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大地震が近い?

2021.03.16(23:00) 812

 地震列島の日本では地震は何も珍しくありませんが、最近は巨大地震への心配からか、地震関係のニュースが多くなっているような気がします。にしても、こんな地震の巣みたいな国に五十基を超える原発を建設してきたというのは、自殺行為以外の何ものでもなかったことになります。これも目先の経済とアメリカのご機嫌取りだけで、「百年の計」を怠ってきた戦後の自民党政治の象徴みたいなもので、そのツケを日本人はこれから支払わされるということなのかもしれません。

「コロナ程度でもこれほど右往左往している政治が、巨大地震なんか来たらどうなるんだ?」と心配している人が多いようですが、コロナがなくても、大地震が来なくても、急激な少子高齢化と活力の低下で、国家財政は火の車、労働生産性は先進国の最下位で、実質賃金は下がり続けて税金の類は上がるばかりという、昔「経済大国」と呼ばれたことが信じられないほど貧しくなっている国に住む人間としては、心配になるのは尤もです。思えばあの安倍長期政権は、日本版トランプのMake Japan Great Again 政権だったわけですが、異次元の金融緩和なるもので投機マネーをだぶつかせ、公金をおかしな具合に大量注入する「官製株価」システムを作って無駄に株価だけ上げたのと、戦前返りの日本会議的右翼思想を鼓吹しただけで、何の効果もなかったわけです(大学生の就職率アップも、とどのつまり団塊の世代の大量退職による“自然な”人手不足のおかげでしかなかった)。そのエピゴーネン政権の菅内閣と来た日には、目も当てられないことになっているわけで、出来の悪い「親の七光り」長男の違法接待事件だけよけいと言いたいくらいです(最近の各社の世論調査では不支持の方が多いとしても、支持率は下げ止まって40%弱あるようですが、一番多い支持理由が「他に人がいない」と「誰がやっても同じ」という諦めに満ちたものなのです)。

 話を戻して、ほんとに地震は増えているのか? 次は最近の地震のついてまとめた記事です。図が付いていてわかりやすい。

1週間の地震回数 震度4以上が3回 15日未明は和歌山県で震度5弱も

 これを見ると、たしかに大きめの地震が増えているなという感じですが、僕が東京やその近県(埼玉や神奈川)に住んでいた頃(48~20年ほど前)は、震度3や4程度の地震は少なくなかった気がするので、にもかかわらず当時それほど騒がれなかったのは、地震学会のようなところが予測のようなものを出して警戒を呼びかけたりしていなかったからでしょう。僕は今でもよく憶えているのですが、1973年か74年初頭、ある霊能者が自信たっぷり日時を特定して、東京に直下型の大地震が来ると予言して、外れたら切腹するとまで言ったので、当時僕は高校を卒業して東京・新橋の新聞販売店で働きながら浪人していたのですが、そこまで言うのなら本当かも知れないと思って、24時間営業の喫茶店で本を読みながら待機していたことがあります。それは午前1時かそこらに起こると言われていたからです。

 ところが微震すら起きず、そのまま徹夜して朝刊の配達に行ったのですが、その霊能者は夜逃げして行方をくらましたという話でした。何だかねえ…。また、元気象庁予報官という肩書の人が『富士山大爆発』という本を出して、『ノストラダムスの大予言』並にベストセラーになったことがあって、調べてみるとそれは1982年だったようですが、翌年「大爆発」するはずの富士山は静かなままでした(この時は僕も外れるだろうと予測していましたが)。

 しかし、当時は「権威筋」が警告を発するということはなかったわけです。今はそのあたり様子が違っていて、「近いうちに必ず起きる」みたいな論調が支配的です。だからこんな記事も出る。

南海トラフ地震が富士山噴火誘発したら… 首都機能は完全麻痺

「首都圏直下地震」の発生確率が「今後30年以内に70%」、「南海トラフ地震」でマグニチュード8〜9クラスの地震が発生する確率が「30年以内に70~80%」

 ということになっていて、これはエセ霊能者や怪しげな御仁のヤマカン予測とは違うことになっているのです。逆に言うと、起きない可能性も20~30%あるということですが、オオカミ少年の話と同じで、この50年起きる起きると言われていて起きなかった大地震が、ついには起こるかもしれない。富士山も「大爆発」はしないまでも、この記事にもあるように、地震に連動して噴火する可能性は大いにあるわけです(科学というのも結構いい加減なものなので、昔は死火山として学校で教えられていたものがその後平気で噴火したりしているので、要は「安全な火山」なんてものはないということです)。そしてそうなると、ここに書かれているような深刻な事態になりかねない。僕はかねてこの電脳社会は危ないなと思っていますが、その弱点もモロに出て、二進も三進も行かないことになるのです。

 これに再び原発のメルトダウン事故なんか重なったらその混乱はすさまじいものになるでしょうが、それは「ありえない」ことではなく、「ありそうな」話であるわけです。いっそ全部ブチ壊れないと、いつも外圧頼みのこの国は変わらないのではないかという気もしますが、原発事故だけは半永久的に広範囲にわたって人が住めなくなるので、勘弁してもらいたいものです。

 これはオカルトですが、昔アメリカに「眠れる予言者」と呼ばれたエドガー・ケイシ―という人がいました。彼はトランス状態で依頼者の病気と治療法について語り、それは驚くほど的確で効果的だというので有名になったのですが、そのうち乞われるままライフリーディングというものを始めて、「アトランティス時代の前世」なんてものを語り始めて人をびっくりさせた(熱心なクリスチャンだったケイシー自身、生まれ変わりという考えに驚いた)のですが、その中で彼は「日本が海中に沈没する」なんて物騒なことも言ったようです(それはアトランティスの再浮上話とセットになっていた由)。最近再評価されているSF作家・小松左京の小説『日本沈没』はケイシーのこの予言にヒントを得て書かれたものだと言われますが、「1958年から1998年の間に起こる」と言われていたそれは、不発に終わりました(「起こる」というよりそれに向けた変動が「始まる」という意味だったのかもしれませんが)。もしもその通りになれば、「今は海中に没して跡形もないが、昔あのあたりの海原には清潔好きな国民をもつ、一時隆盛を誇ったジャパンと呼ばれた列島国家があったのだ」と、アトランティスほどではないが、伝説として未来の人類に語り継がれるものとなるのです。

「日本沈没」という言葉をメタファーとして解釈すれば、日本は1990年代初めのバブル崩壊以後「沈没」したと言えるので、当たっていたと言えますが、昔学校の地学か何かで習った造山運動に見られるように、ヒマラヤ山脈が元は海底だった(だから高い山なのに貝殻の化石なんかが見つかる)という話からも分かるように、地球規模の大きな地殻変動が起きれば、日本が海の藻屑と消えることも十分ありそうな話です。

 うーん、諸行無常ですなあ、と感慨にふけっていられる立場では僕らはないはずですが、実際に日本が海中に没するというようなことになった場合には、世界の地理全体が激変しているはずなので、今の文明自体が終わって、どこかの辺境にごく僅か生き残った人類がまた一から出直すことになるのかもしれません。公式の人類史では直線的に未開から文明へと進んだことになっていますが、僅か数百年でこれほどテクノロジーが発達して社会が激変したことを思えば、現生人類が誕生してからだけでも20万年か30万年たっているそうなので、今のたかだか4、5千年の文明史に先立つ長期間、人類が大した変化をしなかったというのは不自然で、昔、『人類は三度滅んだ』というようなタイトルの本を読んだ記憶がありますが、何度か壊滅に近い状態に落ち込んでまたゼロからやり直さねばならなかったというのは大いにありそうなことです。僕はアトランティスのような高度な文明をもつ国家は実際にあったのではないかと思っていますが、かつての文明も袋小路的な状態に陥る中、争いになって、そのテクノロジーの致命的な誤用によって滅んだのかもしれません(ケイシーの語るアトランティス物語では、それが巨大地震を誘発した)。どうもヒトという生きものは、自分が自惚れているほど賢くないのです。

 またまた脱線しましたが、対応によって大地震の被害は極力減らすことはできるでしょうが、惨事になるのは避けられない。個人レベルではそのときどんなところにいるかという運も関係するので、良寛ではないが、「病むときは病むがよろしく、死ぬときは死ぬがよろしい」ということに結局はなるかなと思います。長生きすればそれで幸せというものでもないのは、寿命が延びた今の時代を見てもわかります。からだがあちこち悪くなって、認知症が進み、医療のメンテナンスが徹底しているおかげでなかなか死ねないというのは難儀なことです。それで五年、十年、前の世代より長生きしたからといって、幸せだとは大方の人は思わないでしょう。なすすべもなく正体不明になった親の姿を見続けるのは、子供としてもつらいものです。

 人間は何で死ぬかわからないもので、病気の場合も、事故の場合も、地震などの自然災害の場合もある。いつ死ぬかは予想不能で、結局のところ、一番いい心がけは、今をしっかり生きるということに尽きそうです。それでは刹那的な快楽主義になると批判されそうですが、のんべんだらりと生きているときの方がそうなりやすいので、ある程度覚悟を決めた人の方が真剣に日々を生きられるようになるようです。

 大地震も、文明の崩壊も、今の僕らにとっては「今そこにある危機」です。昔の禅匠は、安逸に流れやすい弟子を戒めるのに、「無常迅速、生死事大」といった言葉をよく使ったようですが、ふつうの人もそう認識せざるをえない時代になったので、それは駄目駄目尽くしになりかけた今の日本人にはむしろプラスの効用が大きいかもしれません。

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