公私混同は今や「世界標準」か?

2017.05.12.14:53

 次のAFP電の記事には思わず笑ってしまいました。

【5月11日 AFP】ドナルド・トランプ(Donald Trump)米大統領が連邦捜査局(FBI)のジェームズ・コミー(James Comey)長官を電撃解任したニュースが伝わり、ブックメーカー(政府公認の賭元業者)では10日、トランプ氏が任期途中で弾劾されると見込むオッズ(賭け率)が跳ね上がった。一部では確率が60%となっている。
 9日の解任劇は、リチャード・ニクソン(Richard Nixon)元大統領が1973年、ウォーターゲート(Watergate)事件を捜査していたアーチボルド・コックス(Archibald Cox)独立特別検察官を解任した出来事をすぐに想起させた。この解任はニクソン氏の辞任を早める結果となった。
 野党・民主党は昨年の大統領選挙でトランプ氏陣営とロシア政府が共謀した疑惑をめぐり、独立した特別検察官の任命を求めている。(後略)


 トランプご本人は、大統領選の最中に問題になった「クリントン元国務長官のeメール問題捜査の拙さ」を理由に挙げているそうですが、アメリカ本国ですら誰もそんな話を信じる者はいないので、クリントンの問題ではなくて、ロシアは邪魔なクリントンよりトランプを大統領に当選させるためにあれこれサイバー攻撃やネット工作をしたと言われていますが、自分と「ロシア・コネクション」の関係ついての捜査が本格的になりそうになったので解任した、という見方が専らです。

 にしても、ロシアは、つい先日のフランス大統領選でも、マクロンの信用を失墜させるためにロシアの政府系メディアがネガティブキャンペーンに乗り出し、「表ではルペン候補を支持する報道を積極的に行い、裏ではハッキングやフェイク(嘘)ニュースで情報戦を仕掛ける」(週刊朝日、津田大介氏のコラム)ことを臆面もなくやってのけたらしいので、トランプの時と違ってそれは成功しなかったとはいえ、プーチン・ロシアのえげつなさは度を越しています(前からプーチンに異を唱える民主化勢力はロシア内部に存在して、プーチン退陣デモなども行われていますが、典型的な「サイコパス政治家」である彼は情報の隠蔽はもとより、平気でその指導者や幹部を暗殺したりします)。

 安倍晋三が森友問題(再々書いているように、それは問題の一部にすぎませんが)をものともせず居座り続けているのも、こういうお粗末で道義にもとる政治家のありようが今は「世界標準」になってしまっているからで、権力の自制や民主主義的プロセスの尊重は「弱い政治家の特徴」だと思い込んでいるのかもしれません。トランプや自分のような「横紙破り」政治家こそ、「強い政治家の証(あか)し」なのです。

 金正恩などはある意味わかりやすいが、世界的に進行するこうした「政治家の劣化」は、いずれ第三次世界大戦に結びつくでしょう。このままでは、それは時間の問題にすぎません。イスラム過激派の勢力拡張が経済的な行き詰まりや社会的不公平の拡大を背景にして起きていることはよく指摘されますが、低級なナショナリズムが力を得て、極右政党がどこでも勢力を伸ばしているのも、同じことが背景になっています。ヒトラーを生み出した当時のドイツ社会の閉塞感と同じものが、そこにはあるのです。

 もう一つ、今のIT社会の特徴として、人文的な教養の軽視と、その顕著な貧困化があって、これがまた不気味なまでの人間的軽薄さを生み出している。思考に腰だめがないというか、脳の配線が単純化しているというか、異様なまでに短絡的なのです。だからトランプや安倍のような馬鹿としか言いようがない政治家をリーダーに選んでしまう。複雑な話をすると、ただちに拒否反応が起きるので、「わかりやすく」話さねばならず、因果関係もトランプの話のような直接情緒に訴える単純なものでなければならないのですが、端的に言えばそれは事実関係とはほとんど無関係な嘘なので、それに基づいて政策決定しようとすれば、それは混乱を激化させることにしかならないのです。そうなると、また自分に好都合な敵をどこかに作り出して、それを攻撃することになる。行き着く先が言論封殺の奴隷化社会か戦争でしかないことは、火を見るより明らかです。

 今の日本の右傾化も、左翼全盛時代への反動というより、「失われた二十年」か何か知らないが、国に勢いがなくなってしまって、自尊心の拠り所を失ってしまった人が多く、過去の歴史を美化してそれを自分のつっかえ棒にしたり、国家に自己同一化して寒貧な自己から逃れたいという無意識的欲求から来ているところが多いでしょう。僕はよく、自分の内面のことは、外部につっかえ棒を求めるのではなく、自分個人の問題として解決するのが筋だと言うのですが、そういう“高踏的”な論理は今は全くはやらなくなっているのです。

 安倍晋三と昭恵夫人にしてからが、「自分で自分の内面の始末がつけられない」人間の典型で、その自己逃避の産物として、彼らは国家主義に傾倒するのです。それは「コンプレックスの昇華」ではなく、たんなる逃避にすぎないのですが、そういう自覚はまるでない。似たような人が、対象が神であれ国家であれ、はたまた財産であれ、今は世界的に増えているのでしょう。神の栄光または国家の栄光が自己の栄光、あるいは地位や資産額が自己の価値なのです。こういうのは宗教家のいう「無我の境地」とは何の関係もないので、逆に狂信的な宗教信者や国家主義者は呆れた傲慢さをもつものですが、それは対象への自己同一化によって「自我膨張」をきたす結果になってしまうからです。

 これはそれ自体が病的な性質(心理学でいう「補償」メカニズム)をもつものであるがゆえに、最後には破滅に行き着く。自分たちとよく似た幼稚なリーダーを擁する国が一定数に達したところで、人類はコントロール能力を完全に失って、破滅の急坂を転げ落ちることになるでしょう。過去に隆盛を誇った文明も、末期は大方そんなものだったので、そこに天変地異やら何やらが重なって、混乱のうちに幕を閉じたのです。

 そうなりたくなければ、ここらで足を止めて考える必要がある。北朝鮮のような愚かな独裁国家は別として、民主主義を標榜する国なら、システムの健全さを破壊するような政治リーダー(とそれを利用しようとする一味)の暴走は止めねばならないのです。金正恩は“小物”としても、習近平やプーチンは“大物”独裁者で、それに対抗するには独裁的な政治リーダーの方が好都合だと言う向きもあるでしょうが、それは火に油を注ぐ結果になる可能性の方が高いので、その圧力にもちこたえて、逆に独裁的な国々の民主化の進展を促す方向に向かうのが望ましい未来でしょう。僕の見立てでは後者の可能性はせいぜい30%ぐらいでオッズは不利ですが、あと十年ぐらいが正念場かと思われます。
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