「安倍一強のおごり」説への違和感

2017.07.05.16:33

 都議選での自民の「歴史的大惨敗」を受けて、マスメディアへの責任転嫁ともとれる愚痴と共に、「(一強)体制でのおごり、気のゆるみがあった」と「反省」を口にするようになった安倍政権ですが、「そういう問題かね?」という疑問を僕はもっているので、それについて少し書いてみます。

 安倍晋三という政治家には元々「公」とか「客観性」という観念はありません。彼の「政治の私物化」は何も今に始まったことではないので、ちんぴら集団のボスよろしく、パーソナルな心情に基づき、周りの人間をお友達か敵かに分けて、敵は恫喝したり遠ざけたりし、周りを身内で固めて、お山の大将を決め込む。かつてNHK会長や内閣法制庁長官の人選まで同じやり方でやって、「私物化」の批判を浴びましたが、ほとんど全部がこれと言ってよい。自分をヨイショしてくれる人間はとにかく重用して、そうでない人間は追い払うのです。

 都議選大敗の最大の原因は安倍自身にありますが、「戦犯」とされる荻生田、下村、稲田にしても、能力に関係なく、「お友達だから重用してきた」連中ばかりです。安倍自身が言うような「気のゆるみ」の問題ではない。

「もり・かけ」問題が安倍のその同じ資質から胚胎したものであることも明白で、前者の場合、「籠池切り」に走ったのは、当初「素晴らしい教育」と称賛していながら、教育勅語の暗唱だの、運動会で「安倍首相がんばれ」などと幼稚園児に言わせていることが発覚して、「異常な教育の擁護者」という非難が強まるのを恐れたために他なりません。幸い、大した義理もないので、妻であるアッキーの「親しい関係」はまずすぎたが、籠池元理事長言うところの「トカゲのシッポ切り」でそこから逃れようとした。加計学園の件では、理事長との関係が深すぎたので同じ手は使えず、「岩盤規制突破のためにやったことで、知人かどうかは関係ない」という苦しい言い訳に頼らざるを得なかったのです。

 こうしたことはいずれも安倍自身の「体質」に由来する「必然の結果」であって、べつだん「気のゆるみ」のせいで発生したことではない。彼が総理を続けている以上、いくら「気を引き締め直し」ても、問題は解決しないのです。

 都議選で唯一街頭演説に立った秋葉原では、安倍はそこでならネトウヨ応援団の声援が期待できると思ったようですが、予期に反して「安倍やめろ!」「帰れ!」の大合唱が沸き起こって、逆ギレし、「人の演説を邪魔するような行為を自民党は絶対にしません」「憎悪からは何も生まれません」「こんな人たちに負けるわけにはいかないんです」と絶叫したのですが、自分が国会でしょっちゅう「総理にあるまじき野次」を飛ばし、「日教組!」などと、「左翼への憎悪」を丸出しにしていることは都合よく忘れるのです。言うことの「客観性」のなさは、その演説の中での出鱈目な「アベノミクスの成果」自慢にもよく表われていたので、どう「気を引き締め直し」ても、彼のこういう「体質」を変えることは不可能でしょう。

 何度も書きましたが、安倍の「悲願」は「憲法改正」で、それによって「祖父・岸信介を超えた」と言われることです。それも「真正右翼(?)」が言うような「独立国としての矜持」がもてるように、というのではない。そのアメリカべったりはトランプ大統領就任時のあの露骨なゴマスリ(多くの先進国首脳の失笑を買った)を見てもわかるので、植民地の総督が本国新大統領のもとに慌ててご機嫌伺いに駆けつけたのと同じようなものでした。要はその必要もないのに、アメリカの要請があれば戦争の助太刀をしに出かけられるようにしてしまうだけなのです(そうすれば「対等な関係」になれるのだと思い込んでいる)。

 安倍の「国民を守るため」が嘘なのは、例のISの日本人人質事件のときの対応を見てもよくわかるので、人質拘束を承知していながら、折も折、のこのこ中東にまで出かけていって、エジプトで「IS対策のために二億ドル支援」をぶち上げ、挙句はイスラエルのネタニヤフにまで会って、「力強く握手」する映像までニュースで流してひとり悦に入っていたことで、そういうことがISのみならずアラブ諸国全体にどういう印象を与えるか、なんにも考えていなかったのだから、アホというよりは日本という国家を進んで危地に招き入れる国賊です(当然人質は殺害された)。

 彼は観念右翼、ファンタジー右翼にすぎないというのは、あの幼稚なともちん(稲田朋美)に対する入れ込みようからもわかりますが、憲法改正も、彼がペラペラ紙みたいな軽さで口にしている「国民の安全のため」などでは全くないのです。「国家安全保障のため」でもない。北朝鮮に舐められきっているのは、あの拉致被害者再調査の「交渉」がどうなったかを見てもわかるので、北朝鮮からすれば、安倍政権は「アメリカの傀儡政権」でしかなく、残念ながらその見立ては正しいのです。アメリカの意向次第でその動きは決まるのだから、アメリカの動きだけ念頭に置いて対応していればいい、ということになる。ミサイル発射のたびに「強く非難する」と言われても、北朝鮮にはいい宣伝になるだけです。

 それでもとにかく憲法改正したい、それによって歴史に名前を残したい、彼にあるのはそれだけです(経済政策は人気取りの手段にすぎない)。いつぞや国会答弁で彼は「自衛隊」と言うべきところを「わが軍」と言ってしまうというハプニングがありましたが、子供の兵隊ごっこと同じで、自衛隊を実質「国家の正規軍」に昇格させ、総司令官として金正恩みたいに高いところから閲兵して、余裕の表情で手を叩くというのが彼のファンタジーの中では大きな意味をもっているのです。それも「私物化政治」の安倍のことだから、はからずもともちんが暴露してしまったように、安倍自民の「わが軍」であることが望ましいのです。

 それについてはくどくど説明する気力も湧かないので割愛しますが、憲法改正したって、日本の安全が高まるということはありません。昨日、ニューヨーク・タイムズか何かのかなり長い英文記事をニュースサイトで見ましたが、日本の排他的経済水域内に落下した北朝鮮のあれはたぶんICBM(大陸間弾道ミサイル)で、ハワイはともかく、アラスカまでは届きそうだが、核弾頭が付けられるかどうかはわからないし、中国とロシアは「話し合い」の慎重姿勢を崩していない。まあ、核弾頭はなくても、命中精度さえ上がれば、日本攻撃の場合には原発めがけて打ち込めば、それだけで足りるわけです。憲法改正して、自衛隊を国軍に昇格させても、それが防止できるわけではない。頼まれもしないうちから「朝鮮半島有事の際にはわが軍も…」なんて余計なことを言っていると、かえってその可能性が高まるだけの話なのです。

 関係を「対等」にしたいというので、「アメリカの戦争」に自衛隊をかませることになると、すでに見た安倍の不用意な対応のおかげで現段階ですでにそうなっていますが、わが国もイスラム過激派の「テロ対象国」の中にカウントされるようになるのです。目下、イラク軍がISからのモスル奪還作戦を展開中で、それは成功しそうだという話ですが、仮にそうなったとしても、イスラム過激派のテロが減ることはないでしょう(ISを「壊滅」させれば問題は片付くと考えているのは、よほどおめでたい人だけでしょう)。このまま憲法改正へと走り、「日本はアメリカと対等の同盟国となるため、平和憲法を捨て、軍事力強化に舵を切った」というニュースが流れると、中国の軍備強化にさらなる口実を与えるだけでなく、2020年の東京オリンピックでは、イスラム過激派に「見せしめ」パフォーマンスの最高の場を与えることになりかねない。それで数十人、数百人の死傷者が出たとして、そのとき安倍政権は「断じて許しがたい。テロとの戦いに邁進する」というアナウンスを出すわけです。

 しかし、そもそも何でそういうことになったのかといえば、安倍政権の動きが招き寄せた「人災」なのです。僕はむろん、イスラム過激派のテロを容認するものではありませんが、その根底にアメリカの覇権主義に対する反発と怒りがあることは確かで、過激派兵士の供給源が今のグローバル経済がもたらした「格差」にあることも確かです。力で粉砕すれば問題が解決するといった筋合いのものではない。自分たちは軍事力、経済力を背景に勝手なことをやり続けて、それに協力するテロリストは善玉だからテロリストとは呼ばないが、逆らう奴は全部テロリストだというご都合主義的な「定義」がそもそも問題なわけです。客観的・公正に見て、近年最大のテロリストは元アメリカ大統領、ジョージ・ブッシュ・ジュニアでした。僕はあの品性下劣な低能を許す気には今でもなれないのですが、こういうことを言うと、「テロリスト予備軍」として盗聴法で盗聴され、共謀罪の監視対象に入れられますかね?

 話を戻して、安倍という男は、そこらへんの複雑な事情が何もわかっていないまま、憲法改正がどうたらと言ってるわけで、究極の「マッチポンプ政治家」だと言えるでしょう(この「マッチポンプ」、若い人は知らないことが多いでしょうが、「マッチで火をつけておきながら、それを自らポンプで消すという意で、自ら起こした問題を自分で解決することをいう(日本語俗語辞書)」言葉です)。「わが国の安全保障が危機にさらされている!」と叫んで、集団的自衛権解釈、共謀罪新設、憲法改正へと走り、そうした軽挙妄動によって実際に危険を招来して、「ほらね、ボクの言った通りでしょ!」と胸を張り、さて、外交音痴、国際政治音痴なので、実際に深刻な事態に陥った場合には何ら有効な手立てがとれないまま、逃げ出すというパターンです。上の辞書の定義のように、「自ら起こした問題を自分で解決する」のならまだしも、それが彼にはできそうもないから困るのです。

 僕が面白いと思うのは、各種の世論調査で、憲法改正それ自体には賛成という人でも、「安倍政権下での憲法改正」には反対する人が多いことで、これはそこらへんの「安倍政治への不信」が関係しているからでしょう。ともちんや安倍の考えるような「国体」「国柄」の線で憲法改正など許したら、とんでもないことになりかねないという懸念をかなりの人が共有しているのです。

 それは健康な嗅覚だと、僕は思います。自民の議員たちが「安倍が総裁では国政選挙でも壊滅的大敗を免れない」と気づくのはいつかわかりませんが、内閣改造ではなく、安倍政権の一刻も早い退陣が望まれるところです。安倍政権の自己宣伝とは反対に、「国際環境の悪化」が深刻化すればするほど、この政権では危ない。そういう認識が有権者の間で支配的になる日は近い、少なくともそう望みたいものです。

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