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のべおか薪能「道成寺」を観る

2016.10.09.01:04

「そうか、言われてみれば、そういう格調高いものが延岡にはあったのだ!」ということで、今回で二十周年だという、その「のべおか天下一薪能」(←延岡観光協会オフィシャルサイト)を僕も見に行きました。延岡にもう十四年も住んでいながら、鮎とりだの山菜とりだのには熱心でも、こういう文化の香り高い、「幽玄」の世界には触れないというのでは、いかにも片手落ちです。

 しかし、「幽玄」とか「雅(みやび)」とかとはほど遠い僕のような人間が見に行くと、よくないことが起こるということはありうるので、それは延岡城址の「千人殺し」という恐ろしげな名のついた巨大な石垣を背景とした迫力満点の野外会場で行われたのですが、果たして開始前にはまだ曇りだったのが、途中から雨が降り始め、メインのお能「道成寺」が始まる頃には、ほとんど土砂降り状態になっていて、舞台上に雨がピシピシと勢いよく跳ねるのが見えました。

 それで観客たちはそれぞれ合羽を出して、ということになったのですが、そんなものは用意していないという大胆な(見方によっては不用意だとも言えますが)人たちはずぶ濡れになってしまったので、にもかかわらず、誰も「何で会場を室内にしなかったんだ!」などと文句は言わず、ひたすら舞台上の役者さんたちやスタッフ(ボランティアの子供たちも大活躍でした)を気の毒がるというあたりが、いかにも善良な延岡人らしいのです。

 僕も「あの衣装はン千万レベルのものだ」と聞いていたので、大丈夫なのかなと大いに気になったのですが、「自分のような場に不似合いな者が見に来たからこうなったのではないか?」という疑念をひそかに抱かざるを得ませんでした。僕は日頃自転車通勤しているのですが、家を出る少し前と授業中は雨が降っているが、行くときと帰りはなぜかやんでいるということがよくあって、天気の神様は自分の味方だと感じているのですが、ふつうでない行動をとるときは、そのような加護は及ばず、かえって荒天になるのかも知れないのです。

 しかし、帰る道々、連れ合いとも話したのですが、能は元々は神事で、浄めのために行われていたものなのだから、あの雨はそういう性質のものだったのかも知れません。にわか雨ではそういう効果はなさそうだが、あれだけ景気よく降れば邪気も祓われる。そのための雨だったのだろうと、解釈したのです。

 演目の「道成寺」もそれにふさわしい。僕はたまたま和歌山県の出身ですが、あれは舞台が紀州のあるお寺です。子供の頃、祖母から安珍清姫の話は何度も聞かされたものですが、それを題材としている。

 これをなかなかの名調子になっているウィキペディアの「安珍・清姫伝説」の項から引用させてもらうと、

 時は醍醐天皇の御代、延長6年(928年)夏の頃である。奥州白河より熊野に参詣に来た僧がいた。この僧(安珍)は大変な美形であった。紀伊国牟婁郡(現在の和歌山県田辺市中辺路:熊野街道沿い)真砂の庄司清次の娘(清姫)は宿を借りた安珍を見て一目惚れ、女だてらに夜這いをかけて迫る。安珍は参拝中の身としてはそのように迫られても困る、帰りにはきっと立ち寄るからと騙して、参拝後は立ち寄ることなくさっさと行ってしまった。
 騙されたことを知った清姫は怒り、裸足で追跡、道成寺までの道の途中(上野の里)で追い付く。安珍は再会を喜ぶどころか別人だと嘘に嘘を重ね、更には熊野権現に助けを求め清姫を金縛りにした隙に逃げ出そうとする始末である。ここに至り清姫の怒りは天を衝き、遂に蛇身に化け安珍を追跡する。
 日高川を渡り道成寺に逃げ込んだ安珍を追うものは、火を吹きつつ川を自力で渡る蛇の姿である。渡し守に「追っ手を渡さないでくれ」と頼んでもこれでは無意味であった。よんどころなく、梵鐘を下ろしてもらいその中に逃げ込む安珍。しかし清姫は許さず鐘に巻き付く。因果応報、哀れ安珍は鐘の中で焼き殺されてしまうのであった。安珍を滅ぼした後、清姫は蛇の姿のまま入水する。


 昔版「女ストーカー」ですが、「田辺市中辺路(なかへじ、と読む)」は僕の郷里の「ご近所」です。大体が僕の田舎には「蛇身をもつ女性」の昔話はかなり多く、たとえば、僕の実家の近くには「姫や滝」という名の途中にコブ(出っぱり)がある滝があるのですが、小学生の頃、祖母から聞いた話では、昔、そのコブのところに腰を下ろして、笙(しょう)を奏でる美しいお姫様がいた。それに一目ぼれした若者が乞うて逢引を重ねるようになったが、「私の後をつけてはいけません。でないと二度とお会いできなくなるでしょう」と言われていた。しかし、募る恋心から、ある日若者はその後をつけていった。小道を外れて山深く分け入る美しい娘を「こんなところに家があるのだろうか?」と訝りながら追っていた若者は、娘が滝の真上の深い淵(これは実在するので、子供の頃、僕は好奇心から苦労してそこに行ってみて、「こんな小さい谷に、こんなに広くて深い淵があったのか!」と驚いたことがあるのです)を見下ろすところまでやってくると、そこに身を投げるのを目撃した。「あっ」と叫ぶ若者。しかし、その深い淵に飛び込んだそのものは、もはや若い娘ではなかった。アナコンダのような(祖母はアナコンダを知らなかったので、これは僕がつけた形容ですが)巨大なヘビと化していたのです。凍りつく若者の姿に気づいた大蛇は、彼を悲しげな眼で見ると、やがて水中に姿を消した。以来、「姫や滝」に美しいお姫さまの姿はなく、若者は病に臥せって、やがて死んでしまった。そういう話です。

 清姫の話とはベクトルが反対ですが、女性と蛇の連結は、紀州の昔話では珍しいものではないので、安珍清姫の話もその一ヴァージョンなのでしょう。それはともかく、能の「道成寺」もこれをモチーフとしていて、出だしに一人の白拍子(今風に言えば、女性ダンサー)が現われて、舞を献上するので、再興した大釣鐘を拝ませてほしいと頼む。お寺は「女人禁制だから」と断ろうとするが、懇願に負けてそれを許す。それで白拍子は舞を舞いながら、鐘楼に近づくと、一瞬の隙を突いて鐘を引き下ろし、その中に消えてしまう。地震のような今の大音響は何かと騒ぎになり、実はこういう妙なことが起きまして…と話すと、住職は何事かを悟ったかのように、昔語りを始める。それが、上記ウィキペディアの引用箇所です。

 むろん、これで終わりではないので、住職の解釈によれば、それは清姫の執着・怨念が白拍子の姿をとったものなのです。クライマックスで、住職は祈念し、その法力によって鐘は浮き上がって動き出し、僧侶たちも一緒になって読経を始める。やがて鐘の中から姿を現したものは、もはや先の可憐な白拍子ではない。能の舞台ではお面が般若に変わっており、恨みと怒りを表わすかのように赤い髪がその上にたなびいている。衣装も蛇体を表わすかのようなものに変じて、このあたりのやりとりは映画『エクソシスト』に似ていますが、押しつ押されつの果て、ついには住職と僧侶たちの必死の祈りが勝利を収め、蛇体の清姫の怨霊は自ら吐いた炎に身を焦がしながら退散、元いた日高川へと戻ってゆく。

 観劇の際にもらったパンフとも照らし合わせると、最後は大体そんな感じなのですが、何だかこれでは清姫がかわいそうな気もします。追い払われただけで、まだ日高川に巨大アナコンダとして恨みを抱えたまま暮らしてます、みたいになるので、元はといえば、安珍にもまんざら気がなかったわけではなさそうなので、優柔不断で嘘つきの彼の方にも相当問題があったのです。清姫が怒るのも無理からぬところがあるといえば、清姫シンパシーが強すぎると言われるでしょうか?

 しかし、ウィキペディアを見ると、続きはこんな話になっているのです。

 蛇道に転生した二人はその後、道成寺の住持のもとに現れて供養を頼む。住持の唱える法華経の功徳により二人は成仏し、天人の姿で住持の夢に現れた。実はこの二人はそれぞれ熊野権現と観世音菩薩の化身であったのである、と法華経の有り難さを讃えて終わる。

 どうもこれでは「おめでたすぎる」感じで、飛躍も大きすぎるし、法華経の宣伝臭が強すぎて「どうもな…」というところは否めないので、とても舞台劇の題材にできるようなシロモノではない。僕としては、こう解釈したいところです。清姫はたんに追い払われたのではない、お経というのは無差別の慈悲を旨とするので、それを通じて怨念の炎(ほむら)も焼き尽くされ、清姫の霊はそれから解放されて成仏したのだと。彼女は抵抗したが、それは心理学的に言えば「受容の中で抑圧を外された清姫の感情がダイレクトに表現された」ことを意味し、それによって恨みも消散へと導かれるのです(通常の心理療法でも、まず内奥の抑圧されて悪情念と化したものを外に引き出さないと始まらない)。

 思えばあの雨は、清姫の深い怨念を消すべく降った浄めの雨だったのです。別にお邪魔虫の僕が見に行ったためではない。雨はこれを書いている今もまだ降り続いていますが、それは清姫の無念と怨念がいかばかりのものだったかを物語っているので、それをすっかり消すには大量の雨を必要としたのです。

 雨はおそらく朝まで降り続けるでしょう。それがやむ頃、清姫(とそれが象徴する人たち)の霊も成仏する。そうなれば、安珍の方も無事成仏できるのです。「道成寺」で雨が降ったのはそういうわけだったかと、僕は一人でナットクした次第です。演者や観客がずぶ濡れになったことぐらいは、それに照らせばよしとしなければならないでしょう。それはめでたい「神事」だったのです(主催者には「ズレた解釈を書くな!」と叱られるかも知れませんが)。
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