FC2ブログ

本を書く

2018.05.19.13:20

 暑くなって、ほとんど夏のようですが、このブログ、しばらくご無沙汰しました。

 連休前から数日前まで、久しぶりに多忙な日々を過ごしました。せっせと原稿書きに精出していたので、初の“自著”に挑戦していたのです。ある人に、「もう翻訳はいいから、自分の本を書け。それも今年中に!」と言われて、「そんなこと言われてもねえ…」という感じはしたのですが、ちょうど受験生が抜けた後で塾商売がヒマな時期で、時間的余裕がたくさんあったので着手し、いざ書き出すと割とすんなり先が続いて、完成しました。僕はそれに『〈私〉からの自由』というタイトルを付けました。ちょうど6万字ぐらいになったので、薄めの本一冊分にはなるでしょう。扉には、シンボリックないいのがあったので、シモーヌ・ヴェイユの『重力と恩寵』に出てくる言葉を拝借した。

 このブログにも本を書けと言って寄越してくれた人がいますが、こういうふうに重なるというのは珍しいことなので、それで書いてみる気になったのです。しかし、その人はある団体の長ではあっても出版関係の人ではないのだから、僕に書かせてどうするのかという気はするのですが、そのあたりは何か考えがおありなのでしょう(実はそんなものはなかったということもありえますが、その場合は自分で出版先を探さねばならなくなります)。

 その原稿には、これまで訳書のあとがきなどには多少書き含めていた、自分が最も本質的だと考えていることを正面から取り上げて書いたのですが、最近僕はその種の話をするのを避けてきました。それは世間常識とはかけ離れた人間・世界理解なので、大方の人には意味が分からないことのようだからです。意味が分からなければ、聞かされる方は苦痛だし、話す方も徒労感を覚えるだけです。僕自身は、他の人たちにそれをおわかりいただこうがいただくまいが、何の影響も受けないので、「これがわかればもっと楽に生きられるし、実生活面でもいいことが多くなり、世の中もいい方向に変わると思いますよ」ということで話していただけなのですが、理解されなければそもそも話す意味はないので、黙っていることにしたのです。そういう話をしているよりは、ブログで政治談議でもしている方が気楽というものです。ところが僕に書けと言った人によれば、それはよくないことなので、ちゃんとふつうの人にもわかるように説明する必要がある、プレゼンテーションの仕方を考えて、わかるように書け、という仰せなのです。僕はその人にそんな話をしたことは一度もないのだから奇妙ですが、僕の苦手な霊能者らしいので、話さなくても中にあるものはわかった、ということなのかも知れません。

 ともかくそのあたり、自分なりに工夫はして書いたつもりなので、少しはわかってくれる人が増えるかも知れません。僕がそれを書こうとしなかったもう一つの理由は、それ自体は古くからある思想の一つだからです。しかし、今の世の中を見ていると、それがわかっている人はどう見てもごく僅かです。その意味ではたしかにあらためて書く意義はあるかもしれません。僕は自分のいくらか風変わりな個人的体験から出発してものを考えてきた人間なので、哲学や宗教関係の本を読む場合、理解のベースにしているのはそのことです。今までそれは関係ないこととして書かなかったが、わかりやすくしようとすれば書かざるを得ないので、どういう道筋でそう考えるに至ったかを必要な範囲で説明しました。これでわかっていただけなければ、僕としては他にどうしようもない。

 しかし、とにかく、自分の一番伝えたいことは書けたという感じがしたので、すっきりはしました。それを皆さんがお読みになる日が来るかどうかは知りませんが、自分の義務の一つはこれで果たした。そういうささやかな満足感というか、充足感はもてたのです。

スポンサーサイト
プロフィール

大野龍一

Author:大野龍一

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR