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今の日本社会はだんだんナチス時代のドイツに似てきている?

2020.11.02(17:25) 771

「よかった半面、少し残念だったような…」。それが例の大阪都構想否決のニュースを見た僕の感想です。珍しくテレビで夜10時過ぎからその開票経過を見ていたのですが、開票率85%に達して、賛成派がまだリードしている段階で「反対派勝利確定」の速報が入ったので、??という感じでしたが、選挙の当確がめったに外れないのと同じで、これも正しかったようです。

「よかった」というのは、東京の真似をして市を廃止して四つの区に分ければ、大阪が発展するみたいな話は初めからかなり眉唾で、それによって大阪府は大阪市という対抗権力を潰せることになって、今までより中央集権的な政策がとれるが、悪い言葉で言えばそれは「全体主義的」になりやすいということです。維新びいきの菅総理が言うような「住民自治の拡充」になどなるわけがないのは明らかで、ウィキペディアの「特別区(東京23区のみ該当)」の項を読めばわかりますが、それは色々な点で自己決定権に乏しい「自治体未満」の存在で、それは「いまもなお…『東京都』(=旧東京市)の内部機関としての位置付けを脱してはいない」のです。だから、「東京都の特別区はこのことを強く意識しており、23区が共同で組織する公益財団法人特別区協議会(東京区政会館・東京都千代田区飯田橋)は『特別区制度そのものを廃止して普通地方公共団体である「市」(東京○○市)に移行する』という形での完全な地方自治権の獲得を模索している」ほどで、「東京大都市地域に充実した住民自治を実現していくためには、戦時体制として作られ帝都体制の骨格を引きずってきた都区制度は、もはや時代遅れというほかはない」(以上、ウィキペディア)と言っているのに、維新はその「時代遅れ」の制度を真似ようとしたわけです。東京に住んだことがあればわかりますが、区役所は都の出先機関、「支所」のようなものでしかない。僕は学生時代、区役所でバイトしたこともありますが、僕にそこが割と好ましく感じられたのは、皮肉なことに「あまり権力のにおいがしない」ことだったのです。大阪市を解体してそのような権限の弱い存在にするのが、維新の隠れた狙いだったのかもしれませんが。

 移行には混乱が伴う上にカネがむやみとかかって、いずれは区役所も建てなければならなくなるから、トータルで大きな出費になる上に、大阪府の「中央集権体制」を強化してどんなメリットがあるのかは大いに疑わしい。大阪府知事や大阪府のお役人、大阪府議会議員には商人的な才覚がとくに豊かで、そのアイディアを強化された中央集権体制の下で政策として次々具体化し、大阪を大発展させるなんて、誰に信じられるでしょう。大阪万博とカジノ誘致なんてつまらない、こう言っては悪いが時代錯誤の陳腐な案ぐらいしかないわけです(他にも問題があって、そういうふうな政治主導の経済振興策の最大の欠点は特定の財界人や企業との癒着が生じやすいことです。大阪は元々自主独立の気概が強い商人の町だったはずです)。

 これが実現していれば、大阪市“以外”の貧乏な自治体は前より多くの分配金がもらえて財政的に得をすることもあったかもしれませんが、大阪市民は得はしない。それが一定の支持を得られたのは、前にも触れましたが、何より過去の大阪市の職員や労組、議員が住民不在の市政私物化をやっていて、それに対する怒りが住民の中に根強く残っていたからでしょう。要は市政に対する不信ですが、それとこれとはまた別の問題で、別の問題として対処すれば足りるのに、維新はそれを強引に都構想に結びつけた。それで説明も満足にできず、反対派にあれこれ痛いところを指摘されて、大阪万博だの、コロナ下での吉村知事人気などにあやかって二度目の住民投票は行けると踏んだが、投票日が近づくにつれて「やっぱり、あれはおかしいんと違うか?」と思う人が増えて、二度目の否決に至ったのでしょう。マスコミのネガティブキャンペーンのせいではない、記事に出た識者やジャーナリストの指摘には「なるほど」と思えるものが多かったからです。「選挙で対立候補を立てない」という条件で公明党を抱き込み、創価学会員の組織票を取り込もうとしたのも姑息なやり方ですが、それでもなお前回より差は広がったのだから、何をかいわんやです。

 僕が、にもかかわらず「残念」に思ったことというのは、それが実現して大失敗した場合、大阪は今以上に沈んでしまうわけですが、ポピュリズム政党の甘言に乗せられるとどんなひどい目に遭うかわからないという体験を大阪市民は実地にすることになり、それを見ている僕らも、「改革」なるものが実際は「改悪」以外の何ものでもないことがあるということを学習して、もっと物事を冷静によく考えるようになったかも知れないからです。中身をよく見ずに、「改革」という“前向き”の言葉に踊らされるとひどい目に遭う。こう言うと大阪市民には失礼ですが、それは国政レベルのものではないので、ある程度影響も限定的で、「同じようなことを国でやられるとまずいことになるな」という“ワクチン接種”的な効果をもったであろうと考えられるのです。しかし、僅差とはいえ、結局大阪市民はバランス感覚を失わず、賢明な選択をした。

 僕はこの頃、「今の日本はだんだんナチス時代のドイツに似てきたな」と思うことがあるのですが、当時ドイツは第一次世界大戦の敗北で巨額の賠償金を課せられ、その重圧に喘ぐ中、世界大恐慌が襲い、大量の失業者が発生して、行き場のない憎悪と憤懣が社会にあふれるようになりました。これはヒトラーにとっては好都合な状況で、彼の怒号、絶叫調の演説は、聞く人が聞けば寒気がするようなものでしたが、見失っていた「強い父親」を彷彿させ、「失われたドイツ帝国の栄光を取り戻す!」というその力強い言葉は、今のアメリカ大統領トランプのmake America great again!の演説がラストベルトの強い疎外感を抱えた白人ブルーカラー労働者にアピールしたのと同じく、いやそれ以上に、自信を失い、やり場のない怒りを抱えた人々に強くアピールしたのです。それでヒトラーは、その憎悪のはけ口もちゃんと用意した。それは「国家を誤った方向に導く左翼(とくに共産党)」であり、「狡猾な既得権益層」の代表としてのユダヤ人でした。ヒトラーには四分の一、ユダヤ人の血が入っていましたが、であればこそなおさら、その「劣等人種(ナチス的優生学によれば)」への憎悪は激しく、人々はそれに自身の隠し持った憎悪ゆえになおさら強く共感したのです(当然ながら、それはご本人たちにはよく意識されていない心理メカニズムです)。

 ヒトラーの人心洞察力には驚くべきものがあり、政治的な駆け引きにも悪魔的と言える才能を発揮しました(その経済政策もなかなかのものだった)。大衆は自由ではなく服従を、独裁者による統制を求めている(「彼らは自己決定を恐れる惰弱な連中で、命令されるのがほんとは好きなのだ」)ということを彼は見抜きました。そして政治家たちは保身のためならどうとでも転び(そうでない連中は罪を着せて殺せばよい)、マスコミは恐怖を与えれば進んで提灯記事を書くものだということを知っていた。かくて、当初は「粗暴なだけの田舎の三流政治屋」と見られていた男が驚くべき勢いで権力の階段を駆けのぼり、ナチ党が国会最大勢力となって、ヒンデンブルグを形だけの大統領に戴いて実権を握ると、国会放火事件を目障りな共産党のしわざとして宣伝し、これを叩き潰すと同時に、ヒンデンブルクを強要して国家防衛緊急令と反逆防止緊急令を公布させた。これでワイマール憲法に規定された基本的人権は停止されたのですが、次に反対派の社会民主党はまだ残存していたものの、ドイツ国家人民党と中央党を取り込んで議会で三分の二の圧倒的多数を確保し、強引に授権法を議決、成立させて憲法を完全に空文化し、独裁権を握ったのです(「名ばかり大統領」の老ヒンデンブルグはうまい具合に1934年8月死去したので、ヒトラーは首相と大統領を兼ね、自分を「総統」と呼ばせることにした)。

 今の日本は「失われた三十年」から脱出できずにいて、ジャパン・アズ・ナンバーワンなどと言われてもてはやされたのも「過去の栄光」でしかありません。そこに来てこの「コロナ不況」です。当時のドイツ人と似たメンタリティが形成されやすいのはむしろ当然かもしれません(景気の悪化に悩むのは日本だけの話ではありませんが)。僕が滑稽に思うのは、こうなったのは別に「左翼」のせいではなく、リベラル勢力がこれほど弱くなったのは戦後初めてのことですが、あたかもまだ左翼が力をもち、「健全な社会の発展」を妨害しているかのようにネトウヨたちは言っていることです。そして、日本では罪をなすりつける異民族を見つけることはできない(一部、在日朝鮮人の人たちへのヘイトにそういう傾向が見られるとしても)ので、金融界で重きをなしていたユダヤ人(学者、医師、法律家などの専門職も多かった)に当たる対象はいませんが、「うまい汁を吸っている既得権益層」を激しく非難する。それは大企業や一部の富裕層ではなく、左翼の労働組合であったり、役立たずの学者だったり、高齢者だったりするのです。たしかに、高齢者が増えすぎて、医療費、年金など深刻な問題になっていますが、そもそもの話、人口動態の変化は予測可能なので、先を見越して必要な改革を行ない、もっと早く手を打っていればこれほどひどいことにはならずにすんだわけで、短期間民主党が政権を担ったとはいえ、ずっと自民党政権で、自民党が責任をもってやるべきことを怠ってきたからこうなったと言えるのです(左翼の妨害で自民の貴重な改革案が潰されたというわけではない。初めからそんなものは提示されなかったのです)。ロジカルに考えればそうなるだろうに、連中は自民党は非難せず、民主党や左翼メディアばかりを非難する。国家統制がいかにも好きそうな安倍晋三や菅義偉が彼らのヒーローになってしまうわけで、何だか不気味です。維新なんかも、「統制好き」傾向が顕著に見えるので、僕は好きではありませんが、そういう全体主義的なものに対する警戒感はないのです。というよりも、排他的な彼ら自身がそういう傾向を強く示している。だから「改革」がおかしな方向を向いたそれになっても、そのことには気づかないのです。それに反対すると「改革に抵抗する既得権益層」または「反対のための反対しかしない左翼」だと罵られる。僕は別に左翼でも既得権益層でもなく、ただ全体主義的なものが生理的に嫌いなだけなのですが。

 ついでに言うと、任命拒否事件で今の自民党とネトウヨはお得意の「論点ずらし」をやり、日本学術会議を「偏向している」だの何だのと非難していますが、僕が大阪都構想問題で興味深く思ったことの一つは、維新は嘉悦学園に試算させたというデータを使ってメリットを説明していたことで、嘉悦学園と言うと、すぐ思い出すのはあの高橋洋一氏のことです。「嘉悦大学教授」という肩書がいつもついているからです。ウィキペディアの氏の項の「経歴」にはこうあります。

 2010年(平成22年)4月、嘉悦大学ビジネス創造学部教授に就任。2012年(平成24年)4月5日、大阪市特別顧問に就任。2012年(平成24年)10月1日、 インターネット上の私塾「髙橋政治経済科学塾」を開講。2019年現在、嘉悦大学における担当科目は財政学1、金融論2、経済政策である。
 2020年10月、菅義偉内閣において内閣官房参与(経済・財政政策担当)となった。


 その「試算」に高橋氏が関与していたのかどうかは知りませんが、この経歴からしても彼が維新や菅内閣とたいそう仲良しなのは明らかで、僕はかねてから彼のとても学者とは言えないような身びいきの露骨な「偏向」した出鱈目な言説と論理に呆れている者の一人ですが、菅義偉やネトウヨたちはそういう「偏向」はいいと考えているわけです。さっき見たら、「またか…」と思うような彼のこんな記事が出ていました。

大阪都構想「否決」、マスコミ「疑惑の報道」がミスリードした結果だ

 大阪市役所役人、毎日新聞、共産党というトライアングルが、大阪都構想反対の中心であることが、図らずも明らかになった。これは、いつもの毎日新聞スタイルだ。

 とネトウヨさながらの非難をしているのですが、毎日記事のあれは、要は四つの区に分割すればスケールメリットが失われて、余分に費用がかかるという「あたりまえ」のことを言ったものでしょう。「市財政局の担当者は『都構想の4特別区の行政コストが今回の試算と同額になるとは限らないが、デメリットの一つの目安になる。財源不足が生じれば、行政サービスの低下につながる恐れもある』と説明している」(毎日記事)という話で、その試算のとおりになると言っているわけではなく、嘉悦学園の「試算」などはそれよりもっといい加減なものだったわけです。その増える費用を抑えようとすれば、人員や設備を減らすか、非正規職員を増やすか、あるいはサービスを縮小するなどするしかなくなる。

 さらに面白いのは、この先生は、

 大阪都構想については、あまりに間違いが多すぎる。「一度、大阪市が廃止されれば、もう元には戻れない。特別区を一般の市にする法律がそもそも存在しないからだ」との意見もある。

 と述べて、それは「不可能ではない」として、「規定がないので、戻せない」とする政府答弁まで否定していることです。

 一部の総務省官僚は、想定されていないので、法改正が必要との意見もあるようだが、いかにも総務省官僚らしい言い方で自ら役人なのに解釈権があると勘違いしている。それでも百歩譲って法改正したらいい。そうすれば、元に戻れないとはいえない。

 無茶苦茶言うとるな、このオッサン、という感じで、そういうのは政府が勝手に解釈を変えれば何とでもなるとか、今の日本国憲法を「改正」して、国家統制の妨げになる人権保障規定は削除または縮小するのも「不可能ではない」と言っているようなものです(たしかにそれは「不可能」ではありません)。高橋説によれば、役人に解釈権はないが総理大臣にはあるらしいので、だから彼は菅総理の学術会議会員の任命拒否も「正しい」と言い張っているわけです。それまでの政府解釈を変更する場合、道理にかなった説明をして議会と国民を納得させなければなりませんが、「朕は国家なり」で、権力者にはそんな義務はないと言っているのと同じなのです。あのヒトラーですら憲法を無効化するために大統領令と授権法という手順を踏んだが、高橋大先生の場合にもそんなことすらいらないのです。こういうエセ学者を菅内閣は内閣官房参与に任命している。それでもって、「首相は日本学術会議の会員選考について『閉鎖的で既得権益のようになっている』と批判。改革の必要性を強調した」(時事通信 11/2)なんていうのだから、ヘソが茶を沸かすとはまさにこのことです(政治権力が究極の既得権益であることは説明するまでもないでしょう)。

 彼の記事でもう一つ面白いのは、最後の方にこういう記述が出てくることです。

 実は、この大阪都構想は、菅政権の推進のためには必要な政治イベントだった。菅首相は自民党内で派閥を持っていない。しかし、公明と日本維新の会には密接なパイプがある。その公明と維新が推しているのが大阪都構想だ。
もし大阪都構想で負けたら、菅政権運営の先行きが不透明になるという意見もあった。いざというときの公明と維新という「ジョーカー」を失うからだ。


 この「ジョーカー」云々は産経の次の記事を指しているのでしょう。

維新「否決なら首相はジョーカー失う」 大阪都構想、政権影響も

 国政選挙での集票力で影響力を持つ公明党と、与党と野党の中間の「ゆ党」として首相を陰に陽に支える維新は首相の求心力の源泉であり、政権運営の切り札だ。関係者によると、首相は公明党の支持母体である創価学会との太いパイプを生かし、学会幹部を通じて支持者に都構想への理解を呼び掛けているという。
 維新幹部は「維新と公明党というジョーカーを持つのが首相の武器。否決なら、首相は大事なジョーカーを一気に2枚失うということや」と語った。


 橋下徹が菅首相をやたらと持ち上げるのもこういう関係あってのことですが、「大事なジョーカーを一気に2枚失う」という表現はいくらか大袈裟ながら、おかしな具合に菅政権が勢いづくのを防いだという点でも、今回の都構想否決は「よかった」と言えそうです。

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