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ハルマゲドンと神の“隠し玉”

2011.04.14(19:43) 69

 一週間ほど前に、友人から小出裕章先生の電話インタビューのビデオがYoutubeに出ているので、見るようにというメールをもらいました。

 それはすぐに見たのですが、昨日「小出裕章」で検索して、Youtubeのサイトに入ってみると、大量のインタビューや講演が出ているのにびっくり。それで、二日間で時間が許す限り、それらをあれこれ見てみたのですが、僕なりにとくに「お勧め」だと思うものを下にピックアップしてみたので、まだご存じない方はぜひご覧になってください。

 僕が小出先生の名前を知ったのは、『週刊現代』4月16日号の青木理さんのコラム、「『熊取六人衆』原子力の危険を訴え続けた真の研究者がいた」を読んだときです。この記事の中で言及されている、08年に放映された毎日放送のドキュメンタリー番組、「なぜ警告を続けるのか~京大原子炉実験所“異端”の研究者たち~」(同記事によれば、関西電力はこの番組にすぐさま反応し、「日曜の深夜、それも大阪ローカルの放送なのに、同局の全番組から広告を引き上げ、『原発がいかに安全か』という講習を局幹部が受けるようねじ込んできた」そうです)もGoogleビデオにアップされていることをさっき知って、見てみました。正確には、「熊取六人組」と、中国の「文革四人組」になぞらえて呼ばれていたようで、原発推進側から「国策に逆らうけしからん連中」ということでそんな命名をされていたようですが、その六人の名前は、今も京大原子炉実験所・助教(かつての「助手」)として活躍しておられる小出裕章さんと今中哲二さん、すでに定年退官された小林圭二・川野真治・海老沢徹のお三方、それに94年に五十三歳で癌で亡くなられた瀬尾健さん、計六人の反骨の精鋭研究者を指すようです。

 全員、「最下層の教員」(小出先生の言葉)である「助教」にとどまり、長く勤務していながら、助教授にすらなれなかった。それでも今も現役である小出・今中の両先生にはそれを気に病んでいる様子は微塵もなく、三十何年間、「誰に命令されることも自分が命令することもなくしたいことができて、とっても快適でした」と笑ったり(小出さん)、国策に真っ向から対立するような研究者を排除せず、研究の場を与え続けたのは「京都大学にそれを許容できる度量があったからだ」(今中さん)と語るのです。名誉や地位・権勢、金銭に見向きもせず、己の信じるところに従って、したい研究、なすべきだと思うことを行い続けて揺るがないというのは、誰にでもできることではありません。「学問の独立」が、その人に実力に見合った待遇を与えることまではしなかったとはいえ、京都大学(東電からの「五億円の寄附講座」をほいほい受け入れている東大などには無理?)にはまだかろうじて残っていた、ということです(この前入試でセコいカンニング事件を起こした受験生など、こういう立派な先輩のことを少し真面目に考えてみるといいのです。僕はついでにたわけた御託を並べる茂木健一郎を批判しましたが、それも脱税文化人タレントには似合った擁護論だと言えばそれまでですが、あらためてその馬鹿馬鹿しさを感じさせられました)。

 僕の郷里の和歌山県にも原発建設の計画はあって、それが潰れたという話は前に聞いていたのですが、この毎日放送の番組を見て、その背後には住民の反対だけでなく、この「熊取六人衆」の助力があったようだという話も、初めて知りました。日高町というところに、「小浦原発」というのができるはずだったのが、反対運動の中心になった漁師兼民宿経営の浜一己さんと、「六人衆」が知り合いだったのです。感謝に堪えません。

 宮崎県にも串間市に原発建設計画があって、今回の福島の事故で住民投票は延期され、この分ではそれは白紙に戻されるだろうと、「不幸中の幸い」だと思って見ているのですが、もしもそうならなかったら、僕も反対運動をしている人たちに混ぜてもらって、とことん反対したいと思っています。素人のにわか勉強でも、原発がどんな危険なものか、今回身にしみてわかったからです。

 それにしても国や電力会社はこれまで「原子力発電をやらないと電力需要がまかなえない」とか、「原子力発電は安くつく」とか、「二酸化炭素の排出量を減らすには原発が不可欠だ」という虚偽のアナウンスをどうして続けてきたのでしょう? 小出先生のお話でそれが真っ赤な嘘だということが理由と共によくわかりましたが、これはやはり今中先生が言われるように、原発が「利権構造化」しているからなのでしょう。それで国民の多くは虚偽の情報に基づいて、上記のことを信じ込まされ、原発の危険性は何となく感じていても、その危険性の度合いについての正しい知識は持ち合わせないまま、電力が足りないから、「必要悪」として受け入れ、安全審査を厳格にして(ブスブスの馴れ合い構造で、そんなものは初めから全く期待できないものであったことが今回明らかになったのですが)、事故が起きないようにすることしかないのだと、思わされてしまったのです。僕らはかつてオウム真理教の信者たちを「愚かだ」とわらいましたが、何のことはない、オウムの末端信者と同じだったわけです。これはマスコミ関係者も同じでしょう。

 そのオウムの教祖麻原は、ハルマゲドン(世界最終戦争)をさかんに煽り立てましたが、僕が今回の原発事故で認識したのは、実はハルマゲドンはすでに進行していた、という事実です。仮に地震など大災害で数箇所で同時に、あるいは次々と今回のような深刻な原発事故が起き、それが「最悪の事態」まで行ってしまったとしましょう。結果どうなるか? ハルマゲドン的な事態になってしまうでしょう。世界は放射能によって破滅するのです。それは絵空事でも、為にする議論でもない。冷静に考えてそうなると、僕は認識しました。

 原発は元々、放射性廃棄物を安全に処理したり、無害化する技術はもっていない無責任なテクノロジーである、それは僕のような素人にもわかっていましたが、無知ゆえに「まさかこんなひどい事故までは起きないだろう」と安易に思っていたのです。ところが、あわやという事故はこれまで何度も起きていた(広瀬隆さんの『原子炉時限爆弾』にそのあたりは詳しい)のであり、それはたんに「運がよかった」からにすぎないのです。いい年をしたオトナが、運頼みや希望的観測だけに基づいて恐ろしい危険を伴う電力開発を進め、社会運営をしていたわけで、これはよく考えてみれば、それ自体が自殺行為です。小出先生たちのような研究者はそれをずっと警告し続けていたわけですが、その声は届かなかった。ひどい事故が起きて、初めて出番が与えられたのです。

 電力は今ある火力と水力で十分まかなえるし、電気代もその方がむしろ安くなる、原発だと二酸化炭素の排出量が減るというのも嘘だ(「運転中」だけに限って減るというだけの話)、というのはわかりましたが、それ以前に、小出先生が仰りたいことは、仮にそれが便利だとか経済的利益があるという場合でも、生命を深刻な危険にさらし、自然と人々の生活を根底的に破壊し、後始末もつけられないような無責任な技術を容認すべきではない、ということなのだろうと思います。原発の場合はそんな「経済的合理性」自体が存在しないが、仮にあったとしても、それが一部の犠牲を強いるようなものなら、そんなものは許されない、そう考えておられるのだろうと思います。

 これは、足尾鉱毒事件での田中正造の姿勢などとも共通するものです。国と電力会社、それに協力する各種の学者・技術者たちも、放射能の並外れた危険性と、事故が起こりうることは認識していた。だから、補助金をばら撒いて貧しい過疎地にそれを建設し、弱い立場の人たちにその「危険」を押しつけるのです。電力会社はさらに「雇用の創出」という美名の元、危険な現場作業をその地域の人たちを雇ってやらせる。その卑劣さが許せない。そう思っておられるのだろうと思います。

 “迷信的”な話で恐縮ですが、神は危機に備えて「隠し玉」をいつも用意していると、僕は思っています。長く冷や飯を食わされても動じない、一群の並外れて良心的で強靭な人たちをえらんで、「ここぞ」というときのために取っておいてくれるのです。小出先生たち「六人衆」はそのような人たちだったのではないかと、僕は思います。

 関連ニュースは激減していても、事態は深刻なまま推移しているのだろうから、安心は全くできませんが、小出先生たちのような知識と洞察力のある、良心的な学者がいてくれて、本当によかったと思います。こうした人たちに、今こそ僕らは耳を傾けるべきときです。

 無用な能書きになりましたが、以下に冒頭述べた「お勧め」を列挙しておきます(僕自身がまだ見ていないから書かなかっただけで、今中先生のビデオもあります)。

●Googleビデオ「なぜ警告を続けるのか~京大原子炉実験所“異端”の研究者たち~」
●Youtube「2011.4.10『小出裕章氏vs岩上安身氏』
●同「【大切な人に伝えてください】小出裕章さん『隠される原子力』」
●同「2011.4.11 小出裕章さんインタビュー by名前のない新聞」
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祝子川通信 Hourigawa Tsushin


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