逆立ちになっていることについてはこの前書きました)。

 同じ文春に加計学園の教職員アンケートの結果が載せられていましたが、ほとんどが獣医学部新設に反対している。良心的な教育者で、現実的なシビアな目をもつ人なら、それは当然でしょう。教育機関の成功は、そこで行われている教育の質・内容の充実への努力にかかっています。それをなおざりにした拡張路線が成功することはほぼ100%ないのです。

 今後は国立大でさえ倒産しかねない時代です。まともな大学はかなりの危機感をもっている。去年、近畿地方の某国立大に推薦で合格した生徒のケースでこういうのがありました。本人は電気自動車の開発が夢で、工学部に入学したのですが、入学前に「宿題」が送られてきて、これが入門レベルの専門書の大量コピーで、それをいついつまでにここまで訳して提出しろということだったのですが、自分で調べてもわからないところは教えるよと言っておいたので、そこは質問に来たのですが、僕が驚いたのは、大学受験生にはそれはかなり難しいものであるだけではなく、「この前送った分が添削して返却されました」というのでそれを見たら、びっしり細かく朱が入っている。ほぼ無傷なのは先生に教わったとこぐらいですと生徒は笑っていましたが、推薦入学の生徒一人一人に対して、ここまで細かい指導をしているのかと、そのことに驚いたのです。今は推薦合格者に課題を課すのはふつうですが、こういうことをするのは大変な手間です。しかし、今の大学はそこまでやり、後でお母さんから聞いた話では、入学後の語学教育、TOEIC対策などもかなり徹底している。専門にはむろん力を入れているわけで、学生の力を伸ばそうと一生懸命なのです。いい大学でよかったですねと言うと、お母さんも満足そうでした。

 こういう大学側の地道な努力が評判を高めることにつながるのは確実です。げんに僕は感心したからこれを書いているわけで、そうした善き評判はじわじわと広がってゆくから、こういう大学が潰れることはないだろうと思います。「酒の飲み方も汚い」(文春記事)という加計の理事長はそうした大学の爪の垢でも煎じて飲めばよいのです。加計学園の中にも良心的な教育者はいるでしょうが、トップがこれでは、そうした地道な教員の努力に泥をかぶせるのと同じなのです。

 方向を間違えたおかしな「やり手」二代目理事長が学園を潰す。そうならないという保証はどこにもないので、加計学園の関係者は「解任動議」でも出して、彼を追放してしまった方がよいかもしれません。全くもって、安倍のお友達というのはご立派な人ばかりです。

「加戸」証言で「加計」認可正当化はどだい無理だという話

2017.07.20.16:00

 自民、民進両党は19日、学校法人「加計学園」の獣医学部新設計画をめぐる安倍晋三首相出席の予算委員会集中審議について、衆院は24日、参院は25日にそれぞれ5時間ずつ開催することで合意した。両党が対立していた衆院予算委での質問時間の配分は、与党が1時間半、野党が3時間半と「与党3割、野党7割」で決まった。
 自民党の小此木八郎、民進党の笠浩史の両国対委員長代理が19日、断続的に協議し、確認した。
 参考人については「互いに呼びたい人を招致する」ことで一致した。民進党は獣医学部新設を促したと指摘されている和泉洋人首相補佐官と「行政がゆがめられた」と主張する前川喜平前文部科学事務次官、自民党は「ゆがめられた行政がただされた」と文科省の過去の対応を批判した加戸守行前愛媛県知事らをそれぞれ招致する。(産経新聞7.20)


 この記事の「加戸守行前愛媛県知事」は安倍にとってほとんど唯一と言ってよい「頼みの綱」で、同じ産経が喜色満面でインタビュー記事を載せています。

加戸守行前愛媛県知事インタビュー「四国4県ともとにかく獣医がほしいんだ!」「さすが民主党と思っていたら…こん畜生!」

 これ、見出しにしてからが紛らわしく、最後までお読みになればわかりますが、「さすが民主党と思っていたら…こん畜生!」は、「お笑いだけど、民主党政権がひっくり返って、今度は自民党政権に戻ったら進まない。こんちくしょう、と思ったよ」なのです。民主党政権に働きかけて、それでうまく行きそうだと思ったら、「今度は民主党が民主党獣医師議連を作ってしまった」りして、邪魔が入りかけたところで、自民に政権が戻り、すると話が進まなくなってしまった。今の安倍政権が強力プッシュするまでは、という話なのです。

 この前知事の「証言」、お世辞にも明快とは言いかねるのですが、それを整理すると、こういう話です。僕が話をねじ曲げているかは、記事と照らし合わせてご判断下さい。

 まず、今治市には初めから獣医学部新設に対する「熱い思い」があったわけではないということです。「都市再開発の構想が十何年も眠っていたまま」で、「高等教育機関を引っ張ってきて学生の街にしよう」という「都市学園構想」が浮上、「地元の松山大学が手を挙げて進めたが、経営学部の設置構想もできた段階で学内の左翼グループ教官の猛反対にあい、潰されてしまった」という前史があったのです。「学内の左翼グループ教官の猛反対にあい、潰されてしまった」という理由が、前知事の主観によるものか、客観的事実なのかは知りませんが。

 そこに、某県議が加計学園の獣医学部新設の話をもってきた。それに知事は「飛びついた」というのですが、「少子高齢化に悩む今治市にとってみれば、若者が来て、街が活性化すればよかった。ただ、愛媛県は学園都市よりも獣医学部が欲しかった。獣医師が欲しい、感染症対策をやってもらいたい、という思いだった」という話にすり替わってゆく。

 どうして「すり替わった」なんて言うのかといえば、「獣医学部」という話を聞いて、「愛媛県は学園都市よりも獣医学部が欲しかった」と思ったと言うのは、順序がヘンだからです。獣医学部を作ってくれる大学はないかというので必死に探していたら、加計学園が手を挙げた、というのなら話は分かりますよ。そうではないのだから、この前知事の話は眉に唾をつけて聞く必要があるのです。

 この前知事も加計学園から鼻薬をかがされていたのではないか?というのは邪推のしすぎかもしれませんが、常識的に考えてヘンだとは誰でも思うでしょう。ま、その「疑惑」はさておき、前知事のおしゃべりをしばらく拝聴しましょう。

 私の知事時代には鳥インフルエンザが発生し、米国では狂牛病が発生した。22年には口蹄(こうてい)疫が発生したが、獣医師が足りず大わらわだった。
 調べると、県庁への志望者が不足しているゆえに公務員獣医師を採用できない。そのため、鳥インフルエンザや狂牛病やらで獣医師が手いっぱいなのに人手が足りないのだ。
 しかも、愛媛県だけでなく、四国4県すべてがそうだった。定年の人にも定年延長して残ってもらって、悲鳴をあげている状態だ。農家が牛や豚が病気になったら頼りにする家畜衛生試験所の技師も獣医師だが、そこも人が埋まらない。
 調べてみたらなんてことはない。獣医学部の入学定員は、神奈川県以東が8割、岐阜県以西が2割となっている。私立大学のほとんどは東京にあり、圧倒的なシェアを持っている。
 だから、こっちで獣医学部を作るものなら、学生を奪われることになるから、「俺たちの縄張りを荒らされる」と反発するわけだ。


 加計学園の獣医学部構想の話を聞いてから、知事さんは俄然熱心になり、あたかも昔からそれを考え続けていたかのようになったのですが、「こっちで獣医学部を作るもの(ママ)なら、学生を奪われることになるから、『俺たちの縄張りを荒らされる』と反発するわけだ」なんて、そこらのおっさん並の憶測にすぎません(私学であっても、伝統ある獣医学部が田舎の新設大に学生を奪われるなんて、ありえませんよ)。それなら地元の農学部のある国立にそれを作った方がいいのは、学費の点を考えても明らかです。私大の獣医学部の初年度納入金は大体250万程度、次年度以降も年額200万を下回ることはありません。国立なら初年度約82万、次年度以降は54万です。これは薬学部平均より高い。そして医学部と同じ六年制なのだから、貧しい地方の一般家庭にはしんどい。勢い、東京を初めとする大都市の富裕層の子弟が増え、彼らは卒業して獣医師資格を取得すると帰ってゆくでしょう。地方の国立医学部ですら、他学部と較べて大都市圏からの入学者が多く、地元の医師不足が解消されないと嘆いているのです。だから地域枠推薦制度なんてものを作ることになった。

 だから、加戸前知事の主張はほとんどナンセンスなのです。それで四国に獣医師が増えるという保証は何もないのだから。日本獣医師会は獣医は全体として足りていると言います。ペットの数も減っているし、畜産業も衰退しているから、全体として獣医需要は減少しこそすれ、増えてはいないのです。待遇が悪いから居つかないだけ。鳥インフルエンザや口蹄疫などの伝染病対策は重要でしょうが、質の高い獣医教育を行うには教員が足りていないという問題もある。率直に言って、160人もの大定員の加計獣医学部に、それに見合った質と量の教員が確保できているのかどうかは大いに疑わしいので、設備だけ新ピカでも、そちらが揃わなければまともな教育はできないのです。例の「獣医学部新設の4条件」は加計学園の認可のためにどこかへ行ってしまったわけでしょう? いい加減な話です。

 だから、次の言葉など、デタラメそのものだと言えるでしょう。

 国立大学はかなり充実した教育をしているが、1つの大学でも30人程度しか養成していない。獣医師不足を解消するには、獣医師をもって来る、しかも私立大をもって来るしかないとなった。

 ヤブでも何でもいいから、手っ取り早く獣医を増やせ、そしたら他では雇ってくれないから、地元に居着くだろう、みたいにしか聞こえないので、しかし、そんなヤブ獣医、ものの役には立たないでしょうよ。「しかも私立大をもって来るしかないとなった」は意味不明ですが、良心の欠落した私立学校経営者なら、「教育の質」にはこだわらず、大量養成してくれるからいい、ということなのでしょうか? しかし、すでに見たように、高い学費を支払えるような親は四国あたりには少ないから、卒業後地元に残る者は少なくなる。現実政治家としてそのあたりのことも考えていないというのは、いかがなものでしょう?

 安倍は「岩盤規制をぶち破るためにやった」と説得力のない主張を繰り返しているわけですが、この前知事も同じことを言います。

 加計学園の話が来て、四国4県の知事が連名で「四国に獣医学部を作ってくれ」「認可してくれ」と動いたわけだ。
 すると“壁”にぶちあたった。今度は獣医学部の定員を増やせないという。僕らは怒って「もし、薬剤師や医師や看護師は8割を東京で養成して、関西で2割しか入学定員がなかったら、暴動が起きるよ」と言ったら、ケンカが始まっちゃった。
 ところが、構造改革特区で申請してもはねられ、文部科学省に行っても「農林水産省がうんといわない」、農水省に行くと「いや、獣医師会が反対で」と言う。
 これまた、なぜなのか調べてみると何てことはなかった。日本獣医師会の政治団体「日本獣医師連盟」が自民党の獣医師問題議員連盟に政治献金し、パーティー券を買っていたんだ。


 正体見たり、既得権益!というわけです。巨大な「圧力団体」としての日本獣医師会が自民に献金し、行く手を阻んでいる…。そういう図式ですが、獣医師会にそれほどの力があるのなら、全体に獣医の待遇はもっと良くなっているでしょう。

 また週刊文春が都議選の直前、加計学園の秘書室長が元文科相の下村博文に200万円分のパーティ券の売却代金を届け、報告書への記載を怠っていたというスクープ記事を出しましたが、あれなど、巧妙にも加計自身は「購入」せず、とりまとめ役を行っていただけ、というだけになおさら、怪しさは募るのです。獣医学部新設で大活躍したと伝えられる萩生田が落選中、加計の千葉科学大で客員教授のポストをもらい、苦境を救われていた、なんておまけもある。安倍自身もしょちゅう加計理事長にはおごってもらっていたわけです。日本獣医師会の献金は、この手の各種業界団体には「ふつう」のことでしょうが、加計のこちらは「ふつう」とは言えない。

 むろん、当時の愛媛県知事はそういうことはご存じなかったのでしょう。このインタビューを受けた頃も、下村の件はまだ知らなかった。知ってても、次のように言うくらいだから意に介さなかったかも知れませんが。

 安倍晋三首相と加計学園の理事長が友達だと知ってたら、直訴してでも10年前に獣医学部を作ってますよ。安倍首相に「あんた、加計学園の友達でしょ。やってくださいよ」って。50年も東京の私学を守るために、獣医学部を地方に作らせないなんてふざけた話があるのかって直談判してましたね。

「加計学園の友達」だから認可しろって、ムチャクチャな話ですが、「われに正義あり」とこの御仁は思い込んでいるから、そんなことは気にしないのです。地方の獣医学部新設を認めないのは、「東京の私学」と日本獣医師会、その献金を受けている議員連中、そして農水省、文科省がグルになった既得権益団体の「岩盤規制」のせいだと信じている。自分自身、加計の獣医学部構想を聞くまでは、べつだんそんなことに関心はなかったのでしょうが…。

 もう一つ、付け加えておくと、産経は「民進またまたブーメラン」なんて冷やかし記事をよく書きますが、この記事にもその意図があるようです。

 21年に民主党政権になって、愛媛で白石洋一氏が民主党から衆院議員に当選した。彼に「自民党ができなかったことをやれば民主党の点数が上がるぞ」って言って、一緒に文科省に陳情に行った。彼が四国の議員らに声をかけてくれて、獣医学部を作るべきだと国会質問もやってくれた。
 そしたら、今までは構造改革特区で「対応不可」だったのが、鳩山由紀夫政権の終わりの頃には「実施に向けて検討」となった。
前に進んだよ、さすが民主党、と思っていたら、今度は民主党が民主党獣医師議連を作ってしまった。日本獣医師連盟は玉木雄一郎衆院議員(現民進党幹事長代理)に100万円の献金したとか…。お笑いだけど、民主党政権がひっくり返って、今度は自民党政権に戻ったら進まない。こんちくしょう、と思ったよ。


 産経はお得意の論法で、「民進の議員が元は加計の獣医学部新設のために運動していた。なのに、今は安倍政権攻撃に使っている。しかし、こうした過去を振り返れば、それはまたしてもブーメランなのだ!」とやりたいのです。

 しかし、いいかどうかはともかく、地方選出議員がその地方への利益誘導のために熱心に運動するのはありふれたことです。そしてそれが正常なプロセスを踏んで成功した場合には、一応は問題ない。今回問題なのは、安倍政権がそのプロセスを加計学園認可のために大きく歪めた、ということです。森友の件でもそれは同じなので、常軌を逸した「戦前回帰」教育を首相夫妻が賞讃し、とりわけ妻のアッキーは熱心で、100万寄付したのみならず、国有地格安払い下げや、小学校新設スピード認可を後押しした。籠池元理事長が言うように、明らかに「神風が吹いた」のです。森友では妻のアッキーの関与が大きく、加計では夫の晋三の関与が大きかった。僕が「韓国並の情実政治への堕落」だというのは、そこのところです。

 加戸守行前愛媛県知事の言い分は、すでに見たとおり、ご本人の主観によるところが大きく、説得力には乏しいと僕には思えます。が、それを論破するのは野党の議員先生たちの仕事です。今までの自民では駄目だったのに、安倍政権では進んだ。これは「岩盤規制打破」の「革新的」な安倍政権の手柄だ、と彼は主張しているわけですが、その「規制」には確たる理由があって、必ずしも規制が悪いとは言えない。そもそも加計の獣医学部新設で四国の獣医師不足が解消する保証は何もないのだし、安倍のその「岩盤規制打破」がたんなる名目上のもので、お友達への「便益」をはかるのが裏の真の目的だったという見方を崩すには、前知事の話は根拠薄弱であるということを示せばよいのです。

 それはそんなに難しくないでしょう。今度の集中審議でこの腐れ政権にとどめを刺してくれるよう、僕は期待しています。これ以上、こういう程度の低い政権に悩まされているゆとりは今の日本にはないはずです。早く安倍を退陣させて、先に進みましょう。

トランプと安倍の「不人気」競争

2017.07.18.14:26

 退陣までにどちらがより多く支持率を下げるか、という競争になってきたようです。最新世論調査の結果は以下の通り。

・トランプ 支持=36%   不支持=58%(ABCニュース/ワシントンポスト 10~13日)
・安倍  支持=29.2%  不支持=54.5% (報道ステーション 15~16日)

 トランプのこれは、「歴史的記録」だそうで、就任6か月後の支持率としては、1975年2月にフォード大統領が記録した39%がこれまでの最低だったとのこと。それを楽々「突破」したのです。しかし、彼は例によって強気で、almost 40% is not bad at this time(ほとんど40%近いのだから、この時期としては悪くない)とツィートしつつ、この調査自体が the most inaccurate poll(最も不正確な世論調査)だと非難しています。つまり、トランプによれば、こういうのもフェイクニュースの一つなのです。

 塾の英語教師としては、38~9%ならともかく、almost の用例として、こんなのあるかな?(しかも今後さらに下がることが予想される)と思ってしまうのですが、大胆な「四捨五入」も almost のうちにしてしまうところが、いかにもトランプ流なのです。

 片や安倍はどうか? 2割台の支持率はこれで2度目ですが、同じ時期に行われた共同通信の世論調査では、支持は35.8%、不支持は53.1%でした。「第2次安倍政権発足後最低」は同じですが、支持率はまだ3割台あって、トランプのそれとほぼ(almost)同じなのです。トランプの場合は新たにジュニアの関与が明らかになったロシア・ゲートと、メディカルケアの問題、安倍の場合は「もり・かけ」問題ですが、どちらも根底に「人物が信用できない」があるところは共通しています。これは致命的で、「人間として信用できない」と思われてしまえば、政策がどうの、内閣の顔ぶれがどうのといったことでは、支持率が元に戻ることはまずありません。

 尤も、トランプの場合は大統領就任時から元々支持率は低かった(大統領選の得票率それ自体はヒラリーが上回っていた)ので、その意味では「やっぱり」という感じで、ダメージはその分小さいと言えますが、安倍は下がり方が極端で、「首相が信頼できない」が不支持理由のトップに来るようになったことからしても、事態はいっそう深刻です。ここ数日は、国民を悪く刺激しないようにと、鳴りを潜めていて、そうすれば自分に対する悪感情も薄れ、内閣改造で「変わった」ことをアピールすれば、支持率も4割台に戻せるだろうと計算しているのでしょう。都議選では「歴史的大敗」を喫したが、国政レベルでは、都民ファーストに匹敵するような人気野党は存在しない。民進の支持率は、これほどの政権不人気にもかかわらず、自民と一緒に下がっているほどなのです。国会審議中は民進の不人気を意地悪く何度も揶揄していた彼ですが、今ほど「弱い民進党」を有難く思ったことはないでしょう。政権がまだもっているのは、全くもってそのおかげなのです(貴重な創価学会の組織票をもつ公明党にも、都議選の恨みは忘れて、思いきりゴマをすっておかねば)。

 トランプはあの性格からして、弾劾にかけられそうだとか、もうこれ以上は政権がもたないと思えば、あっさり政権を投げ出してスタコラ逃げ出すだろうと見る向きが多いようですが、安倍は第一次政権でみっともない投げ出し方をしたので、あれがトラウマになっていて、そういうことはできにくいでしょう。だからここ当分は「反省」「謹慎」のポーズを見せて、支持率アップを狙い、ブレーンに何か新味のある経済政策を提案させて、「やっぱりアベノミクスでしょう」とPRしつつ、支持率を4~5割に戻したところで、「政権禅譲」のかたちを取りたい。北朝鮮の金正恩がこれまでになく危険なミサイル発射をしたり、中国が尖閣その他で挑発行為をエスカレートさせてくれれば、「だから言わんこっちゃない。憲法改正を急ぐべきだ!」ということで、お仲間の日本会議やネトウヨの熱い声援を背に、政権寿命を延ばし、妄執と化した憲法改正(より正確には「改悪」)が可能になるかも知れないので、彼にとってはそれが一番ハッピーでしょう。われわれ日本国民にとってはそれは最悪の展開ですが、そうならないことを祈るのみです。

 しかしまあ、アメリカ国民にしても、日本の有権者にしても、学習能力はあるわけで、トランプも、彼の暴言を「改革者」のそれとして善意に解釈しようとする動きは当初あったので、ロシアによる「ヒラリー中傷情報支援」のおかげもあったとしても、だから大統領になれたのです。安倍が加計問題で連発した「岩盤規制の突破」にしても、彼とその子分たちの加計理事長との「ズブズブの関係」が表に出ていなければ、額面通りに受け取ってそれを肯定する善意の有権者は多かったはずです。しかし、そうした裏が明らかになり、アベノミクスの幻想も消えた今、彼の「改革者」としての資質、ヴィジョンを信じる人は産経と読売の一部の読者ぐらいで、馴れ合いの「お友達政治」、公私混同の韓国並「情実政治」を恥じることなく推進する、時代錯誤の国家主義的理想にとりつかれた危険で幼稚な三代目政治家という理解が一般的になったのです。彼の「憲法改正への熱意」は本物だと言う人が多く、僕もそう思いますが、だからこそ「最悪」なのです。誰もネトウヨに、その思いが「純粋」だからという理由で国政を委ねようとは思わないでしょう。それと同じです。

 大統領当選後、トランプのもとにまっ先に拝謁に駆けつけて、「信頼できる政治家」だと持ち上げて見せたのは安倍でした。トランプも「彼とはウマが合う」と返した。アッキーが会食の場で酒を飲みすぎたのはご愛嬌でしたが、二人がいずれ一国のリーダーの地位を追われた後、再び会食すれば、「肝胆相照らす」ことは間違いのないことでしょう。その節は安倍の「腹心の友」、加計理事長もご一緒にどうぞ。

劉暁波氏、中国共産党的虐待のうちに死す

2017.07.14.16:42

 これは世界的に大きなニュースになった(中国メディアは沈黙、と伝えられていますが)ようです。以下はそれについての毎日の記事。

劉暁波氏 死去61歳 中国の民主活動家、ノーベル平和賞

「私には敵はいない」がモットーだったそうですが、ダライ・ラマと並んで、中国共産党政府にとってはいくら憎んでも憎み足りない「体制の敵」だったことでしょう。笑うしかないのは氏は天安門事件後「反革命罪」で逮捕、投獄され、死の直前までは「国家政権転覆扇動罪」で十一年の懲役判決を受け、刑に服していたことです。天安門事件は大学生たちが中心となって「民主化」を求めて起こした事件でした。なのにそれが「反革命」と呼ばれるというのは、あの異様な独裁体制が「革命政権」を自称しているからで、当局によれば、今なお「革命」は「進行中」なのです。

 マンガみたいな話だと、笑う自由は当時も今も中国にはありません。「国家政権転覆扇動罪」にしても、ネットで中国政府批判をぶっただけでそれに該当してしまうので、恐ろしいことこの上なしです。習近平が敵とみなしている共産党幹部のスキャンダルなど流したのであれば、「正しい革命勢力」と認めてもらえるのかもしれませんが…。

 その点、日本はお気楽な国です。「安倍晋三は腐った馬鹿だ」と、それは事実だと僕は思っていますが、書いても逮捕・投獄されることはなくて済むからです。大手メディアの場合には脅しがかかるとしても、逆らったところで別に命の危険があるわけではない。官邸に人事を握られた(これはそれ自体、問題なわけですが)役人たちにしても、干されるか左遷されるかするだけで、別に大したことはない。「その程度」なのに保身にかまけて言いなりというのがいかにも情けないところで、中国の人権活動家たち(それはたくさんいる)とは「鍛えられ方が違う」のです。

 だから日本も苛烈な弾圧が行われた戦前の特高時代に戻せと言っているわけでは、むろんありません。それに戻りたくなければ、きちんと批判すべきは批判、阻止すべきは阻止して、権力の暴走を許さないようにしないと、あとで後悔しても始まらない、というだけです。

 僕に奇怪に思われるのは、産経などの右翼メディアはやたら中韓批判に熱心ですが、彼らが妄想する「神の国」は、同種の独裁・情実政治を実現して、社会を同性質のものにbackslideさせてしまうのがなぜわからないのか、というところです。いや、中国のような独裁軍事国家に対抗するには、同じ性質の国家でなければならない、ということなのかも知れませんが、頭が悪すぎると批判されてもまともな反論はできないでしょう。おかしな国家主義に同調しない連中は日干しにされたり、弾圧されて当然だというのでは、中国共産党の独善性、暴力性と何ら変わりはないのです。幼稚な安倍の「美しい国」というのは、まさにそういう国のことなのですが(森友学園幼稚園のあの運動会みたいなものが日常化する光景を想像すればよい)。

 話を劉暁波氏に戻して、僕は氏の思想については何も知りません。その非暴力を通じての徹底抗戦の姿勢、「私には敵はいない」の思想(英文著作にNo Enemies, No Hatredというのがありますが、それはこれのことでしょう)からして、「中国版ガンジー」という感じですが、この際だからそのNo Enemiesでも取り寄せて読んでみようかと思っています。それの翻訳かな、というのが一冊ありますが、日本語への翻訳点数は少なく、これは氏は獄中生活が長くて多くの本は出せなかったのも関係するのだと思いますが、その少ない日本語訳も絶版だったり、品切れだったりするからです。ウィキペディアの記事によれば、氏はあのアホなブッシュによるイラク戦争も支持したそうですが、独裁制への強烈な嫌悪からバイアスがかかっていたか、不十分な情報しか得ていなかったからでしょう。

 にしても、安倍政権は中国政府の「覇権主義」をとやかく言う割には、ノーベル平和賞(それは皮肉なことに、中国にとっては初のノーベル賞でした)まで受賞したこの「内側からの民主化」をはかろうとする反体制詩人には冷淡だった。今回もアメリカやドイツは治療を申し出たのに、中国政府の逆鱗に触れるのを恐れてか、そのような動きは全くなかったからです。これは「安全地帯でばかり吠えたがる」安倍政権の駄犬ぶりを示すと共に、体質的に、安倍はこの手の人物が嫌いだということも関係するのでしょう。

 前に人権派弁護士が一斉逮捕されたというニュースがあったときもちょっと書きましたが、世界にとって一番望ましいのは、中国内部の民主化勢力が増大し、「内側からの革命」が起きることです。覇権には覇権をもって対抗するというやり方をしていたのでは、いずれ第三次世界大戦は避けられなくなる。中国政府が最も恐れているのも、この「内部の反体制分子の増大」なのです。だから異様なまでに神経質になっているが、それは逆に共産党権力のアキレス健がどこにあるかを“告白”する結果になっているのです。

 こう言えば、あの「アラブの春」の事例にも見られるように、安易な「民主化」はかえって混乱を深刻化させるだけだと言う向きもあるでしょう。しかし、それは旧体制の積弊が混乱の主因となっているのだと見た方が正確なので、そのあたりの困難を乗り越えるには時間がかかるというだけの話で、方向そのものは間違っていないでしょう。北朝鮮も、中国も、ああいう異常な独裁体制は崩壊してくれた方がいい。

 にしても、共産主義(=中国)といい、主体思想(=北朝鮮)といい、理念とその現実との落差たるやすさまじいもので、政治イデオロギーというのはブラックジョークにしかならない運命をもっているかのようです。民主主義について、かつてチャーチルは言いました。

It has been said that democracy is the worst form of government except all the others that have been tried.

 これは有名です。「民主主義は最悪の政治形態だと言われている。これまで試されてきた他のすべての政治形態を別とすれば、だが。」

 政治体制というのは所詮そのようなものでしかないということを、僕らは忘れるべきではありませんが、皮肉屋の彼の格言にはまた次のようなものもあるそうです。

You have enemies? Good. That means you’ve stood up for something, sometime in your life. (君には敵がいるって? よろしい。それは君が人生で時には何かのために立ち上がったことがあるのを意味しているのだ。)

 むやみやたらと喧嘩するのはただの馬鹿ですが、この世は天国ではないので、ときには立ち上がって戦わねばならないこともある。望むらくは、それが利己的な目的のためでも、未熟な主観や偏見に根差すものではないことで、その場合は敗れても、劉暁波氏のように天に嘉(よみ)される存在になることでしょう。若者にはとくに、それは覚えておいてほしいと思います。

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