FC2ブログ

タイトル画像

分断の時代

2020.10.27(23:11) 768

 今はほんとにそうだなと思います。アメリカはもうすぐ大統領選で、トランプ派とバイデン派、真っ二つに割れているようですが、反知性主義と差別主義・白人至上主義が合体したトランプになってから国民間の対立と分断は深刻なレベルにまで深まったと言われ、実際そう見えますが、下品なトランプ口調に引きずられるかのように、罵り合いも低レベルの下品なものとなって(とくにトランプ支持者)、SNSの発達がさらにそれに拍車をかけた。

 もう一つ、アメリカ人の憂鬱は、トランプ、バイデン、どちらを支持するにしても、「どちらがベストか」という選択ではなくて、「ワーストでないのはどちらか」という選択になっていることで、前回のトランプ対クリントン(彼女も半端でなく不人気だった)のときもすでにそうでしたが、今回は民主党の候補者が認知症の疑いまでささやかれるご老体のバイデンで、カリスマ性も全くないから、何であんなのしかいなかったんだろうと、他国人はアメリカ政界の人材の枯渇ぶりに首をひねるのです。尤も、前回民主党政権時代の大統領はオバマで、彼は若く、輝かしい経歴をもっていましたが、その業績はパッとせず、あの選挙キャンペーンのときのChange! Yes,we can!を実感した国民は少なく、その「変わらなさ加減」に対する庶民の失望と憤懣が、トランプを後押ししてしまったことは確かでしょう(僕は当初、彼の暗殺を真面目に心配しましたが、途中でその心配は全くないなと思うようになりました。彼はアメリカのエスタブリッシュメントの不興を買うような改革は何もせず、インテリ俗物の典型のように思われたからです。非戦を唱えながら、テロ対策と称してドローン戦闘機であれだけ罪もない民間人をたくさん殺した――彼はそれを積極的に推進したと見られる――男がノーベル平和賞というのも、ブラック・ジョークみたいです)。バイデンはおそらく彼以下になると思われるので、あれなら下品なトランプの方がわかりやすくてまだマシだ(優柔不断なオバマやバイデンよりは決断力もある)と考える有権者が多いでしょう。そうなるとまた四年間、世界は自分に対する批判はすべてフェイク呼ばわりする、彼の品性ゼロのツイートに耐えなければならなくなるわけです。

 こうなったのも、アメリカでは久しい以前から民主主義が機能しなくなっているからで、あの国を本当に支配しているのは一部の富裕層や大企業、軍産複合体などで、政治家たちは共和党・民主党を問わず選挙資金の彼らへの依存や、カネにあかせたロビイング活動にさらされる中でその使い走りに似たものと化し、彼らに都合のいいものにシステムが作り替えられ、経済のグローバル化に伴う産業空洞化(製造業の衰退)が進む中、経済成長の果実はほとんど彼らに吸い上げられ、中間層は没落して、やり場のない怒りが蓄積することになっているからでしょう。だから伝統的な政党政治家ではないトランプなら「壊し屋」としてそれを変えてくれるのではないかと期待した。詐欺師まがいの悪徳不動産屋にそれを期待するしかなかったというところまで、人々は追い込まれたわけです。実際のところ、その怒りは移民排斥や黒人憎悪、「仕事を奪った」他国に振り向けられるだけで、本当の敵の姿は見えないままになっているように思えますが(今の日本の株式市場の「官製相場」のひどさは有名ですが、アメリカの株高も余った金がそこでマネーゲームを演じているだけで、経済実勢を反映したものではない)。

 日本も、菅政権が就任早々やらかしたあの学術会議会員任命拒否問題で、社会の分断と亀裂は安倍政権時代以上に深まりました。何が目当てであんな馬鹿なことをやったのか不可解ですが、彼はそれによって学者団体とリベラル派、左派メディアなどを敵に仕立てて、彼らを「忠実なソールジャー」たるネトウヨたちに口汚く攻撃させ、政権への批判勢力になりそうな連中をあらかじめ封じ込めようと目論んだのかもしれません。だとすれば陰険そのものですが、彼は元々がそういうタイプの政治家なのでしょう。安倍政権の陰湿さのかなりの部分は、実は大番頭の彼の持っていた性質だったのかもしれません。世間の多くの人が思っていたような実務政治家では、彼はなかったわけです。あの表情の妙な暗さは、彼が平和な「パンケーキおじさん」などではないことをよく物語っています。一昔前なら、あんなことをすれば一発でアウトですが、今の日本ではそうならずに済むということを彼が見越していたのだとするなら、その洞察力は半端なものではありません。それはむろん、悪霊の類がもつそれなので、割と年季の入った悪霊研究家の僕は「何かついているのでは?」と疑っているくらいです。こんなことを言うと、ネトウヨたちに「悪質な印象操作だ!」と罵倒されそうですが。

 大阪では維新の会の「大阪都構想」(別にそれで「大阪都」になるのではなく、大阪府のままで大阪市を廃止してそれを区に分割するという話のようですが)の是非を問う住民投票が行われるそうですが、これも賛成と反対の真っ二つに分かれていて、大阪市民が苦慮しているのは、「どっちの言うことが正しいのかわからない」ということのようです。僕も記事をいくつか読みましたが、不確定要素が多くてわかりにくい。府と市が並立して、二重行政で無駄が多いから変えるというのが維新側の主張ですが、逆に手間も無駄も多くなって、移行にもべらぼうな費用がかかる(その分、住民サービスは低下する)ので、全然大阪の発展にはつながらないというのが反対派の主張です。

 第三者として論理的整合性も加味して読み比べた印象では、反対派の言うことの方が正しいのではないかという気がしますが、前は市職員の不祥事がよくニュースになっていたので、そういうことに対する反発が支持派の感情的背景としてあるような気もします。「あそこはねえ、おかしな労働組合があって自分たちに都合のいいことばかりやって…」というような話を、関西出身の僕は前に聞いたことがあるからで、だからあんなものは潰してしまった方がいいと思う人がかなりいるのでしょう。それなら都構想とは別に、不正なヤミ手当の類や癒着は剔抉するとかすればいいのではないかと思いますが、そういうのは百年河清を俟つのに類したことで、解体して別の組織に作り直した方が早い、ということなのでしょうか? それともそういう問題はもうとっくに解決して、それでもなお、都構想には大きなメリットがあるということなのでしょうか? 反対派の指摘が正しいなら、かつての「商都・大阪」の地盤低下は著しいが、無駄なところに税金とエネルギーが消尽されることになって、その沈滞は一層激しいものになりかねない。何にせよ、どっちがいいのかわからないまま賛否を問われる大阪市民には難儀なことです。貧すりゃ鈍するで、人間落ち目になったときは、それとは気づかないまま事態を一層悪化させてしまう決断をしてしまうということはよくあることなので、そういうときは焦ってむやみと動かず、状況をよく見定めて次の行動を決めた方がいい。東京一極集中の今のあり方は好ましくないので、大阪にもっと元気になってもらいたいとは僕も思いますが、今回のこれは見ていて明るい未来展望に基づく論争という気はしないので、やるべきことは他にもっとあるような気がするのです。

 日本よりもっと分断、分裂が深まっているのは韓国で、韓国の内部抗争は李氏朝鮮時代の両班政治から続く宿痾のようなものですが、文政権になってからのそれは一段と甚だしい。彼はそれを露骨かつ徹底した右派排除によって、一層尖鋭化させたのです。それで、これも昔からよくあることですが、身内の相次ぐ不祥事の方は必死に隠蔽する。日本にとってはあれは最悪の政権ですが、今の日本とは逆に、かの国では保守派が野党で、それがあれほど人気がないのは見ていて嘆かわしいほどで、政権交代しないと日韓関係の改善は不可能だという点では、日本では大方の意見の一致が見られるようですが、例の「K防疫」以外ほとんど見るべきものがない失政続きでなお壊滅的な政権支持率にならないのは、保守派の不人気に助けられている側面がかなりあるように思われます。左も右に劣らず腐敗しているということは明らか(だから政治信条の左右を問わず、退任大統領は逮捕される憂き目を見る)ですが、北朝鮮との経済統合→政治的統一を果たして一つの国になる、というのが文大統領の「理想」のようで、それが一定の求心力をもっているかぎりは左派政権は続くのでしょう。不動産の暴騰や若者の失業率の悪化で支持率は低下傾向にあるようですが、その「理想」への繰り返しの言及と、反日アピールという「伝統的」な不満のガス抜きを組み合わせれば何とかしのげると考えているように見えるので、他国のことながら、これも憂鬱な光景です。朝鮮半島国家の内紛に首を突っ込むとややこしいことになる、というのは過去の歴史に基づく教訓なので、「音なしの構え」が一番よさそうですが、日韓関係だけでなく、米韓、中韓関係も流動的で、またぞろ韓国と北朝鮮という半島国家に周辺国が翻弄されて、東アジア情勢が不安定化することもありそうです。

 こう見てくると、一番「安定」しているのが共産党独裁、習近平独裁の中国で、政治的安定や経済統制ということだけなら全体主義国家が一番強い。安定を求めるとそちらの方に行ってしまいやすいので、全体主義志向のメンタリティは今の日本でも相当強くなっているように感じられます。それはステレオタイプ化した、同じような冷笑口調のネトウヨたちの他派攻撃の執拗さにもはっきり見て取れる。前にも書きましたが、ヴァレリィの言う「巨大な蟻塚」のような国家がこれからは増えるのかもしれません。そこでは多様性は尊重されない。それぞれのなすべきことが上から指示され、あてがわれ、それで一定の物質的保証が与えられるので、それで満足すべきだということです。権力への批判はその統制を乱し、効率を低下させるだけなので、非国民的所業とみなされる。人は昆虫的生存レベルに切り下げられるのです。今の、開かれた議論ではなく、排除の論理によって生み出される分断はやがて国家権力による統制へと向かい、それに従順な人々の巨大な蟻塚国家が出現する。人権だの、思想・学問の自由などはよけいなぜいたく品とみなされるのです。そんなもの、腹の足しにはならないでしょう? 現実離れのした空虚な学術ではパンケーキすら買えない。従って、学者団体の独立性など尊重するには値しないのです。

 そういう世界にならなければいいがと僕は思いますが、こう言うとまた「代案も出さずに文句ばかり言うサヨク!」と食ってかかられそうです。いやな社会ですねえ。
スポンサーサイト





祝子川通信 Hourigawa Tsushin


<<そのうち『闇の利権政治家・菅義偉の正体』という本が出る? | ホームへ | コメントへの返信>>
コメント
コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://koledewa.blog57.fc2.com/tb.php/768-33c5332e
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)