御用新聞、産経&読売の「安倍の守り方」

2017.05.25.13:12

 加計学園問題が佳境に差しかかっているようですが、それにつけても興味深いのは産経と読売のこの問題に対する対応です。「おまえら、それでも報道機関か!」という声にはこ揺るぎもしない。他のメディアがなければ、ここはほとんど北朝鮮です。

 産経の方は、安倍の「お友達への利益供与」については触れずに、民進党の玉木議員が獣医師会から百万円の献金を受けていた、次は同じ民進党の高井たかし議員が熱心な「推進派」だったと連日騒ぎ立て、「民進党に首相を批判する資格はない」というところに話をもっていこうとしています。

 しかしですよ、別に玉木議員のは違法ではないし、それで「獣医師会の意向に合わせて規制改革を妨害しようとしているだけ」というのは“忖度”が過ぎる議論でしょう。高井議員の話も、感心できた話ではないにしろ、地方議員にはよくある話で、問題はそういう通常手段では成功しなかったのに、安倍の「鶴の一声」で一気に決着がついて認可されたという点にある。政治家が地方や利益団体の陳情を受けて動くというのは珍しくないが、安倍がお友達のために権力を乱用して、「控えおろう、総理のご命令である!」ということで、ふつうなら通らないはずの案件があっさり通ってしまったところが問題視されているのです。

 けれども証拠文書も出ているので、民進党を笑いものにするいつもの「陽動作戦」だけではどうにもならない。弱ったな…というところで、日本版人民日報、御用新聞としては産経より“ランクが高い”読売のご登場です。

 しかし、そのやり口は産経よりもっとえげつない。僕は前に「今のサンケイは完全なイエローペーパー」と書いたことがありますが、これはその産経も顔負けです。その文書を出した人物の「風俗通い」を書き立てて、「こういう人なんですから、当然その文書なんてものも信用できないんですよ」という、「印象操作」(安倍は自分が批判された時「それは不当な印象操作だ!」とよくわめいていますが)に乗り出したのです。その情報の出所はむろん、安倍内閣。それをリークして読売に書かせたというのだから、「セコい!」の一語に尽きるのです。

加計学園疑惑リーク元 読売新聞が異例報道の「官僚の風俗通い」は安倍官邸からの“リーク”

 これは、目下文春と喧嘩中の週刊新潮6月1日号の予告記事です(ちなみにあの喧嘩は明らかに新潮の方が正しい。文春側のホームページの応答は反論にはなっていません)。

「記事にしたあとに、官邸スタッフから、“安倍総理周辺は、どこかのメディアと組んで前川さんに人格攻撃を仕掛けようとしている。その結果、前川さんの出した文書の信憑性が問われ、丸々報じた朝日も恥を掻くことになるから”と言われました」(加計学園文書の存在を報じた朝日新聞の関係者)

 ということなので、いかにも腐れ政権が考えつきそうな姑息な手なのです。安倍という卑劣漢に、正義や誠実の文字はない。嘘八百で固めた「共謀罪」(朝日によれば、「国連特別報告者のジョセフ・カナタチ氏(マルタ大教授)が『共謀罪』法案に懸念を示す書簡を安倍晋三首相に送ったことについて」、官邸はブチ切れ、菅官房長官は「『共謀罪』法案は国連総会で採択された国際組織犯罪防止条約の締結に必要な国内法整備だと改めて強調した」そうですが、それが嘘なのです)も衆院を通過したし、この調子では憲法改正(僕はそれ自体には必ずしも反対しませんが、安倍自民の国家主義的改悪案には断固反対します)まで突っ走るでしょう。子分の各種御用マスコミを手足のように自在に使って、印象操作と手段をえらばずの敵潰しで、「宿願成就」をはかるつもりなのです。

 要するに、安倍政権というのは「禁じ手」を連発して恥じない稀に見る政権だということですが、彼らはどうしてそれで平気なのか? 僕はこれを解く鍵は「カルト宗教心理」にあるのではないかと見ています。「神様に呼ばれた」と言う昭恵夫人のオカルトぶりは有名になりましたが、夫の安倍晋三も、それを支えるお友達や日本会議関係者も、産経や読売をはじめとする右派マスコミも、先祖返りの国家主義幻想にとりつかれたカルト信者の集まりなのです。「正義は我にあり」で、自分たちは「美しい理想」に挺身している。愚かな国民はそれがわからないから、嘘をついてでも騙してでも、敵をどんな手段で潰してでも、そちらにもっていくのが「使命」である、そう思い込める人たちなのです。それはあのオウム真理教の邪悪な独善性と通底するところがある。宗教を前面に出していないので、見た目にオウムほどわかりやすくはないというだけの話です。

 国家権力の中枢は、今やそういうカルト集団に握られている。狂信者には通常の常識に基づく批判は通じない。ふつうなら、これだけスキャンダルが続発すれば、政権は自信を失って倒れます。しかし安倍は、「高邁な国家主義的理想」に殉じるつもりでいるから、事実としては「身から出た錆」にすぎないそうしたスキャンダルも、「神の与えたもうた試練」みたいに思い込んで、かえって自己陶酔を強化する結果になるのです。

 僕には賄賂をもらって不正蓄財に励む世俗政治家よりも、この手合いの方がずっとこわい。「出来の悪い三代目」である彼は、そのコンプレックスの補償に「偉大な祖父もなしえなかった国家主義の復活」を理想として掲げ、それに自己同一化したのです。「幼稚なファンタジー」ではあっても、ファンタジーだからこそ、通常の批判は通じない。

 経済が斜陽化して、ジャパン・アズ・ナンバーワンの“栄光”は過去の話、経済発展にしか自尊心の拠り所を見いだせなくなっていた日本人の多くが自信を喪失した時、安倍のような男が政権に就いて、「美しい国」妄想を振りかざし、それに「失われたものの回復」を期待する人々が群れ集まるというのは、ある意味で「歴史の必然」なのかも知れません。過去の歴史は無理にでも美化し、「強い国家」を作り、それに自己同一化することによってコンプレックスや空虚さを“克服”するというのは、心理学的には不毛で病的なプロセスなのですが、そういうのが例外的なものではなくなっているのです。

 昭恵夫人と安倍晋三は、ほんとに似たもの夫婦です。どちらも申し分なく毛並はいいが、中身がなく、お勉強の方もさっぱりということで、いや増すコンプレックスを解消すべく見つけたのが、「神の国」への自己同一化だったのです。揺らぎそうなその「信仰」を「いいね!」の数でカバーし、「頼られる私」に陶酔したいがために公私混同をものともしない、という点でも共通している。

 実際問題として、幻想や自己欺瞞に頼らずに生きられる人は稀です。ただ、それにも程度というものがあって、あるレベルを超えるとそれは「病気」になります。安倍夫妻の場合、とうの昔にそれを超えていると思われるので、それが逆に彼らの“強み”になってしまっている(常識は通じないから)ように見えるのは皮肉なことです。

 読売や産経にしても、カルトの別動隊、「同じ理想を抱く同志」なのでしょう。だから露骨な援護射撃に終始しても、「報道機関の公正」よりも「信仰」の方が優先されるから、別に問題とは感じない(しかし、記者たちが全員「信者」だとは思えないので、内部の「言論の自由」はどうなっているのでしょう?)

 そういうものだと思って見ていると、今の不可解な政治状況やマスコミの動きもわかりやすい。かつてナチスは、最大の敵共産党を潰すために、国会議事堂放火事件を自作自演し、それを共産党のしわざにして、一気に叩き潰したのですが、安倍政権もその程度のことはやりかねない。今のところ共産党は産経、読売の餌食にもなっていないようですが、そのあたり用心して下さいね。今の日本はこわーい国なのです(だからといって委縮したのでは彼らの思うツボなので、そうなられては困りますが)。
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