ついにロッキード事件並に“昇格”した森友事件

2017.03.17.15:16

「怪談・籠ヶ池」または「吉本新喜劇・籠の池のガチョウ」みたいな展開になってきた森友学園事件ですが、ついに籠池氏が国会に証人喚問される運びとなって、ロッキード事件並の扱いとなったようです。致命的だったのは次の時事通信の記事にもある「籠池発言」だったようで、

 学校法人「森友学園」(大阪市)の理事長退任を表明した籠池泰典氏が16日、現地調査を行った参院予算委員会メンバーに語った全容が明らかになった。
2015年9月に安倍晋三首相夫人の昭恵氏が学園側に講演に訪れた際に「安倍晋三からです」として、籠池氏に寄付金100万円を差し出したという。
 籠池氏は「小学校の建築費の中には、安倍首相の寄付金が入っている」と明言。籠池氏によると、昭恵氏は「どうぞお使いください」と寄付金を差し出した。籠池氏が「領収証はどういたしましょうか」と尋ねると、昭恵氏は「いや、それはもう結構です」と答えたという。現金だったのかどうかは不明確だ。


 これが真実だとすれば、籠池氏の戦前並「教育勅語」教育に胸を熱くしたネトウヨ総理が、KY妻に百万を託して、激励なさったわけです。「わが国初の国家神道教育」の小学校(元「安倍晋三記念小学校」)も認可されるでしょうし、「正しい学校教育」のさきがけとなって下さい!

 むろん、首相側は全否定。昭恵夫人は夫には「制御不能の妻」らしいので、「こうすれば夫も喜ぶだろうと、もしや勝手にそんなことまでやらかしたのでは…?」と安倍総理は一抹の不安を覚えたことでしょうが、問い質したところ、「あたし? そんなこと全然憶えとらへんわ!」と力強くお答えになったので、「よっしゃー、これであいつを偽証罪に問える! そしたら、あいつの話は全部デタラメやいうことになって、叩き潰せると同時に、こっちは一気に無罪放免や!」ということになったのでしょう(セリフが一部関西弁になっているのは、籠池妻のそれが伝染したためです)。

 しかし、「記憶にない」「無関係」というのは、首相お気に入りの網タイツ防衛大臣が連発して、具合の悪いことにそれが嘘だったという証拠(裁判出廷記録など)が出てきたものでもあるし、それだけでは安心できません。但し、今回は寄付名簿には「総理大臣・安倍晋三」の名前はないということなので、証拠がないとして安心して否定できる。「現金授受現場のビデオ隠し撮り映像」などがなければ、安泰なわけです。

 にしても、「偽証罪」とはそもそもどういうものなのでしょう?

法律により宣誓した証人が虚偽の陳述をしたときは、3月以上10年以下の懲役に処する(刑法169条)

 というのがその条文ですが、僕も一応「法学士」ではあるので、本棚の奥に埋もれた刑法のテキストを引っ張り出して見てみると、何が「虚偽」であるかということに関しては学説の争いがあって、「客観説(陳述の内容が客観的事実に反する)」と「主観説(陳述の内容が証人の記憶に反する)」の二つがあるそうですが、どちらの説を採るとしても、「客観的には虚偽でも、記憶に反しない場合、それは当人に虚偽の認識がないのであるから、偽証罪の故意はなく、客観説の立場からも処罰されない」ということのようです。

 わかりにくい? これでも学者先生特有の文をわかりやすく改めたつもりですが、要するに、客観的には正しくなくても、本人がそう記憶していて、それが正しいと信じているかぎり、偽証罪の要件には合致しないということなので、だから稲田防衛相(本職は弁護士)も、「この十年会っていない」「記憶にない」を連発したわけです。それが主観的な記憶に基づくもので、客観的には真実でなくとも、主観的にそれが真実だと思っていれば、嘘をついたことにはならない。法律学ではそういうことになっているのだから、たとえそれが虚偽だという客観的事実を示す証拠が出てきても、私は嘘をついたわけではないのだと、彼女は主張できる(それが世間に通用するかどうかは別として)わけです。

 それが法曹としての彼女のロジックなわけですが、『記憶は嘘をつく』というタイトルの本もあるぐらいで、人間はときに記憶を無意識に消去または捏造する。世の中には自分に不都合なことは全部忘れてしまう便利な人もいて、僕もそういう人を知っていて、「よく言うよ」と呆れた経験があるのですが、こういう場合、本当は憶えているのに忘れたふりを装っているだけなのか、ほんとに忘れているのかを識別するのはなかなかに困難です。嘘発見器にかけても、あれが正確に真実を反映するかは疑問だし、何らの感情的動揺もなく嘘がつけるサイコパス的な人間には通用しないでしょう。

 籠池氏が証人喚問の場で「たしかにそういう経緯で百万を受け取った」と証言したとして、安倍首相側は「妻にも確認したが、それは虚偽だ」と主張する。どちらも「主観的には真実」だと思っている場合、どちらも偽証したことにはならない。稲田答弁の場合のように、その記憶が虚偽だという証拠が出てきた場合でも、「虚偽の認識はなかった」と主張できるわけです。少なくとも法律学的には。

 だから同じ主張をしたとしても、籠池氏は偽証罪には問われない。「授受」の証拠がなければ、「受け取った」「渡してない」のどちらの「記憶」も、「主観的には虚偽ではない」ということで法律学的には(少なくとも偽証罪に関するかぎり)「無罪」なのです。真相は藪の中、または「池の中」です(僅か一年半前のことではあるし、認知症の老人ではないのだから、どちらかが嘘をついていることはほぼ確実なのですが)。

「怪談・籠ヶ池」と言ったゆえんですが、籠池理事長がその際ついでに「あることないこと」または「あることあること」をいくつも暴露すると、結構な大騒ぎになって、ガチョウが狭い池の中を走り回ったみたいになって、「吉本新喜劇・籠の池のガチョウ」になってしまう可能性もある。

何にしても、お楽しみなことです。

【追記】実は記録はあったそうです(3.18)。以下、毎日新聞の記事ですが、今や籠池一家は近頃珍しい、喧嘩の仕方を心得た異端のジャーナリスト菅野完氏を味方につけたようなので(これは菅野氏が不正な籠池擁護をするという意味ではありません)、そうかんたんにやられてしまうことはないでしょう。これでこの件に関する籠池発言の信憑性は高まったので、昭恵夫人は認知症の診断書を提出するなどしないかぎり、嘘をついたのではないと信じてもらえる可能性は低くなりました。法廷弁論の手法をもってすれば、それは証拠とは認められないと斥けることはできるでしょうが、良識をそうした三百代言的議論で納得させることは困難でしょう。「アッキード事件」と言われて首相はブチ切れたそうですが、その命名は適切だったわけです。

「寄付金記録」学園側が提示

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