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あの世とこの世の相互作用

2021.05.15(01:10) 828

 ナチュラルスピリット今井社長の個人ブログ、『酔星人ブログ(ノーマインドの道)』は、仕事上のおつきあいがあるからというより、正直な人柄と飾らないホンネが吐露されているのが面白くて、割と僕はよく見ているのですが、最新のもの(5/14)に「2024年危機説」というのが出ていて、興味深かったので、ご紹介しておきます。

酔星人ブログ(ノーマインドの道)

 他界した霊も、アストラル界までしかいけない霊が多く、妄想の中で苦しんでいるといふ。アストラル界に行けず、地上をうろうろする浮遊霊も多く、かなりの人に憑依してゐるらしい。エゴの強い人ほど憑依を受けるとのこと。
 地上とアストラル界のマイナス波動がたまりにたまって、それが原因となって2024年頃の天変地異が起るといふ。戦争も起るのか。


 というのですが、こういうのはいわゆる「霊界」というものを認めない、そんなものはナンセンスだと思っている人にはトンデモ話としか思えないでしょう。僕は別に霊能者ではありませんが、昔一時期、超常現象の頻発に悩まされたことがあって、その頃は一時的に霊能者もどきにもなってしまって、人のオーラ様のものが見えたり、電車やバスに乗ったとき、激しい悪寒がするのでこの邪悪なエネルギーはどこから、誰から出ているのか探って正確に特定できたりもした(他の乗客が平気でいられるのが不思議でならなかった)ので、不気味この上なく、「一体この世界はどういう構造になっているんだ!」と空恐ろしくなったことがあります。その頃はユングのいう「共時性」現象も全くありふれたことだったので、そういう経験をすれば、世界の見方も自然に変わるわけです。

 体調を崩す前に、嗅覚が異常に敏感になったりするのは、多くの人に覚えがあるでしょう。それは錯覚ではなくて、それに対応するものが実際にあるのですが、健康であるというのはだから、鈍感であるのと同義のところもあるのです。僕が「霊能者もどき」になっていたときも、パーソナリティ的な防衛機構が精神的な衰弱のために弱まっていたことと関係します(精神科医のアーサー・ガーダムによれば、そういうときには抑え込まれていたプシュケの働きが感受されやすくなる)。何か子供の頃に戻ってしまったみたいで、おまえが乳児の頃は畳を踏むみしっという音だけでも目を覚ますので、家族は抜き足差し足で歩かねばならず、ヒソヒソ話もできないので往生したと後で親に言われたことがありますが、感覚的に敏感すぎる子供は匂いや音だけでも大きな負担になって、吐き気に襲われたり、人間の思惑の類も物理的な力のように感じられるので、疲れて身体的な成長が妨げられることがあって、僕もそういう子供の一人だったのです。幸い、山奥で育って、豊かな自然が周囲にあったから、その中にいることで傷が修復できた。都会の喧騒の中にいたら、確実に病気になっていたでしょう。

 話を戻して、僕の場合、元通り元気になって鈍感になると“霊能”も消えたのですが、霊能というのは通常の感覚と全くの別ものではなく、地続きのものと考えてよさそうで、それでキャッチされるものも、たんなる主観に還元できるものではありません。その知覚が捉えたものがそこにはあると見ていいので、たんなる妄想ではないのです。音や匂いでも、鈍感な人には聞えなかったり、嗅げなかったりするものをそういう人たちは感知できるので、精密機器でそれが測定されたという場合、それは錯覚ではなかったことが証明されたことになる。霊能に関しても、幽霊測定器なんてものは作れないでしょうが、見える人はいて、相互に全く無関係な霊能者たちが同じような描写をしたとすれば、それに対応する何かがそこには存在すると判断した方が合理的でしょう。わからない人たちの多数決で真実が決まるわけではない。

 ただ、敏感な人や超常知覚のある人たちは、それに振り回されて情緒的に不安定になりやすいから、途中から妄想的になってしまうこともあるし、もう一つ、その知覚されたものをどう解釈するかという問題が出てくるので、そのあたりの判別が難しい。僕は神経症とその種の能力が一緒になったような悩ましい人には何度か会ったことがあるし、この人は潜在的な霊能者で、その第六感そのものは正しいことが多そうだと思っても、解釈はパーソナリティレベルでやっているので、その段階で間違えてしまうことが多いのではないかと感じたこともあります。

 いわゆる「霊界」にはいくつもの階層があって、ガーダムなんかは七つあると言っているのですが、死後人間のプシュケは、生まれてきたときとは逆の順序で星間飛行して、その階層をのぼっていき、進歩した魂の場合はさらに上の方までに行って、特殊な事情がないかぎり、もう戻ってくることはなくなるというのが彼が霊たちから聞いたという話です。その場合、ヴァイブレーション(振動)が大きな役割を果たすので、その人のプシュケまたは魂がどこに行くかは、その振動率またはレベルで決まるとのこと。魂が戻ってくる時も、それは類似のヴァイブレーションに引き寄せられるというから、「子供は親をえらんで生まれてくる」という仏教説には一理あることになるわけです。

 人間界に近い階層を、彼はプラトンなどと同様、ハデス(冥界)と呼んでいますが、そこには悪の巨大なエネルギー(それが具現化したものが悪霊です)が存在して、それがこの世界に大きな影響を及ぼし、これを阻止せんとする善霊との間でたえず熾烈な闘争が行われている。この世界の善悪のせめぎ合いは、ハデスにおけるその闘争の写し絵に他ならない、と彼は言っています。

 上の今井社長のブログの、「アストラル界までしかいけない霊が多く、妄想の中で苦しんでいるといふ」のも、この世で進歩を妨げられた振動の粗い魂がそれだけ増えていて、上に進めず、ハデスに存在する悪霊の餌食にされるケースが増え、悪のエネルギーがそれだけ活性化、強大化しているということでしょう。

「アストラル界に行けず、地上をうろうろする浮遊霊も多く、かなりの人に憑依してゐるらしい。エゴの強い人ほど憑依を受けるとのこと」というのは、不幸ないわゆる地縛霊の類が増えているということですが、人間に憑依するのは地縛霊だけではありません。ハデスの悪霊はハートに乏しい邪悪な人間を送信機代わりに使ったり(ガーダムはそういう邪悪な人間を「悪のトランスミッター」と呼ぶ)、直接憑依することもある。善良な人が悪霊に乗っ取られることはまずありません(反対に、標的にされることはよくある)が、サイコパス的な人間や、前々からジコチューで独善的・他罰的傾向が強く、トラブルを起こしやすかった人が目つきが一段と悪くなって妄想的で攻撃的性格を強めたというような場合、この憑依が起きていると疑っても差し支えない。目が妙にギョロついて、口元に妙な薄笑いを浮かべているというような特徴は、悪霊の憑依または悪霊に操られていることのわかりやすい見分けポイントです。

 僕も、最近は「こいつは正気か?」と言いたくなるような人間が増えていると感じています。ネットがその大きな媒体になっている気もしますが、たんなる無神経よりもっとタチが悪い人間が増加しているのではないか。道理をもって説いても聞く耳をもたず、逆ギレするだけなら、相手にしないのが一番ですが、こうまでおかしな手合いが増えるとそうもいかず、そういう人にしつこくからまれて鬱になってしまう人も増えているから、かなりの危機的状況です。

 ユングの共時性、シンクロニシティというのは、内部的・心理的な状況と、外部の現実界の現象が奇妙な「偶然の一致」的対応を見せることです。これを機械的、表面的、公式的に解釈しすぎるのは危険で、悪用もされやすいのですが、これは心的現象と外部的な現象が分離したものではなく、何らかの相互連関をもっていることを示唆するもので、さらに上位の総合的な見地からすれば、おそらくそれらは一つのものなのです。

 地球環境の急激な悪化、文明と経済の深刻な行き詰まり、ウイルス(ガーダムはそれをハデスからくる悪のエネルギーの働きと直接結びつけていた)の相次ぐ出現、社会の各種組織の深刻な機能不全、そういう見たところ外部的なものと、人間の内面、心の世界の暗黒化は、別々のものというより、通常説明に用いられる因果関係よりももっと密接な絡み合いを示すものなのかもしれません。

 つまり、それは、不況になったから生活苦で鬱に苦しむ人が増えた、という単純なものではないかもしれないということです。陰気くさい顔をして、年中人を嫉んだり恨んだりばかりしているジコチューな人は、周りの人間を弱らせ不幸にするばかりではなく、自身もネガティブな外部的状況に取り囲まれてしまうものですが、それは自業自得としても、そういう人が増えすぎると、集合的な悪のエネルギーを強化して、この物質世界に大きなマイナスの影響を及ぼすようになる。それがまた人々の内面的な苦しみを募らせて…という具合に、負のスパイラルに入ってしまうわけです。

 あの世とこの世の相互作用についても同じで、「霊界なんてあるわけがない」と冷笑する人は、僕にはたんなる無知による思い込みとしか思えないのですが、そういう関係が全くわからず、自身がガーダムの言う「悪のトランスミッター」になっていて、ロクでもないものに操られるだけになっていても、その自覚がない。それで、この世とあの世の状況を一段と悪化させながら、苦しむ人たちをあざ笑ったりするのだから、最悪です。

 今の状況だと、たしかに後三年ぐらいでその悪影響が誰の目にも見える外的惨事となって顕在化するかもしれない。もう行くところまで行ってしまったので、どうしようもない(「現状をよくすることは不可能」)というのも、僕の実感と一致している。そこまで行かないとわからないのなら、行く他はないのです。

 さっきも塾で、今のアホなオリンピック騒ぎや、菅政権の意味不明のドタバタ、いわゆる「識者」たちの出鱈目な思いつきなどの話になって、これはもう行くところまで行って、いったん全部ぶちこわれ、君ら若者が新たに一から始めるしかなくなるだろうねと言ったら、彼らはどっと笑いました。ほんとに今のオトナたちはイカれているなと、高校生たちも感じるようになっているのです。情けないの一語に尽きます。いろんなところで従来はなかったような不注意によるミスも激増していて、これは高齢者が激増して、認知症老人も増えているから、それが若い世代にも伝染しているのかなと思うことがありますが、認知症が進むのもたんなる年齢の問題ではなく、この世界にあるネガティブな無明(むみょう)エネルギーがかつてないほど膨張してそれが弱った高齢者に影響しているせいかもしれず、そう考えると、話はそう単純ではないのです。

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