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戦前に空気が似てきた?~自浄能力を失いつつある社会

2018.05.23.17:32

 最近、日大アメフト部の、関学大との定期戦での「不正タックル事件」が大きな話題になっています。監督・コーチ、そして大学までがグルになって、「選手が指示を取り違えた」ということにして、保身に走り、事を収めようとしたのですが、選手自身の正直な記者会見でその嘘が暴露されてしまったという事件です。勝利至上主義に走って、「何でもあり」になってしまうのは、この手の組織・団体にはときにあることで、指導者が内部で大きな権力をもち、かつ精神的資質において二流だと、必ず生じると言っていいほどです。不都合になれば、彼らは平気で嘘をつく。倫理観などというものはいつのまにかどこかに消し飛んでしまっているのです。次はよくまとまった、The PAGEの本郷陽一氏による記事です。

勇気ある会見で判明した日大と内田前監督の4つの許せない“嘘”と矛盾点

 日大アメフト部のホームページには、次のような誇らしげな紹介文が出ています。

 1940(昭和15)年創部。「フェニックス」の名で親しまれ甲子園ボウル優勝20回。ライスボウル優勝4回は学生界最多。通算勝率は9割を超える。フェニックスの代名詞、伝統の戦法ショットガンを武器にライスボウル優勝を目指す。

 それで最大のライバルたる関学大の選手は、どんな汚い手を使ってでも潰しておきたかったわけです。「伝統の戦法ショットガンを武器にライスボウル優勝を目指す」とありますが、今回のこれはヤクザのヒットマンと同じで、そんなことはありえないと思っている無防備なときに、相手側QBに後ろから不意打ちを食わせたのです。無茶苦茶な話で、別の記事には、事の重大さに後であらためて気づいて、選手が涙を流していたら、「おまえは優しすぎるから駄目なんだ!」とコーチに叱責されたという話が出ていました。「ヒットマン失格」というわけです。スポーツマンシップもへったくれもなくなっているわけで、三流暴力団そのものです。監督・コーチ全員クビで、大学側は懺悔の記者会見を開くしかないでしょう。ふつうなら廃部ものの不祥事です。

 しばらく前にはレスリングの伊調馨選手に対する栄和人・選手強化本部長の卑劣ないやがらせ、パワハラ報道がありましたが、あれも最初日本レスリング協会は「なかった」ことにしようとして失敗したわけで、スポーツの世界でも「権力の横暴」が少しばかり目立ちすぎるようです。またその権力者と取り巻きのレベルが低すぎる。クソみたいな連中です。

「スポーツの世界でも」と言うわけは、政治の世界が腐りきっているからです。連休中、少し静かになっているうちに、日本人の習性として、こうなると政権支持率が必ずいくらかは回復するものなので、原発がいつのまにか再稼働になってしまったのと同じで、安倍政権も下手すると息を吹き返すのではないかと懸念していましたが、案の定、そうなっているようです。ふつうならありえない「安倍3選」が現実味を帯びてきた。加計の獣医学部問題でさらに安倍には不都合な文書が出てきているにもかかわらず、情緒的な日本国民の「もり・かけ問題はもうたくさん!」心理に助けられて、これが長引いている最大の理由は他でもない安倍の「嘘」にあるのですが、追及を続ける野党が悪いみたいになってしまうのです。もり・かけ問題は、安倍政権の体質を如実に物語るという意味で小さな問題ではないのだということを、僕もここに何度も書きましたが、そういうことをよく考える人は少ないようで、「些事に拘泥する野党とマスコミ」という一部の右翼デマゴーグとその驥尾に付するネトウヨたちの宣伝にまんまと乗せられてしまっている。ふつうなら、安倍みたいに嘘はつき続けられないから、政権は倒れます。しかし、安倍はそのあたりだけ「並外れて」いるので、そうはならず、長引くにつれ、逆に批判する側が馬鹿を見るという様相になっているのです。これがどれほど異常な事態なのかということは忘れ去られる。

 これとは一見関係ないように見えるかもしれませんが、しばらく前に次のような記事が出ていました。それは弁護士に対する不当きわまりない懲戒請求が、ある右翼の匿名ブログに煽られて大量に出されたというもので、読んで僕は寒気がしました。同じ問題に関する記事を二つ並べておきます。筆者はどちらも女性のライターです。

匿名ブログに影響受け、弁護士に不当な懲戒請求。弁護士たちが反撃をはじめた

「時代を変える高揚感があった」 ヘイトと「日本スゴイ」で弁護士へ大量懲戒請求

 安倍政権が保(も)っている理由は、こういう風潮と関係があります。一部のネトウヨ連中のステレオタイプの安易な決めつけと偏執狂的なしつこさには驚くべきものがあって、ネットのコメント欄(だいぶ前にヤフーのニュースサイトのコメント欄はその手の連中のもので埋め尽くされているという指摘がありましたが)には必ずと言っていいほどそれが出てくるのです。ネット版右翼の街宣車みたいなもので、それにはかなりの委縮効果がある。上の記事のタイトルにもある「『時代を変える高揚感があった』ヘイトと『日本スゴイ』」はこの手の連中の共通項ですが、それが「安倍支持」層と重なっていて、それは一部にすぎないのですが、今のわが国を覆う奇妙な閉塞感の中では相当な浸透力をもつのです。自分のことはきれいに棚上げして、「気に食わないものにはとことん難癖つける」のは今に始まったことではない政治家・安倍の顕著な特徴ですが、そういう幼稚で狭量なメンタリティと彼らのそれは共振する。ヒトラーも当時のドイツにみなぎる閉塞感とルサンチマンによる狂信者たちの「自発的服従」、それはつまり、それに同意しない人々や組織への烈しい攻撃を意味したのですが、それを背景にのし上がっていった。元々賛同者は一部に過ぎなかったのに、やがては全体が呑み込まれたわけで、それと似ているなと思います。戦前の日本社会にも似たような閉塞感と、それとは裏腹の国家主義への妙な「国民的高揚感」があったようですが、その中で冷静な現実・世界認識などは、それをもっている人がいなかったわけではないのに、片隅に追いやられてしまったのです。

 スポーツ界のことより、むろん、こちらの方がはるかに深刻です。僕に一つ興味深く思われるのは、二階や麻生といった、政権の存続を左右するキーマンはよくも悪くもイデオロギー的な色彩は稀薄な「現実政治家」であるということです。彼らはいわゆる「政局」にしか関心がなく、安倍のネトウヨ的な体質には関心をもたない。連立相手の公明党も、「権力の蜜の味」に慣らされて離れがたくなっているだけです。そこらへんが安倍熱烈支援の日本会議に連なる文化人たちやネトウヨたちとは違うところですが、結果としてはそれを助けることになり、大多数の右でも左でもない有権者もそれを追認する。西洋のメディアは今でも安倍政権を「極右」と捉えており、それは正しいのですが、かくて「極右」の安倍政権は存続し、すでに小学校では「道徳」が正課に格上げされ、中学は来年からだそうですが、「愛国」教育の下準備を整えつつあるのです。「日本スゴイ」教がさらに拡大され、来たるべき改正憲法には、前文あたりにも「愛国」の文字が入れられるでしょう。それは全体として「国家に奉仕する国民の義務」を強調したものになる(今までは「権利」を強調しすぎていたのだ!)。9条だけが問題ではないのです。

 安倍3選と、安倍政権下での憲法改正は、今後の日本の行方を決める分水嶺となるでしょう。「善意」ゆえになおさら始末に困るオツムの足りない女房のアッキーだけでなく、安倍自身が元々森友幼稚園の「教育勅語教育」に“感動”していたのです。加計の場合は、そういうイデオロギー的色彩はないが、「お友達」ばかりで周囲を固め、政治を平気で私物化する彼の体質がよく出ている。お役人たちの情けない「総ヒラメ化」にしても、官僚人事を支配して行政機構を夜郎自大に牛耳るがゆえに、そういう低次元のことまで「忖度」させることになったので、何もかもスポイルしてしまう「自制なき権力」体質を露わにしたのです。こうしたことが「小さなこと」であるはずはない。両方足して考えれば、その「危険な体質」は誰にでもわかるのではありませんか? 何? 教育勅語のどこが悪いのかって? そういうことをいちいち説明しなければならなくなっているということ自体が僕には恐ろしいので、安倍政権が倒れない裏には明らかにそうした風潮があるのです。

 にしても、レスリング協会の栄氏のパワハラにしても、日大アメフト部の監督・コーチの暴走にしても、権力者のそういう増長の背後には周囲が批判を自粛してしまい、何かあったら擁護と隠蔽に走るという、「長い物には巻かれろ」心理が露骨に感じられます。これは「安倍一強」下で生じていることと軌を一にしています。

 冒頭のアメフト問題の引用記事にはこうあります。

 宮川氏は自らが犯した罪への懺悔を繰り返していた。
「判断できなかった自分の弱さです。少し考えれば間違っていたことを判断できた。自分の意思を強くもつことが今後重要だと思う。でも、あのとき自分はそのこと(違反行為をしない)は考えられなかった。1週間で追い詰められ、やらないという選択肢はない状態になっていた。今後は、自分の意思に反するようなことはフットボールにかかわらず、すべてにおいてするべきじゃないと思う」


 まだはたちの若者がこういうことを言うというのは立派です。例の佐川元長官などは彼の爪の垢でも煎じて飲むべきでしょう。日本人は「個として弱すぎる」ということは昔から指摘されてきたことですが、皮肉な見方をすれば、安倍政権の唯一の功績は、日本人のそういう致命的な弱点を今の日本人に思い知らせてくれていることかもしれません。実際は全然それを「思い知って」いないがゆえに、あの政権はなおも存続しているわけで、このまま安倍3選ということになれば、かなりヤバいことになってしまうなと僕は思っているのですが、その場合でも、安倍一人が悪いのではなく、保身にかまけて良識に基づく「自分の判断」を放棄した人間が多すぎたというところに最大の理由はあったと言うべきでしょう。一般有権者の場合は保身は関係ありませんが、安倍のしつこい嘘と居座りに諦めて匙を投げたのが敗因だということになります。マスコミも視聴者や読者に飽きられたというので、そういう報道を減らせば、間接的に政権を助けることになる。全くもって難儀な相手で、「程度の低い嘘つきほど強い」というのは、北朝鮮にかぎった話ではないと言えそうです。

 安倍自身はといえば、ネトウヨたちの「いいね!」を「民の声」と解し、それを「心の糧」として、「憲法を改正して『美しい国』をつくり上げる」「日本を取り戻す」という“理念”に挺身しているつもりなので、それが病的な自己陶酔、一個の妄想に他ならないのだとは思っていないのでしょう。「われに大義あり」というわけです。だから「もり・かけ」の嘘なんぞ取るに足りないことだとなる。僕は、日本の未来にとって彼の「理想」なるものは不吉な、傍迷惑なことでしかないと思いますが、そういう心配をしている人は今はごく少数でしかなく、それこそ「左翼の妄想」だとして片づけられるのです(僕は別に左翼ではないつもりですが)。どちらが正しかったかは、いずれ時が明らかにしてくれるでしょうが、こうしたことをあれこれ思うと、わが心の憂鬱は当分晴れそうもないのです。

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