FC2ブログ

異次元との遭遇

2019.05.19.09:05

 低気圧が停滞しているとかで、こちらはずっと雨です。天気予報によれば、月曜いっぱいまでは同じだという。風がうなり声を上げていて、まるで小型台風でも来ているみたいですが、沖縄はすでに梅雨入りしているそうで、九州もこのまま梅雨に入るのでしょうか? 僕は子供の頃から梅雨が嫌いでしたが、そう言うと、「今の時期は雨が降ってもらわないと田んぼの稲が育たないのだ」と親に叱られたものです。

 こういうのは、しかし、室内で仕事をするには好都合です。「サボらずにきっちり仕事をやれ」と言われているのだと解釈して、僕は翻訳仕事に精出しているのですが、そればかりやっていたのでは疲れるので、気分転換にこれを書かせてもらうことにしました。

 最近僕が思うのは、塾で授業をするときみたいに口頭で訳して、それを自動的に文書化してくれる機械があればどんなに便利かということです。そうすると数倍のスピードで作業が進むでしょう。三百ページの本なら一通りの作業は一ヶ月あれば終わる。その後間違いをチェックしたり、文章を手直ししたりすればいいわけです。技術的には今ならそういう機械はかんたんに作れるでしょう。ニーズがないから製造・市販されないだけです。

 そんな文句を言っても仕方がないので、ちまちまパソコンのキーを叩いているのですが、それでも手書きと違って便利です。何より直すのが簡単なので、「直し魔」の僕はとくに助かる。便利な世の中になったものだと、こういうときだけは「文明の進歩」に感謝します。

 しかし、翻訳というのはそもそもがめんどくさいものです。僕は子供の頃、怠惰な自分がこんなことをするようになるとは夢にも思いませんでした。英語も大嫌いで、早々と中一でわからなくなってしまい、そのまま全く勉強しなかったから、高校入試では英語はほとんど零点だったのです。だから僕が大学に入ったとき、大学の入試科目には英語がないのだろうと、うちの母親は真面目に信じていたほどです。塾教師になって英語を教え始めたときも、「おまえにそんなことができるはずはない」と言っていた。国語だけは子供の時からできたから、教えるのは国語だけにしろと言うのです。

 人生はかくの如しです。「絶対にそういうことにはならないだろう」と思っていたことが現実になることがある。だから子供を見て、この子は将来こういうことをするようになるだろうなんて予想はまず立てられないのです。その子が一番苦手としていた、不向きだと思われたことを仕事にするなんて皮肉なことも起きうる。僕がそのいい例です。

 しかし、どんな仕事にも楽しみはあるもので、頼まれ仕事をやったこともありますが、僕は基本的に自分が訳したいもの、日本の読者に紹介しておきたいと思うものを勝手に訳して、出版社に頼んで出してもらっているので、なおさらです。一度良質な文学作品を訳してみたいというのはあるのですが、これまで訳されていないもので、英米圏となるとなかなかそういうものは見つからない。文学ではなくて、人文科学系の本で一冊、これは絶対に面白いだろうというのがあって、それはまだ出版はされておらず、予告が出ているだけなのですが、こういうのはすでに岩波あたりが版権を取得して、名の売れた大学教授あたりを訳者に用意しているでしょう。だから、残念ながら、僕にはお鉢が回ってこないのです。

 話を戻して、翻訳というのは精読のための方法の一つです。曖昧なところが一つも残らないように、少なくとも自分なりの理解はきっちりつけようと、そういうつもりでやっているとふつうに原文を読んだだけの時には気づかなかった難所に遭遇したりして、いい勉強になるのです(本筋からは重要でない、枝葉の部分で苦労させられることの方が多かったりもするのですが)。経験値というのもあるので、真面目にやっていると読解力が上がるだけでなく、訳文を作る場合も、こういう長すぎる文はこういうかたちで構文を変えて切って訳そうとか、瞬間的にアイディアが出てくるようになって、それなりに上達するのです。

 高校生ぐらいだと、いい本を読むと、読む前とは世界が違って見えるということがあるものです。僕は学校の勉強はしなかったが、当時本は(当時から翻訳ものの方が好きだったのですが)割とたくさん読んだ方で、読み終えると異次元空間から日常に戻ってきたみたいで、妙な感じがしたものです。本を全然読まない、あるいは意識の変化をもたらすような良書を全く読まない人は、視野が日常見聞きする現実に限定されて狭くなるだけでなく、自分の思考や感情の枠組みを外から眺める体験というものもしないままで終わるでしょう。自分を揺さぶられることがないから楽かもしれませんが、若いときからそれでは先が思いやられるので、厚くなる一方の無意識の固定観念の中で自分を窒息させることにもなりかねない。それでは半分死んだのと同じです。

 この「意識の変化」をもたらす要素も、良質な文学書のようにとくにそこに何か異常な事件が出てくるわけではなくても、その捉え方と描かれる心の深みのようなものでショックを与えるものと、そこに出てくる事柄または事実が意表を衝くようなもので、それによって感情の深みを掻き立てられたり、思考の枠組みを壊されたりといったかたちで作用するものとがあります。

 僕が今訳している本はそういう分類で言えば後者の要素が大きく、そこに出てくるのはふつうの見地からすれば「全く現実離れのしたありえない話」で、しかしそれが「現実」だというところに深刻さがあって、僕自身訳しながら、異次元世界に入り込んでしまったような感じになって、二つの世界に同時存在しているような不思議な感覚になるのです。SFなら、これは「作り話」だということで切り離して考えられる。自分の現実感、世界の捉え方は影響を受けずに済むのです。

 逆に言えば、だからそういうもの、フィクションとして提示すれば、無難で受け入れられやすいのですが、そうではないということになれば厄介なことになる。僕はつむじが曲がっているので、だからこそ訳してやろうと思ったのですが、これをまともに読み、嘲笑や無視といった安易な方法で逃げずにきちんとそれを受け止めれば、ほとんどの人は不安になるでしょう。それまでと同じ生き方を続けるのは難しくなる。

 しかし、こういうこともありうるのです。自分がすっぽりはまり込んでいるこの文明世界とその価値観に無意識に強い違和感を感じていて、しかし、その正体が何なのかわからない。そういう場合に、その違和感がはっきりとしたかたちをとってそこに示されているのを見ると、それに刺激され、大袈裟に言えば「魂が覚醒」するのです。

 だから揺さぶられるのも悪くない。そのとき、あなたは眠らされていた本当の自分に気づくのです。自分が寄りかかっていた、それに自己同一化していた世界が実はとんでもないものだったと気づく。それによってあなたは自分も他の人も、自然も虐待していたのだと気づく。薄々そうだと気づいていたが、その無意識はこれまで明確なかたちで意識にのぼることがなかったのです。一冊の本がそうした覚醒のきっかけとなる。

 僕自身はいま訳しながら、自分の子供の頃の心の中を思い出すという不思議な経験をしています。僕は自然が好きで、よく山や谷の奥深く一人で入り込んでそこで長い時間を過ごしたのですが、そのとき目にした風景が、そのときの心の動きと一緒に記憶に蘇るのです。この本には今は哀れなことになっている世界の先住民の文化の話もよく出てくるのですが、山奥に育った僕自身が先住民みたいなもの(僕は祖母に可愛がられましたが、彼女は明治生まれで、旧暦に従って神事を執り行い、一年を送っていた)で、学校というところを窓口として「文明」の中に組み入れられ、表面的には「適応」してきたのですが、強い違和感が消えたことは一度もなかった。おそらくその根は感性のレベルにあるのです。

 僕は今の文明はあと百年ももたないだろうと思っています。不況や局部的な戦争が起きて難儀するだろうというような話ではありません。全体が崩壊するのです。そうなるだろうという内面・外面のあらゆる兆候をこの文明は無視している。昔の栄華を誇った文明も同じようにして滅んだのかもしれませんが、それは驚くべき鈍感さ、想像力のなさです。しかし、文明に同化していない人間、たとえばマイナーな「先住民」にはそれがわかる。

 アメリカのインディアンでも、オーストラリアのアボリジニでも、アマゾンの密林に住む先住民でも、アフリカの伝統文化を守る先住民でも、彼らは土地を奪われ、進歩のお荷物として辺境に追いやられた。生き残った人たちは自分の文化を否定され、この文明への「適応」を強要されて根無し草になり、誇りとアイデンティティを奪われてドラッグや自殺に追い込まれる。しかし、窮地を脱するために学ぶべきことは虐げられ、嗤うべきものとして否定されてきた彼らの文化に、そこに脈打つ素朴だが深い感性の中に隠されている。それがこの本が伝えるメッセージの一つです。

 これだけでは何のことかわからないでしょうが、僕はそれは正しいと思っています。出版してくれるところは後で探すつもりですが、文明の質と方向を変える上でこの本は、正しく理解されればですが、重要な意味をもつものとして受け止められるでしょう。自分の固定観念を壊されたくない人は決して読まないでしょうが、そうでない人は出たら買って読んでください。そのときタイトルを見て「えっ、そういうとんでもない現象を扱った本なんですか!」とびっくりする人がいるかもしれませんが、それが何なのかは今のところ内緒です。前回の「生まれ変わり本」よりさらに“非常識”度が高いのだけは確かですが…。

スポンサーサイト



comment

Secret

プロフィール

大野龍一

Author:大野龍一

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR