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アメリカを見習って、日本も私的な無法政権に引導を渡すべきでは?

2020.11.08(15:22) 774

 ようやくアメリカのメディアも「バイデン当確」を出し、各国首脳も新大統領に祝意を表し、トランプがいくらゴネても結果はひっくり返らないだろう見通しとなりました(まだ逆転の秘策があるという記事を見かけて、「あるわけないだろ」と思って読むと、最後に筆者はあの木村太郎氏だということがわかったので、二度笑えました。その価値があるとも思えないので論評は省きますが、「133年前の法律がトランプ大統領を救う?! 逆転を可能にする奇策が浮上」という記事)。

 今回のこの大統領選は「トランプの不信任投票」の意味合いが強く、民主党の候補がバイデンより若く人気のある候補なら、もっと大きな差がついていたでしょう。「トランプよりはバイデンの方がマシだ」票がどれほど多かったことか。日本から見ていてもその程度のことはわかるので、アメリカの有権者はそのあたり、冷静だったわけです。期待値が低いから、バイデン新政権はその分やりやすくなるかもしれない。

 翻って、日本の政治状況ですが、こちらもひどい。テレビ中継が行われる衆院予算委員会のさなか、学術会議会員任命拒否の件で毎回菅総理は野党から吊し上げを食っているわけですが、アメリカ大統領選で珍しくテレビを見ていたとき、たまたま立憲民主党の辻元清美議員の代表質問を見て、その鋭さに感心して最後まで見てしまいました。これは「圧巻」と評してよいほどの秀逸な代表質問です。

スガ「世襲と学術会議」辻元清美(立憲)11/4 衆院・予算委員会

 佳境に入るのは画面の12分頃(ここで菅氏の著書を引用しながらの、政治家の世襲問題についての皮肉な突っ込みが入る)からで、学術会議問題の追及が始まるのは14分ぐらいからです。多忙な方はお好みでそのいずれかから見ていただきたいのですが、彼女は任命拒否の経緯が事実としてどうだったのかということを徹底して追及し、ごまかしを許していない。その結果、菅総理の答弁はいつもにも増してしどろもどろなものとなり、実際に6人の拒否を決めたのが杉田のじさまであることもあらためて認めざるを得なくなって、国民に向かって説明できるようなまともな理由は何一つなかったことを自ら暴露したのです。

 マスコミがまともで、ジャーナリストとして見る目があれば、このやりとりはニュースで大きく報道されていたでしょう。これに続いて共産党の志位氏の質問が始まるのですが、「総合的、俯瞰的とはどういう意味か」なんて、相手の土俵に自分から乗ってしまうので、相手としては楽チンな展開になってしまうのです。しかし、辻元質問はそうではない。無意味な能書きははなから相手にせず、事実関係を問い詰めることによって、逃げ道を塞いでしまうのです。見事なやり方です。

 前にも書きましたが、菅総理はわざわざ政権発足の冒頭によけいとしか言いようがないことをしてぬかるみにはまる愚を犯したわけで、老練な政治家なら決してやるはずのないポカで、常識からすれば「頭が悪い」としか思えないような話です。しかし、これは彼の政治家としての体質がはからずも丸出しになってしまったものと理解できるので、安倍政権がもっていたあの何とも言えない閉鎖性と陰湿さは、実は大番頭の彼がもっていた性格が出たものでもあったのだろうと僕は認識を改めたのですが、たぶんこれは間違っていないでしょう。要するに彼は密室政治が好きな人間で、はたからとやかく言われるのを好まない。「万機公論に決すべし」(明治天皇の「五箇条の御誓文」第一条の言葉)、「旧来の陋習を破り、天地の公道に基づくべし」(同第四条)の逆を行きたい政治家なのです。だから杉田老人なんて公安警察のボスを重用して、内密におかしな差別・排除をする。

 次の共同通信の記事は素敵なお二人の写真入り、「邪魔者は私が消しますから、どうぞご安心ください」と杉田氏が菅氏に語りかけているかのようです。

官邸、「反政府先導」懸念し拒否

 首相官邸が日本学術会議の会員任命拒否問題で、会員候補6人が安全保障政策などを巡る政府方針への反対運動を先導する事態を懸念し、任命を見送る判断をしていたことが7日、分かった。安全保障関連法や特定秘密保護法に対する過去の言動を問題視した可能性がある。複数の政府関係者が明らかにした。

 これが「憶測」だと言い張るのなら、政府は杉田氏の喚問に応じればいいのですが、そうなるとよけいボロが出そうだから、断固阻止するのです。同じ無法でも、トランプは「陽」であっけらかんとしているが、菅氏は見た目にも「陰」で、意味不明のタテマエを並べて内実を隠蔽しようとするから、なおさら始末が悪い。

 次のような記事も出ています。

「野党は学術会議ばかり」自民・下村氏、いら立ち

 かねて僕はこの下村をクズ呼ばわりしていますが、いかにも彼が言いそうなことで、自分の側が原因を作っておいて、まともな回答は何一つせず、それで問題が終わらないのを野党のせいにするとは呆れた話です。ネトウヨ連中が「そうだ、そうだ!」と唱和するのを当て込んでこういう愚劣なことを言っているのでしょう。無責任な言動でこの国になくもがなの「分断」を作り出しているわけで、トランプがやったことと変わりはない。

「総合的、俯瞰的」というのは、要するに、「政権の立場から『総合的、俯瞰的』に見て、邪魔になりそうな奴は排除する」という意味なので、学術会議という、民主制の見地からして高度の独立性を認められるべき組織内のメンバーにそういう「邪魔者」がいることさえ容認できないというのは、偏狭な全体主義への道ならしと見られて当然です。安倍内閣時代に法制局長官や日銀総裁の首をすげ替え、NHK会長人事に介入し、官僚を人事権を盾に「忖度官僚」だらけにしただけでは飽き足らず、学者団体まで自らの軍門に下らせようとして、菅政権はこういう「事件」を起こしたわけで、自民党政府がこれほど権力の自制を欠いて傲慢不遜になったことは、戦後初めてです。

 それにも増して驚くべきことは、こうしたことに対する世論の鈍感さで、このまま行けば、日本は統制を当然とする全体主義国家になってしまうでしょう。経済的な行き詰まりが明白になればなるほど、生活不安から「パンが何より大事」になって、嬉々としてそれに従う人が増え、それを批判する人間を非国民呼ばわりするようになる。それで改革力と活気のある国になんかなる道理がないので、結局は経済的にもマイナスの方がはるかに多いことになってしまう。今の政府のゴーツー何とかなんて、その場しのぎの愚策以外の何ものでもないので、根本的な社会改善に向けての青写真は何ももっていないのです。

 国民としては、志操と自由を放棄して、最後にはパンも失う羽目になる。そういう道を、今の日本は確実に歩み出しているように僕には見えるので、こういう路線にはストップをかけなければ明るい未来はないと思うのですが、いかがなものでしょう?

 ただ情けないのは、目先の政局しか眼中にないのは野党も同じであることで、それに明け暮れているから、新たな問題(但し、予測できたはずの問題)が出てきたとき、準備が何もなくて、政府は泥縄式の弥縫策に終始し、野党はそれにケチをつけるだけ、みたいになってしまって、有権者からは「どっちも駄目だわ」ということになってしまうのです。コロナが終わっても、例の「2025年問題」など、一体どうするつもりなのかな、という深刻な問題はいくつもある。問題先送りは日本の政治家の得意技ですが、その結果としてこんにちの停滞したこの社会があるので、国が駄目になって行くときはこういう流れでそうなるのだ、という見本みたいなものです。

 にしても、政治家でもなければ、記事を書いてサラリーをもらっている会社所属のジャーナリストでも、原稿料をもらっている物書きでもない僕が、どうしてこんなことをネチネチ書かねばならないのでしょうか? それで世の中の人たちが考えを深めてくれるわけでもなさそうだし、いい加減こんなブログはもうやめようかなと思う今日この頃です。昔、「保守反動」(当時は左派言論がまだ強い時代だった)を自任する英文学者で批評家の福田恆存氏が「言論の空しさ」という一文を書いていて、氏ほどの有名人でもその嘆きがあるのかと驚いたことがありましたが、無名人ならなおさらです。とくに今の時代は、感情にただ理屈をこじつければいいという感じで、明確なロジックだの道理だのはどうでもいいという雰囲気になっているので、書く虚しさも半端ではない。おかしなことを黙って見ているのは「腹ふくるるわざ」(徒然草)ながら、言うだけ無駄だと思いながら書いているというのも、精神衛生上あまりよろしくないことです。

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