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オウム事件、麻原処刑に際しての感想

2018.07.14.14:58

 教祖の麻原はじめ、オウム事件の死刑囚計七人の刑の執行が7月6日午前中に行われました(同日は「亡国の」という枕詞を附けて呼ばれる例の「カジノ法案」が参院本会議で審議入りした日ですが、それが偶然なのかどうかは知りません)。

 日本中を震撼させたあの一連の事件もどうやら「過去の歴史」の一コマとなったようですが、今の高校生などは当時まだ生まれていなかったし、今二十代後半の人でも幼児か小学生で、記憶自体がほとんどないでしょう。

 麻原と同い年で、宗教に少なからぬ関心を寄せていた僕には、あれは申し分なくショッキングな出来事でした。まさか宗教団体が一般人相手に無差別殺人を企てるようなことがあるとは、夢にも思わなかったからです。

 麻原の遺骨の引き渡しをめぐって、彼の家族の間には対立が生まれているようですが、被害の甚大さを思えば、いくら「肉親の情」とはいえ、そういうことで揉めていられるような立場か、という感じは否めません。三女などは事件への父親の関与をできるだけ少なく見積もりたいようで、それに同調する有名人たちもいるようですが、一連の裁判を通じて一番責任転嫁に熱心だったのは教祖の麻原で、途中でおかしな様子を見せ始めたときも、だからこそ詐病を疑われたのです。もとより実行犯の幹部たちには責任があり、だから死刑という極刑判決が下されたのですが、「善良な教祖が知らないところで幹部たちが勝手に行動をエスカレートさせた」などということは裁判記録に照らしてもおよそありそうもない話で、最大の責任が教祖の麻原にあるのは明白です。

 親と子供は別人格です。親が凶悪犯でも、子供に罪はない。そうは言っても、世間はそう見てくれないし、子供自身が「あの親の子供」ということでどうしても自責の念に駆られてしまうのでしょう。そこから先どう進むかで、三女と四女の対応は分かれた。自分が彼らの立場だったならどうかと考えると心境は複雑ですが、麻原自身にそうしたことへの想像力が少しでもあれば、そもそもあんな事件は起こさなかったでしょう。それは自分の身内の今後を思うからではない、殺されたり重い後遺症を負わされたりした多くの人たちが同じように家族をもち、家族への強い愛情をもっていることがわかるから、そんなひどいことはできなくなるのです。

 戦争の場合でも同じです。何万、何十万の兵士が死ぬとき、それを嘆き悲しむ家族はその何倍もいるのです。悲嘆の声がそこらじゅうに満ちる。一人一人の人間はその場合、戦争ゲームの駒か統計数字の一つになってしまい、生きた人間の姿は消されてしまうのです。人々がそのことに深く思いを致すようになれば、政治家や軍人がいくら旗を振ろうと、誰もそんなことには協力しなくなって、この世から戦争は消えるでしょう。

 現代文明人は皆、多かれ少なかれ観念的です。それは生の切実さを失ったからですが、宗教というのは本来、人をその切実な生の現場に立ち戻らせるためにあると言っていいほどです。オウムの場合はそのあたり、逆になってしまっていた。バブル景気に沸き立つ不実で空虚な社会現実に背を向けようとしたまではよかったが、さらに悪い幼稚なファンタジーへの逃避になったのです。オウムの高学歴幹部や信者たちの多くは、ノストラダムスの大予言だの、ユリ・ゲラーのスプーン曲げ超能力だのになじんで育った世代だったと言われますが、修行というのは超能力目当てにするものでもなければ、悟れば何でもわかるとか、何でも自由にできるとか、そんなマンガチックなものではない。それは見失った「あたりまえ」のこと、あるがままの現実を再認識して、そこから生活を再構築するためにあるのです。それでカネが稼げるとか、病気にならなくなるとか、超能力が身につくとか、そういう馬鹿げた話ではない。超能力の類は、昔から妖怪狐狸の領分だと言われているので、そんなもの目当てにあれこれやっていれば、注文通り悪霊にとりつかれるのが関の山なのです。

 麻原は殺人を「ポア」と好都合に言い換えた。自分に服さない者、敵対する者は生きる価値のない人間で、それを殺すのが慈悲だと、身勝手にも考えたのです。徹頭徹尾「観念的」でもあって、それはユダヤ人は撲滅されるべき「劣等人種」で、アーリア人種のみ高貴で尊いとしたヒトラーの病的な妄想とえらぶところがない。仏教の「死の勧め」なるものは本来、妄想の根源たる自我に対して死ねという意味なので、それは自己に向けられたものです。どんなことでも曲解はできる。たとえば、オウムの内部は性的放縦に満ちていたようですが、そういうのもタントラ仏教の秘法の伝授と言いくるめたりできるのです。幼稚な人間の集合体では似たような詐術が横行し、集団で自己欺瞞にいそしむことになる。赤信号みんなで渡れば…みたいなものです。

 当時僕に理解し難かったことの一つは、教団外部の文化人、知識人、タレントなどにも麻原を持ち上げる人が少なくなかったことです。ああいう一目でそれと分かる宗教詐欺師を何でそんなふうに思ったのか? 彼らもまた無自覚に「メシア待望心理」のようなものに突き動かされていたのか?

 そのあたり、僕には今でもよくわかりませんが、彼のような元々が規範意識に乏しいサイコパス的な人間は、しばしば人たらしには長けているものなので、自尊心をうまくくすぐるなどして、あっさり取り込まれたのかも知れません。この手の人間は不都合なことを指摘されたりすると表情を一変させ、訊かれたことには応えず、相手の些細な落ち度を激しく攻撃したりするものですが、そうでない場合には、しみ入るような微笑を浮かべて相手を魅了することもできるのです。真に自由な人間と、モラルの全面的欠落ゆえにそう見えるだけの人間とは質的に違いますが、中途半端に知識だけある人間は本能的な直観力に乏しいので、そのあたりの区別がつけられないのかもしれません。

 貧しい家庭に育ち、視力のハンデがあった彼は、子供の頃から異常なほど金銭的執着が強かったそうですが、教団施設に警察が踏み込み、隠し部屋に大量の札束を抱えて隠れている彼のみじめな姿が発見されたとき、その人たちは何を思ったのでしょう。以来、彼は自己弁護と弟子たちへの責任転嫁に終始したのです。「最初にして最後の最終解脱者」の最低ぶりがいかほどのものであるのか、彼は身をもって世に知らしめたのです。

 当時は既成の宗教団体が駄目だから、「心の受け皿」がなく、あんなとんでもないカルトに若者が行ってしまうのだ、という意見も聞かれました。たしかにそれには一理あります。仏教やキリスト教はもとより、かつては「新興宗教」であった天理教や創価学会のようなものまで完全に「社会システムの一部」と化していて、おそらくその内部は、一般社会以上に保守的で俗っぽい世界になっているでしょう。今どきの若者にアピールするような教義も備えていない。オウムの場合だと、若い仲間もたくさんいて、そこに入って激しい修行に打ち込めば、悟りが開けて自由になり、超能力も身につくし、世界を救うこともできるのです。

 むろん、それは嘘っぱちですが、それは若者特有の自己顕示欲や誇大妄想癖、理想主義にうまくマッチしたのです。昔の学生運動世代は共産主義革命を夢見、それによるユートピアの実現を夢見た。久しい以前にそれは崩壊したので、作家のミヒャエル・エンデは「ポジティブなユートピアがないのが現代という時代の特徴」だと言いましたが、味気ない現実に耐え、その中での不毛な椅子取りゲームに終始して人生を終えるというのでは、あまりにみじめです。そんなことのために自分は生まれてきたのではないはずだ、と考える若者はたくさんいる。そしてその一部を、オウムは吸収したのです。

 麻原や僕は学生運動の熱狂が過ぎ去った後の世代です。それで、安保闘争世代が「あの頃はよかった」なんて懐かしげに言うのを聞いて、その感傷性に侮蔑心を抱くことも少なからずあって、それで左翼嫌いになる者が多かった(それ以前にも、日教組の活動家の教師と対立したりしたことがあったかも知れない)。僕もそういう青年の一人でしたが、今の若者の多くのように、そのまま自民党支持の保守派になるのではなく、反・反体制だが、体制支持でもないという、身の置き所のなさを強く感じたのです。それで、「この腐った社会を何とかしなければならない」なんて、一人リキんでみたりもするが、何をもってそれに対抗すればいいのかがわからないのです。

 僕はそれで、自分たちの世代を「精神的複雑骨折世代」なんて自嘲的に呼んでいましたが、当時はソ連のお寒い内幕(いわゆる「赤い貴族」が共産党独裁をいいことに勝手なことをやっていた)も知られるようになっていて、僕自身はアナキズム(無政府主義)に一番シンパシーを感じましたが、いずれにせよ政治イデオロギーに夢を託せるような状況ではなくなっていた。「カニは甲羅に似せて穴を掘る」と言いますが、どんな理想社会を構想しようと、人間の中身が変わらなければどうしようもないのです。

 そうすると、自然に心理学や宗教、精神病理学といったものにまで首を突っ込む羽目になって、その場合、当然ですがまず自分の内面が問題になるわけです。儒教では「修身斉家治国平天下」と言いますが、先に自分の問題を片付けておかないと話にならない。大袈裟に、かつ宗教的に言うと、「悟り」が必要になるのです。

 麻原の場合、そこらへんどうなったのかは知りませんが、熊本県八代市の貧しい畳職人の家の七番目の子として生まれた彼は、「先天性緑内障のため生来、左目がほとんど見えず、右目の視力は1.0程度だった」(ウィキペディア)のと、家庭の貧しさのため、県立の盲学校に入れられて、そこの高等部を、通常の高校の場合と比べて二年遅く、1975年3月、二十歳で卒業した。彼のその目の障害は水俣病の影響によるのではないかと言われ、僕もそう思いますが、戦後の高度経済成長が始まったとされる年に生まれた彼は、劈頭(へきとう)からその「負の側面」を身に負うかたちで人生を始めることになったのです。

 年譜によれば、盲学校卒業の年、「東京大学文科Ⅰ類受験を目指すため」上京、とありますが、半年もたたないうちに実家に戻り、翌年には長兄が熊本市で経営する漢方薬局の手伝いをしたりした。そして「1977年(昭和52年)春(22歳)に再上京し、代々木ゼミナールに入学」するが、結局ものにはならず、諦めて翌78年、その代ゼミで知り合った一人の女生徒と結婚、「千葉県船橋市湊町に新居を構え、そこに鍼灸院『松本鍼灸院』を開院。同年9月15日『松本鍼灸院』を廃し、同市本町に診察室兼漢方薬局の『亜細亜堂』を開業。同年12月、船橋市新高根に新居を購入し移住」(以上、ウィキペディア)という目まぐるしい動きを見せるのです。

 そして、「1980年(昭和55年)7月、保険料の不正請求が発覚し、670万円の返還を要求される」「1981年(昭和56年)2月、船橋市高根台に健康薬品販売店『BMA薬局』を開局、1982年(昭和57年)に無許可の医薬品を販売し四千万円を稼いだものの、『効き目がないどころか下痢をした』などと告発され同年6月22日に薬事法違反で逮捕、20万円の罰金刑を受ける」というふうに、生来の規範意識の乏しさが如実に出る事件を立て続けに起こしています。

 にしても、僕が感心するのは彼の不思議な「経済力」です。貧しい家庭に育ち、なかば口減らしのようにして盲学校に入れられた彼に、どうして上京して浪人生活ができるような「ぜいたく」ができたのか? ウィキペディアによれば、「金への執着が強く、同級生への恐喝によって卒業するまでに300万円を貯金していた」そうですが、当時の300万と言えばかなりの大金です。とても二十歳の若者がもてるような額ではない。その後も、上記薬事法違反の犯罪などにしても、罰金に比して稼いだ額が半端ではない。彼のライフ・ヒストリーを見ると、生まれつき強い犯罪性向をもった人間だったと思わざるをえませんが、手段はどうあれ、彼は「稼ぐ力」には秀でていたのです。

 ここで対比的に僕の場合はどうだったかという話をさせてもらうと、僕は彼より二年早く、高校を卒業して上京しました。彼と同じく、大学受験浪人として上京したのですが、元々は高卒段階で就職するはずだったのが、高3のとき気まぐれを起こして、大学に行くと言い出したのです。僕の実家はひどい山奥で、近くに高校がないので、親は高校進学させるにも子供を寮に入れるか下宿させるかして、仕送りしなければなりませんでした。実家は兼業農家で、父はきこりをなりわいとしていた(この「きこり」はすでに死語になっているようで、前に塾の生徒に、「僕らはそんなの民話でしか聞いたことがありませんよ」と笑われてしまったことがあります)。麻原の実家ほど貧しくはなかったでしょうが、財産があるわけではなく、働き者の両親は三人の息子を高校にやるだけで手いっぱいのはずでした。

 当時の田舎は、今の子供たちには想像が難しいほど貧しかった。僕の中学時代の同級生は70人いましたが、そのうち高校に進学したのは十数人にすぎず、それは子供自身の学力とは無関係でした(勉強好きで成績優秀な女子二人が「家庭の事情」のため高校進学を断念するのを見て、義憤のようなものを感じたのを今でも覚えています)。これはむろん、実家から通える範囲に高校がなかったという僻地の特殊事情も関係しますが、中卒の子供たちが「金の卵」と呼ばれ、集団就職列車で都会に向かったのは過去の話ではなく、げんにまだ集団就職列車は走っていたのです(最後のそれは、麻原が上京した1975年だった由)。

 僕の場合は、だから、大学進学は親に無理を言うことでした。それでどうしようかと迷っていたとき、担任の先生から新聞奨学生の応募書類を、「こういうのがあるぞ」と言って見せられた。僕はそれに応募して、ここと決めた大学があったので、生意気にも推薦の話は全部蹴り、周囲の予想通り受験に失敗して、東京の新聞販売店で住み込みアルバイトをしながら浪人生活を送ることになったのです。それで、卒業式の翌日、夜行寝台列車に乗って上京し、右も左もわからない田舎者なので、電話して店の人に最寄り駅まで迎えに来てもらって、早速翌朝から新聞配達の見習いを始めた。

 麻原や僕の時代はそういうものだったのです。ある意味、高度経済成長は元が貧しかったから可能になったのです。当時の田舎は、自然は本当に豊かでした。それにまつわる幸福な楽しい思い出が僕にはたくさんあるのですが、他の面では貧しかったので、今ある「文明の利器」の多くは存在しなかったか、存在しても貧しい庶民の手が届くようなものではありませんでした。僕の家に白黒テレビが入ったのはようやく小3になってからのことだったし、自宅に電話がある家は稀だった。冷蔵庫が入ったのもかなり遅く、自家用車などはむろんありませんでした。僕は小3まで川を隔てた向かいの山の上の分校に通ったのですが、そこに通う子供たちの中には、まだ電気が通っていない集落の子たちもいたほどです。昭和30年代とはそういう時代でした。小学生の頃、ときどき祖母にこっそり作ってもらって飲む砂糖水が何ともおいしく感じられた。そういう時代だったのです。

 麻原に話を戻しましょう。彼は権力志向が強く、東大法学部→政治家→総理大臣という誇大妄想的な夢を当時抱いていたと言われます。僕に興味深く思われるのは、現総理大臣、安倍晋三も同い年だということです(生年が一年ずれるのは、麻原が早生まれだからです)。安倍は祖父も父親も「東大法卒」の政治家の家に生まれましたが、ご本人はお勉強の方はからっきしで、エスカレーター進学で、さほど名の知られていない私大に入った。それでも家柄のおかげで父の跡を継いで政治家になり、総理大臣にまでのぼりつめたのですが、そうした「親の七光り」など全くない麻原の場合、野望の実現には「東大法卒」の肩書が必要だと考えたのでしょう。実家は貧しく、彼には目のハンデまであった。当時、ふつうの高校の授業ですら、難関大の入試には何の役にも立たないと言われていたのに、盲学校の場合はなおさらだったでしょう。麻原がとくに学業優秀だったという話もない。それは初めから実現可能性はほとんどない話だったのです。

 その「不可能な野望」を放棄した後、麻原は宗教に向かった。彼に特徴的なのは、利己的な立身出世願望と「悟り」や「世界救済」願望が一緒になっていたことです。そのライフ・ヒストリーからして、彼が反社会的精神病質人格、サイコパスであったことはほぼ疑いないと思いますが、宗教団体というのは、彼の虚言癖、誇大妄想的傾向、詐欺師的性格を隠すのにはうってつけだった。いわゆる「悟り」というものは、悟っていない圧倒的大多数の人間にとって想像するしかないもので、何を言われても嘘かほんとかわからないからです。彼は自分の目のハンデも巧みに利用した。それは彼の神秘性を高める道具となったのです。

 僕は虚言症の人に遭遇したことがありますが、彼らの特徴は自分がつくり出した妄想の中に入り込んでしまって、その中のヒーローを自ら演じ、ディティールも手が込んでいて、小道具までわざわざ買って周りの人を信用させてしまったりすることです。通常、嘘をつく人はそれが嘘だと自覚しています。しかし、彼らはそうではなく、そのつくり話を自分も信じ込んでしまう傾向が強く、真に迫っているので見破りにくいのです。

 僕が遭遇したケースでは、違う話を先に聞いていたのでおかしいなと思ったのですが、周りが全部それを信じ込んでいるので、自分が聞いていた話は間違いなのかなと思ってしまったほどです。しかし、嘘のストーリーがどんどんエスカレートして、ある時点に達したとき、どうもこれはおかしいなと思って、調べてみました。すると、自分が先に聞いていた話の方が正しく、彼が話していることはすべて出鱈目だと判明した。相変わらず架空の物語のヒーローを自信たっぷり演じている彼を僕は別室に呼んで、悪いけど調べさせてもらったよ、と言いました。そして事実はこうなのだろうと言うと、彼はひどくしょんぼりしてしまいました。僕はそれを見てかわいそうに思いました。自分の惨めな現実から逃れようとしてその妄想を発明し、周りを信じ込ませるのにも成功したので、心の奥底ではまずいと知りつつも、そこから出られなくなってしまっていたのです。

 麻原もこれと似ているなと思います。自分の妄想の中に深く入り込んでしまって、そこから出られなくなった。彼は1990年2月の衆院選に、真理党代表として東京4区から立候補し、例の自分を模した着ぐるみや、「ショーコーソング」で話題になったものの、僅か1783票しか取れず、落選しました。これに関して彼は、「選挙管理委員会を含めた大がかりなトリックがあった」と主張しました。あまりにも馬鹿げているから見向きもされなかっただけだとは思わなかったので、ウィキペディアには「小学部5年時に児童会長、中学部在籍時と高等部在籍時に生徒会長、寮長に立候補するが、全て落選している。後の真理党の時のように先生の陰謀だと言い出したこともあった」とあるので、彼のそういうところは何も今に始まったことではなかったのです。

 この落選をきっかけに、「『今の世の中はマハーヤーナでは救済できないことが分かったのでこれからはヴァジラヤーナでいく』として、ボツリヌス菌やホスゲン爆弾による無差別テロを計画する」ようになったとウィキペディアにはありますが、子供時代の「落選」も自分の人望のなさが原因だったのに、それを認めず、架空の「先生の陰謀」説をつくり出したのと同じで、彼は実現不可能な「麻原王国」の妄想に魅せられ、それが頓挫するのを認めることができず、妄想が妄想を呼ぶという悪循環の中にはまり込んでしまったのです。これ以前に、すでに坂本弁護士一家殺害事件などを起こしていますが、それも自分の妄想が破られるのを防ごうとしたためで、内部では「教祖の絶対化」に成功していたので、手足のように幹部を使ってそれを行うことができたのです。

 子供時代の「人を支配したい」という願望が、のちの東大を出て総理大臣になるという妄想につながり、それが潰(つい)えた後、宗教カルトを創設して、その内部で「神」扱いされることに成功すると、再びそれを足掛かりにして「国家の王」になろうという妄想が生まれた。そう見てもあながちこじつけではないでしょう。そして「グルへの絶対的帰依」を旨とするオウム内部ではその妄想が共有されることになったのですが、衆院選での惨めな敗北は、その妄想が全くの砂上の楼閣であることを強く感じさせた。ふつうならそこで現実に戻るが、彼は一段と妄想への執着を強め、自作自演の「ハルマゲドン」を構想するにいたったのです。地下鉄サリン事件は序の口で、計画にあったロシア製軍用ヘリによる首都圏サリン散布なんてことが実現していたら、恐ろしいことになっていたのです(そのとき信者たちは自家製の自動小銃で一斉蜂起、自衛隊内部のオウム信者もこれに呼応することになっていた)。

 何とかに刃物と言いますが、虚言症サイコパスにカルト宗教だったのです。

 にしても、と僕は思います。彼が熊本県の片田舎の子だくさんの貧しい畳職人の家ではなく、裕福な世襲政治家の家に生まれていればどうなったかと。彼は相応に弁は立つし、子供の頃はともかく、何らかのカリスマ性を備えるにいたったので、別に東大に入れずとも政治家にはなれ、支配欲、自己顕示欲とないまぜになったひどく独善的なものだったとはいえ、「世を救いたい」という願望は強くあったのだから、総理大臣も夢ではなかったかもしれません。しかし、環境に恵まれなかったため、それは「妄想」で終わらざるを得ず、その実現不可能性ゆえに無理をして、弟子に命じて殺人を重ねる羽目になった。サイコパスでも、境遇が違い、無理なくそれが実現できるようなものだったなら、敵を陥れるために卑劣な策略は用いたとしても、それを守るのに殺人までする必要はなかったのです。

 むろん、だから彼にも同情の余地は大いにある、という意味ではありません。規範意識の乏しい、少々怪しげな人間でも、踏み越えてはいけない線ぐらいは心得ている。彼の場合、自分の神秘体験の意味を誤解したのか、絶対者として信者たちの前に君臨するうち本格的に狂ってしまったのか知りませんが、暴走への歯止めがなくなってしまったのです。

 僕はこの事件をそのように理解しています。死刑執行後、オウムの残存団体内部で麻原が神格化されるおそれがあると言う人がいますが、仮にそういうことをする病的な連中なら、たしかにそれは危険な集団です。あの事件から何も学ばなかったということなのですから。

 しかし、そんなことはないだろうと信じたいところです。イエス・キリストの磔刑とはまるで性質が違う。麻原は思想信条や宗教活動のせいで迫害されたわけではなく、純然たる殺人指揮のために死刑判決を受けたのですから。細かい部分に疑いはあると言っても、根本的なところではそれは揺るがない。かつて大本教や天理教も国家による弾圧を受けたことがありますが、そういうのとはまるで性質が違うのです。その程度の分別はもってもらいたい。

 金儲けや権力欲の充足が目当てとしか思えないような詐欺的教祖を戴くカルトは他にもあるし、今後も出てくるでしょう。社会的不平等が拡大し、閉塞感が募る一方のこの世相では、経済的にも精神的にも困窮する人は増えるばかりだから、カルトが付け入る隙はたくさんあるのです。しかし、殺人を正当化するような教義を振りかざしてその「実行」を弟子たちに強要するような凶悪カルトは、麻原のような抑制を欠いた反社会的精神病質人格がリーダーになるときのみで、そうそう起きることだとは思えない。麻原の三女も四女も、その点では一致して、残存団体Alephの解散を望んでいるようですが、事件のことはほとんど何も知らないまま、日毎に麻原の写真の前で礼拝する若い信者たちが、教祖は悪しき国家権力と悪しき社会によって冤罪を着せられて殺されただけ、なんて出鱈目な説明を受けると、自分の社会への無意識的な怨恨も重なって、尖鋭化して危険なことになりかねないのはたしかです。どうせなら麻原とは無関係に、彼の写真を掲げるなどの愚劣なこともやめて、新しい出発をすればいいのではないかと、僕も思います。

 そもそもの話、「グルへの絶対的帰依」など求める宗教は、あまりにも時代錯誤で、馬鹿げたものとしか僕には思えないので、健康な宗教なら逆に「依存」を排して、自分の背骨で立つすべを教えるでしょう。「自灯明、法灯明」という言葉が仏典にはありますが、人を導くなら、そのように導くのが正しいのです。それでは宗教団体は商売にならないのかも知れませんが、ドグマや階層制に基づくその種の団体はすべて病的だと、言い切って差し支えないのではないかと思うのです。

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