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首から上と下半身は別人格~ソウル市長自殺事件に思う

2020.07.13(21:14) 739

 僕はブラックユーモアの名手である、映画監督テリー・ギリアムのファンですが、その傑作の一つ『バロン』の中に、名優ロビン・ウィリアムズ(実は対人関係が苦手な超がつく繊細な人で、先年自殺が報じられた)演じる「月の王様」のそういうセリフがあったように記憶しています。首から上は知的この上なく、つねに高尚なことを考えているが、首から下は下品の極致で、「がっはっは!」と言いながら、よく邪魔な頭を取り外して(それが可能なからだの作りになっている)女あさりに熱中し、たいていは誰かとベッドの上にいる。そのコントラストと、下半身の暴走が止められない「首から上の苦悩」が面白おかしく描かれていて笑えるのですが、不謹慎ながら、僕は先日の韓国ソウル市長自殺事件でそれを思い出してしまいました。

 何でも、あの朴元淳(パク・ウォンスン)氏は三期にわたって韓国の首都ソウル特別市の市長を務め、連続在任記録を更新中であり、次期大統領の有力候補でもあったという話です。文大統領とは弁護士時代からの盟友で、二人とも人権派弁護士として名を馳せた。とくに朴氏はセクハラ裁判で初の賠償を勝ち取った弁護士としても有名だそうで、今なお儒教的男尊女卑意識の強い韓国で、女性の味方、フェミニストとして誰知らぬ者がないほどだった。例の従軍慰安婦問題でも、激しく日本の対応を批判していた。チョ・グク前法相はあまりにもスキャンダルが多すぎて、ご本人が批判してやまなかった「腐敗した社会」の甘い汁を私生活ではたっぷり吸っていたことが判明したので、いくら文氏の覚えがめでたくとも、次期大統領の目はなくなったと言えるでしょうが、この朴ソウル市長は、国民的な人気もあって、次期大統領の最有力候補の一人と目されていたのです。

 それがあろうことか、元秘書に破廉恥なセクハラを働いていたとして刑事告発され、被害者は他にもいるというのだから、面目丸潰れの事態となった。「パク市長は物理的な接触のほか、テレグラムなどを利用して個人的な写真(猥褻画像)を数回送ってきたとAさんは陳述している」(朝鮮日報日本語版より.Aさんは秘書の名前)というのだから、かなりヘンタイ的です。明確な物証がなければ、相手が有名な政治家であるだけに警察が真面目に取り合うことはないはずですが、訴えを受理して動き出していたことからして、その「個人的な写真(自分の裸体写真?)」などの証拠もあって、クロと判定されたのでしょう。

 だから彼は生き恥をさらすことを恐れて自殺を選択した。結局、こうなると「被疑者死亡」で告訴は取り下げになる。被害者救済どころか、「おまえのせいで市長は自殺した!」とかえって被害者バッシングが起きかねない状況になって、実際その元秘書はSNSなどで一部の現政権支持者たちからひどい誹謗中傷にさらされることになったという話ですが、ご本人が生きていて、それが他人の身の上のことなら、おそらく朴氏は「利己的で卑怯な逃避だ」とその人を批判していたことでしょう。ソウル市は朴市長の葬儀をソウル特別市葬として行うと発表したそうですが、通常の死とは性質が違うので、それはおかしいのではないかという声が上がるのは当然です。

 しかし、韓国ではなぜかこの手の事件が多い。次は時事通信の記事です。

ソウル市長自殺に衝撃 韓国、相次ぐ与党首長セクハラ

 韓国では地方自治体の与党系首長によるセクハラ事件が相次いでおり、革新系の大統領有力候補と目された忠清南道の安熙正知事(当時)が18年に秘書への性的暴行で辞任。その後起訴され、実刑判決を受けた。今年4月には文在寅大統領に近い呉巨敦釜山市長(同)も市職員へのセクハラ問題で辞任している

 と最後にあるとおり、近年、リベラルが売り物の左派、つまり今の与党系の有力政治家のそれが目立つのです。三人の中でもとくに「革新系の大統領有力候補と目された忠清南道の安熙正知事(当時)」のそれは悪質で、朝鮮日報によれば、その中身は次のようなものでした。

 2018年に安前知事は随行秘書のキム・ジウンさんへの性的暴行を理由に道知事を辞職した。当時、安知事は与党の有力な大統領候補として名前が挙がるなど、人気は急上昇していた。17年の大統領選挙当時、文在寅(ムン・ジェイン)大統領と競争し、結果は2位に終わったが、中道・保守層からの人気の高さを改めて確認し、共に民主党の次期大統領候補とまで呼ばれていた。ところが随行秘書だったキムさんが18年3月、メディアを通じて被害の実態を暴露し、事件が注目を集めるようになった。裁判所は安前知事が17年7月から18年2月まで、キムさんに対して4回にわたり性的暴行を加え、6回にわたりセクハラを行った容疑を認めた。大法院(最高裁に相当)は昨年9月、安前知事に懲役3年6カ月の実刑を宣告した原審を支持し、判決が確定した。(7/10付記事より)

 だからこの元知事は現在「服役中」のはずですが、朴ソウル市長の場合、レイプに及ぶほど悪質なものではなかったとしても(それもあったのかもしれませんが)、自他ともに認めるフェミニストがそれでは立つ瀬はなくなるので、次期大統領どころか、社会的自殺に等しい愚行だったわけです。冒頭の映画の月の王様のセリフではないが、「首から下のやらかしたことには私は関知しません」とも言えないわけで、自殺したくなる気持ちはわかります。氏は1956年生まれだそうで、僕と同世代ですが、初老のおなかの肉がぶざまにはみ出した醜悪な自分の裸体写真を秘書に送りつけ、「ねえねえ、君の素敵なヌード写真も送ってくれない?」なんてメールを添えていたら、気持ち悪いことこの上なしで、ふつうの人間でも恥ずかしくて街を歩けなくなるでしょう。

 こんなことを言うと真面目な人たちには叱られるかもしれませんが、社会的地位からしてもカネはたっぷりあったのだろうから、そんなに自分の下半身問題に悩まされていたのなら、愛人でも囲えばよかったのです。奥さんにバレたら血の雨が降るかもしれませんが、それだと他に被害は及ばない。地位や職権を悪用して秘書や職員にセクハラするなんてのは、男として最低です。その程度の美学もなくてよく生きているなと、同じ世代の人間としては思うわけです。

 とはいえ、この「下半身の問題」は男性にとっては“普遍的”な問題であるようで、僕はこのブログで、自分もその著書を何冊か訳したことがあるクリシュナムルティの“間男スキャンダル”を暴露した本と、世界的ベストセラーとなった『チベットの生と死の書』の著者で、西洋に多数の熱烈な崇拝者をもっていたソギャル・リンポチョというグルの信者への性的虐待、レイプについて書かれた長文の英文記事の翻訳、紹介をしたことがあります。

 クリシュナムルティの場合は、財団運営を中心となって担ってきた親友の妻に間男を働いていた(中絶をさせたことも複数回ある)というもので、クリシュナムルティが若い美人に夢中になってしまったのを彼女が嫉妬して、それがきっかけで夫にその長年の不倫関係を告白したところ、当然夫の方は激怒して、それが二人のその後の深刻な対立に発展したというものですが、この場合、「世界教師」としてはあまりみっともいいものではないとしても、人的被害としては大きなものではなかった。ソギャルの方は、被害者が多数いて、権力乱用も度を越したものだったので、ダライ・ラマから事実上の破門を宣告されるにいたったのです。アメリカでは、多数の信者を集めていた日本人ゼン・マスター(禅匠)が長年にわたる常習的セクハラで告発されるという事件もあった。日本でもいっとき「現代の聖人」として大人気だったインドのグル、サイババの場合は、小児性愛と、あの物を“物質化”させる「奇蹟」の楽屋裏が暴露され、一気に名声を失ったのです。

 こういう文脈に置いてみると、ソウル市長のセクハラもべつだん珍しくもない話だということになりそうですが、問題はその「下半身処理」の仕方で、権力者や有名人となると、周りに自分を仰ぎ見る信者や支持者が多数いて、そうなると「下半身の悪魔」が「やっちゃえ、やっちゃえ。どうせ減るものじゃなし、おまえの権力と名声があれば、バレてもそれをうまく闇に葬ることはできるはずだ」と囁くのかもしれません。それで、ちょっとやってみたところ、相手がその権勢を恐れて沈黙したままなので、次第に病みつきになり、手段もエスカレートして、犯行が大胆化した後、誰かが声を上げて、ついには一連の醜行が世間の知るところとなる。「まさかあんな有名な人が…」とナイーブな人たちは驚くが、その名声や権力ゆえに、被害者は沈黙を強いられて、事態はそこまでひどくなったと考えることができるのです。その意味では意外でも何でもない。

 このブログの読者には男性も多くいるだろうと思いますが、あなたや僕が無事で済んでいるのは、幸か不幸か無名で、権力もカネもないからなので、そういう誘惑の機会自体が少なく、「下半身の悪魔」がそう囁いても、説得力がないからなのです。それでも中には強引なセクハラ行為を働く人もいますが、打算的に考えても全く割に合わない。もう一つ、人間関係的に非常にめんどくさいことになるので、僕がクリシュナムルティの件で呆れたのも、何だって彼は右腕と頼む親友の妻に手を出すようなヘマをしたのかということでした。それで無責任な言い逃れに終始する他なくなって、よけいこじれたというのだから、目も当てられない。心理学者ユングの場合には、患者や女弟子に次々手を出しながら無事だったので、さすがプレイボーイだけのことはあると、彼の思想よりむしろそちらの手腕に僕は感心したほどですが、そういうハンドリングに自信のない人はうかつなことはしない方が賢明なのです。

 女性の側からすると、むろん、この問題は自分が「性の道具」扱いされたことに対する怒りが中心になります。セクハラが人格の尊厳を害するものなのはたしかで、だから性的接触において同意または合意が重視されるのは当然なのです。女性の側のモーションに反応しないと、それはそれでまた侮辱と解されてしまうのでややこしいが、そういう場合、女性が男性を「襲う」ということはまずないので、問題にはならないわけです。女性政治家がお気に入りの男性秘書を襲って手ごめにしたと訴えられたなんて話、聞いたことがありませんからね。あの豊田議員のようなパワハラはあったとしても、です。

 何にしても、この「首から上と下半身は別人格」というのは、いわゆる「霊と肉」の複合体である人間には程度の差はあれ、避けられないことで、稀に完全なプラトニック・ラブというものがあって、その場合、男性の方は相手を天使か女神かと思い、その女性相手にだけはなぜか肉体的欲望が消滅してしまうという不思議なことが起こるのですが、そういうのばかりでは人類は絶滅してしまうから、自然は強い性的衝動、「下半身の優越」を人間に与えたのです。

 そういう純然たるプラトニック・ラブの場合、「人格尊重」の視点では、相手を完全に神聖視しているのだから、女性を最大限の高みに置くものと言ってよいでしょう。そのときは「首から上と下の不一致」は存在しない。僕も高校生の頃、そういう恋愛を経験したことがあったので、卒業の少し前だったかと思いますが、彼女の叔母と看護師の姉がよからぬことを企て、僕は彼女と二人、同じ布団で一夜を過ごす羽目になったことがあります。東京と大阪で、二人は離れ離れになる運命だったので、それを不憫に思ってかどうか、そういうとんでもないことを本人たちではなく、周囲のオトナが仕組んだのです。「あんたたちは今夜この布団で一緒に寝るのだ」と、二階の部屋に二人を案内した彼女の叔母さんはいわくありげに言いました。泊まっていけと言われたのはこういうことだったのかと初めてわかったのですが、彼女に拒絶する様子はなかったので、上着を脱いでその布団に入ると、僕は恐る恐る彼女の手を握らせてもらって、文字どおり「天にも昇る心地」で眠りました。むろん、僕は性的不能でも何でもなかったので、相手が彼女でなければ決して無事では済まなかったでしょうが、誓って何事も起きなかったのです。翌朝目覚めたとき、「ずっと(手を)握ってるって言ったけど、途中で離してたね」と彼女に皮肉を言われましたが、それはその後の運命を暗示するものだったのです。それを仕組んだオトナ二人は、そういう結果になるのを見通していたのか、それとも別のことを考えていたのか、僕は当時親元を離れて下宿していて、その町にはその後一度も行く機会がなかったので、その答を知らずじまいです(その四、五年後、僕は風の便りに彼女が結婚したという話を聞きました。僕が彼女の幸せを願ったのは言うまでもありません)。

 男女関係がそのようなものばかりなら、セクハラだの性的暴行だのが起きるわけはないのですが、あいにくなことにそうではない。昔、アメリカでクリントン大統領のモニカ・ルインスキー事件というのがありました。モニカさんも今ではすっかりおばさんになっているようですが、当時僕は彼女の写真を一目見て、その性愛的魅力は明らかだったので、クリントンが狂ったのも無理はないなと、いくらか彼に同情したものです。それは相互的な関係だったようで、通常のセクハラスキャンダルではないが、中年の既婚者大統領が若い実習生に手を出したということで、権力者のそういう関係には潔癖なアメリカでは大スキャンダルになったのです。クリントンは妻のヒラリーさんに、冒頭の月の王様よろしく「下半身のなせる業」だと言い訳したでしょうが、そういう事件は跡を絶たないのです。

 結局、こういうのはどうすればいいのか? さっきも言ったように、僕やあなたは無事でしょうが、その種の誘惑にさらされがちな権力者は、悪魔のささやきに乗せられず、「首から上」との最低限の連絡を怠らないようにすることでしょう。また、あのソウル市長の場合、「クリーンなフェミニスト」という評判が独り歩きして、ご本人が性道徳的にも厳格で、それが強い抑圧として働いたから、かえって無意識がおかしな具合に活性化して、ヘンタイ的になるという倒錯が生じたのかもしれません。是非善悪の批判なく自分の「下半身のどうしようもなさ」をまず受けいれた上でそれをモニターしている人は、車のハンドルでいえば遊びが大きいので、無意識におかしなものが蓄積することも少なく、それをコントロールするのがそれだけ容易になる。セクハラの類が女性にどれだけ大きな心の傷をつくるかも理解できるから、その精神的ゆとりが助けになるのです。いわゆる不倫の類も、世間道徳の支配が強い人にとっては強烈な背徳感情を生み出すので、かえってそれが誘因として作用してしまうことになるのではないでしょうか? 道徳的に高尚だからではなく、「めんどくさいからしないだけ」という人の方が、そういうのにはまることは少ないものです。それが人間心理のパラドックスです。タブーが多すぎると、逆にそのタブーに足を取られて、健康な精神の自由を失ってしまう。動物学的には、そもそも一夫一婦制自体に無理があるので、その「無理」を認識せず、人為的な道徳でそれを抑え込もうとするから、かえってその「無理」に対応することが下手になるのだと考えられるのです。

 韓国の場合、それも儒教の影響かと思われますが、日本以上にホンネとタテマエの乖離が甚だしく、「名分」という観念的な理想論を振りかざして、要するにきれいごとばかり並べ立てて政敵を非難し、しかし、自分がやってることは表向きの言論とは全く別ということが多いので、追い込まれても平気で嘘がつけるサイコパス的な人間には好都合ですが、両者の食い違いを意識せざるを得ないまともな人はそれで葛藤を自ら強化することになりがちなので、そういうストレスフルな社会風土もこういうみっともないスキャンダル続発には関係しているのかもしれません。少なくともこの市長の場合、そういう「まともさ」をまだ保持していたからこそもう嘘はつけないと思い、自死へと追い込まれたのでしょう。

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