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殿は正気である

2014.01.18.04:13

「元首相連合」に自民党首脳部はたいぶビビって、苛立っているようです。
 以下は「『殿、お戯れを』と甘利氏 細川元首相を再びけん制」と題された47NEWSの記事です。

【甘利明経済再生担当相は17日の閣議後の記者会見で、都知事選に立候補を表明した細川護熙元首相が五輪辞退を主張していたことや、過去の借金問題に触れ「徳洲会事件の後任には佐川事件の私が最適ですとか、オリンピックは返上すべきだとか、殿、お戯れを」と述べ、あらためてけん制した。
 細川氏は、昨年末に出版されたジャーナリスト池上彰氏の著書で、東京での五輪開催を辞退すべきだったと主張。過去には佐川急便からの借金問題が首相退陣のきっかけになった。
 甘利氏は10日の記者会見でも、細川氏の立候補の動きについて、細川家第18代当主であることに絡めて「殿、ご乱心」とやゆしていた。】

 まず、「五輪辞退を主張」の件については、これはむしろあたりまえで、そんなことによけいな費用とエネルギーを費やすなら、福島原発事故の後始末と被災者支援に努力を傾注すべしというのは、全くの正論ではありませんか。

 しかし、いったん決まってしまったからには今さらそれは難しいというのが現実でしょうから、都知事選立候補に当たってそれは引っ込めたとしても、べつだん“変節”ではない。それなら自民党のTPP参加はどうなのだということになるわけです。どうなんですか?(やれ東京五輪は「スポーツ少年少女に夢を与える」とか「経済活性化につながる」とか、そういうのは原発事故とは次元の違う話で、どっちが大事なんだということになりますが、今の日本のミソとクソの区別もつかない“お子様社会”では、残念ながらそういうことを言っても通じないので、無視もできないわけです。)

 大昔の「佐川急便からの借金問題」については、大量離党者を出してひたすら自民党に擦り寄るしか能がなくなっているみんなの党の渡辺代表が逸早くツイートでそれを呟いたりして、浅ましい奴との失笑を買っていますが、自民党流の“みそぎ”の論理で行くならば、あのとき総理を辞任したことで一応の決着はついたということになるのではありませんか? いや、余生を「陶芸家」で送るなら許せるが、政治家に返り咲くとなると話は別なのだということになるのでしょうか?

 それならこの際、そういうことを言っている自民党の先生方の“身調べ”をマスコミは徹底的におやりになってはいかがでしょう。甘利氏などは、むろん、怪しい献金などは全くないのだという絶大な自信をおもちなのでしょうが、僕がジャーナリストなら、そのあたり徹底的に調べてみるでしょう(額の大小はあれ、そういうことで全く身ぎれいといえるのは、党員献金に頼っている共産党ぐらいのものではないかと思いますが)。

 猪瀬氏の場合には、相手が折悪しく選挙違反で騒ぎになった病院経営の徳州会で、賄賂認定も可能だったということに加え、擁護の声がほとんど起きなかったのは、いかに人望のない人だったかということも関係するでしょう。こう言っては失礼ながら、彼は見るからに「ヤな奴」で、女性にモテないだけでなく、権力志向丸出しの横柄傲慢な、同性からも嫌われるタイプのようです。こいつは相手の地位や権力、そのときどきの風向きによって態度をころっと変える奴だろうなというのがもろに顔に出ていて、そういうところも災いしたのでしょう。

 僕は先日、週刊誌で『小泉純一郎の「原発ゼロ」』(山田孝男著 毎日新聞社)という本の広告を見て、昨日書店に行ったら平積みになっていたので、少し立ち読みした後、半端な時間を埋めるために買ってみました。これがなかなか面白かった。日本記者クラブでの講演の全文が収録されていて、靖国参拝についてなどは「相変わらずの安直さだな」としか思いませんでしたが、原発全廃論についてはナットクの内容でした。読売新聞の社説に対する反論なども、説得力がある。まだの方には一読をお勧めします。

 要するに、小泉氏には政界再編だの何だの、よけいな色気は全くない。彼はドイツのように即「脱原発」を決め、そちらに向かって邁進するのが今の日本政府のとるべき道だと確信し、そのために活動を始めたのです。政界を引退して寂しくなったとか、過去のスポットライトの記憶が忘れられないとか、そういうコセコセしたものは全くないのだろうと、僕は疑り深い方ですが、そのことは信じることができました。
 そのあたりは、殿も同じだろうと思います。電力政策は国の管轄だから、東京の知事選でそんなものを争点にするのはおかしいと言われていますが、その他大勢の国会議員より、最大の電力消費自治体の首長がそれを唱えたほうがずっとインパクトがある。

 げんに自民党はそれを一番恐れているわけでしょう。だから、正面からそれを批判せずに、他のことや冷やかしめいたことを言って細川氏の信用を低下させようとする。
 それに乗せられるかどうか、都民はそこを問われているわけです。

 都民だけでなく全国民が、それが争点になればマスコミ報道を通じてあらためてそれを再考するでしょう。僕は先頃、『世界』臨時増刊号の『イチエフ・クライシス』を読んで、問題が全く解決していないこと、一般の関心が薄れるにつれ、それをいいことにまたぞろ元の軌道に戻ろうとする“慣性の法則”が働いていることを再確認しました。そこから何の教訓も得ていないように見えるのは実に驚くべきことです。もう一回大事故を経験して、国が存亡の危機に陥らなければわからないと言うのでしょうか? だとすれば、全くアホとしか言いようのない、これは国です。

 こういうところで本気にならずに、他の何で本気になるのか? 株価が上がって目先の経済指標さえよくなればそれで満足だって? 仮にそうなら、救い難く腐りきった国だということになるので、さっさと滅びた方が天の摂理にかなったことではないかと言いたくなるほどです。

 だから細川のお殿様は、ドンキホーテ呼ばわりされようと何だろうと、「脱原発」を争点にして、正面から選挙戦に臨んでいただきたいと思います。「政界再編ごっこ」という次元の低い権力闘争(橋下も小沢も、もうけっこう)はいい加減見飽きたので、今必要なのはむしろ小細工を弄さない愚直なドンキホーテなのです。意外や、彼は原発という巨大風車を倒せるかも知れません。自民や、ヤニ下がった自称現実主義の文化人もどきの揚げ足取りを恐れるより、より根本的なことを考える都民の良識に信を置いて、ここは真っ向勝負していただきたいものです(何で記者会見が遅れているのでしょう? ちまちました「選挙戦略」など練っているようでは逆に覚悟のほどを疑われてしまうだけではないかと思いますが)。

楽しみな東京都知事選

2014.01.15.17:16

「舛添で決まり」と見られていた都知事選が、小泉元総理とタッグを組んで「脱原発」を唱える「殿、ご出馬!」で俄然面白くなったようですが、細川元総理は前日本弁護士連合会長の宇都宮健児氏と票の分け合いにならなければ、たぶん勝てるでしょう。

 年齢的に(76歳)知事の激務に耐えられるかと疑問視する向きもありますが、石原のじさまはもっと高齢だったし(しかもその後、よせばいいのに国会議員に転身)、お殿様らしく鷹揚に、重要ならざることは「よきにはからえ」と下に丸投げすれば、都の幹部には有能な人間はいくらもいるのだから、問題ないでしょう。

 福島原発事故収束のめどは依然立たないのに、電力会社と原子力ムラは着々停止中の原発再稼動に向けて布石を打っていて、安倍政権はそれに好意的な態度(「審査」さえ通れば次々再稼動させる構え)を示していますが、「脱原発」を正面から唱える東京の首長が誕生すれば、流れは変わるでしょう。

 悲惨な現実が目の前にあるのに、それは見えないそぶりをして、「いまさら原発をやめることはできない」なんて言ってるのは、戦時中の軍部と同じです。勝ち目のない無謀な戦争に突っ込んで、敗色歴然としても、なおも方向転換できなくて、死ななくていい何十万という兵士と国民をさらに死なせた。その責任当事者の無責任は問わずして、一般の戦死者と同じところに祀り、それを参拝して愛国者ぶっているような連中を僕は全く信用しませんが、原発の問題も、これは駄目だと思ったら断念して別の方向に舵を切らねばなりません。大地震が近い将来日本列島を襲うだろうと予測され、それで「国土強靭化」がどうのと言っておきながら、要はそれは公共工事を増やしてくれというゼネコンの要請に応えるためで、だから被害想定に原発事故によるものは含めないのです。故意にそうしているとしか思えない。「日本壊滅」の最悪シナリオが出てくるのを恐れているのかも知れませんが。

 こう言えば、原発廃炉には途方もない費用と時間がかかるし、そちらの方向に舵を切ったところで核燃料プールの行き場のないそれはそのままなのだから、大地震がきたらひとたまりもないのは同じだと言われるかも知れません。しかし、より安全にそれを保管する手立てはいくらもあるだろうし、稼働中に巨大地震に襲われるときよりもリスクはずっと少ないはずです。

 小泉元首相が決定的な「脱原発」になったのは、フィンランドの地下核廃棄物施設、オンカロ(太古以来地震がない場所にある)を見学してからだそうですが、前にここにも一度書いたと思いますが、そのオンカロの話は、福島原発事故の翌年、北大の英語入試問題に出ています。それを塾の宿題に出しておいたら、ある生徒の父親がそれを見て、「今の入試にはこういうのまで出るのか?」と驚いたという話でしたが、出るのです。うちの塾の受験生は全員その英文を読んだのですが、DVDでも『10万年後の安全』というオンカロを取材したドキュメンタリーが出ています。要するに、原発は事故が起きなかったとしても、この高レベル核廃棄物の問題はそのまま残り、それは「解決不能」なのです。小泉元総理はそのことを思い知らされた、ということなのでしょう。

 僕は有名な小泉純一郎嫌いで、彼が首相在任中、ずっと彼を罵倒していました。自衛隊のイラク派兵、靖国参拝、「労働市場の規制緩和」等々、腹の立つことばかりでした。例のワンフレーズ・ポリティクスで彼は人気を博したのですが、こういうブッシュの上を行く“単純”一郎式のやり方に人気が集まるというのは日本人の深刻な知力低下を物語るものだと憂うつになったもので、今もその基本認識は変わりません。

 しかし、「脱原発」だけはよろしい。これまでロクなことはしてこなかったのだから、最後ぐらいよいことをしてもらいたいもので、細川のお殿様も、えらく短期間で政権を投げ出して当時は顰蹙を買ったものですが、これで都知事選に勝ち、消失の危機に立たされている「脱原発」の声を復活させ、それに道筋をつけられれば、後世の評価は高いものになるでしょう。

 自民党はこの「予期せぬ展開」に頭を抱えているでしょうが、ここは一つ、舛添氏ではなくて、「思想・心情で最も安倍氏に近い」と思われる元航空幕僚長の田母神俊雄氏に支持を切り替えて、“右翼勢力の大結集”をはかられてはいかがでしょうか? そうすると色分けもわかりやすくなって、都民も投票先に迷わなくてすむようになるでしょう。

 尚、東国原前衆院議員・元宮崎県知事がご出馬なさらなかったのは、勝ち目がないと見て見送ったのでしょうが、ちょっぴり残念(?)です。この前も書きましたが、宮崎県知事選にはもう出ないでね。県民の一人として、宮崎県が日本中の笑いものにされるのは忍び難いので、次元の低いお騒がせは、どこか他のところでお願いしたいのです。今さら「憂国の士」を気取ってもよほど無知な若者か何かでないかぎり誰も信用しないだろうし、またビートたけしの子分に戻って、政治下ネタギャグなどで芸人としての“新境地”を目指されてはいかがでしょう? それが最も「国益」にもかなった道だと僕には思われるのですが…。

安倍首相に英語を学ぶ~under controlの意味

2013.09.14.16:35

“The situation is under control. It has never done and will never do any damage to Tokyo.”

 安倍総理はIOCの最後のプレゼン(presentation)で福島原発事故についてそう語り、これが「委員たちの不安を払拭」して、2020年の東京オリンピック開催の決定打になったのだと、巷間言われています。実際それは力強く、確信に満ちたもので、僕にはunder controlの前に“省略”されているperfectlyが聞えたほどです(一応訳しておくと、「事態は落ち着いています。それはこれまで東京にいかなる被害ももたらしたことがないし、今後もないでしょう」)。

 これは受験生諸君にとっても勉強になります。来年のセンターに出るかも? 次の文に下から適切なものをえらんで入れなさい。

 The damage is done ! The situation is(   )control. 
  ① above ② by ③ out of ④ under

 こういう問題の場合、文法的に適合するものは複数あるが、文脈からして適切なのは一つしかない、というのがミソなので、全体をきちんと読んで判断しましょうね。
 そうすると、前にThe damage is done ! がある(これは「被害はもう済んだ→今は安全になった」の意味ではなくて「すでに被害は出てしまった→もう手遅れだ」の意味です)ので、「事態は手に負えなくなっている」の意味になるはずで、正解は③だということになります。尚、受験生にはおなじみのbeyondも使えると思いますが、ここは学校でunderとout ofのペアで覚えることが多いのではないかと思うので、こうしておきました。
 安倍総理のdo damage to~は教科書どおりで、do harm(good)to~などと同じ使い方です。doの代わりにcause も使えるし、そのまま動詞のかたちで用いることもある。

 にしても、東京に害は出ていないという話はともかく(never…anyというのは完全否定なので、いくら何でも言い過ぎですが)、福島原発事故の現状は誰が見てもunder controlとはほど遠いと見えるので、コメディ映画にはUnder control!と自信たっぷり言った次の瞬間、爆発が起きて吹き飛ばされる、なんてシーンがよくありますが、テレビで安倍首相の演説のその部分を見たとき、僕は不謹慎にもそれを連想してしまいました。翌日、補強工事をしたはずの使用済核燃料プールが微震であえなく倒壊、なんてニュースが出なくてよかった。

 さすがの東電もこれには困惑を隠せないようで、さっきネットでニュースを見たら、次のような記事が出ていました。

 汚染水「制御できてない」 首相発言否定
【東京電力福島第1原発の汚染水漏れを巡り、同社幹部が13日、福島県で開かれた民主党の会合で「コントロール(制御)できていない」と発言した。安倍晋三首相が今月7日、2020年東京五輪招致のプレゼンテーションで「国際公約」した内容を否定した形で、民主党は追及する構え。政府は反論している。首相は19日、汚染水漏れの状況を確認するため同原発を視察する予定で、防護服で原発施設内に入ることも検討している。
 東京電力の山下和彦フェローは、民主党の汚染水問題対策本部の会合で、「ちゃんとコントロールされているのか」と追及され、「今の状態は申し訳ありません。コントロールできていないと考えます」と答えた。同席した資源エネルギー庁幹部も「今後はコントロールできるようにします」などと応じた。
 山下氏は、役員クラスに当たるフェローの1人。廃炉に向けた中長期対策を統括している人物だ。首相発言を否定した内容だけに、同党の大畠章宏幹事長は「首相の責任問題もある」として、臨時国会召集の前倒しを求める考えを示した。
 これに対し、菅義偉官房長官は会見で「タンクからの汚染水漏えいなど個々の事象は発生しているとの認識で(コントロールできていないと)発言した」と指摘。汚染水は港湾の外には出ていないとして、首相の発言通り「コントロールできている」と主張した。
 東電は夕方、急きょコメントを発表。「コントロールできていない」としたのは、「港湾内への流出や、敷地内の貯水タンクからの漏えいなどのトラブルが発しているとの認識に基づいたものだった」「首相と同じ認識」と火消しに追われた。ただ東電は12日にも、首相発言と食い違う内容の見解を示しており、東電と首相の認識の「矛盾」が、ジワジワ広がっている。
 五輪招致プレゼンでの首相発言は、「国際公約」と受け止められており、国際的な波紋も避けられない。そんな中、首相は19日、福島第1原発を視察する方向で調整に入った。招致決定から時間を置かずに訪問し、責任感をアピールする狙いもありそうだ。昨年12月29日に訪れた際は敷地内を約1時間、バスで視察したが、今回は防護服を着て原発施設内に入ることも検討している。】[9月14日8時38分 日刊スポーツ]

 民主党その他の野党がこれを「政争の具」にしても、国民の反発を招いて支持を減らすだけだと思いますが、菅義偉官房長官の「汚染水は港湾の外には出ていないとして、首相の発言通り『コントロールできている』と主張した」というのには無理がありすぎます。タンクの水漏れ以前に、前からずっとそれは海に流れ込んでいるはずで、大体、ああやってタンクをどんどん増やしていったあとその汚染水をどうするのか、その目算もまるで立っていないわけでしょう。一応の濾過,「除染」をして、今よりは「低濃度」にして海に流すしかもう方法はないのではありませんか? それはむろん「望ましい」ことではありませんが、そういう選択をしなければならないほど、あれは悲惨な事故で、いったん起きてしまったら、under control(制御下に置く)なんて到底望み得ないのが、原発事故というものなのです。
 そもそもの話、「汚染水漏れ」は問題の一部でしかありません。事が順調に運んだ場合でも、一応の「収束」と言える状態を見るまでに、これから先まだ何十年もの作業が必要だと言われているので、たったの二年半でunder controlもヘチマもないのです。

 七年後の東京オリンピックの頃はどうなっているのか? 「国際公約」だそうなので、安倍首相には少しでもunder controlに近づくよう、頑張っていただくしかありませんが、被曝許容量の問題もあるので、現場作業員の人手の確保だけでも大変で、放射能に妨げられて作業を加速化させることも難しいだろうから、自分の言葉に責任をもつのは容易なことではないでしょう。「現実はきれいさっぱり無視して、人を安心させるために使う決まり文句」というunder controlのAbe usage(アベ用法)なんてのが英語辞典に載る日が来ないことを祈りたいと思います。そうした新用法ができれば、この言葉は世界中の政治家たちに愛用されること疑いなしだと思われますが…。

原発輸出でいずれはこういう賠償問題の多発も…

2013.07.20.13:34

 ゆうべ見た読売新聞電子版のニュースのコピーです。教訓的な話と思われるのでまだの方はぜひごらん下さい。

【ロサンゼルス=水野哲也】米カリフォルニア州でトラブルのため廃炉が決まったサンオノフレ原子力発電所を巡り、同原発を運営する電力会社サザン・カリフォルニア・エジソンは18日、トラブルが発生した蒸気発生器を製造した三菱重工業に対し、責任を取るよう求める「紛争通知」を送ったと発表した。
 90日以内に問題が解決しなかった場合、エジソン社は損害賠償を求める仲裁手続きを開始するとしている。
 同原発では昨年、三菱重工製の蒸気発生器で冷却水漏れが発生。周辺住民の反対が強まる中、エジソン社は今年6月に廃炉を決めた。同社は、三菱重工が速やかに修理する義務を履行しなかったなどと主張し、契約上の上限額の約1億3700万ドル(約137億円)を超える多額の賠償を請求する考えを示した。
 三菱重工は、「エジソン社の主張は交渉の経緯や契約履行の事実を正確に反映していない」などとして全面的に争う姿勢を示した。(2013年7月19日19時38分 読売新聞)

 参院選の大きな争点にはなっていないようですが、安倍総理はあの悲惨な福島原発事故(収束のメドは全くたっていない)にもかかわらず、「原発輸出」に熱心で、サウジアラビア、アラブ首長国連邦、トルコ、インドなど歴訪して、自ら「トップセールス」に努めておられるほどです。何でもあの事故で、「日本の原発はいっそう安全になった」そうで、われわれ庶民の度肝を抜くような“超論理”ですが、「自民圧勝(公明抜きの単独過半数も固い?)」が伝えられるなか、「ねじれ」を解消して、経済のためなら何でもありのアベノミクスに邁進できるようになった暁には、“復活”が伝えられる原子力ムラの面々ともども、こちらでも売り込みに成功して、GDPを押し上げて下さることでしょう。

 しかし、そこでまた原発事故が起きたら、どういうことになるか? こういう損害賠償の拡大版になって(その場合、部品・機器レベルの話ではないのだから)、一件だけでも億単位ではなく、何十兆(もっと大きいかも知れない)も請求されることになって、向こうの杜撰な管理や運営に問題があったからその必要はないとか、大惨事のさなか、それがよしんば正当なものであっても、そういう弁明は通用しにくいでしょう。請求を呑まざるを得なくなるが、それは企業レベルでは支払いきれないので、一緒になって売り込んだ政府にもむろん責任はあるわけだし、それでなくても財政は大赤字なのに、国家破産へのとどめの一撃ということになりかねません。

「これだから素人は困る」と安倍総理は余裕の表情でおっしゃるかも知れません。「私がなぜ憲法改正にこだわるか、なぜ9条を改正して、“戦争のできる”“普通の国”にしたいのか、あなたはまるでわかっていないのです。いいですか、その場合、ちゃんとした軍隊があれば、相手とも強気で交渉できるのです! 相手に管理・運営上のミスがあれば、それをきちんと指摘して、それでも四の五の言うようなら、戦争でわが国の正義を貫くことができるようになる。それがわがアベノミクスの隠れた礎石、第四の矢、いや、まだ第五ぐらいまでは他にあったから、“第六の矢”なのです。私はあなた、これでも満州でならした、戦後巣鴨刑務所を出所後は“昭和の妖怪”と恐れられた、あの岸信介の孫なのですよ! ナメてもらっては困ります」
「でも、あれほど安全だと言ったのはおまえではないかと、相手に言われませんか?」
「何を言ってるんですか! 原発はアブナイにきまってるでしょう! 私は絶対に安全だなんて言った覚えはないのです。きちんと設計図どおりに構造物ができて、きちんとマニュアルどおりに運転され、マニュアルどおりに保守点検もきちんと行なわれ、想定外の天変地異が起きなかった場合にのみ安全だと、そういう意味の『安全』だということくらい、ジョーシキがあれば誰にだってわかることじゃありませんか? それ以上の責任を取れなどと言うのは、相手が悪いに決まっているのです!」
「でも、そこの住民たちはひどい目に遭ってしまうわけで…」
「そんなことはその国の問題であって、技術を提供した国には責任がないのです。わが国だって、アメリカに責任を取れなんて、言ってますか? あんたみたいな、菅さんの出来損ないみたいな人は、私は一番嫌いなんです!」

 なるほど。そう言えば、菅さんはこんなこと、公式ブログに書いてましたっけ。

【原発輸出に関して5/22付の毎日夕刊に「恥ずかしいぞ、原発輸出」という記事。全く同感。
 その記事の中で安倍首相はサウジアラビアで「日本は世界一安全な原発を提供できる」と述べたとある。私も3・11福島原発事故までは外国の首脳に同じようなことを言っていた。しかし3・11を経験し、その考えが全く間違っていたことが分かった。安倍首相は何を根拠に世界一安全な原発と言っているのか。これまでの安全基準が不十分として原子力規制委員会が検討している安全基準もまだ決まっていない。福島原発事故と地震の関係も検証は終わっていない。
 日本の54基の原発は自民党政権下で建設されたもの。事故が起きた時点で自民党が野党だったからと言って、原発の安全性に自民党が全く責任がないとは言えない。少なくとも、原子力規制委員会の安全基準など日本での新たな原子力安全政策が確立するまで、原発輸出は凍結すべきだ。】

 僕は正直、これにもかなりの違和感があるのです。「私も3・11福島原発事故までは外国の首脳に同じようなことを言っていた」とあって、そのとおりなのですが、かなり多くの人が、あのこと自体に???と思ったことはたしかなので、それは「原発は必要悪」みたいに思ってはいても、積極的に輸出をはかっていいようなものかと、そこは大いに疑問に感じたからです。しかも元市民活動家の菅直人が、いくら何でもそんなこと言い出すとは…とかなり奇異に感じたもので、人は政権を取ると変わるものなんだなと、相当興ざめな思いをさせられたのです。

 この文章にしてからが、「少なくとも、原子力規制委員会の安全基準など日本での新たな原子力安全政策が確立するまで、原発輸出は凍結すべきだ」とあって、事故が起きず、「安全」が担保されればいいかのような口ぶりですが、その場合ですら、高レベル放射能廃棄物の問題はそっくりそのまま残っているわけで、ふつうの人はあの悪島原発事故をきっかけにそこまで考えるようになったはずですが、菅さんは違うようです。彼の「脱原発」というのは所詮その程度のものなのかと、これを読んで思った人は少なくないのではないでしょうか。最近も鳩山氏と並んでやたらと騒がしくはあるものの、ほんとに安っぽい人なので、このお二人は「団塊世代の恥」みたいなものでしょう。

 安倍総理と僕は同い年で、こちらもオウムの麻原とか、あまりロクなのがいないような気がするのですが、先頃亡くなった元福島第一原発の吉田所長は、「彼のおかげで事故に一定の歯止めがかけられた」と、好意的な評価が多く寄せられているようです。

 それはともかく、安倍総理、人の命や生活環境は金銭で償えるものではありませんが、経済の見地からしても、安易に原発輸出なんかすると、後で取り返しのつかないことになりかねないので、そのあたり、あなたはほんとに真面目に考えているのでしょうか?

 僕がここにこんなことを書いても、影響なんて無に等しいものでしょうが、今の自民党に勝たせると将来的にロクなことにはならないだろうと、そう思えてならないのです。維新のような“極右”政党は論外として、野党がバラバラで自公に数で対抗できそうな強力な政党がいないことが本当に残念! 世の中が本格的におかしくなるときはこんなものなのかも知れませんが、「これでもまだシリアやエジプト、ブラジル、北朝鮮、中国(何ならアメリカも加えていい)なんかよりはマシだ…」と、低レベルな比較でお茶を濁してすむようなものではないので、つくづく先が思いやられます。

「核」の黙示録~DVD『放射性廃棄物』を観て

2013.05.23.07:20

 遅まきながら見てみました。テレビのドキュメンタリーの類は除き、この方面のものを見るのは『チェルノブイリハート』『10万年後の安全』に続き三本目だったのですが、これは原発依存率が世界で最も高い(75%?)フランスで制作されたもので、フランスは地震がないから原発も国民に疑問なく受け入れられているのかと思いきや、全然そうではないのがわかって、ナットクすると同時に、事態の深刻さをなおさら強く印象づけられました。チェルノブイリ以外の、今のロシアが抱えている深刻な放射能汚染の問題などもよくわかって、ひとくちに言えば、チェルノブイリや福島原発事故が仮になかったとしても、原子力と放射能による汚染は人類の存続を根底から脅かす大問題なのだということが、このドキュメンタリーを見るとよくわかるのです。

 僕はこれをレンタルショップで借りて見たのですが、3千円ちょっとで買えるようなので、自分で買って塾の生徒たちに見せてあげようかなと、しばらく思案しました。しかし、これは派手な、あるいはショッキングな映像などは全くないものの、それが含みもつ意味は恐ろしく深刻なものなので、彼らが未来に希望を失ってしまうのではないかと、そんな心配が起きてきました。

 僕などは生きてもあとせいぜい二十年前後です。しかし、若者は先が長いし、これから生れてくる子供たちはむろんたくさんいるので、このまま放射能汚染(事故がなくても危険な放射性物質は世界中で河川や地下水、海、大気中にたえず放出され続けている)が拡大を続け、行き場のない高レベル放射性廃棄物は増え続け、戦争や天変地異で原発や放射性廃棄物の中間貯蔵施設が破壊されるようなことになれば、一体どういうことになるのか? そこに出現するのは聖書の黙示録に描かれているようなおぞましい光景でしょう。安倍総理は日本経済の今後の成長政策の一環として、「培われてきたわが国の高度な原発技術」を東南アジアなどの発展途上国に「輸出」する支援を政府を挙げてなさるのだそうですが、政治家というのはいくら想像力に見放された人たちだとしても、お気楽が過ぎて言葉もないほどです(このドキュメンタリーでも、フランスの政治家たちのこの問題に対する恐ろしい無知が指摘されています。大統領自身がロクな知識を持っていない! 何でもあれは、フランスの理系エリートたちが決めて進めてきたことなのだそうです。あの国には有名な「天才学校」があって、理系はエコール・ポリテクニークとかいう名前だった気がしますが、そこの卒業生たちが「おまえら素人はどうせ何もわからないのだから口を出すな」ということでやってるのでしょうか? げんにその大ボスらしき人物はこのフィルムの中でも自信たっぷり「専門家への信頼」を説いていて、「信じる者は救われる」と説いて迷信を押しつけた昔の宗教家に似ていたので、思わず笑ってしまいました)。

 人間の知力には二種類あります。一つは計算的な知力で、いわばソロバン勘定の知性(平面的・機械的な屁理屈を並べ立てる能力も含む)です。もう一つは直観力、想像力を含む、生きた人間感情に裏打ちされたふくらみのある総合的知性です。前者は機械やコンピューターで代行できるが、皮肉なことに、コンピューターの発達と共に、それを制御し使いこなす力の方は退化して、人間の知力自体がコンピューターに似てきたのです。だから人間は、恐ろしく鈍感に、危機を察知する能力に乏しくなった。下らない目先のこと(とにかく経済だ!)には大騒ぎするのに、人類の生存そのものを脅かすような深刻な危機には鈍感になって、反応しなくなったのです。そういうのは「現実的でない」とかえってあざ笑うようになった。
 けれども、いつか何がほんとに「現実的」なのかを思い知るときは来るはずで、来たときはすでに手遅れなのです。

 よく使われる時計のたとえを用いるなら、今は深夜零時の2分前ぐらいでしょう。この深夜零時とは何を指すのか? むろん、「人類滅亡」のその瞬間のことです。縁起でもないことを言うなという人たちにもう一つ付け加えておくならば、それでいっぺんに終わってしまうのなら、まだいいのです。放射能の影響はあとあとが恐ろしい。断末魔の百年、二百年がそれに続くとしたら、どうなのでしょう? それが、これまで人類が経験した数々の大惨事とは性質の全くちがうところなのです。そしてそれは、人間の悪魔的な領域にまで達した科学技術と、それとは裏腹の安易きわまりない「ま、いいか、先のことは…」メンタリティ(心性)の産物だということで、紛うかたなき「人災」なのです。

 原子力の発見とその途方もない力の「解放」は、人類にとって「地獄の釜の蓋を開ける」ことを意味した。仮にもホモサピエンスを自称するなら、それだけは全員がもうはっきりと認めなければならないのではありませんか? そしてそれがわかったら、すでに地獄の内容物はかなり出てしまったとはいえ、できるだけ早く閉じるしかありません。そうすれば最悪の事態だけは何とか避けられるかも知れない。これは全然大げさな話ではないので、こういう言い方はむしろ少しばかり楽観的すぎるのではないかと感じられるほどです。

 YouTubeに予告編が出ているので、未見の方は下をクリックしてごらん下さい。

『放射性廃棄物~終わらない悪夢~』
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大野龍一

Author:大野龍一

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