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何考えてる? 茂木健一郎

2011.03.04(17:28) 59

 例の人騒がせな入試カンニング事件の“犯人”は仙台市内の予備校(河合塾)に通う男子浪人生だったということが判明し、単独でやったと話しているようなので、一件落着ですが、ネットで関連ニュースを見ていたら、次のような記事が目に飛び込んできました。

 見出しは、「脳科学者の茂木健一郎さんが京大カンニング事件について『クズ新聞、クズテレビ、クズ大学』と過激発言連発」(ロケットニュース24 3.3)
 以下、その記事です。

〈日本中を騒がせた京大カンニング事件。本日3日、ハンドルネーム「aicezuki」とみられる予備校生(19)が仙台駅近くで逮捕されたが、この一連の「京大カンニング事件」について、意外な人物がTwitter上で熱い意見を述べている。その人物とは、NHKの『プロフェッショナル 仕事の流儀』でパーソナリティーをつとめたこともある、脳科学者の茂木健一郎さん。
 彼はまず、『拝啓 京都大学の自由な学風にはいつも尊敬の念を抱いてきました。今回の受験生に対する貴学の対応は、その伝統を踏みにじるものと考えます。特定できた段階で、警察への被害届けをただちに取り下げるべきであると考えます。これからも自由な学風を保ってくださいますよう。脳科学者 茂木健一郎』(茂木健一郎Twitterより引用)


 と、京都大学の対応について苦言を呈し、予備校生の逮捕後には、

『逮捕だとさ。ナチス。世界の笑い者。』、『クズ新聞、クズテレビ、クズ大学、これで満足したか?』『クズ朝日新聞が、逮捕されたとオレの携帯にニュース速報を送った。ジャーナリストは、日本にいないね。アタマの中に、本当に誰かいるのか? お前らが、日本を沈ませている。オレは、本当に日本のことを愛して行動する。』(茂木健一郎Twitterより引用)

 などと、この事件を過剰に報じたマスコミに対しても過激発言。また、

『クズ新聞、クズテレビ、クズ大学。オレは、お前たちと仕事をする時は、誠心誠意やるよ。とにかく、ベストを尽くす。一緒に仕事をする仲間は、心から愛する。身体を捧げる。しかしな、組織として、お前たちが終わっていることについては、一ミリとも譲らないぞ。』(茂木健一郎Twitterより引用) と、「人とのつながり」は大切にしながらも、組織として終わっていることを強調している。テレビで見る茂木さんとは大きくかけ離れた過激な発言に、ネット上では「なぜここまでキレているの?」「確かにカンニングしたくらいでマスコミは騒ぎすぎ」「言ってることは正しい」「酔っ払っているのか?」などと、驚きの声があがっている。〉

 まさかねえ…。そのあまりのレベルの低さから見て、いくら何でもこれはニセモノ、いわゆる「なりすまし」のしわざだろうと、僕は初め考えました。実のところ、僕は茂木健一郎氏のことはほとんど知らないし、この手の人には正直興味もありませんが、いわゆる「テレビ文化人」の一人らしいということぐらいは知っています。それが、ここまでお粗末なことを書くだろうか? そう思ったのです。

 それで、慎重を期して、ネットで検索してみると、「クオリア日記」というご本人のブログらしきものがあって、そこにも「京都大学等におけるカンニング事件について」と題された記事があるので、どうやらホンモノらしいということがわかりました。それなら批判を書かせてもらおうと思ったのですが、まずはその引用から。

〈今回の京都大学をはじめとする入試における「カンニング事件」は、いろいろな意味で心が痛む。
  京都大学が被害届けを出し、「偽計業務妨害罪」でカンニングをした学生が逮捕されるに至ったことに、強い違和感を覚えるものである。
 その理由の第一は、「大学の自治」、「学問の自由」にある。
 入学者をどのように選考するか、という問題は、「大学の自治」の根幹にかかわるものと考える。どのような資質を持った人から、大学を構成するかということは、大学における学問、研究、教授の基礎をなすものであり、大学が、もっとも大事にしなければならない点である。
 1952年の「東大ポポロ事件」に見るように、かつては、大学の自治はもっと大切にされ、さまざまな議論があったと思う。今回の事件において、京都大学の関係者が「被害届け」を出してしまったことは、「大学の自治」の点から疑問である。日本の大学が、大きく変質してしまったことを感じる。
 第二に、教育者の立場からの配慮に欠けているという点である。
 19歳の予備校生は、追い詰められていたのだろうと推測する。「診療内科」の情報を求めていたという報道からも、心的に不安定な状態にあった可能性が高い。
 京都大学にあこがれ、志願をしてきた学生が、心の弱さから「カンニング」をしてしまった。その時に大学側がとるべき対応は、入試で不合格にすると同時に、前途ある若者が未来に向き合えるような配慮をすることではないか。「偽計業務妨害罪」という罪名の下に、「警察に突き出す」ことが、大学人のやるべきことだとは私は思わない。
 今回、カンニングをした学生を特定するために、被害届けが必要だったという論を聞く。これも疑問である。報道された複数の大学を共通して受験している学生を、大学間で情報を共有して割り出せば、少数の候補を特定できたはずである。さらに、インターネット上で寄せられた回答と入試の答案を比較すれば、その類似性からかなりの確率で受験生を特定できたものと推定される。最終的には、大学側が学生から事情を聞いて、事件を処理することは可能だったし、またそうすべきだったと考える。
 たとえ、大学側が受験生の特定に役立つと考えて被害届けを出したとしても、特定できた時点で被害届けを取り下げることはできたはずである。上に述べた、未来ある若者を教育する立場の大学としては、そのような迅速な対応をとることが可能だったし、またそうすべきであった。
 今回のカンニング事件の特徴は、インターネット上で問題が提示され、そして回答されたというものである。その手法が新しいものであったから、世間的な注目を浴びることとなったが、カンニング自体は発覚しないものも含めてある程度の数が行われているものと推定される。そして、「通常のやり方」によるカンニングが発覚した場合、今回の事件のように「偽計業務妨害罪」での被害届けが出されるかと言えば、必ずしもそうではないだろう。
 今回の受験生が、その手法の「目新しさ」ゆえに「警察沙汰」になってしまったとすれば、他の事例と比較しての公平性の点からも、はなはだ疑問だと言わざるを得ない。
 今回のカンニング事件を通して、日本の大学入試のあり方、そこで問われている学力の質、さらには事件を一斉に報道したメディアの体質などについても様々な問題が提起されていると考える。以上、大学のあり方に焦点を絞って、私の考え方を述べさせていただいた。〉


 以上です。一応尤もらしいが、およそ論の体裁をなさない愚にもつかない俗論なので、よくもエラそうにこういうことを書くなと呆れました。今後は「脳科学者」ではなくて、「脳瓦解者」とでも名乗ったらいかがですか?

 かつてよく「大学の自治」が云々されたのは主として学生運動の時代のことで、こういう入試におけるセコい私的なカンニング事件などとは次元が異なります。「大学の自治」「学問の自由」という言葉や、「東大ポポロ事件」(そもそもこれがどういう性質の事件だったか、知って例に出しているのですか?)などをご大層にもってきて、それとこれがどう関係するのかという説明などは全く抜きに、いかにもいわくありげなこじつけをする。こういうのを「論理のペテン」と言うのですよ。

 「入学者をどのように選考するか、という問題は、『大学の自治』の根幹にかかわるものと考える。どのような資質を持った人から、大学を構成するかということは、大学における学問、研究、教授の基礎をなすものであり、大学が、もっとも大事にしなければならない点である」とありますが、まさにその「入学者をどのように選考するかという問題」が危機にさらされたと感じたからこそ大学側は動揺したのであって、どこの世界に「カンニングして入ろうとする」受験生を歓迎する大学があるか、小学生にでもわかることです。それとも京大は「自由な学風」を伝統にしているのだから、少しぐらいカンニングで入学した学生が混じっていても、鷹揚な態度を取るべきで、そんなことにいちいち目くじら立てる必要はないとでも言うのでしょうか?

 今の入試制度にはたしかにかなりの問題がある。僕などは以前から、「あの下らない(失礼!)センター試験をさっさと廃止しろ!」と言っていますが、入学試験というのはどのみち、いくら工夫したところで問題は残ります。しかし、そういう問題と、こういうことは分けて論じる必要があるので、大学側は試験の性質・やり方を工夫するのとは別に、今現在実施している試験の公平性は厳守しなければならないのです。それが一生懸命勉強してきた受験生たちに対する最低限の礼儀であり、不可欠の規範です。それを守ろうとすることのどこが悪いのか、筋違いの議論で難癖つけるのは馬鹿のやることです。

 茂木氏は「警察に被害届を出したのがけしからん!」とご立腹のようですが、他にどうやったら犯人を割り出す方法が見つかるのか? プロバイダーに情報開示を求めるのは、公権力の力を借りなければできないはずです(大学はこの意味での「公権力」ではない)。そのためには警察に届けを出すほかない。それなしに、犯人をどうやって割り出すのですか? 氏が思いつきで書き散らかしている方法はどれも不十分に思われるので(「インターネット上で寄せられた回答と入試の答案を比較すれば、その類似性からかなりの確率で受験生を特定できたものと推定される」などと書いているが、「かなりの確率」では不十分なので、「明確に人物が特定」できないと困るのです)、天才ハッカーの手でも借りればそれは可能かもしれませんが、それが違法行為だということぐらいはおわかりでしょう。

 「たとえ、大学側が受験生の特定に役立つと考えて被害届けを出したとしても、特定できた時点で被害届けを取り下げることはできたはずである」と氏はのたまうが、逆に、なぜそんな大甘なことをしなければならないのか、それを聞きたい。警察にもマスコミにも黙ってこっそり「不合格」にして、その若者の将来に傷がつかないようにする「周到な配慮」と「温情」が必要だとでも言うのでしょうか? 悪質な万引犯を捕らえても、店側は警察に届けるようなことは断じてせず、「物は返してネ」とだけ言って、無罪放免にするのが人の道だと言うのとそれは似たような話ですが、茂木氏は「京大商店」に「神のごとき寛容(あるいは没モラルな甘い措置)」を期待していたのに、それを裏切られたと憤るのです。不合格にするだけで足りるのに、刑事事件として扱うのがけしからんと。

 しかし、カンニング自体が卑劣な行為だというだけでなく、事はかなり重大なのです。こういう不正をやる者が出てしまうと、全部の大学が影響を受け、入試の際に“性悪説”に基づく新たな対応を検討せざるを得なくなる。受験生全体がそのとばっちりを食って、痛くもない腹を探られることになるのです。十九歳にもなって、こうした手口のカンニングがどんな波紋と傍迷惑な結果をもたらすかということが想像できないというのは幼稚園児か小学生並のメンタリティだという他ありませんが、別に死刑にされるわけでも、また未成年者だから、氏名が公表されるわけでもないのです。刑事罰に当たる犯罪なのだという強い自覚をもってもらわないと、その方がよっぽど困る。茂木氏は「他にもカンニングしている奴はいるだろうに…」みたいないい加減なことも書いていますが、どういう手段であってもそれは許されるものではないので、昔の不正入試事件を見ればわかるとおり、別にネットを悪用した「新手法」によるものでなくても、発覚したものはそれなりに大きな騒ぎになったのです。

 「19歳の予備校生は、追い詰められていたのだろうと推測する。『診療内科』の情報を求めていたという報道からも、心的に不安定な状態にあった可能性が高い。/京都大学にあこがれ、志願をしてきた学生が、心の弱さから『カンニング』をしてしまった。その時に大学側がとるべき対応は、入試で不合格にすると同時に、前途ある若者が未来に向き合えるような配慮をすることではないか。『偽計業務妨害罪』という罪名の下に、『警察に突き出す』ことが、大学人のやるべきことだとは私は思わない」

 あのねえ…。「京都大学にあこがれ、志願をしてきた学生が、心の弱さから『カンニング』をしてしまった」なんて、かんたんに書いているけど、「心の弱さ」だけで、こういう問題が片付けられますか? 僕は日頃から受験生の相手をしているから、そのあたりはふつうの人よりよく知っているつもりですが、受験生はみんな「追い詰められてい」るのです。ストレスやプレッシャーと戦いながら、日々を送っている。だからといって、かわいそうだ、カンニングをするのも無理はない、という話にはならないでしょう? 将来の生活が不安だからといって、「心の弱さ」から、皆が汚職を働いたり、泥棒になったら、どうなりますか? 無責任なこと言いなさんな、ということです。

 こういうのは、与えた迷惑の大きさからしても、警察に突き出されてあたりまえだと僕は思います。茂木氏は僕が冷たい人間だと思うかもしれませんが、たぶん氏よりハートはあるでしょう。ミソもクソもごっちゃにした、たんなる甘ったれの擁護を「人間的なこと」だと勘違いしないことです。こういうのを「感傷的似非(えせ)ヒューマニズム」というのですよ。氏が非難している新聞やテレビよりもっとひどい。

 それにしても、お里が知れるとはこのことで、細かい論点をあげつらうとキリがないほど欠陥が見つかるのですが、煩雑だからそれはやめとくとして、こういう到底「科学者」のものとは思えない杜撰きわまりない論理でもって、氏は大量の本を書き散らかしているのでしょうか?
 
 冒頭引用したツイッターの中で、氏は「京都大学の自由な学風」について云々していますが、「自由な学風」と、この事件と、そもそも何の関係があるのか? この犯人の生徒になりすましたニセモノの書き込み(前回記事)にもあったように、だからこそ京大は「監視・監督が甘かった」かも知れないわけで、そこに犯人の受験生は付け込んだわけでしょう。「自由な学風」だから、カンニングにも「寛大な措置」を取らねばならないというのは、茂木氏の脳ミソの短絡ぶりをよく示しているだけです。カンニングに厳しく対処することと、「自由な学風」とは何ら矛盾しない。公正が担保されてこその「自由」なので、自由は不正を許容することではありません。それはわかりきった話ではありませんか。言論や学問の自由とカンニングには何の関係もないのです。

 事が面倒で、警察の力を借りなければカンニングの主を特定できないからそうして、逮捕した。そしたら今度は「ナチス」だと言うのは、出鱈目もいいところです。俗受けばかり狙って書くのが習性になっているからこんなことを言うのかなと疑いたくなりますが、思想や政治はこの際何の関係もないのですよ。何を大げさなこと言っているのだと、かえって白々しい思いをさせられるのです。

 この受験生、早稲田の文化構想学部には合格していたようですが、それも取り消しになってしまうでしょう。仮に、「ヤフー知恵袋」に寄せられた回答を写していなくても最低点には足りていた場合でも、不正行為それ自体によってそう判定されるはずで、オリンピックでドーピングをした選手が失格になるのと同じで、それはあたりまえの話です。受験した大学の顔ぶれからして、この生徒はよく出来る部類の生徒だったのでしょうが、不正を働いたがゆえに、全部がパーになってしまったわけです。【後註:実はそれも本人の「虚偽申告」で、実際は不合格だったとのこと。】

 刑務所や少年院送りにされることはなく、騒ぎもしばらくたてば静まるでしょうが、彼は今後はしばらく教科勉強ではなく、人間としての勉強をし直した方がいいでしょう。その上でもう一度大学入試を受けたいと思えば、そのときまたチャレンジすればいいのです(むろん、今度はカンニングはなしで)。茂木氏は、全国の大学に彼の氏名が回覧され、半永久的にどこも再受験できないような事態になったときのみ、騒げばいいのです。そこまで行くのはひどすぎると、僕も思うからです。しかし、今回の大学の措置は当然と言えることで、何ら非難には値しない。僕はそう思います。

 茂木氏の方から反論あれば、僕はいつでもそれに応じるつもりです。あまりに短絡的で杜撰な論理の連続なので、逆にこちらも突っ込んだ議論ができなかった感じなので、反論は大いに歓迎するところです。ご自身のブログにでも書いてくれれば、それを見て、僕は再反論を加えるでしょう。「誠心誠意やる」つもりなら、ぜひそうしてもらいたいものです。
 今度は上に引用したような、三流ジャーナリストみたいな扇情的なだけの駄文ではなく、「科学者」らしい緻密な論理を期待していますが。

 【今、ネットでニュースを見たら、京大では「4日午前8時半ごろから一般からの電話に応じているが、『京大が騒いで未成年者を逮捕させた』『京大の監督態勢こそ問題があったのではないか』との抗議や苦情が、受け付け開始1時間ほどで約30件に及び、その後も鳴りやまない」そうで、「内容はすべてが京大の対応を非難したもので、年配者の方の声が多い」〔サンケイ〕そうです。どういう種類の「年配者」なのか、顔を見てみたいと、僕は今さらながら呆れています。カンニングは卑劣な行為であり、しかも受験生は皆、十八歳以上なのだから、もう子供ではなく、やったことには相応の責任をとらねばならない年齢なのですよ。茂木氏は「カンニングなんて大したことない」という今風の若者と、この手の安易な同情論を振り回す「年配者」の支持を当て込んで、ああいうことを書いているのか? たぶんそうなのでしょう。】
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