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京大のヘンな研究

2020.05.16(01:16) 720

 ネットのニュースサイトを見ていたら、他とは異質ののどかな記事が出ていて、元を辿るとここに行き着きました。

ヒガラはシジュウカラの警戒声から天敵の姿をイメージできることを解明 -鳥類における他言語理解-

 多くの動物は天敵(捕食者など)に遭遇すると特別な鳴き声を発して警戒します。この鳴き声(警戒声)は、同種の仲間に危険を伝えるだけでなく、周囲に暮らす他種の動物にも警戒行動を促すことが知られています。本研究では、ヒガラが他種(シジュウカラ)の警戒声に反応する際、天敵の姿をイメージし、その意味を理解していることを実験によって明らかにしました。私たちは外国語を理解するとき、単語の指示する対象や概念をイメージしながら解釈します。動物たちも同様の能力を使って他種の音声(他言語)を理解していることが、今回初めて示されました。
 本研究は、野生動物の高度なコミュニケーション能力を明らかにしただけでなく、私たちの言語能力の起源や進化に迫る上でも重要な成果です。


 この記事についている写真の図解がわかりやすくて笑えますが、その実験手法を産経新聞が簡潔にまとめているので、それをご紹介すると、

 実験では、長野県北佐久郡で計93羽のヒガラを対象に調査。録音したシジュウカラの警戒音をスピーカーから流し、ヘビが木の幹を上ったり地をはったりする様子に似せて、小枝をひもで動かしてヒガラの行動を調べたところ、ほとんどの個体が接近して枝を確認した。一方、他の鳴き声を聞かせた場合や枝の動きがヘビに似ていない実験では、ヒガラはほとんど近づかなかった。

 というものです。うーむ。「ヘビが木の幹を上ったり地をはったりする様子に似せて、小枝をひもで動かしてヒガラの行動を調べ」るなんて、実際の実験風景を想像すると、牧歌的というか、のどかそのものです。これをいい齢した大学の先生、院生、学部学生が協力してやっているのかと思うと、微笑を禁じえない。

 もう一つ、同じ京大の実験で、「これは笑える」と思って書こうとしてついそのままになったのがあるのですが、お気に入りに登録してあったので、それもご紹介しておきましょう。

カエルとヘビの膠着状態のメカニズムを説明 -双方にとって後手に回って行動することが有利となる-

「ヘビににらまれたカエル」という言葉がありますが、この研究は「そのときほんとはどういうことが起きているのか?」を“学問的”に明らかにしようとしたものです。

 捕食者と被食者が対峙したとき、先手を取った側が有利であると一般的に考えられてきました。しかし、トノサマガエルとシマヘビにおいては、先手で動き始めると相手の対抗手段に対して脆弱になってしまうことが明らかになりました。そして、双方ともに後手に回ろうとした結果、我慢比べのような膠着状態が生じうることが示されました。また、この先手が不利となる状況の成立は両者間の距離に依存しており、トノサマガエルとシマヘビは、距離に応じて先手を取るかどうかを適切に選択していることが明らかになりました。

 つまり、「先手必勝」ではなく、むしろ「後手必勝」なので、「双方ともに後手に回ろうとした結果、我慢比べのような膠着状態が生じうることが示され」たというのです。

 うーむ。「深い!」ではありませんか? しかも、距離によっては先手が有利になる場合もあって、トノサマガエルとシマヘビは、そのあたりのことも考えつつ、にらみ合っていたのです。添えられた写真を見つつ、次のようなやりとりを想像してみて下さい。

トノサマガエル「あんた、ボクが右に跳ぶと思ってるんでしょう? 甘いわ! そう見せかけておいて、あんたが半歩出たところで、左にかわすんだからね」
シマヘビ「ふっふっふ。いったんフェイントをかまして、難を逃れたと思ったところを急襲するというのがワシの高等戦術なのよ!」

 詳しい内容はPDFがついているので、そちらをお読みいただくとして、トノサマガエルは跳躍の際、動きが読まれて空中で捕捉されることがあり、他方、シマヘビは攻撃がかわされたとき、0.4秒ぐらい次の行動に移れない(からだが伸びきってしまうため?)ので、それくらいの時間があれば、トノサマガエルは「安全圏となる周辺の水場に到達できる」という話です。

 それで、この写真のケースだと、先手か後手のどちらが有利なのでしょう? 僕の見るところ、この距離ではほぼ間違いなく「後手必勝」です。かなりの距離があるから、トノサマガエルがどちらに跳んでも、シマヘビは対応できる。むろん、反射神経が鈍いヘビ(個体によって不器用なのもいる)だと無事ですが、一般的な判断としてはそう思われるのです。これがもっと距離が縮むと、途中から先手必勝になる。シマヘビが予測した方と反対に跳べば、トノサマガエルは危地を脱出できる。他方、シマヘビの側からすれば、トノサマガエルが「どっちに跳ぼうか?」と考えるより先にパクッとやれば、捕えられるのです。

 しかし、こういう場合、シマヘビからした成功率はどれくらいなのでしょう? 「ヘビににらまれたカエル」説では100%ということになるが、それは誤りで、この研究ではそうではないということになるはずだからです。僕は子供の頃、何度か両者がにらみ合っているところに遭遇しましたが、カエルがかわいそうなので、いつもヘビを追い払ってしまった。とくにトノサマガエルは僕のお気に入りだったので、ツチガエルなんかにはそうでもなかったのですが、口にくわえて呑もうとしているところをヘビを棒で叩いて強引に助けようとしたことまである。今思うと、こういうのは自然の摂理みたいなものなので、ヘビに悪いことをしたなと思うのですが、当時はそういうことがわからなかったのです(ちなみに、シマヘビは神経質なヘビだとされますが、子供の頃、僕がヤバい奴だなと思ったのは真っ黒なカラスヘビです。概して体も大きかった気がするのですが、小道の真ん中にとぐろを巻いているのを蹴とばして追いかけられたことがある。同じシマヘビの黒化個体だそうですが、なぜだか気性が荒いのです。あれはどうしてなのでしょう? 二匹いたような気もするから、ひょっとして交尾中だったのか? マムシやヤマカガシと違ってあれに毒はないのですが)。

 話を戻して、僕がこの二つの記事を見て思ったのは、いかにも京大らしい研究だということです。ヒマ人というか、変人というか、一見どうでもよさそうなことに注意を向けて、大真面目に研究するというあたりが“京大的”なのです。そういう感じ、しませんか? 僕は関西出身なのに京都に行ったことがなくて、もうかなり前ですが、息子が学部の一年生の終わり頃、彼のアパートに行って、そこに数日泊まって一緒にあちこち京都の町を見て歩いたのですが、まず驚いたのが京大生専用というそのアパートが異常に静かだったことで、ほんとに他の部屋に人が入っているのかと訊くと、全部入居しているという話で、彼の部屋は一階にあったのですが、その真上の部屋には大学院でゴキブリの研究をしている先輩が入っているという。むろん、真面目に研究しているのです。大家さんがひと月か二月に一度、鮨など取って無料の食事会を開くことがあって、出席率は芳しくないという話でしたが、あるときその先輩もそこにいて、無口そのものだったそうですが、大家さんがこの前台所にゴキブリがいて…というような話をすると、即座に反応して、「そのゴキブリには羽根が何枚ありましたか?」と質問したという話です。誰もそんなことには注意を払わないから、訊かれてもわかるわけありませんが、真剣そのもののまなざしだったというのです。

 うーん、たしかに変人が多そうだなとあらためて感心しつつ、それにしても、おまえ、このコタツが異常に熱いのはどうしてだときくと、買ったときからずっと熱いままなのだと言う。だから、しばらくコタツに入っていて、耐えがたいほど熱くなるとそこから出て、寒くなったらまた戻るようにしているのだというのですが、ちゃんと「低・中・高」の調節つまみがついているはずで、何でそれを調整しないのだと言うと、彼は「えっ」と驚いて、コードをまさぐって、「入・切」のスイッチしかついていないと言う。いや、そこじゃなくて、こういうのは本体に付いているはずだと言って布団をめくって見ると、ちゃんとついていて、果たして「高」になっているのです。熱いのはあたりまえじゃないか。

 しかし、彼は全くそのことに気づいていなかったのです。遊びに来た友達がその点に疑問を呈したことも一度もないと言う。そういうことには無関心な連中ばかりなのでしょう。それで、これ、前におとうさんに借りた本だから返しておくと言って出した本が、自分で買った本なのです。それは面白いから読んでみたらとは言ったが、貸してはいない。僕の家にはちゃんとそれがあるのです。そう言うと、「そういえばそうだった」と思い出す。彼の場合は文系ですが、京大にはこういうのが多いのです。学生証を食堂かどこかに忘れてきて、ネットに落とし物の掲示が出ていて、あれはおまえのじゃないかと友達から電話がかかってくるまで、なくしていること自体に気づかない。必然的にそういうのが京大に引き寄せられて、変人だらけになる。フツーの人間が注意を払うところに払わず、世間の人がどうでもいいと思っているようなことに熱烈な興味を示して、研究したりするのです。

 こういうのはかなり当たっているのではありませんか? 上のような研究にはそういう“京大気質”のようなものが反映していて、だからふつうの人はあまり目を向けないようなところに目が向くのではないかと思われるのです。それにしても、冒頭の研究は「鳥類における他言語理解」というサブにも見られるように、研究者の側に人間と鳥の差別意識がないことが明らかだし、二番目は、ヘビとカエルのにらみ合いにあらためて疑問をもつというあたり、小学生的な感性が失われずに温存されていたことを示すものです。総長がゴリラの研究者で、ゴリラ社会に人間社会にはない高度な叡知を見出しているのと関係するのかどうかは知りませんが、面白いなと、根がヒマ人の僕などは思うのです。

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