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日本にサンタがいない理由

2017.12.24.16:46

 早いもので今年ももうクリスマスです。僕が子供の頃は、少なくとも辺鄙な田舎では、あれを祝うというようなことはなくて、当然子供たちにもクリスマスプレゼントなんてものはありませんでした。学校の終業式はふつう12月24日で、その日学校で一人ずつ小さなケーキとミカンか何かが配られ、それが楽しみだったのですが、家に帰るとそんなものはなし。町場の家庭では、大きなクリスマスケーキを買って、それを家族みんなで食べるところもあると聞いていたので、僕はあるとき、うちではそんなものは見たことがない、これは不当なことではないのかと、親に抗議したことがあります。

「アホなことを言うな、あんなものは西洋人の風習である。ここは日本だ!」というのが父親の返事で、それきりで終わってしまったのですが、今の子供たちはクリスマスケーキはもとより、七面鳥の丸焼き代わりにローストチキンなども与えられ、寝ている間のお楽しみのあのクリスマスプレゼントももらえるわけです。

 塾の生徒たちに聞くと、善良な子が多いせいか、長くサンタは実在すると思い込んでいた子が多数派で、中学生ぐらいになってから、ようやくそれが嘘だと知ったと答える生徒が少なくない。僕はわが子が小学校低学年の頃、友達とサンタがいるいないで激論になっているところに居合わせて笑ったことがあります。友達の方は「サンタはいる」派で、息子は「いない」派だったのです。

「考えてん」と彼は友達に向かって言いました。「こんなところにトナカイがいるわけない。あれは寒い国の動物とよ」

 彼の説明によれば、サンタはトナカイに乗って、雪ぞりでやってくるのです。しかし、延岡などではごく稀に粉雪がチラつくだけでもニュースになるぐらいで、積もるほど雪が降るなんてことは絶無です。そこからしておかしいと、彼は疑いをもったのです。調べてみると、トナカイは北欧やカナダなどに生息しているだけで、東北や北海道の雪国でさえいない。ましてや温暖な宮崎県においてをや。雪も降らず、トナカイもいないとすれば、当然サンタも存在しえない。ロジカルに彼はそう考えたのです。

「でも…」と友達は反論しました。じゃあ、あのクリスマスプレゼントは誰が運んでくるのか? クリスマスプレゼントがげんに配達されている以上、そこにはサンタが存在するとしなければならない。そういう強い推論が働くのです。

 すると彼は憐れむような表情を浮かべて言いました。あれはみんな親のしわざなのだと。おかしいと思った彼は、あるとき寝たふりをして様子をうかがっていると、母親がこっそりやってきて、枕元に何かを置くのを見た。立ち去った後確認すると、それはクリスマスプレゼントで、それでサンタの正体が誰かわかったのだと。だから〇〇君も一度タヌキ寝入りをして、サンタが来るのを待ち受けてみるといい、そうすれば親がそうしているのがわかるだろう、云々。

 保育園児の頃は彼もまだサンタを信じていて、食い気に負けた母親が味見にクッキーをかじったりしたのを、トナカイがかじった跡なのだろうと思ったそうですが、あるときふと果たしてトナカイがこんなところにいるだろうかという疑問が頭に浮かび、調べたらいないということがわかり、さらに「実験」で確認した結果、あのクッキーをかじった犯人はトナカイではなくて、母親だったのだという真相を突き止めたのです。

 もちろん、クリスマスプレゼントはやっぱりほしいので、だまされたふりはしている。しかし、サンタもトナカイも存在しないので、そんなものが日本にいるといまだに信じているというのはあまりにも幼稚なことではないかと、彼は友達に言うのです。

 僕が笑ったのは、トナカイや雪ぞりの存在を疑うところから彼のサンタへの疑惑が始まったというところで、そのあたりがいかにも子供らしいのです。顧みれば僕も小学生の頃、色気づき始めた悪ガキの上級生が、学校の帰り、僕と友達が一緒にいる所に来て、ニヤニヤしながら「おまえらは自分がどうやって生まれたか、知っているか?」と言って、地面に棒切れで例の絵を描いて説明し始めたのに憤慨し、「うちの親はそんなことはしない」と反論して、ニワトリの例を出して相手をやり込めたことがあります。当時は副業で養鶏をやっていたので、わが家には何百羽もニワトリがいたのですが、彼らは一羽一羽ケージに入っていて、他との交渉はないのに毎日卵を産む。その卵が孵化するとヒヨコになるので、ニワトリですらそんなことはしないのに、人間がそのような馬鹿げたことをする道理がない。子供というのはそのように、親がいれば何もしなくとも“自然に”生まれるものなのだと自信たっぷり説明したのです。友達もこれを熱烈支持しました。こっけいなのはその上級生自身、本当のところは何も知らなかったので、「そ、そうだな…」ということでナットクしてしまったことで、当時僕は有精卵と無精卵の区別を知らなかったのですが、彼もそれを知らず、その「完璧な論理」の前に沈黙してしまったのです。

 まあ、イエス・キリストの場合、聖書では母親のマリア様から「処女懐胎」で生まれたことになっているので、小学生の頃の僕の説明も、それに照らせばあながち間違いだとは言えないわけで、その当時は、子供は全員それで生まれるのだと確信していたのです。

 何はともあれ、メリー・クリスマス!

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