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新年床屋政談

2017.01.03(22:00) 425

 年の瀬は妙にせわしかったので、ひさしぶりの更新になってしまいましたが、まずは明けましておめでとうございます。今年の元旦は全国的にいい天気だったようで、僕もいつも行く神社で初詣をすませての帰り、海を見に行きましたが、文字どおり雲一つない快晴で、吹き渡る風も新年にふさわしいさわやかな風でした。連れが浜辺の藪に、羽根の下に黄色っぽいスポットをもつエレガントな形姿の小鳥を見つけて、縁起がいいと喜んでいましたが、としは酉年なのでケッコーとなるかどうか(色刷りのところを続けて下さい)、少なくとも国際情勢は「トランプ元年」でもあるし、相当にぎやかな展開になりそうです。それでトリ返しのつかないことになっては困りますが、野次馬としては、トリあえずは変化があった方が面白い。

 僕が今注目していることの一つは、今後の日韓関係がどうなるかです。これにはむろん、中国とアメリカ、北朝鮮の出方も関係してきますが、まずほぼ確実に悪化するでしょう。日本が何もしなくても、先方の方からそうなるように仕向けて下さる。その結果、日本人の“嫌韓”感情はさらに強まるでしょう。

 僕のような人間ですら、最近は“嫌韓”の情、抑えがたくなっているので、韓国政治が「次元の低すぎる」朴槿恵大統領の「崔順実ゲート」で崩壊に向かうさなか、『帝国の慰安婦』の著者、朴裕河(パク・ユハ)さんがまた起訴されたというニュースがありました(先月20日、初公判)。「また」というわけは、朴教授はすでに元慰安婦の女性9人(その背後には強硬な反日支援団体「挺対協」が存在する)に名誉棄損の民事訴訟を起こされ、ソウル東部地裁は昨年1月13日、9000万ウォン(約870万円)を支払うよう彼女に命じる判決を言い渡していたようだからです(朴教授側は控訴)。

『帝国の慰安婦』日本語版については、僕もここに「韓国の人たちは『帝国の慰安婦』の何に怒っているのか?」と題して書いたことがあります(2015.12.10)。幸いその書評は多くの方に読んでいただけたようですが、あそこにも書いたとおり、非常に良心的な本で、日本を免罪しているわけではなく、ネトウヨが喜ぶような偏った本では全然ありません。文脈を無視して言葉尻だけ取り上げたのでなければ、慰安婦の人たちへの「侮辱」や「名誉棄損」に該当することなどあるはずはないと思われるのですが、ああいう真摯な研究書で多額の賠償金の支払いを命じられ、おまけに懲役3年の刑事罰まで求刑されるとは、一体どういう国なのかと疑問に思わざるを得ないので、右へならえの反日でなければ即ち韓国内では犯罪者、という宣伝を世界に向かってしているようにしか感じられないのです(批判があるなら、ヘイト・中傷本の類ではないのだから、言論の領域で正々堂々とやればいいわけです)。

 韓国側は1995年の村山内閣時の『女性のためのアジア平和国民基金』を全く評価しませんでした。「民間」の体裁を取ったそれには、「日本政府の誠意と反省」は認められないとされたのです。先に「日韓条約と共に1965年に締結された『請求権の解決並びに経済協力に関する協定』では5億ドル(無償3億=1千80億円、有償2億=720億円)の経済協力資金が韓国に供与されたが、従軍慰安婦の補償には一銭も宛がわれなかった」(辺真一氏)ので、「あれで補償はもう済んだ」と言うわが国の右翼の言い分には同調せず、当時の政府は相済まないということで、ああいうかたちでの「補償」が考えられたのですが、これも責任回避の全く不十分なものだとされたのです。

 そして今度は、2015年「12月の日韓外相会談で、韓国政府が設置する財団に日本政府が10億円を拠出し、元慰安婦への支援事業を行うことなどで合意し、この問題を最終的かつ不可逆的に解決することを確認」(NHK)して、僕もこれはよかったなと思いました。韓国政府は一人当たり1億ウォン(約970万円)を支給することに決めて、受け取りを表明した元慰安婦の方は現在34人になり(残るは12人)、「合意以前に死去した199人については遺族に2000万ウォン程度を支給する方針で、35人の遺族が受け取りを表明している」(ソウル聯合ニュース)というのですが、朴槿恵政権の崩壊と共に、その「合意」の「破棄」を主張する野党政治家たちが「次期大統領候補」に取り沙汰されているのです。

「最終的かつ不可逆的」という言葉は、当時のニュースで有名になりましたが、そういうのは韓国政府の場合、政権が変わればかんたんに「破棄」しうるので、韓国世論も多くがそれを支持しているのです。「日韓の和解」を願いとして書かれた『帝国の慰安婦』の著者は懲役刑を求刑され、「最終的かつ不可逆的」だったはずの国家間合意も破棄される。

「問題はカネではない、まごころと真摯な反省なのだ!」というのですが、それは「挺対協」を始めとする反日団体が主張し、韓国の人たちが信じたがっている、客観的とは言いかねる「歴史」を無批判にそのまま受け入れないとそうとは認められないという話らしいので、ネトウヨならぬふつうの良識ある日本人でも、「ちょっとそこまでは…」と呟かざるを得なくなってしまうのです。

 先頃も、釜山の日本領事館前に慰安婦少女像が勝手に設置されたのを区の職員が撤去したところ、ソウルの日本大使館前には設置されている(日本政府はあまりにもあてつけがましいあれの撤去を要望している)のに、おかしいではないかということで、猛抗議を受け、「韓国の最大野党『共に民主党』の文在寅(ムン・ジェイン)元代表が…『清算されていない親日行為』と批判した」(朝鮮日報日本語版)というようなこともあり、元に戻されるという椿事があったばかりです。

 こういう国とおつきあいするのは相当難しい。僕は南京大虐殺も被害者の数はともかく、確実にあったのだろうと見ているし、朝鮮半島における日本の「植民地支配」が良心的で紳士的なものであったとは到底信じられませんが、韓国の反日団体の場合、主張が極端すぎて、その歴史認識が公正なものだとは思えないので、被害感情はわかるとしても、これでは話し合いなんか成立しないだろうと感じてしまうのです。他罰感情のかたまりで、自分の側の不都合な事情は全部棚上げもしくは否定して、相手をひたすら非難する人間ぐらい扱いにくいものはありませんが、今の韓国を一人の人に見立てると、それに似ていると言わざるを得ない。そして韓国は同調圧力が日本よりさらに強い社会なので、異論を唱えるとバッシングにさらされるだけでなく、刑事罰にまで問われてしまうのです。それでは日韓の歴史学者による共同研究なども不可能になって、国民同士の相互コミュニケーションも深刻に阻害されてしまうでしょう。

 だから今後、あの「合意」まで破棄されることになると、日本では「もうあんな国、まともに相手にするのはやめよう」という空気が支配的になってしまうでしょう。そしてわが国では、反感も手伝って韓国の反日団体のそれとは逆ベクトルのネトウヨ解釈(韓国が今あるのはひとえに日本のおかげである、云々)が受け入れられやすくなる(率直に言ってそれらはどっちもどっちの偏り過ぎたものです)。残るは完全な対立のみで、そうなると困ったことになってしまう。通常の人間関係でも、謝罪が受け入れられないのみならず、謝り方が足りないと、やってもいないことまでやったと認めてひたすら懺悔しないと承知しないというのでは、たいていの人は腹を立ててしまうでしょう。それで、誰がお前みたいな奴に謝るかと言うと、ほら見ろ、それがおまえの正体だと、鬼の首でも取ったかのように叫ぶ。そういうのは病的なトラブルメーカーのやることですが、今の韓国の人たちにその自覚があるとは思えません。中国の日本批判は多分に「戦略的」ですが、韓国人は妙に本気だから困る。仮に「恨(ハン)の文化」がそういうものだというのなら、関わらないのが一番だと、周囲の人は考えてしまうでしょう。

 何でそれがわからないのかと僕には不思議なのです(かの国の学校の美化された歴史教育の影響はむろん大きいのでしょうが)。まあ、日本人相手にこんなことを書いても仕方がないわけで、右翼は、あの国は文句を言い続けていればいつまでも賠償金が取れると思っているタカリ国家で、そのあたり、核開発の恫喝で援助金をせしめる北朝鮮と同じだと言いますが、執拗かつ一方的な日本非難で日本人から「心からの謝罪」を引き出すことはできない相談なので、交流を断たないかぎり、結果としてはそういう解釈の「妥当性」を高めてしまうことになってしまうわけです。韓国の人たちは、そのあたりどう考えているのか、意見を聞いてみたいと思います。ここまでくると、僕には「元慰安婦問題の政治利用」としか思えない。大多数の日本人がそう考えるようになってしまったので、「未来志向の日韓関係」など夢のまた夢です(原爆を落とされた日本の反核団体がアメリカ中に「原爆被害者の像」を設置して回ったとして、それがアメリカ人の「反省」を深める契機になりますか? そういう「あてつけ」で人の回心などはかれる道理がないのは、どこの国の人も同じです)。

 わが国の右翼もむろん、負けてはいないので、「ネトウヨのアイドル」こと、「メガネっ子」の稲田朋美防衛相が、安倍首相の「真珠湾巡礼」に同行した直後、靖国神社に参拝して、物議をかもしたのは記憶に新しいところです。それは「安倍政権の支持基盤である保守層への配慮」(毎日新聞)、「支持基盤となる保守派の支持をつなぎとめるため」(産経新聞)ですが、中韓両国が早速非難の声を上げたのはいつものことだとして、米国務省までが「異例のコメント」を出して、「『われわれは歴史問題には癒しと和解を促進して取り組むことが重要だと強調し続ける』と述べ、慎重な対応を求めた」(時事通信)とのこと。

「ねえ、シンゾー、私、ファンのためにも靖国に行っとかなきゃとか思うんだけど、いい?」
「いいよ、いいよ、トモちん。それでこそ、ボクの後継者だと言える! まあ、いくらかバッシングはあるだろうけど、そういうのは『信念の政治家』の評価を高めるのにはむしろもってこいなので、エーレーのミタマにカンシャとマコトをささげました、なんてかしこまったコメントを一緒に出しとくと、一段と人気もアップすると思うよ。自虐史観の左巻きの連中なんか、今やわが国では何の力もないからね。わっはっは」

 というような会話が帰りの政府専用機の中で交わされたかどうかは定かではありませんが、「トモちん、もう網タイツははかないの?」「何よ、このスケベ!」なんて和気藹々の会話に混じって、そのようなやりとりがあったとしても、何ら不思議ではありません。

 にしても、靖国参拝はなぜ問題なのか? A級戦犯の合祀問題(1978年、当時の宮司が形の上では一宗教法人になっているのをよいことに勝手に合祀した)はむろんありますが、中韓が政治家の参拝を「大東亜戦争正当化」の象徴行為とみなすようになったからで、政治家の方も保守層への効果的なアピール手段としてそれを行うようになったのです。中韓が非難すればするほど、それは国内向けに「毅然とした」態度をアピールするのに都合のいいものになった。それは上に見た韓国政治家の「反日ポーズ」と同じで、「愛国」をアピールするのにはもってこいなのです。ことに近年はそのあたり露骨になった。昭和天皇は「親の心子知らず」だと宮司の勝手なA級戦犯の合祀に憤り、参拝を取りやめた(今上天皇も「親の心」に従って参拝していない)と伝えられますが、右傾化が強まる一方の今の日本では、それは確実に「票につながる」のです。いや、自分は「まごころ」から、やむにやまれぬ思いでそうしているのだと言うなら、それは自己欺瞞が病的な域に達している証拠で、大体政治家というのは、海外の反応も視野に入れて、それが外交に関する行為でもあるのだということを念頭に置いて動くべきで、相手国の国民感情など知ったことではないというのは、ただの馬鹿にすぎません。相手国の政治家は自国民から「弱腰」と思われたくないので敵対的な態度を取り、それに応じてこちら側もまた…という展開にならざるを得ないのですから。その程度の自覚もないような手合いを防衛大臣に据えてどうするのかと思いますが、幼稚なヤンキー総理にそんな高度な配慮を求めるのはどだい無理なのかも知れません。

 要するに、韓国も日本も、ファンタジーと史実の区別もつけられない思い込みに支配されたデマゴーグ(とそれに踊らされる人)が増えすぎたということなので、それでは良好な関係が保てるわけがない。北朝鮮は例によって「核による挑発」を続けていて、先ほど(3日)見たニュースでは、「大陸間弾道ミサイル(ICBM)の試験発射準備が『最終段階に達した』とする北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長の演説」に怒ったトランプがツイッターで、「『北朝鮮が米国の一部に到達する能力を持つ核兵器開発の最終段階にあると宣言した。そうはさせない』と強調。また、その約40分後に『中国は完全に不公平な貿易で膨大な金と富を米国から持ち出してきたのに、北朝鮮について(米国を)助けようとしない』と書き込み、中国を批判した」(時事通信)とありました。「中国は完全に不公平な貿易で膨大な金と富を米国から持ち出してきた」というあたり、いかにもトランプらしい言い分ですが、その他は尤もです。中国の金正恩に対する「寛大」すぎる態度は、金政権が崩壊して自国に難民が押し寄せては迷惑だということの他に、ああいう文句なしの「悪者」がいてくれた方が関心がそちらに集まって、最近とみに目立ってきた自国の横暴な「侵略的態度」が目立たなくて好都合だ、という計算もあるのかも知れません。

 韓国の次期大統領候補の一人である、「韓国のトランプ」の異名を取る最大野党「共に民主党」の李在明・城南市長は、日本非難の急先鋒の一人ですが、竹島、慰安婦問題について「反日」言動を繰り返しているのはもとより、日韓の「軍事情報包括保護協定(GSOMIA)」も撤回すべきだとの考えを表明しています。北朝鮮に対しては親和的で、「太陽政策」を復活させ、南北首脳会談の必要性を強調しているとのこと。危険で憎むべきなのは日本であって、何かといえば「ソウルを火の海にしてやる!」なんて兆発を繰り返すあの異常な隣国ではないのです。仮に彼が大統領になってその主張に忠実たらんとすれば、日韓軍事協定は解消され、本物のトランプも対北融和策には賛成しないだろうから、どうするのかと思いますが、孤立した韓国は在韓米軍の撤退を手土産に、中国への「朝貢外交」を復活させ、軍事・経済共に中国依存を深めるしかなくなるでしょう。これはむろん、中国の膨張主義を警戒するアメリカや日本にとっては有難くないことで、アジア情勢は一気に緊迫する。

 悲願の「南北統一」も、“大旦那”である中国に仲介を頼み、「手打ち」が行われれば成功するか? それは金正恩を相手にしているかぎりは無理そうで、彼は自分のヘゲモニーを主張するだろうから話は進まず、かえってそれで相互の対立を深刻化させることにもなりかねない。最悪の場合、第二次朝鮮戦争が勃発して、周辺国もそれに巻き込まれるのです。

 韓国の官僚や軍人たちは、むろん、そんな空想的なことは考えておらず、日米韓の「緊密な協力」が自国の安全保持には不可欠だと見ているでしょう。しかし、韓国民がヒートアップした世論に押されておかしなデマゴーグを大統領に選出し、その御仁が「決然たる態度」をアピールするためにおかしなことを重ねれば、何が起こるか知れたものではないのです。

 今は世界的に極右と呼んで差し支えないウルトラ・ナショナリストの政治家や政党が台頭していて、その背後にあるのは資本主義の行き詰まりとグローバリズムがもたらした格差や貧困の拡大だと思われますが、トランプの主張もそうですが、その因果関係の説明は短絡的な飛躍した論理によるもので、かえって本質的な問題はなおざりにされている。良心的な学者や文化人、ジャーナリストがそのへんを指摘しても、話がどうしてもややこしくなるから、人々はそれに耳を傾けようとはしないのです。

 一方で地球温暖化の問題(それはでっち上げだと、トランプなんかは信じているようですが)は「待ったなし」の深刻な状態に達しているし、日本の場合だと、大地震の発生は時間の問題だと言われているので、経済的な行き詰まり、政治の劣化、天変地異の多発というようなことがあちこちで重なると、今の人類は事態への冷静な対応能力を失って、現代文明は一気に破局に向けて突っ走ることになりかねない。栄華を誇った後、比較的短期間で滅亡したと言われる古代のあれこれの巨大文明も、似たような経緯で崩壊したようですが、それらはまだしも地球的見地からすれば局部的なものでした。今の文明は世界規模のものです。

 今の僕らに必要なのは、目まぐるしいテクノロジーの進歩や経済の動きに鼻づらを引き回されることではなくて、いったん立ち止まって全体的な見地から物事を考え、そこから未来へのヴィジョンを構築していくことだと思われますが、専門分化と色々な意味での人々の「セクト化」が進んだ今の時代に一番欠けているのは、この全体的な視座です。ことに政治の分野で視野狭窄症が進んでいるように見えるのは、心配なことです。

 以上、新年の床屋政談でしたが、今年はトリ年でもあることだし、僕は世界を一個の巨大な鶏舎として眺めることにしようと思っています。僕の実家は僕が子供の頃、副業で養鶏をやっていました。それで子供の僕もよく手伝わされたものですが、近くを犬だの猫だのが通りかかると鶏舎のニワトリたちは怯えて一斉に騒ぎ出し、中にいて卵を集めたり、水をやったり、飼料と一緒に食べさせる菜っ葉なんか刻んでいると、そのやかましさには閉口させられたものです。時々はキツネが下から土を掘って侵入することもあって、夜中に騒ぐと、またキツネかも知れないので、おまえ行ってみてこいというので、懐中電灯をもって様子を見に行ったことが何度もありましたが、犯人はキツネではなく、大きな青大将だったりして、今思い出すと懐かしいのですが、この世界も大きなトリ小屋だと思えば、いくらか忍びやすくなりそうです。僕などはさしずめ、「不適格」だというのでケージから出されて、地面を自由に歩き回ることができるようになった代わり、餌はあてがわれないので、自分で他の鳥たちのおこぼれを拾って食べるしかないはぐれ鳥みたいなものでしょう。そのつもりで今年も「はぐれ鳥通信」を書くつもりなので、皆さん今年もどうぞよろしく。
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祝子川通信 Hourigawa Tsushin


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