橋下徹の珍妙な論理

2017.06.01.02:06

 プレジデント・オンラインに、橋下徹の次のような文が出ています。

橋下徹"加計問題対応は憲法改正も視野に"

結論から言えば森友学園問題と同じく、安倍政権側にダイレクトにお金が渡っていない限り不正・違法性はない」と言うのですが、「違法性」はともかく、「不正」は明白にある

 先日告発会見を行った前文部科学事務次官の前川喜平さんは、加計学園の獣医学部の新設について「(本来は新設を認めるべきではないのに)行政が歪められた」と言っているけど、僕の認識では、今の行政を歪めているのは霞が関省庁の不合理な規制の方だ。特に今回の獣医学部の新設を規制するような「需給調整規制」こそ日本の行政を歪めている典型例。すなわち加計学園に獣医学部の新設を認めたことよりも、これまで52年も獣医学部の新設を認めてこなかった文科省こそが行政を歪めている。

 と言うのですが、「需給調整」も必要な場合はあるので、たとえば歯学部は、昔は歯医者が少なくて、それは「おいしい商売」だったが、今は逆に増えすぎて「コンビニの数より多い」状況を招いてしまい、ワーキングプア歯医者も少なくないという話です。これは定員増や歯学部の新設を文科省が安易に認めすぎた結果でしょう。大学自体が多すぎて、私大の50%近くが定員割れを起こしている状況なので、「規制緩和」すればいいという話ではない。昔の初等経済学の本によく出てきた「物価の下方硬直性」ではないが、いったん増やしたものはなかなか減らないのです。

 もう一つ、彼の議論がいかにも「三百代言」的だと思うのは、

 問題があるとすれば特区というものを活用する際に、首相と非常に近しい間柄の人に利益を与えることになる場合の政治的な振る舞い方。僕ならこういう状況では自分の友人にはあえて辞退してもらうね。どうしても親しい友人が利益を受けそうであれば、それこそ幾重にも手続きを被せて後から批判されることがないように細心の注意を払っただろう。

 と、「お友達への便宜を図ったこと」はよろしくないと明確に認めていることです。あの件で手を挙げたのは加計学園だけだったのだから、それは完全な「出来レース」だったのです。世間では一般にそれは「不正」なことだと言う。すなわち「不正」はあるのです。

 森友問題でも、加計学園の件でも、それは省庁の旧態依然たる体質に安倍政権が対抗して「新たなシステムの構築」を目指したというような性質のものでは全くない。「お友達の利益のために」行政の正常な対応を歪める“働きかけ”を行ったのではないか、というところが焦点なのです。僕はそれを「韓国並情実政治」と呼んでいますが、そこには「政府主導による先進的な取り組み」の形跡など、かけらもないのです。

 森友学園問題において散々論じたけど、今回の加計学園問題で政権を追及する側(野党・メディア)はまず加計学園から政権側にお金が渡っていたかどうかをしっかり掴まないといけないのに、そこができていない。金の流れを掴んでいないから追及する側は森友学園問題のように戦略性のない追及になっている。とりあえず話題性のある現象に飛びついてしまっている状態。それらのほとんどは加計学園問題の全体解決には繋がらない周辺的問題点なんだ。

 これなど実に珍妙な論理で、「今回の加計学園問題で政権を追及する側(野党・メディア)はまず加計学園から政権側にお金が渡っていたかどうかをしっかり掴まないといけないのに、そこができていない」というのは、弁護士がクロの被告をシロと言いくるめる際の「論点ずらし」の典型的なやり口でしょう。「政権側にお金が渡っていた」らクロだが、そうでなければ便宜を図ったことは明白でも「違法性はない」と言わんがためのものです。

 安倍は昔、ごく僅かな「役員報酬」を加計学園から受け取ったことがあるという話ですが、だから収賄の疑いがあるというのは、常識からすれば通らないでしょう。こういう議論に乗っけられると、追及する側が馬鹿を見るのです。カネが渡っていようといまいと、お友達の便宜を図ろうとしたことは明白なので、そのためにゴリ押しして行政の正常な運営を歪めることが、国の最高権力者としてやっていいことなのかどうか、国民からすれば問われるべきなのはそのことです。それをマスコミや野党が問い質すのはあたりまえの話で、「周辺的問題」などでは全くない、むしろそれこそが「中心的問題」なのです。

 受託収賄が成立しないから「不正はなかった」ことにはならない。「法律は道徳の最低限」という法諺がありますが、それだけでなく、法律はしばしば「法には触れていないから正当だ」という言い訳に悪用されるのです。世の中には法には触れなくとも悪質な、許されないと感じられる行為もあれば、法の規定には抵触するが、道徳的には無理からぬ正当な行為と感じられる行為もある。たとえば知人の女性がしつこいストーカーに悩まされていたとしましょう。警察に行ってもちゃんと対応してくれないし、身の危険を感じるというので、どこかで張っていてその男をつかまえ、もういい加減にやめろと言っても聞かないので、二、三発殴って怪我を負わせたら、これは現行刑法では立派な暴行傷害罪です。しかし、常識では、それは通常の暴行傷害罪と同じ見方はされないでしょう。

 これとは逆に、逆らいそうな役人に「私生活の秘密」をつかんでいることを匂わせて、「君も身を慎んだ方がいいね。これは親切で言うのだが…」と隠微な脅しで従わせようとしたり、退職後政府に不都合な真実をその人物が暴露すると今度はそれを配下の新聞にリークして中傷記事を書かせたりするのは、一応法には触れないでしょう。世間ではこういうのを「卑劣」と言い、そこらのゴロツキならまだしも、政府がそこまでやることには呆れるのですが。

 話を戻して、何を言いたいかと言うと、法の規定に触れるかどうかだけでこの問題を追及しても、結局は逃げられてしまうだろうということです。前川前事務次官の「文書は本物だ」という証言を僕は信じますが、菅官房長官は「怪文書だ」と言い、お役人たちはそれには逆らえないから「探してみたけどそんな文書はありませんでした」と言わざるを得ない。従ってそれは存在しないことになって、「圧力」は実証できない。和泉首相補佐官から「総理は自分の口からは言えないから、私が代わりに言う」という趣旨の発言もあったと前川氏は語ったという話ですが、これも補佐官は「そんな事実はない」と否定するに決まっているから、働きかけの明確な証拠にはならない。要するに、嘘をつかれれば終わりなのです。

 収賄を立証するどころの話ではない。大方の国民は橋下みたいに「違法性がなければ不正はない」とは思っていないが、「権力による強要」を立証すること自体がこういう恥知らずな嘘つき政権相手には非常に困難なのです。それを承知の上で、橋下は「まず加計学園から政権側にお金が渡っていたかどうかをしっかり掴まないといけないのに、そこができていない」と批判するのですが、それはできないことを見越して言っているとしか思えない。他のことは「周辺的問題」と片づけて。

 結局彼はこの駄文で何を言いたいのか? 結論部はこうなっています。

 まあ前川さん側にさまざまな問題があったとしても、前川さんが会見で力説したとおり「総理のご意向」が働いたとする文科省の内部文書が存在したことは事実かなとも感じる。前川さんはあの文書の作成者や、その文書を使って部下から説明を受けた日まで具体的に挙げているからね。そうであれば前川さんが挙げた名前の関係者などのヒアリングを行って徹底して疑惑を晴らすために調査をする姿勢を示すのが政権の態度振る舞いの姿ではないのか。

 あの文書に書かれていることが事実であっても何の問題もない。岩盤規制を打ち崩すために政治が行政に対して強烈な指導力を発揮したのは、今求められている政治の姿そのものだ。一点問題があるとすれば、首相と親しい間柄の者に特区制度を活用して利益が与えられる結果になったこと。ここは素直に国民の審判に委ねるしかない。安倍さんは「友人には退いてもらうべきだった」「複数事業者をテーブルに乗せて公開の審査をすべきであったところ手続きが甘かった」という反省の意を素直に示して、前川さんや前川さんが名前を挙げた者を国会に呼んで事実を明らかにすべきだ。そういう政権の姿勢こそが国民からの信頼を高め、それが憲法改正の国民投票での国民の投票行動にプラスに影響してくるだろう。

 意味不明でしょう。「あの文書に書かれていることが事実であっても何の問題もない。岩盤規制を打ち崩すために政治が行政に対して強烈な指導力を発揮したのは、今求められている政治の姿そのものだ」とは、おそらくまともな人は誰も思わない。「岩盤規制を打ち崩すために政治が行政に対して強烈な指導力を発揮した」とは考えられないからです。そんな“上等”な意図から、安倍は「行政に対して強烈な指導力を発揮した」のではない。橋下自身、「結局首相の友人である加計さんの学園だけが審査対象になった。これは非常にまずかった」と認めているのです。

 なのに、その「お友達の利益のための圧力」があったことを示す「あの文書に書かれていることが事実であっても何の問題もない」となぜ言えるのか?

 橋下はよく人をアホ馬鹿呼ばわりする人間なので(尤も、口の悪い僕もこの点はあまり人にエラそうなことは言えませんが)、おまえは法律論と道義論をごっちゃにしているアホなのだと言うかもしれませんが、問われているのは道義なのです。道義上はいくら問題があっても、法律的な違法性が立証できなければ意味はないので、野党やマスコミは追及すべきではないとは言えない。橋下の三百代言的な論の立て方の方に問題があるのです。

 そもそも、その前提になっている図式がおかしい。橋下は、旧守的な省庁を悪と見立て、安倍官邸はそれによる悪しき規制を崩すために「行政に対して強烈な指導力を発揮した」善玉と見立てる。ただ、結果としてお友達の便宜をはかってしまうかたちになったのはまずかった、と言うのです。

 しかし、それは橋下の全くの「主観」による図式にすぎないので、これまで安倍は権力を強化するために各種の重要機関の長にお友達を送り込み、何とか委員会の類でも、その人選に口をはさんで、公正な運営、議論が行われないように妨害してきた。マスコミについても、気に入らないことを言う言論機関は「報道の中正を欠く」などと非難して、自分をヨイショする御用マスコミだけ「公正」視する独善ぶりには、目に余るものがあります。挙句の果てに、お友達の利益にかなうよう制度は平気で悪用する。そのどこに「先進性」や「革新性」があるのか、「政治の私物化」と言う他、適切な言葉はないでしょう。

 橋下流に言うなら、まあ維新はあの「共謀罪」の片棒も担いでいるし、森友問題では盟友の松井知事も具合の悪い絡み方をしている手前、こういう安倍政権を擁護しているのか、批判しているのかわからないような中途半端なことを言ってお茶を濁さざるを得ないということなのでしょう。

 しかし、「官邸のゴリ押し自体には何の問題もない」というようなおかしな理屈は通らない。お友達への便宜を図るために公権力を悪用することにはいかなる正義もないのです。橋下のこの議論を見ると、安倍政権は既得権益を守ろうとする集団と、それと結びついて甘い汁を吸おうとする官僚組織に敵対し、公正で活力ある社会創出のために敢然として戦いを挑んだのだが、たまたまそこに「お友達の利益」がからんでいて、“うっかり事故った”だけなのだと言いたげです。そんなリアリティに乏しいストーリー、誰が信じるんですか?

 以上です。議論に反復やすっきりしないところがいくらかあるのは、橋下の不自然な論理に無理につきあったためだとご理解ください。正直、このたわけた論法には呆れました。
スポンサーサイト
プロフィール

大野龍一

Author:大野龍一

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR