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マダラメ委員長の傑出した「認識」その他

2011.05.16(19:16) 82

 久しぶりの更新です。実は5月4日に、ある方からコメントをいただいて、このブログはずいぶん前からコメント機能を停止している(学習教材その他のCMにそれを悪用する理解しがたい人たちがいるからです)ので、ブログ運営会社から「新着コメントのおしらせ」というのが届いたこと自体、不思議だったのですが、それも珍しく地元の方(このブログの読者は大部分が県外の人たちです)で、延岡の高校についてのものでした。それで、その方にメールで返信しようとしたのですが、できないことがわかったので、その代わりここに病的な今の高校の管理教育(としか僕には思えない)についてあらためて書こうとして、難渋し、しばらくそのままになってしまいました。

 僕にとってはこれは、例の福島原発事故と並ぶ大問題なのですが、それだけに「長編」になることは避けられないので、まずは原発関係の新情報についてだけ、感想を書かせていただきたいと思います。

 あの事故から二、三日後、僕は知人から電話で「メルトダウンはすでに起きている」という情報があるという話を聞きました。今の段階ではまさかそこまでは行っていないだろうから、それは用語の乱用というものではないかと言ったのですが、実は一号機では16時間後にすでにそれが起きていた、という東電の発表が二ヶ月以上もたってからあって(この正直者!)、多くの人は唖然とさせられました。そうすると、あの頃テレビに出て「別にそれほど深刻な事態ではないので、非科学的なありえないことを言い立てて、人々の不安を煽るような悪質なデマを流す人たちには注意して下さい」と、東大をはじめとする有名大学の大学院教授など立派な肩書きをもつ先生たちが自信たっぷり言っていたあれは、全体何だったのだろうと、あらためて回想されるのです。

 しかし、今でもまだ、素人にもすぐそれとわかるヘンなことを言い続ける先生はいる。以下は読売新聞電子版の今日の記事です。

【菅首相は16日午前、衆院予算委員会の東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所に関する集中審議で、「メルトダウン(炉心溶融)」が判明した同原発1号機について、「半年から9か月後に冷温停止になるという時間的展望は変えないで進めることができるのではないか」と述べ、東電が原子炉安定化への作業手順を示した工程表の目標通りに事故は収束できるとの見通しを示した。
 原子力安全委員会の班目春樹委員長も1号機の状況について、「原子炉圧力容器の底部の温度はどんどん下がり、現在100度程度だ。一定の安定状況に達している」との認識を示した。】

 このマダラメさんという人は、マダラメではなくデタラメハルキと読むのだとかねてから言われている人のようですが、僕なりに話を整理すると、要はこういうことなのでしょう?――原子炉圧力容器内の温度が急上昇して、燃料棒は「露出」状態になった。そうなると燃料ペレットというのが溶け出し、ほどなくそれは全部溶け落ちて、底にたまることになった。様子がわからないままその後注水を開始し、それは今や膨大な量に達したので、「もう燃料棒が完全に水につかるまでの水位にはなったかな?」と圧力容器内の水位を調べ直してみたところが、実は水はほとんどたまっていなかった。要するに、圧力容器は「底に穴のあいたバケツ」状態になっていて、ジャージャー漏れになっていたわけです(底にたまった高温の核燃料が圧力容器のぶ厚い金属壁を溶かしたということなのでしょうか?)。

 だから、水がたまらず、その後「燃料棒全露出」状態がずっと続いていても無事(?)だったのは、皮肉にも、そこにあった燃料ペレットはすでに残らず溶けて下に落ちてしまっていたからだ、と理解されるのです。

 それでも、理屈からすれば、圧力容器の外側には原子炉格納容器というのがまたあって(だから「絶対安全」だと言われていたわけですが)、注水をずっと続ければ、圧力容器には大穴があいていても、その外側の格納容器に水はプールされるので、いずれは圧力容器も水に満たされるはずです。しかし、そうはならなかったらしいので、それは格納容器の方もあちこち損傷を受けていて、水が大量に漏れているからです。穴が開いたバケツを二つ重ねても、水は漏れ続けるというのと同じ理屈です。

 ところで、圧力容器の穴が、溶け落ちた燃料ペレットの高温によってできたものだとすれば、そこから水だけがジャージャー漏れ出て、燃料の方はまだ全部そこにとどまっているというようなことが果たしてあるのか? なさそうに思われるので、それも下に、格納容器内に落ちてしまっていそうに思われます。

 デタラメ委員長の「原子炉圧力容器の底部の温度はどんどん下がり、現在100度程度だ。一定の安定状況に達している」という言葉は、そこに実は高温の原因となる核燃料があまり残っていないせいかもしれないので、そう見ると非常に皮肉な話になります。

 百歩譲って、燃料棒から溶け落ちた核燃料の全部がまだ原子炉容器の底に残っているのだとしましょう。しかし、そこにできた穴または亀裂は半端なものではなく、いくら入れても水はたまらないほどなのだから、そこで冷やし続けるには相当な勢いで水を流し込み続けるしかありません。強力な自己発熱能力をもつ素麺を冷やそうと、水で洗い続けているようなものです。

 これはそれ自体、果てしのない大変な作業に思われますが、そうするとその大量の水の大部分は外側の格納容器に流れ込み、しかしそれもあちこちに損傷があって、そこから外部に大量の汚染水が流出し続けているのだから、高濃度汚染水の垂れ流し状態がずっと続くことになるわけです(漏れ出た水を再循環させるシステムはまだできておらず、現実にそれを行うには大きな困難が伴うと言われています)。

 一体これのどこが「一定の安定状態」なのか、さっぱりわからないので、アホとしか言いようがないと思うのは、僕だけではないでしょう。現場で連日連夜の悪戦苦闘を強いられている人たちも、こういうお気楽なコメントを聞くと、「やっとられんわ」と脱力感に襲われるかも知れないので、精神衛生上もよろしくありません。世界に対する恥さらしでもあるので、こういう事態になって、他に誰も引き受け手がいないのかも知れませんが、いい加減にこういう人は更迭(クビに)したらどうなのかなと思います。彼がまともなことを言うのを、僕は一度も聞いたことがないのです。「水素はあるが、爆発の心配はありません」と総理に言って、翌日水素爆発が起きたというのは有名な話ですが、この調子だと、予想される最悪の事態が起きても、「大丈夫です。今回の爆発(水素または水蒸気爆発)で放射性物質はすべて外部に放出されたので、原子炉建屋内部の放射能濃度は安定的に低下しました」なんて平気で言いかねないと、そんな心配までしてしまうのです。

 菅総理は中部電力に浜岡原発の運転停止を要請し、中部電力もそれをうけて全面停止を決定したというニュースに僕は喜び、各種世論調査でもそれは多くの国民に支持されているようです。が、毎日新聞が14、15の両日に実施した調査では、「浜岡原発以外の原発については『停止する必要はない』が54%に上り、『停止すべきだ』は34%にとどまった」とのことです。

 それ以前の無関心が支配的だったときのことを思えば、三人に一人が「原発の全面停止」を支持する事態になったというのは特記すべきことですが、「停止する必要はない」の54%の人たちは、やはり「電力不足」を心配しているのでしょう(「原発は減らすべきだ」もまだ47%しかない)。太陽熱だ、地熱だ、風力だといっても、まだ「実用的」ではないし、火力は燃料確保が心配だ、ということなのだろうと思いますが、この点に関しては、ダイヤモンドオンライン「広瀬隆 特別インタビュー『浜岡原発全面停止』以降の課題」が、さすがは広瀬さんと思われる示唆に富む提言を行っています。これも今の電力会社の独占を認めるシステムを変えないと無理ですが、今回の事故のことも含め、諸悪の根源はこういうシステムを維持してきたことにあると思われるので、それをぜひやってもらいたいと思います。

 もう一つ、福島原発の事故収束に多大な時間がかかると見られる中、作業員の人たちの被曝量が増えて、このままでは作業に当たれる人がいなくなってしまうのではないかという心配が杞憂ではなくなっているようですが、金属加工の元技術者の山田恭暉さんという方(72歳)が「福島原発暴発阻止行動プロジェクト」というのを呼びかけ、京大原子炉実験所の小出裕章先生も逸早くそれに参加を表明されたそうです。放射能感受性の高い若い人たちにやらせるのは忍びないから、われわれ放射能に鈍感な年寄り(?)がやらねば、と参加の皆さんは考えておいでのようですが、小出先生などはずっと原発に反対してきた人なのに、それが阻止できなかった自分にも原子力研究者として責任がある、とお考えのようです。

 それに頼って甘い汁を吸い続けてきた原子力ムラの住民たる学者先生たちには責任は大ありですが、たぶんそれに参加を表明しておられる方々はそうでない人がほとんどなのではないかと思われるので、「何だかなあ…」という感じですが、「義を見てせざるは勇なきなり」という年配の立派な人たちの集まりなのでしょう。今は乗り気でないらしい東電も、このままではそのプロジェクトの人たちに現場への参加を要請せざるを得なくなるのではないかと思いますが、複雑な心境にならざるを得ません。

 これまでもあわやという事故は何度もあって、運よくこういう事故に発展せずにすんだというだけの話らしいのは、今回素人なりにあれこれ勉強させてもらって僕のような人間にもわかったので、地震の巣みたいな日本列島にこんなに原発が立ち並ぶのは自殺行為です。やはり「全廃」しかないと思うので、上の世論調査の国民の全般に鈍い反応は、僕にはちょっと信じられない感じです。
 今でも大手マスコミの、国民を不安にさせまいとする“配慮”に満ち満ちた「大本営情報」以外、知らない人が多いのかな、という気もするのですが…。

 この件に関しては以上ですが、冒頭触れたように、次回は高校教育の問題について書いたものを載せたいと思います。これが延岡だけの地域的なものなのか、それとも今は全国的にこうした度の過ぎた管理教育が広がっているのかはわからないのですが、こんなことをやっていたのでは子供たちの健康が害されるおそれが強いし、将来のわが国をしょって立つようなパワフルな人物も育たないだろうと、僕は危機感を抱いているからです。

 原発と同じで、こういったことは現場の関係者以外にはほとんど知られていないので、その実情を広く知っていただく必要はあると思うのです。
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祝子川通信 Hourigawa Tsushin


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