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原発事故報道:曖昧な、あまりにも曖昧な…

2011.03.17(08:18) 61

 「モラルと法律の間」と題した一文をここに載せるつもりで書きかけていたところ、大地震・大津波・原発事故と続けざま恐ろしいことが起きて、「閑文字を書き散らかしている場合ではない」と自粛していましたが、何らこうした事態に役立つ技能をもたない、遠隔地に住む者の一人としては、信頼できる機関を通じて応分の寄付でもする他、なすすべがありません。

 しかし、いつまでも更新しないのも何なので、この件について閑文字を綴らせてもらうことにしますが、多くの人と同様、目下僕に最も気がかりなのは福島原発事故の行く末です。あれが一定レベルまでの解決を見ないことには、被災地支援にも大きな妨げになるだろうと思うのですが、最初から今まで、ずっとテレビの報道を注視していても、何がどうなっているのかよくわからない。東電や原子力安全・保安院とやらの会見は、汚職政治家のそれにも似て、曖昧模糊として、いくら話を聞いていても本当のところ何がどうなっているのかがつかめないのです。彼らがあれこれ、説明というよりは言い訳にこれ努めているうちに、次々「建屋」とやらが吹っ飛び、あれは安普請のアパートの外壁か、ベニヤ板みたいなヤワなものだから、ああもかんたんに吹っ飛ぶのかと思ったら、実は「厚さ1.5~2mもある頑丈な構造物」だというから、驚くのです(後述しますが、僕はこれもダイヤモンド・オンラインの3/14付「福島原発震災―チェルノブイリの教訓を生かせ」という記事で初めて知ったのです)。「別にこの程度のことは大したことはないのだ」みたいなことを言われても困る。その下に、危険きわまりないものが置かれているのはわかっているわけですから。あのような烈しい爆発にもかかわらず、内部は何の損傷も受けていないとロクな調査も出来ない段階で言えるというのもおかしな話で、そのあたりも「説明不足」なのです。

 こういうのに拍車をかけているのが、テレビで「解説」してくれる専門家の先生たちの話です。どこの局か忘れましたが、2号機だったか、一度燃料棒が「全露出」状態になって、二時間半ほどそのままになり、必死に注水して三分の二ぐらいの水位まで来た(その後また元に戻ってしまったようですが)というときに、キャスターが「さっきは全部露出していたわけですが、そのことの危険性は?」とたずねると、「それまでは冷却水の中にあったわけで、停止から一日以上経っていたのだから、すでにだいぶ冷えていたわけですよ」なんて言うので、「そうなのか」と思ったら、今度は稼動していなかった4号機で大騒ぎになった。原子炉からは外して、プールみたいなところにずっと入れてあった燃料棒がそのプールの水を蒸発させて、これも「露出」状態になっているのだと言う。そしてそうなると、再び燃料棒の温度は上昇してしまうとか。何? じゃあ、たった一日でもかなり冷えて「安全」になるみたいなことを言っていたあいつは何なんだ、と僕は驚きました。何ヶ月経ってもそんな熱をもっているのなら、一日やそこらで「安心レベル」になるなんてことは、ありそうもないわけです【後註:十分なだけ冷やすには、冷却水を循環させて、三年かかるとのこと】。そもそも元が何百度ぐらいあるものなのか、それがどれくらいの期間でどの程度下がるものなのか、そういうことも説明してもらわないと素人には全く見当がつかないが、その種の説明は何もないのです。こういう「解説」を聞くと、何も知らないふつうの人間は沸騰していたお湯が四十度ぐらいに下がったのを連想し、かつ、熱を加えないかぎり、それより上昇するなんてことはありえないと日常の生活物理学に基づいて思い込んでしまうわけです。

 頑丈なタテヤとやらを吹っ飛ばした爆発にしても、あれは核爆発ではなく(あたりまえの話ですが)、たんなる「水素爆発」なので、騒ぐには及ばないと言います。しかし、それには放射性物質は含まれていないんですか?と聞くと、「多少」は含まれているが、それは内部にあった放射性物質が水蒸気爆発と共に外に飛散したにすぎないので、「健康に被害が出る」ようなものではない。とにかく「大したことはない」と言うのですが、四号機の火災(それも「らしい」というだけで実際何が起きているのか、本当のところは誰にもわからないというのだから恐ろしい)の鎮火および中の燃料棒プールへの給水の方策として、天井から自衛隊のヘリコプターで水をぶちまけるという、とても現代科学の粋を集めた施設に対する対応とは思えないような、粗雑かつ原始的な手段に訴えることにしたという話でしたが、それは周辺の放射性濃度が強すぎて、実行不可能になったという。してみれば、その周辺には命取りになるほどの強烈な放射能がげんに存在するということです。

 「いや、あなた、そんなのはあたりまえで、私らが言ってるのは、10キロ、20キロと離れれば“次第に”大したことはなくなるという意味ですよ」

 そう言って、「たとえば東京からニューヨークまで一度飛行機に乗ると…」という、馬鹿の一つ覚えみたいな例のあの数字を用いた疑似科学的な「説明」が始まるのです。NHK科学文化部のYというモジャモジャ頭の記者なんかは、かんじんなことの説明はしないで、「おまえは東電の飼い犬か?」と言いたくなるような下らないことばかり言っていましたが、聞いていて何一つ得るところがないので、それと較べると水野解説委員の話は、上から「あまり率直な話はするな」と脅されているような感じですが、問題の所在をよく押さえているように思われたので、NHKではこちらの方の説明だけ、途中から僕は聞くようにしました。

 そもそもの話、僕が唖然とさせられたのは、地震による停電で「冷却水系」が機能しなくなったという話ですが、地震で停電するのはあたりまえなのだから、非常用動力源が「これが駄目ならあれ」というふうに、いくつも用意されてあって、そのどれかが使えるような仕掛けに、何でなってなかったのかということです。停止しても、燃料棒を冷やし続けることが出来なければ大変なことになるというのは、専門家だから、僕みたいなド素人と違ってよくわかっていたわけでしょう?

 「いや、違うんです。地震用の備えはしてあったんですが、まさか津波で波をかぶってそこらに置いといたいろんなものが流されるとか、電気系統がみんな駄目になるとは、想定していなかったんですよ」
 「でも、あれはまん前が海ですよね?」
 「まあ、そうですけど、予定ではあんな波は来るはずじゃなかった、来てはいけなかったんです」

 そんな話になるのでしょうか。「自然のバカ! そんなの約束違反でしょ?」みたいな。 
 現場で直接作業に当たっている人たちには、僕はしんから同情します。そんなことは決して東電や政府は言いませんが、命がけの作業で、すでにかなりの人が深刻な被爆をしているでしょう。時間を区切り、防護服を着ていても、理論どおりにはならないだろうという程度の想像はつくからです。保身の方策をあれこれ考えているのだろうえらいさんたちと、現場の人たちは違います。何十万もの人たちを助けようと、彼らは必死なのです。

 しかし、いかにも杜撰なシステムだったとしか思えないので、その責任はえらいさんたちにあります。事がすんだら、きっちり責任は取ってもらうべきでしょう。このようないい加減な原子力行政を、ほったらかしにしてきたのは僕ら国民なのですが。

 忘れてはならないのは、たとえ最悪の事態、メルトダウンが回避されたとしても、だからといって「よし」とはならないことです。そんな結果オーライの、運任せみたいなことですむ話ではない。「住民がギャアギャアうるさいから、一応安全対策なるものは講じておくが、どうせ大地震や大津波なんか、起きっこないさ」みたいな安易さが、底にあっただろうことはたしかだからです。住民や、現場の作業員のことをほんとによく考えるなら、こうはならなかっただろうと思うのです。原子力推進の片棒を担ぎ、それで食ってきた学者先生たちが、あれこれ事後に言い訳するのは確実ですが、そちらも聞いてわかる、納得のいく説明をしてもらわねばなりません。

 政府も、「落ち着いて、冷静に」と言うばかりが能ではない。国民の命を預かる者なら、最悪の事態から発想して、「最低でも半径三十キロ圏外に住民を全員避難させよう」ということにどうしてすぐならないのか、僕には不思議です。希望的観測に基づいて、「私たちも努力していますから、何とか最悪の事態は回避したいので、成功を信じてお祈りして下さい」なんてのは、どこやらの新興宗教の教祖みたいなものです。「失敗したらゴメンね」ですむような話ではないからです。成功するために最大限の努力はするが、失敗の可能性がかなりある以上、後者に基づいた対応をするのがふつうだろうと思うからです。そういうのなら、もっと指示に信頼も置けるようになるわけです。違いますか?

 僕に一番腹が立つのは、「少しぐらい放射能を浴びたって大したことはない」と、そういうことばかり強調する専門家たちの安易さです。彼らは人々を安心させるつもりで言っているのでしょうが、それが逆にいかにも問題を軽く扱っているな、という不信を招くのです。今の人間は、過去に専門家たちが「問題ない」と自信たっぷり言っていたのが、後で実は大問題だったというケースがいくつもあったのを知っています。

 僕がテレビに出てそんなことばかり言っている先生たちに聞きたいのは、それなら、あなた方は自分の娘なり息子なりをその20~30キロ圏内の避難所にボランティアで行かせますか、ということです。大方はそんなことはさせまいとするでしょう。それはなぜなのかということを、自分の胸に手を当てて、よく考えてみればいいのです。

 これは比較にならない話ですが、学校などでも、あれこれ問題のある公立高校の教師が、父母や生徒相手の説明会で、自校の素晴らしさについて熱弁をふるいながら、自分の娘は高い金を払ってしっかり中高一貫の私立へ通わせていたりするのです。そんなに「素晴らしい」のなら、僕ならよそにわが子をやるなんて勿体ないことはしませんけどね。「安全」も、他人に言うのと身内に言うのとでは全く違う、ということがあるのではありませんか? そこは「一致」させてもらいたいものです。

 最後に、これはすでに有名になっているようなので、僕があえて書くまでもないことですが、ダイヤモンド・オンラインというサイトに、原発の危険性を訴え続けてきたジャーナリストの広瀬隆さんの「破局は避けられるか――福島原発事故の真相」という記事が出ています。僕はこれを自分のパソコンのホームページの震災コーナーの「デマ」の項目で偶然見つけました。「こういうのはデマとして扱われているのか?」と苦笑させられたのですが、お読みになって、ご自分で判断されればよろしいかと思いますので、一応ご紹介しておきます。僕には「なるほど」と思わされることばかりでした。ついでに同じサイトに、冒頭触れた「チェルノブイリの教訓を生かせ」というダイヤモンド社論説委員・坪井賢一氏の記事が出ているのも見て、これもたいへん参考になりました。

 以上、原発事故に関してだけ、「素朴な疑問」を書かせてもらいました。
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祝子川通信 Hourigawa Tsushin


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