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朝課外は廃止できる

2018.04.26.15:58

 最近この問題に関するコメントがまたぽつぽつ来ているので、ひさしぶりに「延岡の高校」コーナーの記事を書いてみます。

 先日、塾に来た生徒(新2年)が「疲れた」と言うので、理由を聞いたら、朝課外がまた始まったからのようでした。延岡高校では「課外不受講届」なるものを出せるようになったのですが、出すと、トムさんという方がここのコメント欄で紹介してくれた西日本新聞の記事の生徒の言葉のように「すさまじい圧をかけられる」ことになるので、それを恐れて出せなくなるのです。学校の心証を害して、推薦がもらえなくなるのではないか、という心配などもあるのでしょう。

「君らはやり方が下手だねえ」と僕は笑ったのですが、大部分の生徒が「朝課外いらない」と思っているのなら、皆でその「不受講届」を出してしまえばいいのです。そしたら、広い教室で先生たちは2、3人の生徒相手に課外をやらなければならなくなり、それまで時給1600~1800円程度もらっていたのも、僅か200円ほどになり、「こんなの、やってられませんよ」ということになるでしょう。そしたら時間の問題で「もう廃止しましょう」という流れになるのです。届を出す生徒の方が多ければ、「説得」と称する脅し・強要もできなくなる。先生たちの中にも「こんなことに意味があるのか?」と内心思っている人はいるのだから、「支持がないのだから、もう廃止した方がよいのではありませんか?」と職員会議で発言することなども容易になるのです。

 割とかんたんな話でしょう? 朝課外が大部分の生徒にとって深刻な慢性睡眠不足の原因となっていることは明らかだし、それで学力が伸びたという証拠は全くない。慢性的な寝不足で学習効果が上がるわけはないから、それはあたりまえの話なのです。なかには朝型人間で早起きが得意という子もいるかもしれませんが、そういう例外的な生徒は自宅でなり、他より早く学校に行くなりして、勝手に勉強すればいいのです。今、自分に何が必要かということを考えてその都度勉強プランを立てれば、それは一律の課外授業よりずっと効果が上がるはずです。主体性を育てるのにも役立って、それは大学入学後伸びる素地になる。

 延岡高校には日向市から電車で通学している生徒がかなりの数いて、二年連続でうちの塾にもそういう子たちがいたので、話を聞いて「へえ、そんなに多いの?」と驚いたのですが、彼らが口を揃えて言うのは、朝課外がなければ、特急を利用しなくて済み、毎日300円の特急料金を余分に支払わなくて済む、ということでした。月20日だったとしても、合計で6000円です。朝課外の内容が課外費プラスそれ(年額いくらになるかは各自計算して下さい)を支払っても受けたいと思うようなものならまだいいが、とてもそんなふうには思えないと、彼らは顔を曇らせるのです(それなら日向高校に行けばいいじゃないか、と言う人もいるかも知れませんが、委細は省くとして、生徒の学力レベルや学校の雰囲気にだいぶ違いがあるから、彼らはそういう選択をしたのです)。

 いやいや、そんなことはない、あんたの言うことは偏っている、とおっしゃる親御さんたちもいるかも知れません。延岡高校は昨年は現役国公立大合格率が70%に達したというし、今年はそちらの率はそれほどでもなかったが、国立医学部医学科の合格者は8人、九州地区の医学部合格ランキングでは24位に入り、旧帝大の合格者も8人(但し、九大医学部医学科の1人が重複)いたのだ。これは課外抜きでは考えられない輝かしい成果ではないかと。

 そういう認識がそもそも間違っているのです。昨年、2017年度は、こういう言い方は率直すぎて叱られるかもしれませんが、この十年で最も見栄えのしない学年でした。生徒たちも「上がいない」と笑っていましたが、いわゆる難関大の合格者は例年よりずっと少なかったし、その自慢の合格率も、多くが推薦で稼いだものだったのです。わが零細塾ですら推薦で進学を決めた生徒が7人もいたので、延岡高校流に言えば、「過去最高」だったのです。一般受験の生徒の方が少なかったので、塾としては受かってくれさえすればいいのですが、こういう年も珍しいなと思ったものです。

 今年の場合はどうかと言うと、国立医学部医学科合格者8人のうち、5人は浪人です。つまり、そちらは学校の手柄ではない。そして残り3人は二次試験免除の宮大地域枠合格者でした(うち2人はセンターの得点率が85%に達していたそうなので、「当確」だろうねと僕は言っていたのですが、それ以下でも1人入った)。現役一般受験組の合格者はゼロ。

 旧帝大に関してはどうか? その8人のうち、九大2人、名古屋大の2人が推薦です。従って、一般受験合格者は4人しかいないが、そのうち2人は浪人、1人が現役後期です。要するに、前期での現役合格者は京大の1人しかいなかった。受験者がいなかったわけではないので、旧7帝大に東工大、一橋、神戸を加えたものを業界では「十大国立難関大」と呼んだりしますが、今年の受験者には東工大や一橋もいたし、京大は3人もいた。「全員受かったら、君らの学年はかなりすごいことになるね」と言っていたのですが、ふたを開けてみたら、1人を除いて全滅だったのです。

 以上、事実だけを書いたのですが、あまり学校が自慢できる話ではないので、こういう進学データというのはその中身をよく見なければならないということです(ちなみに、その現役6人の旧帝大合格者のうち2人は日向から電車通学していた生徒です。名古屋大理学部〔セあり推薦〕の生徒と、京大文学部に一般入試で合格した生徒)。

 僕はいつも思うのですが、学校がおかしな邪魔をしていなければ、生徒たちの資質からして、難関大の合格者はもっと増えるでしょう。今年の「1人を除いて全滅」という残念な結果にしても、直接は知りませんが、落ちた生徒たちは皆優秀だったと聞いているので、時期に応じた適切なアドバイスが受けられ、発展学習に使える自学自習のゆとりをもっと与えられていれば、本当は大方受かっていたのではないかという気がするのです。いわゆる地頭はいいのに、環境がそれを生かしてくれるようにできていない。その象徴があの朝夕課外です。

 延岡高校には当地とその周辺の優秀な生徒たちが多く集まります。前は小規模ながら私立の尚学館の進学実績がかなりよくて、健闘していたのですが、うち続く不況も影響しているのか、他にも要因があるのか、生徒の集まりがよろしくないようで、今はその面影はありません。以前は現役・既卒を分けて発表していた合格データも、一緒にしてごまかすようになった(だからそれを見ても現役なのか浪人なのか、判別がつかない)。私立の進学校の「東大京大よりも医学部へ」というのは全国的な傾向で、ここもそうだと言われそうですが、今年のデータを見ると、医学部医学科は私立の東海大の一つしか出ていない。それも現役か浪人かわからないのです(うちの塾では数年前から尚学館の生徒はゼロになりました)。

 だからこのあたりでは「延高一強」になったなと僕は見ているのですが、問題は生徒を思うように伸ばせていないことで、その根っこにあの課外があると思われるのです。

 課外は上位1割の優秀層には「迷惑」でも、中位・下位の生徒にはプラスが多いと言う人もいます。前者の生徒たちはほうっておいても自分で勉強するし、何が必要かもわかっている。だからいらないかも知れないが、後者には強制されないと勉強しない者が多く、課外で勉強量が増えるから、それが「底上げ」につながっているのだと。

 果たしてそれは本当なのか、と僕は疑っています。朝課外など、そういう生徒は寝ぼけまなこだったり、実際に寝ていたりすることが多いと聞いているからです(それでも「睡眠学習」効果がある?)。頑張って起きている子たちも、疲れているから頭は働いていないのです。今年の九大の英語入試問題に、再度「睡眠不足の害」を説く英文が出ていて、面白いのは睡眠時間を6時間に限定して、軽度の睡眠不足状態にすると、本人たちはperfectly wellだと思っているが、実際はIQテストなどの成績も下がって、明白な機能低下が認められる、とあったことです。早速塾でその英文を生徒たちに読ませたのですが、そんなに難解な英文ではないし、学校は朝課外でこれを教材に使用したらどうでしょうかね?

 話を戻して、課外による長時間拘束の弊害は、そのために生徒たちが忙しくなりすぎて、自分の頭を整理したり、復習が必要なところを自分で勉強し直したりするゆとりが奪われるという点にもあります。それで学力が伸びるはずはない。単語の暗記テスト(しかも一度の量が多すぎる)などもよくやっているようですが、ああいうのも時間が取られる割に効果は乏しいので、たいていはテストが終わった瞬間、全部忘れてしまうのです。僕は暗記が不要だとは言いませんが、主体的に自分で単語集を買ってチェックし、不足分を補おうとしたりするのとは性質が違うのです。げんに、単語も熟語もほんとに知らないなと、僕は塾の授業で苦笑させられることが多いので、効果はほとんど認められないのです。そもそも、よくできる子というのは、機械的な暗記力にすぐれているからできるのではなく、文脈を把握し、考えながら読む能力が高いからなので、英文を読む中でその語を捉え、実地の用法を理解しながら憶えていく、というのが単語やイディオムをマスターする上で一番合理的なのです。知識や情報というのは、その人の頭の中で有機的な関連付けが行われてこそ役に立つ。また、そうすれば無理なく憶えられるのです。文法だって、ここではなぜこういう言い方になるのか、説明できることはたくさんあるので、それ抜きで機械的に暗記しても、理解が伴っていないのだから、すぐに忘れてしまうし、応用も利かないのです(前にここにも書いたように、あのベーシック・グラマーなる文法プリントの嘘の解説などは、生徒の頭の混乱を募らせるだけなので、ない方が親切というものですが)。

 要するに、物事の理解には勘所というものがあって、頭にも「使い方」がある。そうしたことを授業を通じて生徒に伝えるのがよい教師です。しかし、前にも何度も書きましたが、忙しすぎると人間は考える手間を省くようになる。何でも機械的に処理しようとする悪い癖がつくので、学校でつけられたその悪い癖を矯正するのが塾教師の僕の仕事の一つになってしまっているので、これは本当に嘆かわしいことなのです。

 だから、早く無用な課外は廃止して、正規授業の質の向上に取り組むべきだと繰り返し言っているので、これは道理にかなった注文でしょう。しかし、課外で多忙になっているからなおさら、先生たちにはそのゆとりがなく、やたら暗記の小テストなど繰り返して生徒から自律的な学習の時間を奪い、事態を悪化させる羽目になっているのです。本末転倒も甚だしいので、なぜそれがわからないのでしょう。「考える力」は教員にも必要なのでは?

 ここで一つ「そもそも論」をさせてもらうと、田舎のふつうの公立高校の場合、大学受験指導をするのにはかなりの苦しさがあります。有名進学校の場合なら、教員も教科学力の非常に高い、教養的な厚みもある、入試問題にも精通した先生を揃えているのでしょうが、地方のそうでない公立普通科高校の場合、むしろそういう先生は例外的な存在です。一つの学校に3、4人もいればいい方でしょう。教員採用試験というのはそういうことを基準としていないからです。だから、そのような学校に生徒の受験指導を委ねること自体無理があるので、基礎はきちんと教えていただくとしても、それ以上のことは生徒の自主性に任せた方がいい。できないことをしようとするからかえって基礎までなおざりになってしまうのです。

 課外の必要性についてよく主張される理由は、「田舎には塾や予備校がないから高校が肩代わりすることが必要だ」というものです。それは学校側にその指導能力があって初めて言えることなので、「ない」場合には見当外れな無理を生徒に強いて、有難迷惑になってしまうことがあるのです。

 前にも書きましたが、今はスタディ・サプリのような、全国どこでも利用できる廉価なネット予備校もある時代です。たしかに対面授業で都会の予備校に匹敵するような授業ができる塾は田舎には少ない。延岡あたりでも、大学受験の場合には、自習のための場所を提供する自習塾の類が大半です。しかし、ネット予備校の普及でそのへんは補われている。学校で申し込むと費用が割引されるらしくて、学校自身がそれを推奨しているほどです。

 しかし、課外と多くの宿題にプラスしてそれでは、生徒の睡眠不足と過労を募らせるだけです。だから費用は払ったが、全然利用していないということにもなりかねないので、やっていることが支離滅裂なのです。

 僕の塾は英語塾(頼まれれば、小論文指導もする)ですが、十五年前「開業」した当初は、課外と宿題で生徒たちが忙しすぎるのに同情して、負担になるような宿題は極力出さないようにし、内容も学校に合わせるようなかたちをとりました。やや高級な補習塾みたいな感じだったのですが、開業時一年生だった生徒たちが受験を迎えたとき、それが完全な間違いだったことに気づいて、方針を変えました。生徒が疲労困憊してセンターで大失敗したり、二次学力の不足から受かっていいはずのところに受からなかったりするのを見て、文字どおり「頭に来た」のです(その中には一浪してセンターで全教科合計92%を取り、記述学力も申し分のないものを身につけた女子生徒も含まれている)。

 その後、いくらかの試行錯誤はありましたが、「二次に照準を合わせた指導」に転換したのです。質問があればいつでもそれは受け付けるとして、学校は無視することにした。すると効果が出始めて、優秀な生徒はちゃんとそれに見合った大学に受かるようになった。この十年の一般入試現役合格率は、運にも恵まれ、旧帝大にかぎって言えば100%です(零細塾だから数はそう多くないが、京大3、阪大2がその中には含まれると言えば、田舎ではそのあたりの合格者自体が珍しいのだから、なかなかのものでしょう?)。1人も該当者がいない年もあれば、3人受験者がいる年が続いたこともあるというふうに、そのへんはマチマチなのですが、センター判定がCやDでも、ふだんの授業と過去問の出来具合(何年分も添削していれば、大体のところはわかる)から判断して、むろん、他科目の成績も考慮に入れてですが、これなら二次で十分挽回できると見たときは、ゴーサインを出すのです。

 こういうのはむろん、生徒の素質と努力(+本番度胸)次第です。塾教師の仕事は彼らのたんなるサポートにすぎない。また、ついでに書かせてもらうと、ネットにも電話帳にも出ていないあの「謎の塾」には難しい入塾テストがあって、生徒を選別するなんてのはただのデマなので、僕はそんなことは一度もしたことがありません。上から下まで、色々な生徒がいるのです。それぞれの生徒がそれぞれに適した大学に入ってくれればいいので、そういうことで生徒を差別したりはしない(お勉強はどうでも、感性豊かでキャラが面白いという生徒は、僕のお気に入りになるのです)。

 話を戻して、上記旧帝大一般受験合格者の中に女子が1人(こちらは九大)しか含まれていないのは奇妙ですが、僕の「指導」の中には、「夜はちゃんと寝ろ、学校はうまく手抜きしろ、いらないものはやるな」という助言も入っているので、女の子は真面目で、それができずに疲労が蓄積して途中で失速してしまう子が多い、という事情が関係しているのかも知れません(実際、それで志望校を下げるケースは珍しくない)。学校のあの課外や宿題に、塾の宿題がプラスされ、それを全部ちゃんとこなそうとすれば、こなせるわけはないのですが、疲れ果ててしまうのです。この点、男の子の方が手抜きがうまい。

 つまり、うまく行くようにするためには、学校に対して適切な「防衛」措置を講じなければならないということなのです。これは塾に通っていようと、スタディサプリを使っていようと、完全な自学自習戦略を取っていようと、変わりがない。学校側は生徒に「学校の先生方の指導に従っていれば間違いない」という「先輩からの助言」を配布したりしていますが、あれはヤラセまたは偽造なので、真に受けてはならないのです。「間違いない」のなら、なぜ優秀な生徒たちの難関大合格率がこんなに低くなるのか? 僕はよく、受かった生徒たちに、学校から後輩たちに話をしてくれと要請されたら、「あんな課外なんて疲れるだけのものはいらない」と言ってやれよと言うのですが、皆苦笑するのです。また、平気でそんなことを言いかねないような生徒にはお呼びがかからない。そこらへんの学校の人物選定眼の鋭さには感心させられるので、僕が凄いなと思うのは、そういうところだけです。

 最後に、話を整理しておきましょう。朝課外は深刻な睡眠不足の元凶になっており、それは学校授業全般の学習効果を低下させる。さらに、疲労が蓄積して、学年が上がるほど、また頑張れば頑張るほど成績が伸び悩むという悪しき結果をもたらす。もう一つ、これは朝夕課外全部ひっくるめてですが、十分な受験指導能力をもつ先生は少ないので、その「受験対策効果」自体が疑わしい。それなら生徒に自由にやらせた方がいい(塾やスタディサプリ、通信添削のようなものを利用するなり、自分で計画を立てて勉強するなり)。強制しないと勉強しない生徒には必要だという意見については、強制しても勉強しない生徒は勉強しないので、どのみち無意味なのです。大体、大学受験の勉強は強制されてやるものではない。また、先生たちはそれで多忙になるから、自己研鑽の時間とエネルギーが奪われ、正規授業の質のアップが難しくなる。授業の質が劣化して、効果が上がらないというので、さらに課外や宿題を増やしたりするのは本末転倒で、事態をさらに悪化させるだけなのです。

 以上は課外廃止の十分な理由になると僕は思うのですが、いかがなものでしょう? あらためてそのあたり、よく考えていただきたいと思います。

【追記 4.29】 大分県の県立高校ではついに朝課外が廃止された! 角田あやさんという方のコメントをクリックしてご覧ください。  

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