FC2ブログ

タイトル画像

エラそうに改革を説くなら、まず自分を改革してからにしろ

2020.10.11(07:46) 762

 この件についてはもう言うだけのことは言ったと思っていたのですが、ここに来てまた「何?」というような話が出てきました。まずは次の郷原信郎氏の文をご覧ください。

日本学術会議問題は、「菅首相の任命決裁」、「甘利氏ブログ発言」で、“重大局面”に

 首相が任命を決裁したのは9月28日で、6人はその時点ですでに除外され、99人だったとも説明した。学術会議の推薦者名簿は「見ていない」としている。

 これは多くのメディアで報じられていることです。そうなると、

 もし、首相が任命を決裁した段階で、6人の学術会議の推薦者が既に除外されていたとすれば、誰がどのような理由で、或いは意図で除外したのかが問題になる。そして、6人の任命見送りの問題表面化直後に、菅首相が任命決裁の際に学術会議の推薦者名簿を見ていなのに「法に基づき適切に対応」と発言したとすると、この「適切」というのは、どういう意味だったのかが重大な問題となる

 わけです。作家の平野啓一郎氏もこのことを「支離滅裂だ」とツイッターで批判したそうですが、いかにも支離滅裂で、官邸の茶坊主官僚か誰かが勝手に6人をあらかじめ「除外」して、そのリストを菅総理に渡し、それを機械的に承認して、「法に基づき適切に対応」したのだと称しているとすれば、その勝手に除外した人間が「法」だということになって、無批判に総理大臣がそれを受け入れることが「適切」だということになる。むろん、その誰かは任命権者でも何でもないのだから、擁護派の議論の根拠も崩れ去ることになる。

 昔の中国の王朝ドラマでも見ているようです。品性下劣で邪悪な宦官が「虎の威を借る狐」そのままに王の威厳を借りて勝手なことをやらかし、無能な王はそれをそのまま追認しているだけ、というような(当然ながら、そういう国は腐敗が進むだけでなく、すぐれた人材もいなくなって、早晩大混乱の中で滅びるわけです)。

 だから、もしこれが真実であるなら、6人を勝手に名簿から削った者が誰なのか、菅政権は明らかにすべきです。そして彼に、どうしてそんなことをしたのか、きっちり申し開きさせる。やった本人なら、その理由もわかっているはずです。「名簿も見ていない」総理大臣に説明のしようがないのは明らかなのだから。

 それもできないというのなら、菅氏は即刻総理大臣を辞任した方がいい。部下が越権行為も甚だしいことをやらかし、それを処分することもできないまま、責任だけひっかぶってバッシングに耐えることが総理大臣の甲斐性だと思い込んでいるとすれば、この先どんなことが起こるか知れたものではないからです。そういう無責任かつ無法な宦官政治に耐えなければならない義務は、日本国民にはない。

 上の郷原氏の記事によれば、甘利明衆議院議員も今年8月、ブログで根拠のない学術会議批判をして、そのフェイク記事が拡散して、学術会議非難に使われるようになっていたのだという。たしかにこの話はよく見かけるものなので、衆院議員自らが「名誉棄損」に該当するようなデマの発生源になっていたのです。

 甘利氏は、自民党税調会長であり、過去に経産大臣、経済財政担当大臣等の主要閣僚を務めた自民党の大物政治家である。ブログ発言によって、日本学術会議に関して、根拠のない非難を行ったとすれば、法的、政治的責任が問題になる

 というのは正論です。今回の件でも、「だから学術会議はいかがわしいのだ」という理由付けにそれがよく援用されているので、学術会議の体質問題と今回のことは分けて考えるべきだと僕は前に書きましたが、おかしな任命拒否の正当化にそうしたガセの「甘利情報」も悪用されているのです。

 重大なことは、菅首相が、6人の会員の任命見送りについて、誰がどのように判断したのかと、甘利氏のブログ発言とが関連している可能性があることである。自民党の有力政治家である甘利氏のブログ発言が、その後、自民党内や政府内部での、日本学術会議の会員任命問題への議論に影響を与え、今回の任命見送りの背景になったとすれば、甘利氏は、日本学術会議に関するブログ発言について、一層重大な説明責任を負うことになる。

 確かにそういう側面はありそうです。してみればこの件に関して、菅総理には対処すべき最低限二つのことがある。一つは誰が名簿から6人を排除したかを明らかにして、その人間に申し開きを(あくまで国民に対して)させること、その上で処分すべきですが、もう一つは甘利議員にブログに書いたフェイク記事の撤回と、謝罪を命じることです。それは「言論の自由の侵害」ではない。フェイク情報の発信は保護されるべき「言論」ではないからです。間違った風説を垂れ流した場合、その訂正と謝罪の義務は誰にでもあるのです。それは「言ったもの勝ち」のフェイク情報全盛の折柄、一罰百戒の効果をもつでしょう。

 菅総理及び自民党政府がそのあたりどの程度自覚しているかわかりませんが、今回の件でも顕著なのは、異様なまでの政治の次元の低さと、不都合なことをごまかすための党派的議論のお粗末さです。まず「改革」が必要なのはその点で、自らは無法とごまかしに終始しながら、やれ既得権益がどうの、縦割り行政がどうのと言い、民間企業には努力と真剣さが足りないとお説教してみたところで、説得力はゼロでしょう。菅義偉のどこに、「叩き上げ」特有の厳しさと迫力があるのか、僕にはさっぱりわかりません。政治家というのはゆるくて甘い商売なんだなと、ただただ呆れるばかりです。
スポンサーサイト





祝子川通信 Hourigawa Tsushin


<<元警察官僚が学術会議新会員任命拒否の主役を演じたことの意味 | ホームへ | ジョン・E・マック著『エイリアン・アブダクションの深層』について>>
コメント
コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://koledewa.blog57.fc2.com/tb.php/762-432fc7f0
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)