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週刊新潮の奇妙な記事

2011.04.10(20:55) 67

「まだしばらくの間、福島第一原発からの放射性物質が外に漏れるのを、止められそうにない。最悪の事態を防ぐには原子炉をしっかり冷やすことが必要で、その間、多少の流失は避けられないという」という呑気な書き出しで始まる週刊新潮4月14日号のこの記事は、「あなたが子供だった時、東京の『放射能』は1万倍!」と題されています。一番最初のページにこれをもってきていることからして、重要な記事だと考えているのでしょう。

 週刊新潮は、政治的な立ち位置は「保守反動」とはいえ、かつてはタブーを恐れぬ大胆さとその鋭い舌鋒によって、週刊誌の中では一頭抜き出た存在で、僕も学生時代愛読したものでした。今でも憶えているのは、「日本競艇界のドン」笹川良一を批判したとかで、脅迫に類した電話か手紙を受け取ったらしく、今度はまたそのことをネタにして、「態度が悪いと笹川先生に叱られた週刊新潮」という記事を書いたりしていたことです。煮ても焼いても食えないふてぶてしさがあって、政治家や役人、大企業、それに大新聞などは、かなりこの週刊誌の存在を気にしていたのではないでしょうか。カバーする範囲も、週刊誌らしく広く、年金制度の破綻も三十年も前に指摘していたし、農産物の自由化問題にからめて、アメリカ農業の荒廃ぶりと、農民の悲惨な境遇について報じた記事も憶えています。いつぞや早大商学部の不正入試事件で世間が大騒ぎになったときなどは、「今の早稲田などただのサラリーマン養成学校にすぎない。騒ぐほどのことか」と冷たく斬って捨て、見識を示しました。そのつむじの曲がり具合が、僕は好きでした。

 しかし、その後はどんどん精彩を欠くものになっていって、僕もこの二十年ほどはほとんど読まなくなっていました。書店で立ち読みはするが、買うのはいつも他の週刊誌(今回の原発事故報道で週刊現代を見直しましたが、たいていは文春か週刊朝日)になってしまうのです。買う気にさせるような記事がほとんど見当たらないからです。

 今回僕がこれを買ったのは、これを書くために他なりません。そんなことのために340円でも払うのは惜しいと思いましたが、仕方がない。ついでに他の関連記事もざっと読んでみましたが、大方が通りいっぺんで、得るものがないのには閉口でした。

 話を戻して、さっきの記事ですが、「あなたが子供だった時」というのは、読者層が僕ぐらいから団塊の世代あたりまでしかいないからこういう言い方になるのだろうと思いますが、この記事によれば、「米ソの大気圏内核実験からの放射性下降物は、1949年から日本にも届き始めた」が、「やはり凄かったのは60年代前半で、日本人の体内セシウム137の量が大幅に増えたことも確認されて」いて、それが「東京の『放射能』は一万倍!」だったという見出しが意味することのようです。それでも癌が増えたとか、目立った「健康被害は疫学的に確認されていない」から、「今回の福島の事故」による放射性物質の流出・飛散もそう騒ぐには及ばないと、そう言いたげです。

 しかし、記事の内容をよく読むと、どうも疑わしいところがある。「気象庁気象研究所企画室の広報担当者」の談話として、「米ソが大気圏内の核実験を繰り返していた60年代までは、たしかに東京における放射性セシウムの降下量は、今回、福島の事故が起こる前までの1000倍以上の数値でした」とありますが、これが何で一ケタ上がって「1万倍」になるかというと、「63年8月に東京都中野区で計測されたセシウム137」の数値が計算上「1万倍」になるという、いわば一時の最高値を取っての話にすぎないのです。むろん、これらは今回の福島原発の事故に伴って飛散した放射能の1000倍、1万倍ということでは全くなく、かぎりなくゼロに近かった「原発事故以前」の90年代と比較してのものなのです。その証拠に、3月20日9時から翌日9時までの間に茨城県ひたちなか市で記録されたセシウム137の数値は「核実験時に計測された最大値の20倍を超える」そうで、しかしこれは、「降雨などによる一過性の数字」で、翌日は急減しているから、心配には及ばないというのです。

 たしかに小学生の頃、「雨に濡れると放射能で頭がハゲる」などと言われたことがあったことを記憶しています。幸いに、かなり薄くなったものの、僕の頭はまだハゲるところまでは行っていませんが、新潮のこの記事が言わんとしているのは、要するに、以前もあったことなのだから、事態を針小棒大にふれ回るのはやめた方がいいというのと、もう一つ、過去に核実験で放射能を撒き散らしておきながら、中国が日本製品をボイコットするような動きを見せているのはけしからん、ということのようです。

 今回の原発事故で、僕は原子力関係の肩書だけは立派な学者先生(この前の週刊現代の記事によれば、京大原子炉実験所には“異端”の研究者たちがいて、彼らは良心的なエリートであるにもかかわらず、原発の危険性を訴えているがゆえに出世を阻まれ、「教授どころか准教授にもなれず」そのまま定年を迎える羽目になっているとのこと)や疫学関係の医学者たちの中にはずいぶんといい加減で、素人の無知をいいことに、数値を用いたペテンに類した言動を行って恥じない人も少なくないようだということを学習したので、この記事に出てくる「専門家」たちの話も眉に唾をつけながら読んだのですが、違うことを言っている専門家もいそうだと思ったので、ネットで調べてみました。すると、すぐに次のような記事が見つかった。

《降下セシウムは核実験時代の3倍 「早く沈静化を」と専門家》
「福島第1原発事故で東京に降り注いだ放射性物質のセシウム137は、最大となった降雨の21~22日に、1960年代前半まで行われた大気圏内核実験で1年間に降った量の3倍近くに達したことが25日、分かった。
 放射線医学総合研究所の市川龍資元副所長(環境放射能)の資料と、文部科学省の発表データを比較した。市川さんは「今のレベルなら心配することはないが、これ以上(放射性物質が)外に出ないよう、早く原子炉を冷却し、沈静化させてほしい」と話している。
 市川さんによると、米国、旧ソ連、英国が63年に部分的核実験禁止条約に調印するまで、米ソは盛んに核実験を繰り返した。63年に東京で確認されたフォールアウト(放射性降下物)のセシウム137は年間1平方キロメートル当たり52ミリキユリー。換算すると1平方キロメートル当たり1924メガベクレルになる。
 文科省によると、今月18日以降、東京で降下物として検出したセシウム137は、24時間ごとの値で最大だった21日午前9時~22日午前9時は5300メガベクレルで、63年の1年間の約2・8倍になった。降雨で降下物が多かったとみられ、翌日以降は400メガベクレル以下に減少した。
 市川さんは「問題はどれだけ体に入ってくるかだ。長引くと農作物の濃度が高まりやすく、厄介だ」としている。」


 これは「47NEWS」というサイトで見つけたもので、3月25日の共同通信の記事からの引用のようです。何だか、ニュアンスが全然違うと思いませんか? 週刊新潮の記事には某国立大学原子炉工学研究所の准教授の話として、「今回の事故が収束に向かうと仮定して、ひたちなかなどで検出された高い値は、降雨などによる局所的なものです。一方、核実験が頻繁に行われていた半世紀前は、10年以上にわたって高い水準の被曝量でした。それでも、多くの人はその時代を健康に過ごしてきたわけで、注意は必要ですが、過度に心配する必要はないと思います」とあります。

 しかし、その核実験もぶっ通し行われていたものではないし(原爆と原発事故では、残存放射能は後者の方が多いという話もどこかで読んだ記憶があるのですが)、今見た記事では、ひたちなか市ではなく、もっと原発から遠い東京で、たったの24時間で「大気圏内核実験で1年間(それも63年との比較で、新潮の記事によればこれは最も量が多かった年のはずです)に降った量の3倍近くに達した」のです。単純計算すれば四回(四日)同様のことが起きるだけで「核実験」時代の十年分を超えてしまう。数値の計算・解釈がずいぶん違うわけで、どちらが正しいのか知りませんが、いずれにせよ半端な数値ではないわけで、それで「心配」しない方がどうかしているということになりませんか? 「今回の事故が収束に向かうと仮定して」というのも、早く「収束」してくれないと困りますが、現状からするとそれはいつになるかわからないのです。

 大体、新潮の記事は「多少の流失は避けられない」なんて書いていますが、この記事を記者が書いていたころはすでに、海に高濃度(法令で定められた限度量の4000倍とかいうのがありました)の水が流出し続けていると報道されていたはずだし、その後、1万1500トンの「低レベル汚染水」の放出が決まって、実行されたのです。この「低レベル」というのも、各種報道でご存じのように、「法令で定められた限度量」の100倍から500倍の放射能で、それの代わりに貯水施設に移されることになった「高濃度汚染水」というのはどれほど強烈なものなのかと逆にぞっとさせられるようなものです。記者会見に出ていた現場の技術者らしい人は、嗚咽をかみ殺しながら、この「余儀なき汚染水放出」の発表を行っていました。それがどれほど深刻な問題であるか、専門家だけによく理解していたからなのでしょう。その置かれた立場に、僕は同情しました。

 同じ号で新潮は、お得意の「ワイド特集」なるものでコマ切れ記事を並べ、その先頭に「原発と放射能で蘇った『広瀬隆』は何をしていたか」と題した中傷記事を載せています。

 『危険な話』という本からコバルト60についての広瀬さんの“勇み足”文を取り上げ、専門家の冷笑談話を引用して「あとはおして知るべし」といった口調で片付けて、90年代以降、「反原発」本が減って、「欧州の富豪ものや、世界の石油や金融を題材にしたり、幕末明治に活躍した経済人について書いて」いたと、いかにも受け狙いの俗物にすぎないかのような扱いをしているのですが、大会社に雇われてサラリーマン記者をしているのとは違って、フリーのライターとして生活するのは大変です。日本人が保守的に、現状追随的になるに従って、一般の原発についての関心もなきがごときものになってしまったので、そういうことだけ書いて食えるわけがないのはわかりきったことでしょう(そもそもスキャンダルを次から次へと追い回す週刊誌にこうしたことをとやかく言う資格はないはずです)。原発問題と権力の横暴や癒着が同じ性質をもつことからして、そこには一貫性が認められるだろうし、広瀬さんが別に受け狙いで原発問題について書いていたのでないことは、昨年『原子炉時限爆弾』という本を出していたことからもわかります。僕は別にこれまで広瀬読者ではなかったし、昨日この『原子炉時限爆弾』を買ったので、それはこれからじっくり読ませてもらうつもりですが、この記事は公平に見て批判と呼べるようなまともなシロモノではありません。大変なことになったと「煽るだけ煽る」ような「“危険な話”をする人こそ、よほど危険かもしれない」と結んでいますが、僕は広瀬さん出演の動画を二本見ましたが、別に「煽られ」はしなかったし、げんに「危険」なのだから、危険だと言うのはあたりまえの話でしょう。「誰もが冷静に行動する必要がある今」と書いていますが、僕は「冷静に行動」するつもりでいますが、それはできるだけ正確な情報を得て、危険は危険と明確に認識した上でそうしたいのです。先の「あなたが子供だった時、東京の『放射能』は1万倍!」という記事など、すでに見たように、逆方向への誇張が濃厚に疑われるし、政治的意図は透けて見えますが、綿密な取材に基づくものとはとうてい言えず、論旨に合うように「識者の話」を好都合につなぎ合わせたものにすぎないのです。いつのまに「財界(経団連の会長なる人物は「東電は何も悪くない」と言っています)の御用週刊誌」になり下がったのでしょうか。「風評被害」の心配はわかりますが、同時に「実害」の認識をはっきりもてるようにしなければならないのです。

 報道には色々な視点からのものがあるのが好ましいし、僕はどのような見方にも心をオープンにしておくつもりでいますが、どうせならもっと説得力のある記事を書いてくれと、昔の読者の一人としては注文をつけておきたい気分です。他にも漫然たる冷やかしじみた床屋政談や、一般人は誰も相手にしない新興宗教の珍教祖の「震災利用」説法のゴシップ記事等々がありましたが、どうでもいいと感じられる話が多くて、他にもっと取り上げねばならないことがいくらでもあるだろうにと、思わざるを得ませんでした。

 ちかごろ何やら週刊誌評論家みたいになってしまった感じですが、「これは何を意図した記事なのだ?」と疑問に思ったので、書いておくことにした次第です。
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祝子川通信 Hourigawa Tsushin


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