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本当に考えるべきことは何か?

2020.07.18(14:40) 740

 例の「Go To トラベル」キャンペーンで、またもや日本政治の迷走が始まっているようです。先日ヤフーのニュースサイトを見たら、実施中のアンケートが出ていて、93%の人が「延期すべきだ」と答えていましたが、それは目下の「感染拡大」状況からしてあたりまえの話でしょう。ところが政府は東京を除外して、予定通りの実施に踏み切った。

 元々こういうのは、昔公明党が言い出して自民政府がやることになった地域振興券の類と同じで、一過性の効果しかないものです。コロナそのものが終息しないとどうにもならないし、逆にそれが終息しさえすれば元に戻る。それまで待っていたのでは地方では比重が大きい観光産業が潰れてしまうというのなら、こういう間接的な、手続き的にもややこしい支援ではなく、直接補助金を出した方がマシです(予算は1.7兆だそうなので、かなりの額を配れる)。今は人の移動が少ないから地方の感染者は少ないだけで、東京だけ除外しても、その周辺の千葉、埼玉、神奈川などは感染者が増えているし、名古屋や大阪などの大都市圏でも同じです。そのキャンペーンに応募した人全員にPCR検査でも行えばまだしも、そんな面倒なことはするつもりがないわけでしょう? 神様仏様コロナ様、どうかそれでクラスター発生につながりませんように、という神頼み政策です。原発を再稼働しても、この前の福島原発事故のときのような大地震、津波が起こることはめったにないから大丈夫だろうというのと無責任さでは似ているが、確率はこちらの方がはるかに高い。しかし、コロナだと大して死人が出るわけでもないから、原発事故のような心配はいらない。そうなったら世論の反発がこわいが、まあ大丈夫でしょう、ということで踏み切ったのでしょう。

 しかし、それでコロナ感染が全国拡大したということになると、医療機関がパンクするだけでなく、営業を再開した飲食店等も大打撃を受けて、「みんなで一緒に沈みましょう」ということになりかねない。学校も再び休みになって、教育への影響も大きい。塾や予備校なども、オンライン授業のみとなって、そういう対応ができないところは再び全面休業です。いや、こうなったらもうどうでもいい、それに罹患して死ぬ人にはこの際だからみんな死んでもらいましょう、全部ふだん通りやればいい、経済活動は止めるなということで、ブラジル大統領みたいなことを言うのならわかりますが、そういう国民的コンセンサスはできていないわけでしょう?

 こういう場合、ポジティブな意味での「よい」選択肢はないわけで、「最悪からできるだけ遠い」選択肢をえらぶしかないわけです。それがこれなのかという疑問は残る。

 ここにも再々書いてきたことですが、コロナだけが問題なのではない。今のグローバル文明は文字どおり「存亡の危機」に立たされています。地球温暖化の影響が一番大きいので、記憶に新しいのはあのオーストラリアの大規模で長期にわたった山火事ですが、世界各地で似たような森林火災が頻発するようになったし、いま日本や中国を襲っている集中豪雨による洪水もそれと関係します(バングラディシュでは国土の3分の1が浸水したという)。あのバッタの異常な大量発生も温暖化が関係するという話だし、一方で旱魃が続いて、農地が消失してそこの人たちが難民化するという現象も久しい以前から起きている。そしてこの前も書きましたが、極地では異常高温が続いて、一昨日はこういう記事も出ていました。

 今年1~6月、ロシア・シベリア地域は記録的な熱波に見舞われた。極寒の町ベルホヤンスクで気温が38度に達するなど、異常な高温を記録した。欧州の気象当局や大学などの研究チームが分析したところ、地球温暖化がなければ8万年に1回未満しか起こらないような現象だと分かった(朝日新聞7/16)

 この前も見たように、これがまた温暖化に拍車をかけるわけです。いわゆる「永久凍土」が溶け出して、それがメタンなどの温室効果ガスを大量放出するからです。すでに海水の温度上昇で多くの生きものを養う「海中の森林」と呼べるサンゴ礁は死に絶えつつあり、今のテンポで気温上昇が続いたとして、あと30年で世界中のサンゴ礁が絶滅すると言われています。この調子では、それはもっと早くなる可能性がある。そして、陸上の森のシンボル的存在であるアマゾン密林は驚くべき勢いで減りつつあり、いずれステップ、草原と化してしまうのは時間の問題だと言われています。東南アジアの森林も、あまりニュースにはならないが、急速に消滅化に向かっているのです(こういうのは温暖化による乾燥化から生じる自然発火だけではなく、牧畜や鉱物資源、天然ガスなどの採掘のための伐採といった人為的な要因も大きい。アマゾン密林に住む少数部族なども生命の危機にさらされている)。

 こういうのが全部重なったとき、どうなるか? これまで人類の生活を支えてきた気候の安定性は完全に失われ、史上六番目と言われる生物大量絶滅の影響も顕著になり、自然災害の激増による人的・経済損失だけでなく、深刻な食糧危機にも直面するのです。医薬品の原資となる貴重なものも失われる。アマゾン密林やサンゴ礁はその宝庫だったのですから。その上、かつては自然の奥深くに棲息していたウイルスの類も、人類社会に侵入してくるでしょう。新型コロナウイルスがその最後なのではない。むしろそれは先兵にすぎなかったことがいずれ明らかになるかもしれないのです。

 日本の場合、これに地震の脅威が加わる。首都圏直下型地震、南海トラフ大地震、いずれも遠くない将来必ず起きるだろうと言われているので、僕はこれからの30年ぐらいでその後の人類の運命は決まってしまうだろうと見ていますが、たぶんそうした大きな地震も30年以内に起きるでしょう。

 こういうのはオカルト予言でもSFでもないわけです。全部今の科学が認めていることで、現代文明が存亡の危機に立たされているという話は誇張でも何でもないのです。

 そういう文脈からこのコロナ禍も考えてみなければならないので、従来の浪費型経済システムを根本から見直さなければならない。明日の生活もままならないという状況でそんなこと考えていられるか、と言う人もいるでしょうが、上に見たような事情から、今の文明社会はいずれ確実に崩壊するのです。今現在生活できなくなっている人には最大限の支援策を講じるとして、それとは別に、将来的なヴィジョンの観点から「今後どうするか?」を衆知を結集して考えなければならない。

 僕は最近よく、まだ日本全体が貧しかった自分の子供時代、昭和30年代(1955~65)を思い出すことがあります。経済史では高度経済成長時代とは1955~73年を指すことになっていて、それは僕が生まれた年から高校を卒業した年にぴったり重なるので、わが世代は「高度経済成長の申し子」みたいになるのですが、当時の田舎はかなり貧しかった。僕が生まれたところは通える範囲に高校もない山奥だったので、高校の進学率自体がまだ低く、中卒で就職した同級生の方がずっと多かったのですが、それは下宿させたり、寮に入れたりして高校に行かせるほどの資力もない家庭がまだ多かったということです。僕の実家も裕福ではなく、高校ぐらいは出しておかないとこれからの時代は間に合わないだろうと考えた両親が猛烈に働いてくれたおかげで進学できただけなのですが、生まれたときは冷蔵庫もテレビもなかったので、僕が小3まで通った分校の同級生には、まだ電気も通っていない集落から通う子たちもいたのです。たまに隠れて祖母に作ってもらう砂糖水がたいそう美味に感じられたと言えば、それがどんなものだったか想像していただけるかもしれません。服もズボンも靴下も、継ぎだらけでした。それがゴワゴワして気持ち悪かったのをまだ憶えているのですが、別に惨めとも感じなかったのは皆が貧しかったからです。

 その代わり、自然は素晴らしく豊かだった。山には果実やキノコがたくさんあり、近くの斜面にはイタドリやワラビなどの山菜がはえ、川には魚がうじゃうじゃいた。クワガタなんかも実にたくさんいたのです。僕はいつも学校から帰ると山や川に直行して、日が暮れるまで遊んでいたので、四季折々、やることがいくらもあって退屈することが全くなかった。それについて書けば一冊の本になるくらいです。僕にとって最も幸福な時間は子供の頃、そうして自然の中で遊んでいた時間で、学校のお勉強の記憶などはほとんどないのですが、それは深い生の充足感を伴うリアルな思い出なのです。そこには子供だけが知る、一種のエクスタシーがあったと言ってもよい。生活は貧しく、いつも茶粥ばかり食べていたが、どんなに大金を積まれても、僕はそれを他の何かと取り替えたいとは思わないでしょう。自然が僕を育ててくれたのです。

 最近は認知症が進んでもうそんな話はできなくなったのですが、前に母と電話で話していて、母にも僕が子供だったその頃が一番幸福な時代だったらしいのを知りました(戦時中の話を彼女は嫌っていた)。当時は人家がまだたくさんあって、大人も子供もたくさんいて、心理的な距離が近い田舎だからこそ人間関係上のトラブルもあれこれあったとはいえ、人情に篤い土地柄だったので、楽しい思い出の方が多く、あのときはこういうことがあったと、次々色々なことが思い出されるようでした。そこには人と人との間でも深い心の通じ合い、コミュニケーションがあって、心は豊かな時代だったのです。僕はおばあちゃんっ子だったので、小さい頃は祖母と一緒にいることの方が多かったが、マツタケ採りのときはよく母と二人で山に行った。母が梅干を入れた焼きおにぎりを作って、シーズン中の日曜によく行ったのですが、高校の頃も僕はその時期には帰ったので、二人で山道を歩きながら色々話したのです。元文学少女の母が文学の話をできる相手は僕しかいなかったので、そういう話もよくしたのですが、山道の途中で何かを見つけると、これは何だろうと言ったり、そういうときは娘時代に戻ったように無邪気な顔を見せた。そういう時代があったのです。

 その後、都市圏への人口集中で、過疎化は一気に進んだ。隣家の伯母一家も大阪に働き口を見つけていなくなったのは寂しかった(そこのいとこたちは僕にとっては実の姉や兄同様だった)が、学校でもポツポツ転校生が出始め、それは親が都会に仕事を見つけて転出したからです。田舎を回って人を集める仕事をしている人たちがその頃はいたのです。そうして、中学を出て就職した子たちも、ほとんどが向こうに住み着いて戻らず、親も呼び寄せられるなどして、人口は急速に減っていった。

 何もかもが変わった。豊かな原生林は奥山に至るまで、植林されたスギ、ヒノキの森に変わった。川には際限もなく砂防ダムの類が作られ、大きな岩がゴロゴロあった川の面影はなくなった。その後、植林した山は材木が売れなくなって放置され、原生林時代にそれがもっていた保水能力を失って大水の原因になり、山から流れ出した土砂が川に堆積して、川の豊かな生態系を完全に破壊したのです。山も川も、僕が知っていたようなものはすでになくなった。宅地開発でそうなったのならまだしも、過疎化で無人化が進む地域でそれとは、全く皮肉としか言いようがないものです。やめ時を知らない国を挙げての愚かな植林政策の推進(多額の補助金が使われた)と、生態学的無知に災いされた地方役人と土建屋の度重なる愚行が、全国的な国土の荒廃を招いたのです。責任を取る者は誰もいない。

 一体これは何だったのだろうと、僕は思うことがあるのです。その後、僕は実家の経済事情を無視して大学進学(おかげで生活費稼ぎのバイトに追われる羽目になった)しましたが、自分の内面にはいつも大きな亀裂があった。親の期待を裏切り、そのままアウトサイダーみたいになって社会を漂流し、ふつうのサラリーマンなら定年退職という年齢になって今これを書いているのですが、何とも言いようのない徒労感のようなものがあって、それはこの文明に対する根深い疑惑とどこかでつながっているのです。

 高度経済成長の時代を経て、日本はジャパン・アズ・ナンバーワンと言われるような経済大国になった。それから失われた二十年、三十年と呼ばれる時代が続いて、落ち目が歴然とした少子高齢化に悩む活気に乏しい国になった。そして今はコロナで息も絶えだえ、今後どうなるかわからないという不安な状況に社会全体が置かれているのです。

 経済大国化のプロセスで失われたのは、自然の豊かさと心の豊かさです。中国などでも同じことが、より深刻な度合いで起きているように思われますが、彼らがそれにはっきり気づくのはまだもう少し先のことでしょう。その先におそらく幸福は待っていない。

 上に見たような「自然の異議申し立て」と見える様々な現象は、経済至上主義的な行き方が暗礁に乗り上げ、再考を余儀なくされるようになったことを意味します。「待った」がかけられているのです。

 だからここは素直に立ち止まって、「どうすればいいのか?」と考えた方がいいのではないか。時計の針は元には戻せませんが、経済社会や文明のあり方を変えることはできるのです。自然の修復に予算を投入して、そちらで仕事を作り出すことはできる。スーパーのポリ袋の有料化なんてほとんど何の意味もないようなことだけやるのではなく、文明の質を根本から変えてゆく方向で仕事を作り出すのです。そして学校では、下らない「愛国道徳」の授業などするのではなくて、「生態学」を正課にして、体系的な知識を子供たちに教えた方がいい。今の文明、経済システムの何が問題なのかということを彼らに考えさせれば、何をどうすればいいのかという道筋も自然に見えてくるでしょう。自然がギリギリ耐えられる「持続可能な開発」を考えるのではなくて、自然を生かし、豊かにする経済システムの構築を考えるのです。それこそが「国家百年の計」です。

 ベーシックインカム論がまた注目を集めているようですが、僕もそれには賛成です。それで怠惰な人が増えるとは僕は思わないので、何でもいいから生活のために既存の会社の正社員になって、ブラックな職場でも我慢して働き続けなければならないという重圧から解放されれば、人は生き甲斐中心でものを考えるようになって、それは自然と調和した仕事の創造につながったり、もっと文化的な方面の活動が活発になったりするでしょう。文明の質が変わってくるのです。内面の向上、充足感がそこから生じるので、人間関係もよくなって、コミュニケーションも豊かな社会に変わってくるでしょう。

 こういうのは、むろん、急場の役には立たない議論ですが、この文明は今をしのいでもいずれ駄目になるのがはっきりしているのだから、根本的なところを一度考え直した方がいい。貧乏から逃れようとして後先考えない浮ついた経済発展に走り、自然という生の土台をすっかり掘り崩してしまった結果がこれなのです。同時に人の心も荒れてしまった。ほどほどの貧乏は悪くはないものなので、人類全体が窮乏のどん底に落ちる前に、いったんペースダウンして文明そのものの方向転換を考える方が賢明ではありませんかね?
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祝子川通信 Hourigawa Tsushin


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