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『リターン・トゥ・ライフ』発刊のおしらせ

2018.11.04.12:45

 ジム・B・タッカー著『リターン・トゥ・ライフ』が間もなくナチュラルスピリット社から発売されます。皆さん、買ってくださいということで、今回はそのCMをさせてもらうことにします。

・リターン・トゥ・ライフ 近刊予告

 まず、僕がどうしてこの本を訳すことになったかということですが、前回、ガーダムのカタリ派についての本、『偉大なる異端』を同社から出してもらった後、続けて未訳の『湖と城』の訳書を出してほしいという読者からの要望が僕のところに直接数件寄せられました。アマゾンのレビューにも同じことを書いてくださっている方がいますが、今の日本にも数は少ないが根強いガーダム・ファンがいて、あの本は複数の前世探索の物語なので、何であれを訳さないのだということなのだと思います。

 しかし、あれは分量が半端でなく多いし、商業出版として出すのは大変です。『偉大なる異端』にしてからが、僕が十年も訳稿を死蔵していたのは、日本人には縁遠い中世キリスト教の異端宗派の歴史・思想と、「霊界通信」によるオカルティズムが奇妙な具合に合体した本など、今の日本の出版界では出すのが絶望的に困難だと見ていたからです。いくら内容的にはいいのだと言っても、一般受けしない。あれはひとえにナチュラルスピリット社の今井社長の英断によるので、それは採算を考えての決断ではなかったでしょう。そこにもってきて、売れ行きが大いに心配される『湖と城』をまた出してくれなどとは、いくら面の皮の厚い僕でも言えないわけです。

 だからその要望には応じられませんが、その代わり同じ生まれ変わり関係の本で一つ、もっと広い読者層が期待できて、「これは信頼が置ける」というのを探して、出しておきたいと考えたのです。それは証拠調べが厳格なもので、強い説得力をもつものでなければなりません。頭ごなし「そんなものはない」と決めつける人には何を言っても無駄だとしても、良識と道理に則って物を考える懐疑派の人たちになら通じるようなものです。

 ニューヨークタイムズのベストセラーにも入ったタッカー教授のこの本は、その条件を満たすものと思われたので、出版年度も新しい(2013年)し、日本の読者に紹介するのには最適と考えられました。版権取得の報が入ったのは去年の11月頭だったので、ちょうど一年たって訳書として世に出る運びとなったのです。

 内容に関しては、ナチュラルスピリットの上記ホームページの説明を見ていただければ、大体のところはお分かりになるだろうと思います。第八章に量子物理学に関するかなり専門的な議論が出てくるので、一般読者、ことに文系の人はそのあたり難儀させられるだろうと思いますが、著者の議論で一部不完全に思われるところについては訳者あとがきで補足しておいたので、細かい部分にはわからないところがあっても、議論の流れ、全体の趣旨だけ汲み取っていただければ、大きな支障はないでしょう。それ以前の箇所は、具体的な事例を扱ったものなので、読んで理解に骨が折れる箇所はないと思います。びっくりさせられるような話がかなりたくさん出てくるので、そのあたりは読まれてのお楽しみです。

 僕自身としては、これで「前世もの」の紹介は済んだものとして、次は全く別の方面のものをやりたいと思っています。『偉大なる異端』のときは、数か月遅れでミシェル・ロクベールの大著『異端カタリ派の歴史』(講談社)が出るという面白い現象が起きて、日本での偏見のないカタリ派紹介がこれで実現したと喜んだのですが、カタリ派がらみで別の生まれ変わり本を訳した後は、まだ頭がボケないうちにやっておきたいことが二つほどあって、一つは、哲学的・心理学的な「無我」論です。

 一見すると、「生まれ変わり」と「無我論」では矛盾します。私というものが本当は存在しないなら、生まれ変わる主体もまた存在しないという理屈になるからです。しかし、「本当は存在しない」はずの〈私〉が、僕らのこの世界では存在すると信じられていて、それが強固な自我感情を生み出し、磁石が砂鉄を引き寄せるのと同じで、思考も感情も自己観念に染められたものとなって一つの「かたまり」を形成し、死後もそれは文字どおりの「残念(残った念)」として存続すると考えられるのです。

 それは「解消を求めるトラウマ」であり、「未完の願望」でもあります。あなたも僕も、そういうものがなければおそらく生まれ変わってはこなかったでしょう。トラウマ感情は何らかのかたちで再体験されねばならず、未完の願望は果たされねばなりません。と同時に、仏教で「無明」と呼ばれるこの「自己の実体視」それ自体を超えさせようとする促しの力もそこには働いているはずです。

 生命というのは根源においては一つの力です。同時に、意識や知性というのも根底的には一つです。であればこそ、僕らはこの世界のすべての生命に共感をもち、世界や他者を理解しうるのであり、それができなくなったとすれば、それは狭い自己観念に災いされて、内面のありようが closed circuit(閉じた回路)になってしまっているからです。それこそが「諸悪の根源」であり、知性を曇らせ、愛情を変質させ、自他の破壊をもたらすものです。

 それは観念のレベルではなく、ハートのレベルで理解されねばなりません。そもそもが、生まれ変わりをもたらすこの心的複合体自体、それ(いわば「認識の過誤」)を原因として生じたものであり、持ち越されたトラウマの解消であれ、未完の願望の達成であれ、そのことについての理解の深まりなくしては満足なかたちでは果たされないでしょう。それが欠落していれば、僕らはかえって「悪しきカルマ」を募らせるだけになるのです。

 おそらくその理解は、「人類最大のミッション」と言えるものでしょう。文明は高度に発達し、今の僕らはかつての王侯貴族ですら望みえなかった利便と物欲の充足手段を手にしましたが、それは地球環境の度の過ぎた搾取・破壊とセットになっていて、科学者たちが再三警告しているように、地球史上、第六番目の生物大量絶滅の時代に入っているのです。それは人為的な原因によるという点で、過去のどの大量絶滅とも違うものです。

 人間世界内部においても、利己主義はピークに達した感があって、貧富の格差が拡大しているだけでなく、日常の人間関係においても孤立と対立が深まり、「愛の欠乏」に悩む人が激増しているのです。自己愛性パーソナリティ障害という病気(先のclosed circuit の完成形と言える)というのがありますが、しまいにはその手の人が多数派になりかねない。それやこれやで、今の人類は自滅の坂を転げ落ちているのです。このままではあと百年もつのかなと思われるほどです。

 僕はそれは「道徳教育」などではどうにもならないものだと思っています。それは基本的な認識の問題で、自己理解、世界理解のあり方自体が根底から変わらなければならないのです。大袈裟に思えるかもしれませんが、今や事態は深刻なレベルに達しているので、それに対するカウンターになるような本を翻訳、紹介しておきたい。次に手がけるとすれば、その種の本(まだ未定ですが、候補はあります)になるでしょう。

 今回の本でも、著者のタッカー教授は、この世界もあの世も「一つの夢」として理解しうるとして、人類は「よりよい夢」の建設に向けて歩みを進めることができるはずだと書いていますが、僕もそれは同感で、もしもそれを心がけないなら、この地上世界という夢は、遠からず悪夢と化すでしょう。生まれ変わりといっても、それはたんなる「面白話」の範疇を超えるパースペクティブをもっているのであり、一見無関係に思えるようなことにも実は関係するのです。それはあなたの生き方を変えるかもしれない。

 というわけで、ぜひお買い求めになって、お読み下さい。著者はクール・ヘッド(冷徹な知性)とウォーム・ハート(暖かな心)を併せもつ人で、子供たちの姿が生き生きと描かれているのも、この本の長所の一つです。そしてメインの記述とはまた別に、子供たちが語る「あの世」に関する話には、頭でこしらえたものではないだけに、キラリと光るものが含まれている。それは大人にとっても十分に啓発的なものなのです。

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