学校で殺されないようにする方法

2017.09.04.15:42

 学校の新学期が始まる9月1日前後は、子供の自殺が一番多く発生する時期だそうで、各種の「自殺防止の呼びかけ」が行われたようですが、いじめや友達関係の深刻な悩みはない子供でも、夏休み明けはイヤなものでしょう。楽しい夏休みは終わってしまって、しかも宿題は丸残りだったりするからです。親にも先生にも「何をやっていたのだ!」と叱られる。昔と違って、今はちゃんと宿題をやっていく子の方が多いので、周りからも浮いてしまい、白い目で見られるのです。「ダメな子供」をかばってくれる人はどこにもいない。

 元「ダメな子供」の僕は彼らに同情します。宿題の件だけではない、またあの面白くない学校が始まるのかと思うと意気阻喪するのです。自殺という考えに結びつくことはありませんでしたが、僕も子供の頃、夏休み明けはイヤで仕方がなかったものです。

 オトナになれば、「学校なんて、行きたくなければ行かなければいいだけの話だ」と言えるのですが、子供にとっては「学校に行く」というのは絶対的な現実で、他に選択肢はないように見えるので、深刻にならざるを得ないのです。

 いや、オトナでもいまだに大方の人は、「学校は絶対に行かなければならないもの」と思っているかも知れません。だからわが子が不登校になったりすると大騒ぎになるのです。子供の方も、それがわかっているから行きたくなくても何とか頑張って行こうとする。いじめがあっても、友達関係や先生との関係に大きな問題があっても、よい子ほど頑張って、そしてある日力尽きて自殺するのです。

「行きたくなければ行かなくてもいい」なんて甘いことを言うと、大方の子供は不登校になってしまうのではないかと心配する人がいるかもしれません。さにあらずで、その方が子供も気楽になって、かえって不登校にならずに済むということがあるのです。

 げんにうちの息子は小1の頃、「学校は行きたくなければ行かなくてもいいところ」だということを学習しました。それはやはり夏休みの終わり頃のことでしたが、母親の話によれば極度に落ち着きを失って「ふつうでない」状態に陥ったのです。一体原因は何なのか? 母親が聞き出したのは、一学期の終わり頃に、学校でこういう事件があったということでした。クラスの中に一人情緒不安定な子がいて、その子が授業中、エンピツかシャーペンで隣か前の席の子の、机の上に出していた手をいきなり突き刺した。ギャーッという悲鳴が響く。後ろの席にいたうちの息子は思わず立ち上がり、呆然としてその光景を眺めていた。すると、担任の女性教師の「あんたは何を面白がって見てるわけ!」という皮肉とも叱責ともつかぬ声が飛んできたのです。その前にもこういう話があった。そのとき彼は学校で飼っているウサギの世話係の一人に当たっていたのですが、ある日ウサギ小屋を見ると一羽が死んでいる。それで他の子供たちと、どこか校庭の片隅に埋めてお墓を作ろうと相談した。ともあれ先生の許可を得ようとそれをていねいに両手で抱えてその担任の元に行ったところ、ロクに子供たちの話も聞かないまま、「そう」と言って、ウサギの死体を無造作に片手でつかむと、そのまま生ゴミ用のゴミ箱に叩き込んだのです。

 当時僕は横浜にいて、母子は延岡にいました。「あの子が壊れてしまった…」という母親の深夜の電話に戦慄した僕はすぐに飛行機で飛んできましたが、そこでその話を聞いて激怒しました。男性教諭ならすぐ学校に飛んで行ってその場でボコボコにするところでしたが、僕は女性や子供には断じて暴力を振るわない主義です。子供の方は父親の顔を見て安心したのか、急速に元気を回復して、日ならずして笑顔が戻りました。

 電話の段階で、「学校には行かなくていいから、そう言って本人をまず安心させろ」と言いました。それで当分は休ませることにして、学校に話をしに出かけると、校長と教頭が待ち構えていました。ありていに言えば、母子家庭だと思って甘く見ていたところ、いきなり父親なる人物が出現したので、慌てたのです。僕はそのクソ教師をここへ呼べと言いましたが、教頭がわけのわからない言い訳をして、いやあの先生は教育者一家に育って、父親もどこかの校長を務めた立派な人で…と言いました。僕はそれを聞いて、あんた方は馬鹿ではないのかと言いました。親が学校の教師でその子も教師というのにはロクなのがいないと世間では相場が決まっている。そういう常識を知らないのは学校教師だけなので、そんなことが教師のまともさの保証になると思うのは笑止千万であると。大体、あんた方管理職はそういう未熟教師の指導をするのが仕事だろうに、教師が「そんなことはしてません」と言ったら、そのまま嘘を信用するのか。あんた方がどう思おうと知ったことではないが、こちらは正直なわが子の話を信じる。今の学校教師というのは、児童心理学の初歩も知らないようだから、いっぺんタダでレクチャーして差し上げるので、先生たちを集めておいたらいかが、むろん飛行機代はそちら持ちで、云々。

 それで結局、その問題教師の代わりに知的障害などの問題をもつ生徒を特別に預かる教室の担当だという年配の女性の先生が呼ばれて、元のクラスに戻すのは見合わせてしばらくそちらでどうでしょう、という提案が学校からなされたのですが、こんなクソみたいな学校、信用できるかと腹を立てていた僕はいい顔をしませんでした。しかし、母親の方があの先生なら大丈夫そうだと感じるというので、試しにそちらに通わせてみることになったのですが、母親の見立ては正しく、彼はその先生にはすぐなついたらしく、大方は勉強せず、毎日ウンコの絵なんか描いて上機嫌で遊んでいたようですが、学年の終わりまでそこに通い続けたのです(その担当の先生とはその後僕も親しくなりました。当初はわからなかったが、その年配の先生は今の学校教育に批判的な、職員室にもよりつかない異端教師で、異端同士ウマがあったのです)。

 その間も、学校を休ませて母親が事前に調べ上げた関東のフリースクールをいくつか、親子で見学させてもらったりしました。それで息子は、「学校にも色々ある」ことを実地に見て学び、「イヤなら無理して学校に行く必要はない」という親の言葉が真実であることを理解したのです。

 色々世話をしてくれる人たちに助けられ、翌年春に僕は延岡に引っ越して今の塾を始めたのですが、息子は学年が上がったとき、元の集団に戻されました。今度はまともな先生だったので、トラブルもなく、そのまま上に進んだのです。日常的にキャッチボールなどで遊び相手をしながら様子を観察していた僕の目にも、心配はなさそうに見えました。学年が上がるにつれて父親の遊び相手としての優先順位は下がり、そのうち友達の習い事などで遊び相手が見つからないときにしかお呼びがかからなくなったのは残念でしたが、それは彼が順調に成長している証でもありました。

 前にも別の文脈で書きましたが、高校に入ったときも、「イヤになったらいつでもやめていい」と言いました。僕は息子の高校入学までにあの課外を廃止に追い込むつもりで、ここにもあれこれ書いたのですが、それには失敗していたので、自分ならあんな学校はイヤになるにきまっているから、これは「本心」で言ったことです(僕の言うことはほとんどつねに本心なので、子供としてはその「解釈」に頭を悩ませる必要はないのです)。

 塾で英語を教えている時も高校の管理教育の悪口で父子の話はしばしば盛り上がったのですが、結局彼はその高校も無事卒業し、そのまま大学生になりました。「イヤなら行かなくていい」と言い続けても、そうなったので、「下手なことを言うと子供が不登校になる」と心配している人たちにはいい反証になるでしょう。「いつでもやめられる」という気楽な態度で学校に行っていたから、むしろそれが幸いしたと言えるのです。大学受験にしても、本人は入学時は3科目で済む私立のつもりだったので、親の方も「それなら何とかなる」と考えていたのですが、意外や割とオールラウンドにできるのが途中で判明して、遅い段階で国立に切り替えたので、ふつうの場合とは逆の展開になったのです。これも無理な目標を立てなかったのがかえって幸いしたと言えるでしょう。

 いじめなどでは問題はもっと複雑になるでしょうが、そもそも何で子供間の執拗・悪質ないじめが起きるかといえば、それだけストレスを抱えた子が多いということなので、家庭や学校の見えない「虐待システム」がそこには作用していると言えるのです。いじめっ子の家庭に問題があることは、たぶん教育関係者にとっては常識でしょう。そちらに目立った問題がないなら、学校が抑圧機関として大きな作用を及ぼしていると考えるしかない。「学校は絶対に行かなければならないところ」という観念はその一部なので、これに受験のプレッシャーなど、色々なものがからんでくるわけです。

 学校、とくに公立学校の先生にはいまだに軍隊式の規律が好きな人が多いようです。とにかくやたら「整然たる一斉行動」なんてものが好きなので、それは一種の病気です。僕のように管理するのも管理されるのも嫌いな人間には理解しがたい。管理しないと秩序が維持できないというのは迷信なので、僕はギャングエイジの中学生相手の集団塾の校長も、個別形式の学生講師がたくさんいる(二つの教室で計八十人はいた)部門の責任者もしたことがありますが、大まかなことだけ言って、別に管理的なことは何もしませんでした。それでもちゃんと回るので、だからと言って僕が生徒や講師たちになめられているという事実はなかったのです。恐ろしい無秩序が支配していたのではないかって? それは僕の机の上だけ(よく事務アルバイトの子たちに叱られていた)で、教室は相応に賑やかだったが、秩序は保たれていたのです。でないと学習成果も上がらず、塾は潰れてしまう。

 過剰な管理は子供の自立心(自分で感じ、考え、判断し、行動する力)の成長を妨げるという意味でも有害なのですが、それは今の学校の大きなストレス要因の一つでもあるでしょう。よく日本の役人の特徴は「遅れず、休まず、働かず」だと言われますが、こういうのも学校教育の成果だと言えるわけです。おそらく彼らは学校に問題を感じないまま過剰なまでに適応した「よい子」たちだったのでしょう。それがそのまま役人になって、「役人は際限もなく無用な仕事を作り出す」というパーキンソンの法則にのっとり、自動機械のようにいりもしない企画や書類仕事を無限に作り出して忙しがっているのです。昔からの習慣で、何のためにこれが必要なのかという一番肝腎なことは考えない。そういう無能な税金泥棒を育てることに何の意味があるのだと、僕のような人間は思いますが。

 話を学校教育に戻して、だから学校がもっと風通しのいい、のんびりしたところだったら、いじめや友達関係のトラブルもずっと減るでしょう。いや、そんなところなら、子供は怠けて自堕落になって、勉強しなくなる。厳しく管理して、無理にでも勉強させる必要があるのだ、と学校の先生たちは反論するかもしれません。

 しかし、妙に窮屈なくせに教え方は下手だから学力も大してつかず、だから塾が繁盛するのです。「厳しく管理」している割にはその成果には乏しいので、そういう論理は成立しない。おかしな管理体制をやめて、もっと伸び伸びやらせた方が学力も向上するのです。

 僕はわが子のお勉強には高校入学までタッチしませんでした。理由は、落ちこぼれて基礎も身についていないのでは困るが、そうではないようなので細かい学校の成績なんてどうでもいいと思っていたからです。小2か小3のとき、僕は彼が算数の宿題プリントを猛烈な勢いで片づけて、「終わった!」と言って外に遊びに出かけようとするところを目撃したことがあります。1分も経たない早業なので、「こいつは天才か?」と驚いた僕は、彼が無造作に放り投げたプリントを拾いました。「見んで、見んで!」と言って彼はそれをひったくろうとしましたが、それを制止して見てみると、ところどころ問題がすっ飛ばされていて、やったところも、文字どおりミミズがのたくったような字で、字があまりに汚いので、自分で数字を読み違えて、計算ミスになっているところが二、三箇所ありました。なるほど、速いはずだと笑ったのですが、早く遊びに行きたい一心で、心ここにあらずなのです。僕はもちろん、遊びに行くのを許可しましたが、子供というのはふつうそういう生きものです。

 いつぞや『東大生のノートはかならず美しい』という本が話題になりましたが、僕は『勉強嫌いの子のノートはかならず汚い』という本を出してやろうかと思ったほどです。自分の息子のノートをそのまま複写すれば足りる。そうすると世の親御さんたちは、「うちの子はこれよりはマシだ!」と安心して、ベストセラーになるかも知れないと思ったのです。子供たちも「かならず美しい」東大生のノートと比較してとやかく言われたりせず、「おまえのはこれと較べればずっとマシで、よくやっている」とほめられるかも知れないのです。

 しかし、わが国の出版業界、とくに教育関係のそれは、ブラックユーモアを解するほど成熟していない。また今出せば、彼は結局京大に進学したので、嫌味にしかならなくなります。「こんな勉強嫌いの子供でも有名大に合格しました(注)」という持って回ったセコい自慢話にしかならないからです。子供の頃腹いっぱい遊べて、勉強しろとは言われず、母親の日常的な小言(すぐ物をどこかに忘れてくる)以外には何ら強制めいたことは経験せず、学校もイヤなら行かなくていいと言われ続けて育ったことは、何ほどか彼の成長(もうじき一年の予定で留学していたドイツから帰ってくるのですが、そういうのも彼が勝手に決めてやったことです)には役立っただろうと、親は思っていますが。

※注 有害な誤解を防ぐためにお断りしておくと、彼もむろん、大学受験の際はちゃんと勉強したわけで、勉強しないで入れるわけがない。母親の語るところでは、三年の二学期以降は、それまではテレビのお笑い番組が始まると呼びに行っていたのが、ピリピリしてそれも憚られるようになったとのこと。「じゃあ、それまではそんな下らんものを見ていたのか?」と父親は後で聞いて呆れましたが、とにかく勉強はしたのです。

 まあ、今の学校に過剰な管理をやめろ、もっと風通しのいい空間を作れと言っても、それは難しいでしょう。そこを根本から考え直さないと問題の解決にはなりそうもありませんが、家庭ですぐできることはあるので、子供の様子がおかしいようだと気づいたら、まず学校を休ませることです。そうしてよく話を聞いてあげると共に、フリースクール見学などに連れて行って、学校など大したことはないのだということを本人にわからせる。妙に深刻になるから、後々ほんとに深刻になってしまうのです。うちの息子は高校に入ったとき、一つ上の小中学の先輩から、「おまえが何でここにいるの?」と驚かれたそうです。小1の時、彼は特殊学級に入っていた。だから知恵遅れに違いないと、その先輩は決め込んでいたのです。世間体を気にする親なら、わが子を特殊学級に入れることを拒む人もいるでしょう。僕にとってはそういうのはどうでもいいことで、実際そこの担任が自由主義的な考えのよい先生だったので、彼は喜んでそこに通ったのです。他に何人かいた学年が上の子たちともよい関係が築けた。おかしな偏見を、彼は何ももっていませんでした。知的障害も「個性」ととらえたようで、むしろそれは人と接するうえで彼にはプラスになったのです。

 発明王エジソンが学校入学早々、担任教師の心ない罵倒にさらされて不登校になったというのは有名な話です。あとは母親が本人がほしがるものなどを与えて教育した。それが彼の自由で創造的な発想を育んだのです。僕も、いざとなれば自分で教育すればすむことだと考えていました。そうなると唯一の問題は友達がいなくなることで、その場合どうするか、そこは難しいが、知人の子供たちとは交流できるだろうから、そこから先は様子を見ながら考えればいいと思っていました。幸い元に戻ったので、それ以上考えなくてすみましたが、やりようはいくらでもあるのです。

 僕が何より重視したのは、子供が元気になることです。他のことは二次的、三次的な問題にすぎない。もう一つは子供を信じることでしょう。僕はわが子が異常でも何でもないことを確信していました。何かあると心配症の母親は不安になるもので、それと一緒になって心配してもマイナスにしかならないのです。大体、大きな不安や恐怖を抱えていれば、子供は誰だって一時的にはおかしくなります。僕は精神科医やセラピストによって作られる「病気」は少なくないのではないかと疑っています。病名を与えられて、薬など処方されると、自分は病気だと思い込むようになるのです。そうするとそのうち本物の病気になってしまう。不安が消えて元気になれば、大方の場合、神経症的な症状も消失するのです。そういう時必要なのは安心感を提供してくれる人であって、分析医や薬ではない。

 こういうのはむろん、事なかれ主義に基づく逃避であってはなりません。正面からきっちりコミットして、その上で「大丈夫だ」ということを示すのが大事なのです。子供が大変な精神状況に陥っているのに、親が逃げを打って見て見ないふりをするのは最悪なので、そこはきっちり助けに入らなければならないのです。

 警察の犯罪捜査では「初動」が何より大切だそうですが、子供の不登校やいじめの問題でも同じなので、愚図愚図して最初の対応を怠ると、大方は長引いてしまうでしょう。子供は周りの大人が本気になって動き出すと、それだけでかなり安心するものです。それがその後の好ましい展開につながる。また、ユングの共時性ではないが、親や教師が本気になると、直接の因果関係はないのに、外部状況それ自体が好ましい方向に変化することが多い。僕が相談を受けたケースでは大方がそうで、不思議だが、それは事実なのです。

 以上です。多少は参考になりましたかどうか…。


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