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科研費と憲法改正

2018.10.03.14:32

 新たにノーベル医学・生理学賞を受賞した京大高等研究院特別教授、本庶佑氏関連の記事がたくさん出ていますが、今の政府のやり方では、いずれ日本人の受賞者は一人もいなくなってしまうだろうという懸念が同時に語られています。全体に科学研究費が削られ、かつ「選択と集中」なんてアメリカの軍事作戦みたいな名称の予算配分が行われているからです。どういう研究から大発見が生まれるかはわからない。なのに、お役人が「あそこが有望そうだから、見込みがなさそうな他は削って、そこに資金を集中投入しましょう」なんてことばかりやっていると、アテが外れて、どれも駄目ということになりかねないからです。

 前に『週刊東洋経済』が「大学が壊れる」という特集を組んだことがあります。それは2018年2月10日号ですが、それは「日本の科学研究は過去十数年で量、質ともに競争力を急激に落とした」という一文から始まっています。「04年、国立大学は独立行政法人となり、『競争原理』の導入へと大きく舵を切った。具体的には、国は国立大学へ定期配分する基盤的予算(運営費交付金)を年々削減、研究者は公募・審査を通じた官民の競争的資金制度でおカネを調達する形へと移行した」のですが、「競争の恩恵に浴したのはもっぱら最新鋭設備や人材の豊富な一部のトップ大学」だけで、「国立大学の資金格差が広が」り、「中堅層の大学を没落させることになった」のです。その結果、論文数が減り、高引用科学論文数の世界シェアも大きく落ち込み、「一人負け」状態になって、急激に伸びた中国とは好対照になった。

 この記事には地方の中堅国立大の極端な研究費削減による惨状なども紹介されているのですが、僕がそれを見て思ったのは、経済のいわゆる「トリクルダウン説」です。日本ではマック竹中こと竹中平蔵なんかがその提唱者で、一部の富裕層を減税などで助ければ、彼らが気前よくカネを使うようになって、貧乏人もそのおこぼれに預かり、経済は力強い回復を遂げるであろう、というあれです。むろん、全然そうはならなかったのですが、何かそれと似ている。こういうやり方はまた、海のものとも山のものともわからない基礎研究をないがしろにして、目先の実利が見込まれる研究だけに資金が集中することにもつながるでしょう。

 こうした動きは、人文系学部を軽視する安倍政権下のあの「大学改革」なるものとも連動しているので、今は「地域創生学部」とか何とか、意味不明の名称の学部がたくさんできていますが、「実用性のある、役に立つ学部を作らないと予算を減らすぞ」と脅されて、そういうふうになってしまったわけです。哲学だの歴史だの、文学だの、そういう不要不急なことを勉強する学部は何の役にも立たないので、地方の国立なんかは「地域おこし」の学部を作って、手っ取り早く地域の活性化に貢献するようにしろ、というお達しなのです。

 こういうのも科学で基礎研究をなおざりにするのと似ている。今の時代に一番必要なのは、総合的な視点、根底的な理解に基づいて、テクノロジーや政治経済、社会問題を捉え直す能力です。全体的な視野がなければ、現象を正しく理解したり、技術を適切に使うことはできない。一見迂遠な、役に立たないことが実は長い目で見れば一番役に立ったりするので、今の安倍政権程度のオツムではそれが理解できないのはわかりますが、そのかんじんなことが文科省のお役人たちにも理解できていないのは情けないことです。予算削減一筋の財務省の言いなりになっているのかも知れないが、その程度のことも説得できないのでは存在意義が疑われても仕方はないのです。地域の強みや特性を活かせるのも、「総合・普遍」の視点あればこそなので、それがなければ何をやっても成功せず、たんなる自慰行為に終わるのです。

 話をいったん戻して、次は毎日新聞の記事です。

本庶氏、基金設立へ 賞金で若手研究者支援

 先の東洋経済の記事でも、同じノーベル賞受賞の大隅良典、梶田隆章、益川敏英の3氏が、余裕のなさすぎる、目先の利益重視、競争一辺倒の今の日本の研究環境の劣化に苦言を呈していますが、結局は皆さん、同じことを言っているのです。斜陽の経済大国としてはやむを得ないことだと言われるかもしれませんが、「貧すりゃ鈍する」で、知恵も同時に失ったのでは仕方がない。「急がば回れ」というのは真実なのです。大体「よくもそんな無駄なことにカネを使ってるな」ということが、今の日本には多すぎる。国でも自治体でも、それは同じなのです。そういう無駄を削れば、研究や教育予算を元に戻すことはそんなに難しくないでしょう。

 政治力というのは、本来、そういうところにこそ発揮されるべきですが、「憲法改正」の妄執にとりつかれた安倍は、第4次政権で、「秋の臨時国会への自民党改憲案の提出に改めて意欲を示した」(読売新聞)のだそうで、「憲法改正の『旗振り役』となる自民党憲法改正推進本部長に下村博文元文部科学相を起用した。党の最高決定機関を束ねる総務会長にも加藤勝信氏が就任し、首相は改憲を巡る重要ポストに側近2人を配置して議論の加速化を狙う」(毎日新聞)という話です。

「またあのアホの下村か…」と、彼の文科相時代の数々の愚行(上の無益な「大学改革プラン」策定時の大臣であった他、国立大の学長を集めた会合で、「大学の入学・卒業式では国旗掲揚、日の丸斉唱が望ましい」なんて右翼演説をぶった)を思い出して、思わず笑ってしまいましたが、仮にこれが実現するとすれば、国会でのそのドタバタに、国民投票にかかる費用、「改正」実現の暁にはそれに関連する諸経費、合計すれば莫大なものになるでしょう。その内容はといえば、あちこちにいらざる「愛国心」などの文言をちりばめるとしても、メインは「自衛隊を明記」することで、別に今さら「明記」しなくても、自衛隊の存在は国民に認知されているのだから、何用あってそんなことをするか、ということになります。アメリカの戦争に助太刀しやすくなるように、また中国の軍事力のさらなる拡大に口実を提供するといったこと以外に「効果」は何もなさそうですが、安倍晋三の心理としては、とにかく「自分の手で憲法改正した」という“実績”を残したいわけで、改正それ自体が目的なのでしょう。「偉大な祖父も成し得なかったことを出来が悪いと言われた孫の自分がやった」という個人的なコンプレックスの補償をそこに求めているわけで、「もり・かけ問題」とはまた違った種類の「政治の私物化」が行われるのです。

 そういう下らんことにカネとエネルギーを使う余力があるのなら、もう少しマシなことに使え。いくらか強引は承知で言わせてもらうと、この際だから科学者たちは「憲法改正より科研費にカネを回せ!」という運動でも起こしたらいかがですかね? 実際、それがどんなに意味に乏しいものでも、あれにはカネがかかり、それは全部税金なのです。ロクな議論もなく、数の力で無理やり成立させるとなれば、「意味に乏しい」どころか明白に「有害」なものになる可能性が高い。大学の国家統制も進んで、科学者たちはなおさら「研究の自由」を失う結果になるでしょう。

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