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マイケル・ムーア『華氏119』に見る「アメリカの貧困」

2019.07.13.00:32

 先日、レンタル店で「準新作百円」の日に、これを見つけて借りました。そもそもこれがレンタルに出ていることを知らなかったのですが、ドキュメンタリーの棚をチェックしていなかったから気づかなかったのでしょう。

 ムーアの映画はどれも面白いが、これは一段と秀逸というか、深刻です。ウィキペディアの記事の「概要」のところに、簡にして要を得た紹介文が出ているので、それを引用すると、

 タイトルは2004年に公開されたジョージ・W・ブッシュ政権を批判した映画『華氏911』にちなみ、「119」はドナルド・トランプが第45代大統領が当選を確実とし勝利宣言をした「2016年11月9日」を意味している。トランプ大統領に対する批判を描いていると認識されがちだが、実際はアメリカの特殊な選挙制度や現在の経済状況、トランプを当選させたアメリカ社会に対し鋭く切り込んだ作品となっている。

 とあるように、トランプ当選という“大惨事”をもたらしたアメリカ社会の病理をうまく掬い取っている。相次ぐ銃乱射事件にもかかわらず、一向銃規制に乗り出さないことに腹を立てた子供たち(高校生が中心)がSNSを駆使してデモ行動に乗り出し、それが全米に広がった話なども出てくるので、これは日本の子供や若者にとっても面白いでしょう。

 今のアメリカが内部的にどんなにひどい状況に陥っているのかということは日本ではほとんど報道されないので、概して僕らはその方面には無知です。僕は塾で生徒たちに、「アメリカの猿真似ばかりして、その植民地同然になっている日本はこれからエラいことになるよ」と言うことがあるのですが、今の高校生の多くはアメリカは豊かな国のままだと思っているので、ピンとこないのです。1960~70年代のイメージが今もそのまま残っている。その後様変わりして、悲惨の度を強めていることはほとんど知らないのです。「東大を蹴ってハーバードその他のアイビー・リーグに進学する日本の高校生が増えている」なんてつまらない話は聞いても、社会構造上のおぞましい変化は知らない(今のアメリカでは、ブッシュみたいなアホでも親のコネで一流大学に入れるが、貧乏人は大学どころではない)。「世界大学ランキング」なんてものが今はありますが、ああいうのも英米の調査機関がお手盛りでやっているので、米英圏の大学に好都合なようにできていて、それで格を上げ、学費の馬鹿高い米英の大学への留学生を増やすのが隠れた目的です(そこで設定された「基準」に合わせればランクは自然に上がる。シンガポールの大学などはそのいい例です)。それで日本でも、「全部英語で授業をする」なんて大学・学部が人気になったりするのですが、英語で授業をやればいいというものでは本来ないでしょう。今の「シラバスの厳格化」なんてのも、アメリカの大学の猿真似でしょうが、つまらないものを厳格化するなと言いたくなるので、昔の日本の大学は、やたらと休みが多くて、学生をほっといてくれるというのが取柄だったのです。授業にほとんど出なくても卒業できるというところにむしろ価値があった。学生の方は教授連中を馬鹿にしていて、あいつらに教えを受けねばならないほど自分は頭は悪くないと自惚れていて、それは客観的には真実ではなかったでしょうが、世界の一流思想家の本を読み、仲間内で侃々諤々の議論をして勝手に盛り上がっていたので、中には麻雀やバイトで多忙な学生もいたが、何にしても不羈独立の気概はそれなりにもっていたので、そういう「不良」性が後で役に立ったのです(裏目に出て、僕みたいに居場所がなくなってしまう場合もありますが)。

 脱線したので、話を戻しましょう。四月以降、塾では高3に今年の入試問題を解かせているのですが、しばらく前にやった一橋の問題〔第2問〕にすごいのがあって、その英文を読んだときは彼らもかなりのショックを受けたようです。それは2016年に書かれたものらしいのですが、今のアメリカでは家賃が払えなくなって家を追い出される家族が激増していて、それが近年やっと深刻な社会問題として認知されるようになったという話です。書き出しからして唖然とするので、借家の家賃負担が収入の5割を超えるものが貧しい借家世帯の大多数を占め、7割を超えるケースも25%を超えるというのです。「一体どうやって生活してるの?」という感じですが、それで家賃が滞ると、大家は情け容赦なく借家人を叩き出す。裁判にかけると手間がかかるので、そうしなくて済む手立てを講じることもある。涙ガネを渡して立ち退かせるとか、玄関のドアを外してしまうなんて荒業もある由。それで、ミルウォーキーでは、2009~11年の間に、借家世帯の実に8軒に1軒が追い立てを食ったことになるそうで、他でも事情は似たり寄ったり(2013年度を例にとれば、全米でも同じ比率)なのだという。アメリカにも昔は「家賃は収入の3割以内」というコンセンサスがあったそうです。常識からしてそれは当然ですが、いつのまにかそんなものはどこかに消し飛んでしまったのです。

 その英文は強制立ち退きがその家族に、ひいては社会全体にどんな深刻なマイナスの影響を及ぼすかを論じているのですが、向こうにも日本と同じく低家賃の公営住宅はあるそうですが、問題の解決にはなっていない。なぜかというと、一度追い立てを食うと、それは書類審査の際「不適切要因」に該当するとして、はねられてしまうからです。一番救済が必要な人たちが救済されない。アメリカン・ドリームならぬアメリカン・ナイトメア(nightmare 悪夢)です。

 何度も詐欺で訴えられた悪徳不動産屋が大統領になる国にはまことにふさわしい話だと言えるかもしれませんが、ムーアがこの映画で取り上げているミシガン州フリント(彼の生まれ故郷)の「水道水に基準値をはるかに超える鉛が含まれている」という話なんかは、もっと恐ろしい。それは直接命に関わるからで、住民の激しい抗議にもかかわらず、それがなぜ放置されたままになっているのかという理由は直接映画をご覧いただきたい(あのオバマも能無しピエロ役で登場する)のですが、全くもって無茶苦茶な話で、「アメリカの経済成長の果実はすべて零コンマ数パーセントの富裕層に吸収され、労働者の平均実質賃金は下がり続けている」(かなり多くの人が同じ指摘をしている)国の、これが実態なのです。

 ムーアが「トランプ当選」を「予言」していたという話は有名ですが、この映画を見ると、彼がどうしてそれを見通せたのかという理由もわかる。かつては共和党に対する民主党という対抗軸があったが、今の民主党は、あのオバマのていたらくを見てもわかるように、企業献金に頼ってその言いなりになる「もう一つの共和党」でしかないからです。既成の政党は全く信用できないという絶望感があって、トランプは共和党から出馬したが、「政党人」ではなく、横紙破りだから、何とかしてくれるのではないかという絶望感の裏返しの希望的観測(見当外れも甚だしいものだとはいえ)があの「奇蹟」を演出したのです。アメリカの教育レベルが下がり、不満を人種差別、移民差別に振り向けるしか能がない愚かな人が増えていることも関係する。

 彼はこの映画で、ナチス・ドイツ関係の映像をかなり多用し、演説するヒトラーの姿にトランプの声をかぶせたりもしていますが、そうなった経緯は違うとはいえ、当時の疲弊して不満が鬱積したドイツ社会と、今のアメリカに多くの共通点があるのはたしかです。どういうわけか日本の識者だの経済アナリストだのには、トランプをまともな人間であるかのように扱う人が多いが、彼は詐欺師であり、病的な利己的ナルシシストであることは確かで、まぎれもない一個の狂人です。彼は独裁者に憧れていて、だから金正恩なんかも嫌いではないのです。習近平、プーチンといった独裁への強い志向(嗜好)がある政治リーダーにも、個人的には親近感を抱いているでしょう(われらが安倍総理の場合は、「従順なポチ」役を務めるから気に入られているのですが)。

 最近の「イラン=危険な悪者」報道なども、日本で伝えられるのは西側、というよりアメリカ的視点から見たものがほとんどですが、中東全体から見ると、何より危険で腹立たしいのはアメリカとイスラエルだということになるでしょう。イスラエルの傍若無人ぶりについてはチョムスキーがかねて詳しく述べていますが、歴史的に迫害を受けてきて、ナチスドイツでそれがピークに達したユダヤ人がイスラエルを建国し、アメリカを後ろ盾にして今度は勝手放題やらかすというのは、何とも言えない感じです。とにかく、そのイスラエルとアメリカにとってイランぐらい目障りな国はないので、何とかして叩き潰す口実を作ろうと「罠」をしかけて、イランはそれにはまりつつあるというのが事の真相なのかもしれません。

 これからの世界は一体どうなるんでしょうかね? 日本は目下、病的なナルシシズム国家の韓国に悩まされているわけですが、他に目を転じても、問題だらけで、今のグローバリズムというのは、金融資本と大企業が政府をコントロールするという「アメリカン・スタンダード」の拡大版なので、その中で置き去りにされ、奴隷的境遇に落ち込む民衆の怒りと不満が逆に危険なデマゴーグを出現させ、それに権力を与えて、かえって事態を悪化させる恐れなしとしない。今のアメリカは世界の縮図と言えなくもないので、ムーアのこの映画はそれを考える上でのいい教材の一つになるかも知れません。まだ見ていないという方は、ぜひどうぞ。

『華氏119』予告編(公式サイト)

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