FC2ブログ

タイトル画像

モノリスと宇宙人

2020.12.13(13:51) 785

 これについては一度書こうと思っていたのですが、あのおかしなトランプ騒動(その後も彼は執拗かつ自分勝手なI won!主張を続けているようで、呆れ果てますが)の相手をしているうちに遅れました。

 最初のユタ州の「モノリス」の画像を見たとき、ステンレス製のあれはモロ「地球起源」だろうなと思って、それが可笑しかったのですが、ミステリー・サークルにニセモノが次々出現したのと同じで、その後各地に同種のものが出現するという事件が起きました。違いは、ミステリー・サークル(ちなみにあれは和製英語で、元々は crop circles とか crop formations などです)の場合は、説明困難なホンモノが先にあって、ニセモノが後で続々出現したが、今回のあれは、初めからニセモノしかなかったことです。

 次はニューズウイーク誌によるそのモノリスの「まとめ」です。

世界各地に出現したモノリスを全部知ってますか?

「モノリス」というのは、言わずと知れたアーサー・クラーク原作、スタンリー・キューブリック監督の映画『2001年宇宙の旅』に出てくる謎の構造物で、それがサルたちに作用して突然変異を促し、人類の誕生を見た、ということが示唆されているあれです。

 ついでに言うと、ビデオもDVDもなかった昔は、あの映画は「幻の名作」とされていて、上映している映画館もなく、僕が初めて見たのは、大学の学園祭の理工学部の会場ででした。そこの学生たちがどうやってかフィルムを入手し、学園祭で上演すると知って、仲間とそれを見に行ったのですが、実に感銘深かった。同じキューブリック監督のブラック・コメディ『博士の異常な愛情』は高田馬場の旧作映画の上映館に何度もかかっていて、出るたびに僕はそれを見に行って笑っていたのですが、この映画はそれまで見る機会がなかった(『時計じかけのオレンジ』は浪人のとき、銀座の外れにある映画館で見ていた。アナーキーな内面を抱えた十代末の不良少年には浸透力の強い作品でした)。

 今はDVDがかんたんに入手できる時代で、その分有難味が減ったのですが、『アラビアのロレンス』なんかも、当時は幻の映画とされていて、なかなか見られなかったのです。だから見に行くときはワクワクしながら、構えて見に行ったので、それだけでも受けるインパクトが違う。製作者側も、昔は作る張り合いがあったのではないかという気がします。

 話を戻して、だからあのモノリス騒動は初めからニセモノ感が歴然としていて、その方面に詳しい人ほど白けたのではないかと思われるのですが、ああいうので宇宙人やUFOが全部嘘だと思うようではいけません。この手の話にはガセネタが多すぎるので、信憑性の高い話まで全部頭ごなしニセモノ扱いされて、嘲笑の対象にされるのは憂慮すべきことです。同じニューズウイークの過去記事(2020.6.16)には次のようなものもあります。

銀河系には36のエイリアン文明が存在する?

 これは何らかの具体的証拠に基づくものではなく、あくまで科学的推論によって導き出されたものにすぎませんが、この広大な宇宙に知的生物はヒトしかいないと思い込むことの方が迷信的なので、エイリアンがいない方がむしろ不思議なのです。そして、次のことが何より重要な指摘です。

 銀河に存在する知的文明とコミュニケーションを取ることはできなくても、彼らの存在から学べることはあると研究チームは言う。ほかの生命体がどれだけ生き残ったかを知ることで、私たち人類の今後についてのヒントが得られる可能性があるのだ。

 研究チームは、種の絶滅を予想するのは難しいが、地球上ではかなり規則的なペースで種の絶滅が起きていると指摘する。知的生命体に関して言えば、「文明が自然消滅するよりも、自滅する可能性の方が高い」と彼らは言う。

「おそらく知的生命体の重要な特徴は、自己破壊の能力を備えていることだ」と研究チームは分析している。「遠距離通信を可能にする〔ほどの、という意味か?〕テクノロジーを開発できるなら、自己破壊する能力もあるということになる。地球上では、差し迫って考えられる2つの可能性は兵器による自己破壊と、気候変動によって地球が居住不可能になることだ」


 とうとう越年してしまいそうですが、今度出すジョン・E・マックの訳本(ゲラが今日届くのですが、正確な時間がわからなので、これを書きながら待っている。ちなみに、前に400頁超と言ったのは僕の読み違いで、判型に流し込んだら600頁を超えてしまったという話です)には、類似の話がエイリアン自身が語った話として出てくるので、彼らの中にはその「生物科学スーツ」を脱いで、その戦慄すべきおぞましい姿を見せ、「これが君たち自身の未来の姿なのだ」と警告する者まで登場する。全体として言えば、彼らは人類が自滅の道を転げ落ちながら、それを全く自覚していないことを憂慮しているので、その危機感のなさを嘆いているのです。今は地球史上第6番目の生物大量絶滅の時代に入っていて、これは人類がひき起こしたものであるという意味では初めてのものですが、自分で存続の基盤を掘り崩しているのと同じなので、このままでは遠くない将来人類が自滅する可能性は非常に高い。彼らが「ハイブリット・プロジェクト」なるものを進めている(それがどの次元または領域におけるものなのかは不明だと、マックは繰り返し述べていますが)のも、人類絶滅後のことを考えてその遺伝子を保存しておく必要があると、彼らが考えているからです。そこまで事態は切迫している。

 これが大袈裟な話だと言う人は、単純に科学的推論の能力と、自分の経験則から自由な想像力が欠けているだけだと、僕は思っています。今まで無事だったから今後も無事だろうと思っているだけなのです。このまま行けば、あと数十年で地球上の熱帯雨林の大半と海のサンゴ礁が絶滅すると言われていますが、それがどれほど深刻な結果をもたらすか、ある程度の科学的知識と想像力さえあれば容易に想像はつきます。自然の領域を犯しすぎたことからする新種のウイルスの出現なども続くでしょう。何度も言うようですが、日本国内だけを見ても自然破壊は深刻なレベルに達しているので、僕が子供の頃、昭和30年代にはまだあったような豊かな自然は、もはや日本には存在しないのです。その最大の失敗は、政府と農水省が推進したスギ・ヒノキの全国植林政策の失敗です。それはやめ時を知らなかったので、かつては豊かな原生林が生い茂っていた奥山まで杉の森に取って代わられてしまった(しかも、採算が取れないという理由からそのまま放置の荒れ放題)。生物多様性が失われた上に、崖崩れなどの災害も激増する。それで河川が荒れたところに、無意味な砂防ダムなどの土木工事が追い打ちをかけ、生態系はすっかり破壊されてしまったが、それは今もずっと続いているのです。それで森と河川が荒廃すれば、それは海にも及んで、沿岸漁業が大打撃を受けるので、げんにそうなっているのです。

 国際的な視点でいえば、漁業の機械化・大型化で、海洋資源は激減している。汚染の度合いも深刻化して、海水温の上昇でサンゴも死ぬ(それは魚たちが大事なすみかを失うということです)。陸上では、浅薄な経済政策のために発展途上国を中心に森林伐採が進み過ぎたのに加えて、温暖化の急激な進展で、自然発火による大規模火災(あれは恐ろしいもので、すぐ手が付けられなくなる)も激増して、近年の森林消滅のスピードは驚くべきものになっています。気候変動による農産物への打撃なども年々増え、いずれ人類は生物としての存続基盤を根こそぎ失ってしまうことになるでしょう。そこに至るまでのプロセスで、経済的な行き詰まりから国家間の摩擦も増え、それが戦争につながると、後はドミノ倒しみたいなもので、核兵器が使われるようになるのも時間の問題、大混乱のうちにこの人類文明は自滅することになりかねない。政治がそれを救うとは僕は思いません。それはトランプのようなどうしようもないサイコのデマゴーグを熱烈支持するような愚かな人間がこんなにも多いことからして十分想像がつきます。人を見る能力、知的レベルの下がり方もすさまじいのです。

 宇宙人でなくとも、今の人類がアホすぎるのはわかります。僕は宇宙人による地球侵略なんてSFは信じません(彼らのテクノロジーからしてそれは容易なことなので、その気があればとっくにやっている)が、人類より利口な彼らが、この浅ましい生物の行状を見かねて、警告に訪れているというのは十分ありそうなことです。人類のこの「宇宙的愚行」は何らかのかたちで宇宙全体に深刻な影響を及ぼし、彼らにはそれを阻止しなければならない理由があるのかもしれない。彼らは、しかし、正面からコミットするのは差し控えて、あくまで人類が「自主再建」する方向で注意を促しているのです。先にも見たように、なかには自分の惑星を居住不能にしてしまった経験をもつエイリアン種族もいて、同じ過ちをさせまいと思っているのかもしれない。小泉元首相の言葉ではないが、「宇宙人もいろいろ」なのかもしれないのです(そうなると悪玉もいるだろうということになるかもしれませんが)。

 マックのこの本では、宇宙人は人類と違って、根源的な宇宙的知性との直接的コンタクトを保持していて、そこから働きかけているのだと言う人も出てきます(というか、そう思う人が大半)。要するに、彼らは人類よりずっと「神に近い」のです。

 今は神というのは最もはやらないものの一つですが、僕は時々、ヒトの肉体の構造を頭に思い浮かべて、誰がこんな見事な生物機械をつくったのだろうと不思議に思うことがあります。これは他の生物についても同じですが、地球にある素材を使って、これほどのものをつくり上げるというのは実に驚くべきことです。単純なものからより複雑にものへと、40億年もかけて、自然はそれをつくってきたのです。あらゆる生物には魂が宿っているとすれば、魂は宿る生命体に応じて使える機能も増え、ヒトのレベルに達して初めて、明確な意識と言語がもてるようになった。認知症は脳の萎縮によってひき起こされますが、それは魂がそれによってこの世界で活動する機能を大きく毀損されたことを意味します。それほど人体というものはデリケートで、高度なものなのです。

 ヒトの胎児は、母親の胎内にいる10ヶ月でその生物進化のプロセスを辿り直すと言われています。だからある時点では、僕らは魚類であり、爬虫類でもあったのです。そして生まれるときはヒトとしての機能をすべて備えたものにまで進化している。僕はわが子が猛烈な勢いでそこらを這い回っていた頃のことをよく憶えています。彼は書斎の引き戸を開けて入ってくると、膝立ちになって両手をパッと広げました。それは「だっこしろ」という合図で、こちらの都合はお構いなしですが、抱き上げないわけにはいかないのでそうして、目を合わせていると、不思議な気がしました。「こいつは何もかもわかってるな」というはっきりとした感じがあって、妙なバツの悪さを感じたからです。そこには宇宙的な知性が宿っている。いわばそこには全知があったのです。

 人間の成長のプロセスというのは妙なもので、逆にそこから遠ざかってしまうのです。ことに今の文明社会の教育と条件づけには有害なものが多くて、幼児の頃はあった全知のまなざしは損なわれ、その意識は愚かしい自我意識の制限を受けた狭小なものになってしまう。オトナになるとなくもがなのガラクタ知識で頭はいっぱいになって、顔つきまで浅薄で卑しい、あるいは邪悪なものになって、幼時のあの聖なるまなざしは失われ、トランプみたいなのは極端な例としても、揃ってトラブルメーカーになり、この文明社会をさらに歪んだものにしてしまうのです。魂の乗物としての人体の高度な機能はそれによって損なわれる。40億年の進化の精華を、人類は誤用しているのです。根源的な知性とのコンタクトを失った人間に知恵の輝きなんてものが期待できるわけはない。狡猾で浅薄、近視眼的な打算あるのみで、人類は地球最大の害虫と化してしまったのです。何たる悲劇でしょう。

 宇宙人がこれを見て憂慮していることはわかります。このままでは自然による壮大な進化の実験はみじめな失敗に終わってしまう。問題なのは、人が他の生物まで全部犠牲にしてしまうことで、まだ地球の寿命からして、生物に貸し与えられた時間はかなりあるから、ヒトが消え去るだけなら、もう少しマシな生物を進化のフロントランナーとして生み出して、先を続けられるが、今の人類の愚行はこれを全部台無しにしかねないのです。一億光年の彼方で開かれているETたちの惑星会議ではこれが議題になっていて、強硬派は「あのアホな生物だけ抹殺したらどうか」と言い、穏健派は「いや、チャンスを与えてやらないとかわいそうではないか」と反論して、後者が優勢だからこうなっているのかなという気はしますが、今のままではトホホの結果に終わってしまいそうで、穏健派ETたちの立場も苦しいものになってしまうでしょう。

 映画のあのモノリスは地球外生命体が地上の進化に介入していたことを示唆していますが、僕も若い頃、皮肉な理由からたぶんそうなのだろうと考えていました。「皮肉な理由」というのは、人間はできそこないの生物としか思えなかったからで、自然が自然に生み出した生物にしては問題が多すぎるので、これはそれ以外の力が作用したからではないかという疑問をもったからです。宇宙人がサルを遺伝子操作の対象に選んで、そこに自分の遺伝子を挿入して、ヒトという新種の生物を作り出した。だからこんな不調和な、内部矛盾を多く抱えた生物ができてしまったので、彼らは知能が高く、高度なテクノロジーはもっていても、神ではないので、計算違いのことが生じてこうなってしまったのではないかという気がしたのです。つまり、人類の欠陥、邪悪さや愚かさは、「宇宙人のせい」というわけです。

 それで彼らは、自責の念と、それを失敗に終わらせたくないという思いが混じる中、地球を頻繁に訪れて、それとなくサポートするとか、警告するなどしている。そういうことではないかと思ったのです。

 仮にほんとに人間と彼らとのハイブリッド(混血児)が作れるということなら、それは遺伝子的適合性があるからで、元々今の人間には彼らの遺伝子が入っていたからだということになる。いや、彼らは未来からやってきた人類の子孫で、全然宇宙人などではないのだと、マックの本にも出てくる南アのシャーマン、クレド・ムトワは主張しています(尤も、彼は全部の宇宙人がそうだとは考えていないようでもある)が、SF小説並に、時間の謎を解明すれば、時間はたんなる幻想であり、過去にも未来にも旅はできるのだということなら、それもありえないことではない。しかし、過去にうかつに介入すれば、やはりSF並に奇怪な結果になってしまうでしょう。

 僕は今は、宇宙人が進化に介入していなくても、ヒトという生物が自然の産物として生まれることはありえただろうと思っています。生物進化のプロセスでは色々な生物が生まれて、しかし先が続かず、そのまま消えてしまったものも多数あるようだからです。元々進化のプロセスはリスキーなものであり、固定的、安定的なものではない。それは試行錯誤の連続であり、自然も失敗はするのです。

 どちらなのか知りませんが、いずれにせよ問題なのは、ヒトという生きものが地球全体に対して大きな力をもちすぎてしまったということです。だから失敗されては全体が迷惑する。他の生物たちも道連れにされて滅んでしまうからです。

 要するに、事は自業自得では片づかない。人間がテクノロジーの発達に見合った内面的進化を遂げれば、これほどひどいことにはならなかったでしょう。事実としては、しかし、内面的進歩どころか、退歩に陥ったのです。哲学者のオルテガはかつて『大衆の反逆』の中で、文明の精華が先人たちの大変な努力の積み上げの産物であることを忘れ、それらを元々周囲にあったもののように当然視して、それに対する一片の感謝もリスペクトもなく、野蛮人のように我が物顔にふるまう「大衆」の出現を問題視しましたが、それ以前に、人間は昔の人がもっていた自然に対する畏怖や感謝の思いを忘れたのです。愚昧さは、従って、二重になっている。そこから極端な自己中心性が生まれる。この点、トランプのような箸にも棒にもかからない超ジコチューが世界最大の国家の大統領になったというのは象徴的です。僕ら今の人類は皆、多かれ少なかれトランプなのです。駄々っ子のような後先考えないその攻撃性も同様。

 現代人は、生態学者であり、すぐれた文筆家でもあったレイチェル・カーソンの言う a sense of wonder を失ってしまった。自然に接して、その中で無心に遊ぶとき、鋭敏な子供の心にはそれは自然なものとして湧き上がるもので、それは自他の別を知らない魂レベルでの自然との交流の中では必ず生まれるものです。古人の場合は、長じてもそれを忘れることがなかった。それが彼らの正気を深いところで担保し、自制を生み出していたのだと言ってよいでしょう。文明人は、しかし、自然とのそうした絆を失って、自然はたんなる搾取すべきモノでしかなくなってしまった。すべての狂いの根源はそこにあるのではないかと、僕は思います。

 外部の自然を尊重する心を失えば、人は自己内部の自然をそれと認識して、それを大切にすることもできなくなる。また自然を搾取の対象としてしか見られなくなることと、人間社会内部において他者を利用すべきモノとしてしか見なくなることへは、僅か半歩の距離でしかありません。蹂躙に次ぐ蹂躙で、「魂の圧殺」とでも呼ぶべき事態が生じ、その空虚感、不全感から、物欲、娯楽などの気晴らしへの欲求、外部的な富の蓄積や権力への衝動、一義的に外部的な安全を求める心性が強化され、テクノロジーはただただそういうものに奉仕するだけのものになってしまった。そして、気づいたら今のようなブレーキの利かない文明の状況になってしまっていたのです。

 今はお手軽なハウ・ツーばかりが求められる時代ですが、正気を失った人間にああしなさい、こういう方法があるなどといくら言っても、何の役にも立ちはしないので、根本のそこの部分が変わらないとどうしようもない。また、新たなテクノロジーが開発されて環境への負荷が大幅に低減しても、人間の自己中心性、飽くことのない物欲や権力欲がそのままなら、別の新たな問題が生まれてしまうでしょう。その新テクノロジー自体が誤用され、それが強力なものであればあるほど、大きな破壊の原因となりかねない。

 これは、道徳の問題である以前に、正しい自己認識、世界認識ができなくなっていることに原因があるのだと僕は考えています。人間は自然の子供、宇宙の子供です。禅では「父母未生(ブモミショウと読む)以前本来の面目」なんて言いますが、「おまえの両親が生まれる前の本来の自分を知れ」ということです。通常、自分が生まれる前には自分は存在しない、ましてや自分の親が生まれる前に自分が存在したはずはない、と思うでしょう。大方の人にとっては自我が自分です。悪魔にからかわれてそう思い込むようになっているだけだとは考えない。しかし、現代文明ではそれがあらゆる方面で思考の基盤になっていて、世俗化した制度宗教が空虚な神学を振りかざすだけになって信を失った今は、自我が神となったのです。キリスト教でもヒンズー、イスラム教でも、はたまた仏教の仏でも、そこで信じられている神はたんなる自我の投影物にすぎない。だからその神が自分に奉仕してくれないと見ると、たちまち信仰はぐらつくのです。そんなもの、真の神とは何の関係もない。

 そういうのは自己認識の錯誤にすぎませんが、昔の人ならもっていた自然との内的なつながり、星辰を神々と見るような深い感受性が失われてしまって、それらをたんに自己外部にある物質と見るようになってしまったことから生じたものです。魂や霊といったものですら、たんなる観念の玩弄物であり、自我投影の産物でしかなくなった。自我が思考のフィクションでしかないことを理解しないかぎり、それを視座、拠点としてあらゆるものを眺めることは避けられない。それは人類が罹患した病気、最悪の病なのです。

 ここが改まらないかぎり、今の人類はどうしようもない。このまま自然破壊、自己破壊を続けて、地上のあらゆる生物を巻き添えに自滅するしかなくなるでしょう。その害は宇宙にまで及ぶ。各種の宇宙ゴミを排出しているのみならず、一部の科学者と政治家たちは火星移住まで真面目に考えているからです(他に「スター・ウォーズ計画」なるアホなものまでありました)。公害を宇宙規模にまで拡大しようとしているわけで、こんな傍迷惑で頭の悪い生物は他に存在しません。宇宙人、ETたちに救いようのないアホだと思われるのは当然でしょう。それが可能なだけの十分なテクノロジーを保持しながら、彼らが人類駆除を行なわないでいるその寛大さは、真に称賛に値します。

 今はコロナで世界中が右往左往させられているわけですが、人類がこの地球環境に加えてきた深刻すぎる害悪を思うなら、連続殺人犯が懲役一年の刑で済ませられている程度のものでしかないので、自然も並外れて寛大なのです。

 だからいい加減にしないといけないわけで、僕が今回この本を翻訳しておきたいと思ったのは、エイリアンに誘拐されたなんて途方もない話は野次馬根性にアピールするだろうと思ったからでは全然なくて(日本人は元々この方面への関心は乏しい)、宇宙人の側が事態を非常に深刻視しているらしいこと、また、エイリアンと遭遇して戦慄させられた人たちが、上に見てきたような狭小な自己観念、世界観を粉砕されて、全く違った深い自己理解、世界理解に目覚めたことがよく伝えられているからです(それが宗教的な神秘体験がもたらすものとよく似ているのはたんなる偶然ではない)。そうした異常な体験は深刻なトラウマになりますが、それを乗り越えたとき全く違う眺望が生まれるのです。ETたちはおそらく、アブダクティたちのそうした世界理解が広まることを期待しているでしょう。問題の根本がどこにあるかということを彼らは洞察していて、たんにUFOに好奇心を募らせるという程度のことでは何も変わらないことを理解しているのです。

 と書いたところで、タイミングよく荷物が届いたので、いったん外出して用を済ませたら、校正にとりかかって、訳者あとがきを書いてからでもすでに半年が経過してしまったので、できるだけ早く読者にお届けできるようにしたいと思います。「ヤバい時代になったな」と今の文明社会に危機感をもっておられる方々には、興味深く読んでいただけるだろうと思います。

スポンサーサイト





祝子川通信 Hourigawa Tsushin


<<「民主党政権よりひどい」菅政権の早期退陣を望む | ホームへ | 「こんにちは、ガースーです」で炎上する菅総理の悲哀>>
コメント
コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://koledewa.blog57.fc2.com/tb.php/785-d1bfd85d
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)