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中世キリスト教異端カタリ派の「予言」

2011.04.22.18:27

 「これから一体どうなるんでしょうね…」
 近頃は、オトナ同士が顔を合わせるときまってそういう話になって、やはりきまって「わからない」という結論(?)になるのですが、原発事故の収束まで、何ヶ月、何年かかるかわからないというのだから、それも無理はありません。チェルノブイリなんかは四半世紀経った今でもまだブスブス放射能を出し続けているわけで、そういうことまで考えるとキリがありませんが、一応の決着がつく日(たとえば、石棺で覆えるようになる)がいつなのか、それすら全くわからないのだから、人間はそんなに長く緊張にもちこたえられるようにはできていないことからして、現場で作業に当たっている人たちにとってはもとより、ふつうの人にとってもこれは過酷な事態です。しまいには「もうどうでもいい」ということにもなりかねないわけで、それが一番こわい。

 原発というやつは、いったん大事故が起こるとこういうことになりかねないわけで、「めったに起きない」などと言っても、航空機事故などとは根本的に性質が違う。今回の地震では、どこかで石油コンビナートが黒煙を上げて燃えるのがテレビに出ていましたが、ああいうのも事象は単純なわけで、タンクからタンクへと爆発を繰り返しながら燃え移っても、燃え尽きるなり、消し止めてしまえばそれで終わりです。原発はそうは行かない。放射能がすべての作業を妨害し、かつ、それが周囲に漏れて長期にわたって深刻な害悪を及ぼし続けるからです。ほんとに恐ろしいなと思います。

 今の菅内閣は身内の民主党からも見限られて、四面楚歌の状態にあるようですが、これが地震と津波の被害への対応だけなら、こんなに苦労させられることはなかったでしょう。誰がやっても、いったんこういう事態になってしまった以上、原発事故を迅速に終焉させることはできなかっただろうから、僕はその点には同情しています。

 それにしても、他国の軍隊でもテロリストでもなく、自国の一電力会社のために、小出裕章先生の言葉を借りれば「たかが電気のために」、国民の生活と生命が深刻な脅威にさらされるとは、全く皮肉なことです。

 門外漢があれこれ心配を重ねても仕方がないと思い、自分は自分でやり残したことをせめてやっておこうと、僕はしばらく前から、翻訳の仕事をするきっかけとなった、英国の精神科医、アーサー・ガーダムのThe Great Heresy(『偉大なる異端』)のパソコンへの打ち込み作業に入りました。ずっと前に訳稿はできていて、しかしそれは昔のワープロを使ってやったものだったので、パソコンには入れていないからですが、それを入力して、ついでにもういっぺん推敲を加えておこうと、前から計画していたのです。これはカトリックの激しい「草の根分けても」といった非道な弾圧を受けて滅ぼされたヨーロッパ中世のキリスト教異端カタリ派の歴史とその秘密教義を扱ったもので、第一部の「歴史」の方は、ガーダムという人は学生時代歴史家になることも考えたことがあるというほど歴史好きで、そちらにも明るい人だったので、ふつうの人が読んでも抵抗のない記述が大部分なのですが、後半が「オカルト」なので、そこに出版上の困難があって、出すのは難しいだろうなと、僕自身が考えています。どういうふうに「オカルト」なのかといえば、ガーダムは元々「疑り深いトマス」とあだ名されたくらい懐疑的な合理主義者だったのですが、体質的にそれと全く相反するサイキックな素質をもっていて、精神科医としての仕事を通じて「生まれ変わり」の実例に遭遇するうち変わってくるのですが、晩年は何と「肉体をもたない霊(?!)」と直接コミュニケートする能力を獲得したらしいのです。それは主として十三世紀に生きていたカタリ派の聖職者たちの「霊」です。ここで大方の人は「馬鹿馬鹿しい」ということになってしまうだろうから、中味がどうのこうのという以前に、アウトになってしまう。逆に、やたらとそういう話が好きな、いわゆる「信じやすい」人も、彼の読者には不向きに思われるところがあって、ここで語られている「カタリ派の宇宙論」などは非常に奥深くて面白いと僕には思われるのですが、頭が痛くなるようなややこしい話も含まれているので、そういう意味でも出版は難しそうに思われるのです。

 僕自身は、生まれ変わりがどうのというような話には、すでに興味をなくしています。自分の精神の一部にはそのカタリ派が含まれているだろうということはわかっていて、げんに「身元」を知っているらしい人にも会ったことがありますが、それは僕には大した意味をもたない。しかし、この本を訳しておくことは自分のしておかねばならない仕事、いわば「元カタリ派としてのミッション」の一つだろうとは思っていて、とにかく訳を作っておきさえすれば、後でどういう成りゆきでかは知りませんが、誰かそれを出版してくれる酔狂な人が出てくるかも知れない。そう考えているということです(カタリ派の高度な教義については弾圧したカトリックの側の、異端審問記録によるもの以外、情報はほとんどありません。これはユダヤ人についての情報をゲシュタポに頼るのと同じで、そういうものの信頼性は当然疑わしいので、残された道はそういう超常的な回路による他はないわけです。それがナンセンスなものであるかどうかは、その内容によって判断されるべきだろうと、僕は考えています)。 

 それで、ここで話はやっと前とつながるのですが、その本の第二部の「秘密教義」のところに、「原子力」についての議論が出てくるのです。そこをご紹介しておきましょう。これは「鉱物が内に秘めている力」との関連で述べられたものです。少し長くなりますが、該当段落を全文そのまま引用してみます。

「科学者による鉱物の放射能の研究は、非常に邪悪なものとなった。しばしば原子力エネルギーを戦争で何十万もの人々を殺戮するのに使うこと[=原爆]は逸脱だが、それをいわゆる創造的目的のために産業用燃料として使うこと[=原発など]は賞賛すべきことだと言われる。そのような論理は粗雑で危険である。問題の要点は、そうした知識は深い洞察力と高潔さをもった少数の人々の手によってのみ、そのような人々によってだけ研究されるべきだということである。われわれはすでに、グラハムやギラベール・ド・カストルが生の防護壁が維持されるものとして線引きした研究の範囲をはるかに越えてしまっている。こんにちでは、適切な学術的資格をもつ個人なら誰でも、物理学の研究室で自由にこうした研究を行うことができ、禍に満ちた原材料[プルトニウムなど]を解き放つことができるようになってしまった。霊たちは強調した。現代科学の全パターンは、邪悪で破局的な結果をもたらすものの生産に魅せられていると。科学の秘密は、一握りの、科学が宇宙的な知識のほんの一つの局面をあらわすにすぎないのだということをよく理解した、進歩した少数派以外の人々には決して探究されることがない。そのような少数派は、僅かな人にしか明かされず、決して探究されたことのない科学的真理が存在するということを知っている。人間は自然の秘密の乱用によって自らを最終的に破滅させるだろうということが[霊たちによって]指摘された。ありそうなのは核戦争による[終局的]破壊ではない。なぜなら、アマチュアの予言者たちによって描かれる恐怖にもかかわらず、それで惹き起される荒廃は絶対的なものではなく、生命の絶滅を含むものではないだろうからである。もっとずっとありそうなことは、鉱物、とりわけ放射性物質を含む鉱物に閉じ込められた生命創造力の、人間による解放によって、頻発する地震や台風、破局的な大洪水が惹き起されることである。人間によるエネルギーのこうした絶えざる開発は、コントロール不能の連鎖反応を惹き起し、それがこの惑星の破壊に帰着するだろう」(『偉大なる異端』第二部・第十八章)

 「不安を煽るな!」と叱られるかも知れませんが、これは別に今回の福島の原発事故について述べられたものではなく、原発以外にも「放射性物質を含む鉱物に閉じ込められた生命創造力」の利用はありうるわけで、今後もその種の力の無思慮な「乱用」を続けていると、いずれは地球規模の破壊・天災が連鎖的に惹き起されてジ・エンドになってしまうだろうと、そういう話なのです。

 ちなみに、この本が出版されたのは、1977年です。
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