FC2ブログ

女子高生お言葉集3

2012.07.27.14:01

 予選とはいえ、サッカー男子が初戦で優勝候補のスペインを1-0で下し、日本中が沸きました。コスモポリタン(世界市民)を自称する僕は日頃「愛国心がない」と非難されていますが、こういうときだけは手に汗握って中継を見て、にわか愛国者になります。こういうのは罪がなくていい。選手たちはさぞや嬉しかったでしょうね。

 さて、このブログもそろそろ「夏休み」に入りたいのですが(今年は九州地方は梅雨に雨が降りすぎて、お楽しみの鮎たちの生育状況が、石苔が十分ついていなくて芳しくないのではないかと心配です)、その前に「いい加減に続きを書け」と言われていたこのシリーズの続編を書いておくことにします。尤も、真面目な読者からは「アホなこと書くな!」と叱られているので、これは「ナンセンス・コーナー」の読者にしか喜んでもらえないと思いますが。

 それで、オリンピックも始まることであるし、今回はスポーツ用語に由来する「お言葉」を二つ取り上げます。実に、心憎い演出ではありませんか? こういうおしゃれなことは、フツーのオヤジには決してできないことです。あの有害無益な本を沢山出しているツチヤ教授などと僕が全く違うところも、このような歴然たるセンスの差にあります。



お言葉4:アウェイ(away)

【語義説明】
 元々はサッカーなどで「ホーム」に対する「アウェイ」として用いられるもので、「遠征地」「敵地」の意味。そこから、「孤立した」「場違いな」状況を指すものとして広く用いられるようになった。元々英語の前置詞awayには時間的・空間的に「離れて」という意味があり、「不在」状況を指すのにも使われるので、「疎外」のニュアンスをもつものとして用いられるのは「場違い」ではない。世のオヤジ族にはこの言葉を、「あへえー(困ったときのため息)」がナマったものだと思い込んでいる向きもあるが、それは間違いである。
【用例】
 たとえば、このようなときに用いられる。3年女子が部活の引退間際、部室でふと気づくと、ひとりで1・2年の後輩たちに囲まれており、彼女たちのキャーピー、キャーピー騒がしいおしゃべりを耳にするうちに、自分が“年をとった”ことを突然実感し、寂寥感と苛立ちに襲われるときなどである。それで、「静かにしなさい!」と怒鳴って、いっせいに不満げな白い目を向けられる。このような状況を「アウェイ」と呼び、後で同級生たちに、「あのときはひどいアウェーでマイった」と愚痴をこぼして共感を求める。
 また、このようなときにも用いられる。友達と五人でおしゃべりに興じていて(このときは「キャーピー、キャーピー」だという自覚はない)、ある男子のことが話題にのぼり、大喜びでその「気取り屋でケーハクな性格」をこきおろしていたら、何だかヘンな雰囲気になってしまい、実はその中の友達一人がその“腐れ男子”のことが好きで、他の三人はそのことを知っていた、というようなときである。小気味よく罵倒する喜びがにわかに気まずさに変わり、「まあ、蓼食う虫も好き好きだから」などと、自分でフォローしたつもりが事態をよけいにまずいものにしてしまい、ドツボにはまってしまったようなときに、「ホームだと思っていたらアウェーだった」と言う。
【対策】
 ありがちなことである。このうち深刻なのは二番目の例だが、筆者は類似の経験が非常に豊富である。たとえば、「寿司屋のぼったくり」をこきおろしていたら、相手が寿司屋の息子だったとか、坊主を「堕落したあくどい葬式業者」だと罵倒していたら、相手が大きなお寺の住職の娘だったとか、学校教師にはヘンタイしかいないと言っていたら、相手の職業が中学教諭だったとか、等々。中には女性に向かってその交際相手を(むろん、そうとは知らないまま)「あの馬鹿は…」などと散々こきおろしてしまい、後で結婚式の招待状が届いて初めてそれに気づくということさえあった(恐ろしいことに、これらはすべて事実あったものばかりである!)。これは、周囲の者が事前にそのような重要情報を与えないのが悪いのであるが、鈍感にならずに自らも情報収集に努めて、そのようなアウェイ状況を招いてしまわないよう気をつけなければならない。でないと、心おきなく悪口を言う快感と楽しみが失われてしまう(但し、ネットに匿名で友達の中傷を書き込む、などという恥ずべき行為はしてはならない。このブログの読者にそんな人はいないと思うが)。


お言葉5:ラブゲーム(love game)

【語義説明】
 これは「恋愛ゲーム」のことではなく、テニスで使われる「ラブゲーム」の転用である。テニスのそれは、相手に得点を全く許さないままゲームに勝つことを言うが、圧倒的に有利なまま事を進めて、「完勝」するような状況を指して用いられる。
【用例】
 たとえば、こういうときに用いられる。苦手な国語の授業で、居眠りの最中、突然指名され、「この箇所に窺われる主人公の心情はどういうものですか?」ときかれる。即座に「私は主人公ではないのでわかりません」と答える(15-0)。「主人公でなくても、読解力があればわかるはずです」と畳み込まれると、「本人がはっきり言わないのに、邪推するのはよくないと思います」と答える(30-0)。むっとした教師が、「何が邪推ですか! 読書でも人と接するときでも、相手の心情理解は大切なことです」と言うと、「先生は今の私の心情がおわかりになるんですか?」と切り返す(40-0)。怒った教師が「何ですって! そんなものわかるはずないでしょ!」とうっかり叫ぶと、「それと同じです。私は今、トイレに行きたかったんです」と言ってスタスタと教室を出てゆく。教師や他の生徒たちは唖然呆然。こういうのを「ラブゲーム・キープ」という。
 あるいは、このようなときにも用いられる。今の学校には「容儀検査」なるものがあるが、その際、粗探しの能力に長けた生活指導担当のオヤジ教諭が、「眉がこんなに細いのは、毛抜きをしているからではないか?」と言うと、「私本来の自然な美しさです」と澄まして答える(15-0)。続いて、「前髪が目にかかっているのは、校則違反ではないか?」と言われると、「私はふだんは上にあげています。さっき別の先生にピン止めも外せと言われたので、こうなっているだけです」と答える(30-0――実はそのピン止めが校則違反のど派手なキャラクターものだった)。「スカートの丈にも問題があるのではないか?」と言われると、「最近身長が急に伸びて足が長くなってしまったために、ちょっと短めになっただけです」と誇らしげに答える(40-0)。最後に持物検査に移り、バック、キーホルダーから下敷きにいたるまでクマモン(熊本県のご当地キャラクター)だらけになっていることを咎められると、「宮崎県にはまだ適切なキャラクターがないので、お隣の熊本県のもので代用しています。これは私の『郷土を愛する心』の表われです」と答える。そうして、諦めて教師が去ると、シャラポワを真似て(但し声は抑え気味に)「カモン!」と叫んで、ガッツポーズを決める。
【注意点】 
 ラブゲーム・キープは喜ばしいことだが、あまりやりすぎるとモンスター・スチューデント扱いされかねないので、先生たちのプライドにも配慮して、たまにはわざと失点してみせることも大切。
【追記】
 ここの例の場合、相手の攻撃が先にあることから、「ラブゲーム・キープ」ではなく「ラブゲーム・ブレイク」が適切だと批判する人もいるだろうが、そのような非本質的な細かいことを気にするようでは、将来立派なオトナにはなれない。おおらかな心を忘れないように。

年長者は知恵で勝つ!~『ジョニー・イングリッシュ:気休めの報酬』

2012.05.27.07:35

 延岡の映画館にはかからなかったので、これがDVDでレンタル店に並ぶのを、僕は楽しみにしていました。

「『気休めの報酬』はまだ出ないの?」
「いや、『慰めの報酬』です。こちらにあります」
「それは『007』の話だろ? 僕が聞いてるのは、コメディの『ジョニー・イングリッシュ』の方だよ。原題は“Johnny English Reborn”なんだけど、日本語タイトルは無理に007にこじつけて、そうなってしまったらしい。まあ、トム・クルーズの『ミッション・インポッシブル』をもじった“どんな作戦でも不可能にしてしまう男”というフレーズなんかは、僕もうまいと思うんだけど…」

 しばらく前にそういうトンチンカンな会話を店員と交わしたのですが、ついに出た!
 この第二作では、イングリッシュはチベットの僧院で修行に励んでいることになっていて、master(老師)の指導よろしきを得て、世界最強、無敵のスパイとして再び蘇ることになるのです。
 その予告編が実に面白い(複数のバージョンがありますが、これはその一つ)。あの修行のあたりは明らかに『バットマン ビギンズ』のパロディだと思われるのですが、バットマンでは渡辺謙が扮していた老師役のじさまの、あのおごそかな口調のセリフが何より可笑しいのです。

“For five winters (now) you have hidden from the world.”
“Once you were a great warrior.”
“I will make you a warrior again.”

 なんてセリフが並ぶのです(翻訳は不要でしょう)。前作でイングリッシュが諜報部員に登用されたのは、事務方の彼の信じられないようなミスの連続のせいで、スパイがみんな死んでしまって他に候補がいなくなってしまったからですが、いつのまにかgreat warrior(偉大な戦士)だったということになっている。
 しかし、本編ではこれらのセリフは出てきません。窓を閉めたときに猫を落としてしまって狼狽するシーン(上のURLのとは別の予告編)などはそのままですが、老師のセリフはかなり違う。しかし、こちらはこちらでまた笑えるのです。

“You came here to forget your life of shame.”(おまえは恥の人生を忘れるためにここにやって来た)なんて、泣けるではありませんか?(じっさい、イングリッシュの場合、本人の高すぎる自己肯定感にもかかわらず、人生は恥で蔽い尽くされています)。
“Mind must be master of the body. Strong mind can separate the body from its suffering. ”(精神は肉体の主人であらねばならぬ。強靭な精神は肉体をその苦しみから切り離すことができる)というセリフは予告編にも一部入っていますが、とにかく東洋哲学とマーシャルアーツの真髄を、イングリッシュは深く学ぶのです(それを体得するため「火渡りの術」にも挑戦)。
 ロープで石をズルズルと引きずるあの有名なシーンなど、そのロープはどういうわけだか股間から出ているのですが(どこにくくりつけられているかは神のみぞ知る!)、何でそんなことをしているのかは、老師の“Our purpose here is simple. To strengthen what is weak. Make hard what is soft.”(弱いものを強くし、柔らかいものを硬くする)という、解釈によってはとんでもないことになりかねない言葉によって説明されるのです。
 そしてついに、MI 7(実在する英国の諜報機関はMI 6)から帰還命令が下る日がやってくる。苦節五年の厳しい修行に耐えたイングリッシュは老師に“Master, what is my destiny?”とたずねます。すると、老師はこう答える。

“I'm in touch with a higher power.” 

 おお! 東洋の偉大なマスターである老師は「高次の力」とたえず連絡をとっておられるのです!(ちなみにこのbe in touch withやkeep in touch (with)は受験の必須熟語)。そこで老師はパソコン(今やハイヤー・パワーもパソコンに宿る?)のキーを打つ。そこにMI 7からの帰還命令が(一度はdismissed=クビになっていたのですが)記されているというわけです。おまえはロンドンに戻って、果敢な戦士、007以来の女王陛下の秘密諜報部員として再び活躍しなければならない。

“Only then can you be reborn.”

 何という厳かな響きの言葉でしょう! この映画の最も重要な登場人物の一人は、掃除婦やゴルフのキャディを装ってたえずイングリッシュの命をつけ狙う凄腕スナイパー、assassin(刺客)の中国人おばあさんで、それは真に強力で恐ろしいのですが、そのあたりは見てのお楽しみです(最後のオチもこのアサシンがらみ。エリザベス女王もこの映画をごらんになったのでしょうか?)。

 それで、僕がこの映画の名セリフとして挙げたいのが、この記事のタイトルに使わせてもらった「年長者は知恵で勝つ」です。実に含蓄に富む言葉ではありませんか? イングリッシュは元々おそろしく運動神経が鈍い上に、もはや若くないので、これは彼がチベットの僧院で学んだ最も重要な教えの一つなのですが、日本語字幕でそう訳されているこのセリフは元々はこうです。

“You are not young. But with age comes wisdom.” 

 直訳すれば、「叡知は年齢と共にやってくる」となります。そのwisdomのあまりのシンプルさには驚かされる(修行が必要だとはとても思えない)のですが、ともかくここの字幕の訳は画面にぴったりでうまい。さすがはプロです(高校生用に念のため説明しておくと、この文はwisdom comes with ageの倒置なのです)。

 僕はかつてピーター・セラーズの熱烈なファンだったのですが、この『ジョニー・イングリッシュ』はピーター・セラーズにおける『ピンク・パンサー』のクルーゾー警部のような、ローワン・アトキンソンの当たり役になるのではないかと思っています。欲を言えば、このあたりをもうちょっと工夫すればもっと笑えただろうというところはいくつかあったものの、アトキンソンはピーター・セラーズと同じく、そこに真面目な顔をして座っているだけで人を笑わせてしまうという稀有の資質をもつ天才コメディアンです(日本にも昔はそういう役者がいました。左卜全[ひだりぼくぜん]や藤山寛美、渥美清などがそうです)。よってさらに続編が制作されるのを期待したいと思います。

 それにつけても、やはり僕ら中高年は「知恵で勝つ!」というふうにならないといけません。知恵はもとよりシンプルなもので、それによって若者にありがちな悪戦苦闘の無駄を省き、逆にスピーディに問題を解決に導くのです。体力の低下を補って余りある知恵があってこその中高年なので、それがなければただの厄介者、社会の妨害物です。世間に重んじられたい一心で用もないのに出しゃばり、空疎で混乱した長たらしい講釈(大方の場合、ご本人も何を言っているのかわかっていない)を垂れるしか能がないようでは、たんなる「社会の迷惑」でしかありません(お笑いネタになりたいのなら別として)。
 ちなみに、この映画にはイングリッシュの上司役として、いっとき話題になった『Xファイル』シリーズのスカリー役をしていた女優さん(ジリアン・アンダーソン)が出ていますが、この人はむしろ昔よりきれいになってるな、という印象を僕は受けました。With age comes meaningful beautyというところが、年のとり方によっては、女性にもあるのです。

 ともあれ、笑いたい方でまだごらんになっていない方には、DVDを借りて見ることをお勧めします。「年長者は知恵で勝つ」ヒントが満載…されているかどうかは、保証のかぎりではありませんが。
 高校生も、あのチベットのマスターのわかりやすい発音のセリフなど、英語の勉強にもなりますよ(わが息子は幼児の頃、母親が借りてきた『機関車トーマス』『熊のプーさん』などの教育的配慮に富む幼児用ビデオには見向きもせず、父親愛蔵の字幕版『ピンクパンサー(とりわけ3と4)』を見てケタケタ笑っていました。あてがうものに興味を示さないので、一度仕方なくそれを見せたら大喜びで、「クルーゾーがいい」と言って、何度も同じのを見たがって、彼女を呆れさせたようです。遺伝というのは恐ろしいもので、父子で笑いのツボが一致していたのです。遊びにもだから、「怪獣ごっこ(父親が悪い怪獣役で激闘の末やっつけられる)」の他に「クルーゾーごっこ(クルーゾーとケイトーの戦い)」というのがあって、父子はかなり真剣に戦いを演じたものです。「やっとられんわ」と言いたげな母親の深い嘆きにもかかわらず、期せずしてそれが“英才教育”になったと見え、おかげで“昔受験生”の父は苦手な英語のリスニングが、彼は得意になったのです。母子はその因果関係を否定していますが、他に理由は見当たらないので、父親の僕はそうにちがいないと思っています。幼い子供をもつお母さんたちも、わが子と一緒にこういう映画を見るといいかも知れません。どのような性格の持主になるかについてまでは、責任は負いかねますが…)。

女子高生お言葉集2

2012.01.01.16:19

 あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします(僕は不精で賀状を書かないので、まとめて代わりのご挨拶です)。
 古典落語に、「福の神が家の周りをぐるりと取り囲んでいて、貧乏神が外に出られない」というのがあったと記憶していますが、笑うが勝ちということがあって、笑えば貧乏神も福の神に変身するということがあるでしょう。というわけで、新年号はこれから行くことにします。

 受験生たちはもうすぐセンター試験で、緊張が高まっていることでしょう。だからまず、そちらについてのアドバイスを兼ねて少々。塾ではよく熱血教師による受験生対象の“正月特訓”などというものが行われるものですが、僕は正月三が日は断固として休みます。これは僕が冷血教師だからではなくて、本番に備えて受験生に十分な休養を与えようという周到な配慮に基づくものです。怠惰だからではなく、思いやり深いからです。

「でも、先生、私は不安なんですけど」
「フアン? 何で不安になどなるかね?」
「だって、センター失敗したら、終わりじゃないですか!」
「君は『人は成功からより失敗から学ぶものだ』という言葉を知らないのかね?『成功はシュークリームのようにあっけないが、失敗はスルメイカのように味わいがある』という格言もあるほどだよ」
「誰の言葉ですか? ゲーテか誰かがそう言ったんですか?」
「僕が今さっき作った格言だけど、百年後には有名になって、世界中で語り継がれることになるだろう。とにかく、つまらないことを心配しないことだよ」
「そんな…。私の将来がかかってるんですよ!」
「君の将来なんて、宇宙全体からすれば取るに足りないことだろ? もっと心を広くもつことだよ。僕なんか、人類が絶滅しても全然気にしないからね」
「自動販売機で10円の釣銭が出ないからって大騒ぎするような人に、そんなこと言われたくないんですけど」
「10円じゃない、30円だよ。僕は150円入れたんだから。そもそもの話、120円ってのが高すぎるのに、その上にお釣りが出ないってんじゃ、どんな寛大な人でも怒るのがあたりまえじゃないか。同じのがスーパーでは98円で売ってるんだから、差し引き52円の損失になる」
「先生がいつも飲んでいるあれ、安売店の○○じゃ48円ですよ」
「何!? それじゃ、そこで買ったら三本も買えたことになるじゃないか! 世の中にそんな理不尽なことがあっていいのか!」
「私が言いたいのは、そんなセコい話じゃなくて、今後の人生がかかった試験の話なんですけど。私の場合、第一志望には最低でも75%は必要なんですよ」
「医学部なら9割必要だから、それと較べれば君はまだ恵まれている。それにしても、五教科七科目の平均点が9割を超えるなんて、正気の沙汰ではない。医者になる連中はみんなキチガイかと思ってしまうね。僕が試験官なら、精神異常とみなして9割以上取る受験生は全部落としてしまうけどね。大体、平均点を6割に設定しているという、あのセンターがよくないんだよ」
「何でですか?」
「入試なんてものは、受験者の平均点が2~3割でいいんだよ。5割取れれば楽勝で合格できる試験にすればいい。そうすれば、受かってもマグレという奴がたくさんいて、多様な人材が確保される。落ちたからといって、それは運が悪かっただけだという言い訳も無理なく成立して、誰も傷つかなくてすむ。難問珍問奇問だらけなら、真面目に勉強するのも馬鹿らしいということになって、受験戦争は終わる。僕は今度文科省にそういう提言書を送ろうかと思ってるぐらいだよ」
「好きにして下さい。私は先生のような人に教わっていることに危機感を抱いたので、家に帰って勉強します」


お言葉2.リア充

【語義説明】
 「リアル充実」の略語。「りあじゅう」と読む。「realに充実している」という意味で、欧米ではreal fulfilmentとして知られ、あちらのティーンエイジャーの間では「リアふる」として広く用いられている(未確認情報)。恋でも部活でも勉強でも、思うことが皆成就して、「ふっふっふ」状態のときを指す言葉。対義語に「レア(rare)充」があり、こちらは失恋もしくはウザい男子にばかり言い寄られる、模試の偏差値が急降下する、身長はそのままなのに体重が二キロも増えてしまったなど、不快な、思うに任せぬ腹立たしいことのみ多くて、喜ばしいことはほとんどない状態を指す。

【用例】
 たとえば、このようなときに使われる。部活の大会で、対戦相手が(自分がではなく)不意に転倒する、ぎっくり腰になる、風邪の高熱で全く実力が発揮できなかった、等々の幸運が相次いで、個人戦(テニスなど)ですいすいと勝ち進み、いつのまにか県内ベストフォーに入って、学校で朝礼のときに表彰される。「一見ぼーっとしているように見えるのに、ほんとは俊敏で、運動神経が抜群だったのだな」と学校中で話題になる。たまたま試みた新しいヘアスタイルも好評で、可愛くなったと皆に言われる。その翌日、一ヶ月前に受けた模試の結果が返ってきて、いつもは全部外れるテキトーにマークした箇所が、なぜか全部当たっていて、偏差値が10以上アップし、「あの子はスポーツができるだけでなく、実は頭もよかったのだ!」と皆が思い込む。そうした中、われ先にと、男子から交際のオファーが殺到する。それを見て、以前は見向きもしなかった本命の男子が動揺して、皇女を前にしたごとく、丁重なおずおずとした様子で、交際を申し込んでくる(仕方なく受け入れてやるふりをする)。そうこうするうちに、父親が年末ジャンボ宝くじで大当たりを引き当て、それまでは地味ぃな地元の国公立大学以外は不可と言われていたのが、行きたかった“花の東京”のトレンディな私大も可と態度が大転換する。さらに、従者をしたがえる女王様然とした態度で本命男子と初詣に訪れた神社では「大吉」を引き当て、ほとんどあらゆる項目に「夢がかなう」と記されたお告げを読む。
 このような状態を「リア充」と呼び、周りの女友達は、「リア充やろ、このー」と言ってはやし立て、ひじでこづく。
【注意点】
 あんまり喜びすぎてはいけない。周りの女子たちは必ずしも快くは思っていないのであり、その祝福の笑顔の奥には全く別の感情が秘められていることを知らねばならないからである。友達にひじでこづかれた際のその妙に鋭い痛みには、「おまえだけいつもいい目が見られると思うなよ!」という暗黙のメッセージが込められているのであり、「レア充の恨み」とでも呼ぶべきものが十重二十重(とえはたえ)に自分の周りを取り囲む危機的状況になってしまったことを自覚しなければならない。大体、よく考えてみれば、少しばかりラッキーな偶然が重なりすぎたのであり、逆のこともありうるのだと知って、そのような「偶然のいたずら(プラス・マイナス両方)」から超然とした精神がもてるよう、“悟り”への道を邁進すべきである(但し、悟りすぎて尼さんになって出家してしまわないよう、注意しなければならない)。


お言葉3.どん引き

【語義説明】
「どん」はカツ丼、親子丼などの、どんぶり物の「どん」ではなく、「どん底」「どんビリ」などと同じく、強意の接頭辞である。英語のthe very~に相当する。「どんびき」と発音されるが、この「引き」は、「思わず引いてしまう」というときのあの「引き」である。用例の実際としては、しばしば「ど・ん・びきぃ…」というふうに用いられ、長く引き伸ばされればされるほど、「引き」の度合いが甚だしいことを含意する。

【用例(たくさんあるが最も恐ろしいものだけ紹介)】
 たとえば、このようなときに使われる。学校の清潔感あふれる若いイケメンの先生が、服装のセンスもよく、ユーモアに富み、教え方もうまくて生徒たちの大人気を博しているのを見て、メタボで風采の上がらない、気分屋でしばしば些細なことで怒鳴り散らす不人気な中年教師が、負けてはならじとにわかに派手仕立てになり、突然どんぐりの図柄のピンクのネクタイなどしてきて、生徒をのけぞらせ、笑いを取ろうと授業中必然性のない無理なおやじギャグを連発して、その都度生徒たちに凍りつくようなひきつった笑いを強い、さらに、元はハゲていたのに、次第に髪が増えていくなどのときである。なぜ髪が増えるのか? それはアートネーチャーの旧式の「漸次増毛法」というやつで、週ごとに人工植毛の数が増えるためである。それが今週より来週、来週より再来週という具合にだんだんハゲを埋めていくのを見て、生徒たちは名状しがたい恐怖に襲われる。もはや授業に集中するどころではない。このような逃れるすべのない恐ろしい状況にいたったときに、「どん引き」という。
【対処法】なし。


付録:「お言葉集1」の“誤字”について

 昨年末、日本コカコーラ・ボトリングの広報担当と名乗る人から電話があったので、そのときの会話をここに採録しておきます。何でも、商品名『爽健美茶』が誤って『壮健美茶』となっていたので、その訂正を求めたいとか。

「いいじゃありませんか、そんなもの。大して違わないでしょう?」
「そうは申しましても、商品イメージというものがございまして、あの商品にこめられた弊社のコンセプトは“爽やか”に“健康”で“美しい”というものでございますので…。若い女性が主なターゲットですので、何卒そのへんのご理解をたまわりたいのですが」
「しかし、“壮”だとどこがまずいんですか?」
「“壮”というのは、たとえば、“壮大”とか“壮烈”とか、“大言壮語”とか、何と申しましょうか、いささか大味な印象を与えると申しましょうか、若い女性の好むイメージとは違うわけでございまして…。とりわけ致命的なのは、“壮士”とか“壮年”とかいう言葉があることでして、それらは主にデリカシーに欠けるオヤジ族に用いられるものでございます」
「僕のような中年オヤジに向かってそんな傷つけるようなこと言っていいんですか?」
「たいへん失礼いたしました。そのような意図は微塵もないことをご理解下さい」
「まあ、いいでしょう。ソフトバンクのCMなんかでも、お父さんはイヌにされてしまって久しいですからね。あれが母親なら、けしからん!といって不買運動必至でしょうが、われわれオトーサンは犬にされようが粗大ゴミにされようが、力なく笑って耐えるのみです」
「ご理解いただき、有難うございます」
「しかし、考えようによっては、今はアレでしょう、“肉食女子”なんてのが増えているんでしょう? だったら、強さ、逞しさをイメージするのに、“壮”はいいんじゃありませんか?」
「そのへんの発想もオヤジ的に粗雑…いや、若い女性のメンタリティへの理解がいささか不十分かもしれませんので、肉食女子だからといって朝青龍みたいな感じになってはよろしくないわけです。可憐ではかなげな様子を装いながら、実は恐ろしいというのが肉食女子でございまして、猛禽女子といえども、見た目はプロレスラーや関取であってはならないのです」
「なるほど。それならヒマなとき直してもいいですが、宣伝してあげてるのに、抗議だけでお礼がないというのはよろしくないのではありませんか? いくら相手が無力なオヤジだからといって、あまりにも人を軽んじすぎた態度です。マルちゃん本舗なんか、すぐに新発売のみそラーメンを一ダース送って寄越しましたよ」
「ホントですか?」
「ホントですよ。僕はサッポロみそラーメン(野菜が多くてヘルシー)をふだんは食べるのですが、今はマルちゃんのみそラーメンを食べているのです。おたくもすぐ『缶コーヒーのボス』を一ダースぐらい送って寄越すべきでしょう。『ベストセラーの作り方2』に書いたように、僕は『缶コーヒーを飲む人は成功しない』なんて本は気にしてませんから」
「失礼ながら、それは他社の製品でございます」
「じゃあ、バイヤリースオレンジとか…。あれは僕も昔好きでよく飲んだし、塾の生徒たちも飲みそうですから」
「失礼ながら、それも他社の製品でございまして、今お話をうかがって、弊社の製品をよくご存じないのがわかりましたので、今度試供品のフルセットをお送りさせていただきます」
「おお! それにはチューハイの“氷結”なんかも入っているわけですね?」
「入ってませんって! もっとよく勉強なさってから記事はお書きになったらどうですか? あえて忠告させていただくなら、そういう無神経で不勉強なところが、オヤジの嫌われるゆえんなのです。私ども広報でも最も苦労させられるのがトンチンカンなことを言うオヤジどもでして、ロクな購買力もないのに、わけのわからない文句ばかり言って寄越すんですから」
「まあまあ。僕なんかこれでも、ものわかりのいいオヤジの部類ですよ。たまにはレストランで、『大盛りを注文したのに量が少なすぎる、50円値引きすべきだ!』なんて言うことはありますが、これはリーズナブルで控えめな要求です。とにかくその試供品のフルセットを送ってください。そしたら今度は、“六条麦茶”をおいしそうに飲む女子高生なんかを登場させますから」
「………」
「もしもし。もしも…(電話切れる)」

ベストセラーの作り方2

2011.11.04.16:43

 天気図ではバリバリに高気圧が張り出していて、「爽やかな秋晴れ」になっているはずなのに、九州方面では梅雨みたいなぐずついた天気が続いて、今も外は雨です。迷走を続ける例の「ギリシャ財政問題」みたいな煮え切らなさです。
 そこで…と言うわけでもないが、再び「プラス思考のヒットメーカー」唐変木出版社長兼編集主幹・猿野真似夫氏にご登場願って、軽くお笑いいただくことにしましょう。

 今回は、『どうして日本はこんなに世界中から愛され、尊敬されるのか?』という新刊のPRを兼ねて電話をくれたのだとのこと。

「どうも、それ、似たようなタイトルの本がもう何冊も出てませんか?」
「ですから、わが社のこれは、その決定版ともいうべきものなのです!」
「力強いお言葉ですが、僕にいくらか疑問に思われるのは、ほんとにそんな事実があるのかどうか、ということなんですが…」
「あろうとなかろうと、そんなことはどうでもよろしいわけですよ。長期不況と震災の痛手の中から立ち直るには、『がんばろう、ニッポン!』だけでは足りないわけで、どんなにわが国は素晴らしい国であるかを、われわれ日本人が無理にでも実感することが大切なのです!」
「なるほど。財政赤字が天文学的なレベルに達していても、日本の場合にはギリシャやイタリアのようには決してならないと、そう思い込むのにはよほどノー天気でなければなりませんからね」
「相変わらず、発想がネガティブですなあ。これは『ノー天気』ではなく、『前向き』と解すべきなのです。ご存じのように、わが国には莫大な個人金融資産がございますのでね、まだまだ大丈夫だと、弊社の『借金上等、円高万歳!』の著者の証券アナリストの先生も言っておられるほどです」
「無責任な…。その『どうして日本は…』という本にも、そういう話が充満しているわけですか?」
「いや、この本は主としてガイジンの賛辞を集めた本です。海外からの賞賛の嵐。それはもう、これでもかというほどほめちぎられてますからねえ」
「お世辞があんまり見え透いていて、かえって気が滅入るということはありませんか?」
「ありません。それはあなたのような性格のねじまがった人だけです」
「ははあ。しかし、僕みたいな人間はどのみちそんな本は買わないと思いますよ。そこに出てくる大方の賛辞というのは、著者または編集部が勝手に考えた“やらせ”の類じゃないんですか? あるいは、いまだに日本にはサムライとゲイシャがいると信じ込んでいる無知な外人の言葉だとか…」
「わっはっは。たしかに中には日本人女性はあのタレントの小雪のような清楚で奥ゆかしい印象の女性だけだと思い込んで、絶賛しているアホなガイジンの言葉もあるんで、私もそれを読みながら、一度うちのかみさんに会わせてやりたいと思ったくらいですが」
「一体、どんな奥さんなんですか?」
「小雪どころか大雪、いや、大量の土砂が混じった雪崩みたいなもんですからね、うちの場合は…。しかし、ここはそんなプライベートなことをお話しする場ではないので、どこまで行きましたっけ?」
「『どうして日本はこんなに世界から愛され、尊敬されるのか?』という新刊の話です」
「そうでした。他にもですね、『カップ酒を買う人は成功しない』というのがあるんですよ」
「缶コーヒー、じゃないんですか?」
「それは他社の本です。そちらはお読みになったのですか?」
「いや、僕は大のコーヒー好きで、缶コーヒーも毎日一本は飲んでいるので、なるほどそういうわけで自分は成功しないのかと、その本を立ち読みしたんですよ」
「それで、缶コーヒーはやめたんですか?」
「全然。だって今さら、成功もクソもありませんからね」
「カップ酒の方はどうですか?」
「そちらは元々買ってません。昔は無理してヤケ飲みしたこともあったのですが、そういうときにかぎってちっとも酔えなくて、翌朝頭がガンガンするだけ。体質的に酒は合わないのだとわかったので、ここ十年以上、誘われた場合は別として、ふだんは一滴もアルコールは口にしません。しかし、何でカップ酒は駄目なんですか?」
「あれには要するに、“日雇い労務者”的なイメージがしみついているからですよ。昔の『山谷ブルース』をほうふつさせるようなものが、あれにはあるのですね。それで、“日雇いメンタリティ”とでも呼ぶべきものが、あれを買うことによって知らずしらずに染みついてしまって、それが出世の大きな妨げとなるのです」
「そうすると、高級ワインでも飲めば、反対の“セレブ・メンタリティ”みたいなものが身につくわけですか?」
「まあ、かんたんに申せば、そうですね」
「だけど、そんなものばかり買ってたら、よけいに貧乏になるじゃありませんか?」
「そりゃそうですよ。だから私なんかも、最近は安い発泡酒ばかりで、うちの女房は、それでも機嫌が悪いくらいです。しかし、それでは本にならないのです!」
「ならないって…初めから、そんな本、出さなきゃいいじゃありませんか? 何を飲もうと、そんなことは余計なお世話です」
「もうこういう話はよしましょう。その本にはこういう会話そのものが“貧乏マインド”を強化すると述べられているのです。それで話題を変えるとして、傑出した現代日本文化論が一冊、来月弊社から出版されるのですが、そちらはもうご存じでしょうか?」
「いいえ。広告でも出しているのですか?」
「もちろんです。インターネットのホームページはもとより、『月刊萌え』や『月刊SM』、それから学習雑誌の『鶏鳴時代』にいたるまで、各種の代表的なメディアで大々的に宣伝しています」
「僕が知らない雑誌ばかりですね。学習雑誌の『ケイメイ時代』というのは、昔からある『蛍雪時代』の間違いではありませんか?」
「いや、それとは別の、最近売り出し中の雑誌です。これはセンター試験などのマーク式の試験で、選択肢のどれが一番当たる確率が高いかということを、IBMの最新コンピューターを駆使して割り出すなどのことをしていまして、部数を飛躍的に伸ばしている、いわゆる“赤丸急上昇”中の受験雑誌です。これ、法則のようなものがありましてですね、たとえば正解が4だとすると、次に1が来る確率は48%、2は26%、3が24%で、同じ4が41%、というようなことになっているわけです。そうだとすると、1か4を選ぶと確率が高くなるんですよ。なるほどと思って、最近私も中学生の息子に、模試の前にそれを教えておきました」
「当たったんですか?」
「いや、全滅でした。しかし、これはうちの息子が、最初の答を間違えていたからでしてね。最初の正解は3だったのに、1にして、そちらの法則を当てはめてしまったんです。それぞれの数字にパターンがあるので、それを暗記して、かつまた、最初が正解でないと、これは使えないんです」
「そんなアホな『法則』なんか覚えているヒマがあったら、単語の一つでも覚えた方がマシだと思いますけど。センター試験なんか、同じ番号が四回連続するなんてことも珍しくないのですよ。法則なんてありません。無意味な話です」
「しかし、科学的な分析に基づくのです。『これは絶対この選択肢に間違いない』という問題があれば、前後に遡ってその法則を当てはめることもできるので、そこらへんを図解して、一覧表にしてくれれば助かると、私は編集部に要望しておきました」
「そういうの、競馬・パチンコ必勝法や宝くじのロトの当て方を教えると称するインチキ雑誌と同じじゃありませんかね。ついでにお聞きしますが、何でその雑誌は『鶏鳴時代』なんでしょうか?」
「それは明白です。『一番鶏が鳴く頃起きて勉強する』という意味ですよ。ホタルなんか集めたり、雪明りで勉強するなんてのより、ずっと合理的・科学的でしょう」
「なるほど。ところでその“傑出した現代日本文化論”というのは何なのですか?」
「それそれ。『今なぜトサカ頭なのか?』というのがタイトルです」
「『今なぜ…』ってのは、いくら何でも古すぎますよ。センスがなさすぎて、それだけで『またか』と馬鹿にされてしまうんじゃないですか?」
「プロの編集者として、私はもちろんそれは承知していますが、この本の場合はまさにそれがぴったりなんです。お読みになればそれがおわかりになるでしょう」
「そもそも、〈トサカ頭〉ってのがわかりません」
「遅れてますな。ほら、最近はテレビのアナウンサー、しかもあのお堅いNHKのアナウンサーまで、頭のてっぺんの毛を立てるなんてことを、若い人はやってるでしょう?」
「わかりました。僕も初めはあれはヘンな寝癖でああなっているのかと思いましたが、たしかにトサカみたいになった髪型の人が多いですね。何がよくてあんなことしてるのか、僕にはサッパリわかりませんが。しかし、あれが文化と関係するのですか?」
「しまくりですよ、それは。あれは若い世代の、われわれ中高年に対するレジスタンスなんです。雇用条件は悪くなる、年金も払うだけ払わされて、もらえない。私の代でギリギリセーフぐらいですが、今の社会で権力を握っているのはじいさんばあさんと、われわれおじおばの世代なので、彼らはかわいそうに、冷や飯を食わされることになるのです。さっきあなたがおっしゃっていたように、国の大借金も彼らに押しつけられるわけでして。そこで彼らはレジスタンスを始めたわけです。おとなしい彼らは昔みたいにゲバ棒を振り回すことはできないので、新たな戦法を採用したのです」
「なるほど、『オレたちはほんとは怒ってるぞ』ということを、あのトサカで示しているわけですね。いわば象徴言語」
「読みが浅い! いや、これはその本の著者が述べておられることでして、本当はもっと深い意味があるのです」
「どういう意味ですか?」
「われわれ中年は、頭のてっぺんがかなり薄くなって、バーコード頭やハゲが少なくないでしょう。あのフリンの西山審議官にしても、ハゲを恥じて、何とか若く見せようと安物のカツラなんかつけてたわけです」
「たしかに。僕なんかも、日々バーコードに接近しつつあるという感じですからね」
「でしょう? それで嫌味にも彼らは、『あんたら、こういう髪型はできないでしょう』ということで、わざと中高年なら一番髪の薄くなる、あのあたりを盛り上げる、ということをしているわけです」
「なるほど。それでわれわれに屈辱感を与えると」
「さよう。それで心理的ダメージを与えて、中高年を自信喪失に導き、権力を奪取しようという、深謀遠慮が、あれには隠されているわけです。そうと悟られないようにしつつ、ボディブローのように利いてくるという…」
「なるほどねえ。しかし、それなら、『文化論』というよりは『革命論』みたいじゃありませんか?」
「私もそう思って、最初は帯に『現代のチェ・ゲバラ! 驚異の革命戦略を解明!』と書こうとしたんですが、今は『革命』なんて言葉ははやらないんです。そういうのは今の若者にはウザいだけなので、そんな言葉に郷愁を覚えるのは中高年世代だけです。ターゲットの読者層は30代以下なので、それではよろしくないわけです」
「たしかに、中高年がそんな本読んだら、気を悪くするだけですからね」
「そうです。まあ、怒ってブログや各種ネットレビューに悪口を書くために本を買って読む人というのも一定数いて、出版社としてはそういう読者もお得意さんに数えるのですが、マーケット全体からすると少数ですので。しかし、文化論としても、あながち間違いではないのです」
「どうしてですか?」
「今の若い世代は“エコ志向”で、スーツなんかも、われわれの世代から見ると、生地をけちったようなチンチクリンでしょ? 裾も短いし、からだにぴっちりした感じです。われわれには窮屈に見える。しかしあれなんかも、有限な地球資源を思えばこそなので、無意識にそういう心理がファッションにも反映されているのです」
「なるほど。してみれば、あのトサカカットにもそのような“エコ志向”が秘められているのでしょうか?」
「おっしゃるとおりです。あれは夏にはからだの熱を外部に発散しやすく、冬は暖房効果があるのです。ちゃんと省エネになっているのです」
「ほんとですか?」
「ほんとです。生理学と電気磁気学の研究者によって、そのあたりが解明されています。そのあたりの説明はきわめて専門的になるので詳しい話は割愛しますが、頭のてっぺんに毛が多いと暖房効果が期待できるというのは、ある程度常識からわかります。しかし、夏に暑くては困る。そこで、あのトサカ型にすると、放熱効果が夏には発揮されるということがわかったのです」
「すごいですねえ。若者やヘアデザイナーは、本能的にそのような知恵を得たのでしょうか?」 
「たぶん、そうです。やはり人類はまだ進化を続けているので、マヤ予言にもかかわらず、人類はまだ存続し、進歩するのです」
「それで思い出しましたが、僕に不思議なのは、おたくの会社はまっさきに『恐怖のマヤ予言! 忍び寄る人類絶滅の危機!』なんて本を出しそうに思えるですが、そういうのはないのですか?」
「あります。但し、そのような無責任なものではなくて、『マヤ文明と宇宙人アレマ』『古代マヤ文明のルーツは実は日本だった!』という、きわめて学問的なものです。良心的な著作のせいか、こちらは売れ行きが今一つなのですが、私はこれから編集会議に出席しなければならないので、今詳しくご説明できないのが残念です」

 それで僕は、「ご遠慮はいりませんので、早く編集会議の方へどうぞ」と言って電話を切りました。結局、何のために電話がかかってきたのかはよくわからないままです。

女子高生お言葉集1

2011.10.28.02:26

 当ブログでは、ナンセンスコーナー新企画として、「女子高生お言葉集」なる新シリーズを発足させることとなりました。前の「ベストセラーの作り方」がなぜか好評だったことと、ふだん真面目に書いている記事の方が、「漢字が難しすぎる」「長すぎる」「無茶苦茶言うとる」「あんた、キライ」「ヴィジュアルが足りん」「意味わからん」「代金返せ(初めからそんなものは取ってませんが…)」などの数々の非難を受けているのを考え、それを和らげることを意図したものです。
 本来生真面目でシリアスな筆者としては、ツチヤ教授のような真似をするのは潔しとしませんが(うちの息子など、ツチヤ教授は売れないお笑い芸人で、さくらももこの“子分”だと、いまだに思い込んだままです)、事ここにいたってはやむを得ないと、そのような対応を余儀なくされたものです(涙)。
 尚、ここに掲載される「お言葉」は、塾で調査してみたところ、延岡の女子高生たちの間でも、実は特定の高校の僅か数人のサークル内で使用されているものにすぎなかったり、“普遍性”の観点からすれば甚だ疑わしいものであることが判明したのですが、そのようなことをいちいち気にしていたのでは、ナンセンスは成り立たないので、ナンセンスの本道に則り、検討に値すると筆者が判断したものはすべて取り上げてゆくこととします。


 お言葉1.マックスやばい
【語義説明】
「マックス」と「やばい」の合成語で、前の「マックス」は英語のmaxに由来するものと推定される。maxは「最大限、最大の」を意味するmaximumの略語。「やばい」は「非常に困った状況に陥った」ことを意味する口語である。したがって、この言葉は、関西弁の「えらいこっちゃ!」を最大限に強めた表現であると解され、類語に「超やばい」があるが、superよりもmaxは度合いが大きいと思われるので、それをさらにしのぐものである。

【用例A】
 たとえば、このようなときに使われる。いつものように大量の宿題が出ていたが、友達とのメール交換で多忙であったり、一度に三冊借りたマンガや血液型占いの本などに夢中になっていたり、眉毛の手入れに思いのほか時間が取られたり、母親と夜食のカップラーメンのブランドをめぐって言い争い(あれほど「マルちゃんにしてね」と言っておいたのに、母は「どれも同じだ」と言っていつもスーパーで安売りになっている他社のものを買ってくる等)になったりして、三分の一も終わらないまま11時半になってしまった《「やばい」のstageに相当》。
 それでいったん寝て、朝四時前に起きて宿題をやることにしたが、目覚ましは鳴らず(ほんとは鳴ったのだが、手馴れた無意識の一撃で止めてしまった)、朝食を急いで食べて自転車の暴走運転で学校に駆けつけるしかないという時間になってしまった《「超やばい」のstageに該当》。
 その日はキレやすいので有名な英語または数学、あるいは国語の先生の授業が午前中にあって、かつ席順または名簿順からすれば、自分が当たることが確実視されるが、その先生の宿題プリントは白紙のままである。しかし、幸い自分の後ろの席の生徒が真面目な秀才の男子生徒で、塾の先生の「よく出来るクラスメートとは仲良くしておいて、いつでも宿題や答案を見せてもらえるようにしておくとよい」というアドバイス(この先生の教えはほんとにタメになる)を取り入れて、ふだんから愛想をふりまいているので、休み時間に見せてもらえばよいと思って安心していたら、折悪しくその頼みの綱の秀才君が部活の遠征でその日は不在だった。加えて、その問題の先生は、朝、奥さんにゴミ出しを怠ったまま出勤しようとしたことで手厳しく叱られ、いつにもまして不機嫌で、ゼロ時限(朝課外)のときから、隣の教室で怒鳴り声が響いていた《「マックスやばい」のstageに到達》。
【対処法】
 急な腹痛を訴えて、授業開始直前に保健室に緊急避難する。または、前の席のだらしない男子が出鱈目を答えて、その先生がそこでブチ切れ、怒り狂ってそのまま授業が止まり、自分のところまで回ってこなくなるよう、ひたすら神に祈りを捧げる(後者は古代人の、「いけにえ」を捧げてわが身の無事安全を祈願する心理と同一である)。

【用例B】
 たとえば、このようなときに使われる。日曜午前中の部活で、グラウンドに出ようとしたところ、サッカー部またはバスケ部野球部の(間違っても胴長短足の柔道部の、ではない)人気№1イケメンの憧れの先輩とバッタリ鉢合わせして、転びそうになったところ、「大丈夫?」と優しく声をかけられ、「大丈夫です~う」と可愛く答えて、しかしはかなげな様子を装いつつ、しっかり手を出して、助け起こしてもらう。天にも昇る心地でその日の部活を終えた後、同じ部の他の女子たちにそれを自慢すべく、コンビニでの買い食いに誘う。それでお茶とおでんにするか、焼き鳥にするか迷った挙句、結局お茶(「壮健美茶」を選択)とヤキトリ(タレを選択)にして、道路側に止めた自転車の荷台にまたがり、その奇蹟のような出来事について皆にひとしきり自慢した後、「やきとり、うっめー」と大声を出しているところに、折悪しくその先輩が通りかかって、その気品のカケラもない大股開きの姿勢と、タレを口の周りにつけたオヤジ顔を目撃されてしまう《この場合は、一気に「マックスやばい」に到達》。せめてヤキトリは「タレ」でなくて「塩」にしておけばよかったと思うものの、後の祭り。
【対処法】
 その日はそしらぬ顔でやり過ごし、翌日以降、学校でその先輩に会ったときは、何事もなかったかのように可愛く会釈し、声などもぶりっ子モードに戻して、その先輩に、あれは人違い、または純然たる目の錯覚だったのではないかと思わせるように仕向ける。「ありえない」と信じ込ませれば、人はやがて事実も幻覚に過ぎなかったと考えるようになるからである。むろん、以後は周囲への目配りも怠らないようにする。
プロフィール

大野龍一

Author:大野龍一

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR