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ジョン・E・マック著『エイリアン・アブダクションの深層』について

2020.10.10(13:27) 761

 これはまだ仮題ですが、原題の Passport to the Cosmos(宇宙へのパスポート)では読者には何の本かわからないだろうと思うので、内容に合わせて僕が付けたタイトルです。

 先日編集者がていねいに目を通して細かい点に書き込みを入れてくれたものを見ながら、あらためて全体に手直しを加えて返送して、すでに荷物は先方に届いたようですが、すでに何度もいじったものなので、あとはゲラ段階で見直して何か所か修正すれば、それで done!となるかなと思っています。紙で送られてきたものを見て、その分量の多さには自分でも少し驚いたのですが、原書が大判で註や参考文献も入れると330ページあって、文字も詰まっているので、訳書がふつうの判型だと400ページを楽に超えてしまうのは避けられそうもありません。これでも出版社の社長に「ハーバードの先生の書いたものらしく、難解な上に長すぎるのでは?」と言われて、前置きの部分で、うしろと内容的に重複していたり、くどすぎると思ったところはカットしたのですが、それも全体からすれば僅かなもので、全訳に近いので、分量が多くなるのは避けられなかったのです。

 訳したり、訳文を読み返して直したりしているときはそんなに量が多いとは思わなかったので、それは内容があって面白い(少なくとも僕にとっては)からです。エイリアンに誘拐されたなんて、そんな馬鹿話、あんたは真に受けているんですかと世間の人や正統派の学者たちには冷やかされそうですが、それが馬鹿馬鹿しいかどうか、信憑性に乏しいかどうかは、読み終えてから判断して下さい。僕はもちろん、エイリアンに誘拐されたことはありませんが、これはエイリアンとの接触によって体験者たちの世界観や人間観、生き方にどういう変化が生じたかという部分に大きな注意が向けられている本で、僕は宗教哲学や禅、神秘主義などにはまあまあ詳しい方だと思いますが、そういう見地からしても全然馬鹿馬鹿しくはなくて、スピリチュアリズム全般からしても、非常にレベルの高い良質な本なのです。

 もちろん、エイリアンとの間に具体的にどういうことが起きたのかという点も詳しくて、編集者にファイル原稿を送ったのは夏で、「十分涼しくなりますよ」とメールに書いておいたら、「涼しいのを通り越して寒くなってしまいました」という話だったので、ビジュアルな想像力が豊かな人にはびっくり仰天の描写が続出するのです。僕自身が生まれつき視覚型の人間で、ストーリー部分は原文を読んでいて自然に映像が浮かんでくるので、それを見ながら訳していくのですが、その中に入り込んでいるときと、そこから出たときは、二つの異質の世界を体験しているようなもので、何とも言えず妙な気分になったりしたのです。今ではエイリアンたちともすっかりなじみになってしまった感じで、グレイが出てきても、爬虫類型エイリアンが出てきても、そんなに驚かないだろうと思えるほどです。その「寒くなった」女性編集者も、エイリアンへの「偏見」は消えたようで、馬鹿馬鹿しい話だとも感じなかったようです。「ほんとに中身の濃いいい本ですね」という彼女の感想は、たんなる社交辞令ではないでしょう。

 この様子だと出るのは冬になるので、ストーブの前で厚着をして読んでもらわなければならなくなりますが、これはただ風変わりな話を並べ立てただけの本ではないので、その体験が大きな精神的変容を体験者たちにもたらして、世界観、人間観にパラダイム・シフトをひき起こすほどの力をそれがもっているということを詳述していることです。そしてそれは、そうした体験をしていない人にとっても大きな意味をもつ。今の文明は環境面などの外部的な側面だけでなく、内面的に人を枯渇させるという致命的な弱点をもっていますが、その突破口になりそうなものがここに述べられていることにはあると、僕は信じる者です。

 それがこの本を訳して紹介しておきたいと思った最大の動機なのですが、今の文明は温暖化に伴う異常気象の重なりや、新たなウイルスの蔓延などがなくても、このままでは数十年もつかもたないかだと僕は思っています。内面的、精神的な袋小路に陥っているからで、だから国家間の分断、国民・民族内の分断もこんなに深刻化するのです。やれモラルがどうのと言ってみても、それは自我中心的な世界観、自己観に基づくものでしかありません。そういう意識それ自体が一種の病気なのだというのが僕の以前から変わらぬ主張で、しかし、そんなこといくら言っても衆寡敵せずで通じないのですが、僕が面白いと思ったのは、エイリアンとの遭遇を通じて学校教育と社会の条件づけによって植え付けられたそうした自我意識に基づく自己観、世界観が根底から破壊され、それは人をいっとき途方に暮れさせますが、そこから脱け出たとき全く違った深い自覚と理解が生まれるので、そういうことを語る人たちがこの本には大勢出てくることです。思わぬところに友を見つけたと、僕は喜んだのですが、全く違ったルートを通って、同じ認識に達したという点が面白い。神秘主義哲学に詳しい人は、ウパニシャッドやカバラ、スーフィズム、禅などと共通する何かを、いわゆるアブダクティ(エイリアン・アブダクションの体験者をこう呼ぶことがある)たちの多くが自分の体験を通じてつかみとっているということを知って驚くでしょう。それは頭でこねくり回した理屈ではなく、実体験から来たものなのです。そのあたりを掘り下げ、明らかにしているところに、この本の最大の価値がある。

 出るときはまたここで告知しますので、皆さん買ってお読み下さい。今は出版社も本が売れない時代(スマホやパソコンに時間をとられて読書時間が減っていることの影響は非常に大きい)で経営的に大変なのに、こういうかなり硬派でボリュームもある本の出版を引き受けてくれたことを、僕はナチュラルスピリットの今井社長に感謝しています。そういうことは志がないとできないことです。著者のジョン・マック(2004年、交通事故のためロンドンで死去)はハーバード大医学部教授(精神医学)で、「アラビアのロレンス」として知られるT・E・ロレンスの伝記でピューリッツアー賞を受賞したこともあった人ですが、今はそういうことだけで本が売れるという時代ではない。ましてや題材がかなり特殊で、そのため彼はハーバード大で一部の同僚たちによって告発され、査問委員会にかけられたことがあったくらいです。日本ではこうした現象が一般にはほとんど知られていないということもあるし、売れ行きが芳しくなくて社に迷惑をかけてしまう恐れがある(すでに前の二冊でかなり迷惑はかけているのですが)。僕としてはそうならないことを願っているのです。

 最後に、これは本の紹介に使えそうだなというところを、広告文案用にいくつかピックアップしたのですが、その一つをここに載せておきます。

 これまでのUFOをめぐる議論は主に、それが厳密に物質的な意味でリアルなのかどうか、そしてその存在が伝統的な科学の手法で証明できるのかどうか、という問題に焦点を当てたものだった。同様に、アブダクションに関しても、関心は、人々がエイリアンによって身体的に空中の宇宙船に連れて行かれたのかどうかという点に向けられていた。これらは込み入った問題である。しかし、アブダクティたちと十年近く一緒に研究してきた後、私は、これらはアブダクション現象が提起する最重要の問題ではないという見解に達した。私たちの文化にとって最も重要な真実は、アブダクティたちの体験の途方もない性質とその力、これらの体験が開く他のより深いリアリティの次元への端緒、そしてそれらが私たちの文化と人類の未来にとってどんな意味をもつか、というところにあるのではなかろうか。(最終章より)
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