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からだの知恵

2016.09.01.17:21

 僕の腰痛はおかげで大幅に改善して、いまだに右足腰の一部にしびれや痛みは残っているものの、日常生活に支障がない程度にまでは回復しました。一時は「このまま歩けなくなるのではないか…」という悪い予感がしたほどなので、正直ほっとしています。

 にしても、からだというのはほんとに不思議だなと、前に書いた「マジカル・ヒーラー」の治療を受けながら思ったので、最初しばらくは週二回、今は週一の割合で通っているのですが、これはからだの部位に指で軽く触れて、「からだから直接具合の悪いところを聞く」という治療法です。物理的な圧力は全くかけない。どうやら治す順番もからだが指示しているようで、「今回はこのあたりのひずみをとってくれ」「わかりました」というような感じで治療は進むようです。

 それも全身を診る。腰を治すのに頭にまで触れるのはいくらか奇妙に見えますが、腰痛にも「脳のクセ」のようなものが関係するらしいというのは面白い話です。西洋近代医学は基本的に対症療法で、熱があれば解熱剤を、腫瘍や潰瘍があればそれを外科出術で除去するとか、神経が痛んでいれば薬でしばらくそれをマヒさせるとか、そういうやり方をしますが、東洋医学では、漢方でも灸のようなものでも、全体に注目する。全体のバランスが崩れているから部分に症状が出るのだ、という見方をするのです。

 さらに面白いのは、施術者がそれを的確に読み取れるかどうかは、施術者側の健康状態や主観とも関係するという話で、そこがおかしくなっていると、反対の解釈をして、間違った施術をして、かえって患者の状態を悪化させてしまうことがあるとのこと。僕は最初接骨院に行って、大したことがなかったのがおおごとになって立つことすらできなくなってしまったのですが、これはそのあたりが関係するのでしょう。その治療師は主観的な「誤読」に基づいて、完全に誤った対応をしてしまったのです。

 このあたりは通常の心理カウンセリングとも似ています。ふつうの人は自分の主観を投影して、そのことには無自覚に人の話を聞いているから、適切な対応ができなくなるのですが、プロでもそれができる人はほんとに少ない。僕は前に、専門家に投薬治療が必要な鬱病と診断されたという人の相談を受けたことがありますが、気分がふさいでいるときは誰でも一時的な鬱状態にはなるので、その人の場合、どう見てもそんな重篤なものではありませんでした。げんに話を聞いているだけで次第に元気になってきたので、その人の場合は自分の自然な感性に疑いを持ってしまったことも手伝って、心の中に葛藤が生じ、それで神経症的な症状が出ていただけなのです。鬱病の人特有の妙なオーラみたいなものも出ていない。僕はプロではありませんが、三十代の頃、大学院というところでその方面のことはかじったことがあるので、何でこれをそれで飯を食っている人間が鬱病などと診断したのか、さっぱりわかりませんでした(当時僕はセラピストへの転職を考えていましたが、そこで業界のお寒い現実を垣間見て、その気を失ったのです。だから心理学関係の本のよしあしを判断できる程度の理解と知識はもっている。まあ、カウンセラーや精神科医には、理屈は立派でも、臨床現場の方はまるで駄目、という人もいるのですが)。

 話を戻して、心が発する言葉を適切に聴くのも、からだが発する声を正しく聴きとるのも、同じように難しいのです。むろん、どちらの場合も一定レベルの心や体に関する予備知識を必要とするが、その知識に災いされてそれが正しく聴きとれなくなってしまうこともあるというからややこしい。

 患者さんの訴えと、からだの実際の声が一致しないことも少なくないそうで、その場合、「本人がこう言っているから、たぶんこういうことなのだろう」という推論が間違った解釈と施術につながってしまうこともあるわけです。ふつうのカウンセリングの場合だって、最初言っていたことが話を聞いているうちにだんだん変わってきて、何時間後、あるいは何度目かのセッションでは全く違うことを言い出し、「あなたがほんとに言いたかったことはそれじゃありませんか?」ということになって、ご本人も全く予想していなかった「本心」に気づいて驚く、というようなこともあるのです。さらに話を聞いていくと、また違うものが顔を出したりするので、これで全部片付いたと思うのも早計なのですが。

 あと、僕が受けている治療では、アシスタントなり付き添いの人たちなりの「手を借りる」ことがあります。これは文字通りそうなので、患者本人の指に反応が出るから、重くない場合はそれで確認しながら治療を進めるのですが、手をつなぐと他の人の手にも同じ反応が出るので、そちらで確認することもあるのです。これも面白いので、肉体は一人ずつ独立しているのに、別の人のからだにも同じ反応が出るというのは、人間のからだというのは他者のからだに対する十分なコミュニケーション能力をもっているということです。これは基本的にからだが「無私」だから可能なのだろうと思いますが、僕らが他人と心を通じ合わせるのがいかに困難であるかということに照らして、非常に興味深いことです。

 よく「自分のからだのことは自分が一番よくわかっている」などと言いますが、これは嘘です。それは痛みが出た段階で「わかる」ということにすぎず、ふだんわかっていないから異常を放置することになって、そういう事態に発展したのです。

 では、からだのことをふだんから細かく気にかけていればいいかというと、そうでもなくて、神経質な「健康マニア」みたいな人ほどあれこれの病気もちになって、薬ばかり飲んでいるということは珍しくありません。「気にしない」人の方が、病気になりにくく、怪我をしても傷の治りが早かったりするのです。

 だったらどうすりゃいいんだ、ということになりますが、過剰な自己関心と、からだの声を聴くということは同じではないということです。僕は若い頃からからだ無視派で、元々が胃病持ちだったのが、三十代の中頃、痛みが二十四時間持続して、眠ることもできなくなり、仕方なく医者に行ったことがあります。すぐに胃カメラを飲まされましたが、やり方も下手だったのでしょう、不快この上なくて、医者と看護師の三人を押しのけて、途中でそれを引き抜いてしまいました。「あんたみたいな乱暴な患者は初めてだ」と医者は怒りましたが、それでもある程度の写真は撮れて、「見なさい!」と医者は叫びました。こんなひどい状態になるまでほうっておく馬鹿がどこにいるかという話で、何でも十二指腸潰瘍のレベル何とかで、最悪に近い。幸い今はいい薬があるから胃を切除しなくてすむが、十年前なら即手術で、胃の三分の二は確実に失われる。いずれにせよあんたは今後一生病人として生きていくしかないのだと言います。ふうん。だったらその「いい薬」を下さいということで、二、三日して痛みは治まったので、それきり病院には戻りませんでしたが、その後も無理をすると胃に来るのは変わらない。延岡に来てから、一度ちゃんと診てもらえということで胃腸科専門病院に行ったら、ピロリ菌というのが棲みついているのが判明、殺菌治療を受けて、めでたく根絶されたという話でしたが、以後嘘みたいに胃の痛みから解放されたのです。時々食べ過ぎで胸焼けが起きることはあっても、それは一時のことで、再発はない。

 つむじ曲がりの僕は、「あんたは一生病人だ」などと言われると、「ほう、面白いじゃないか」とむらむらと反抗心が湧いてきて、かえって元気になるが、素直で心配性の人だと心理的に「病人モード」に入ってしまって、それが固定化してしまうこともあるでしょう。

 望ましいのはこの中間で、どちらも「中庸」を外していることはたしかとしても、根本にある問題は、心がからだとは分離して、知らないうちに壁を立ててしまっているから、からだの声が聴きとれず、からだ本来がもつ知恵と力が活かされなくなってしまうということでしょう。逆にそれを妨げている。それで、どこか具合が悪くなると、今ならネットで調べて、悪いのはここで、原因はこれだろうという「理論」を勝手に立てて、見当外れなことをして、かえって事態を悪化させてしまったりするのです。「いや、あんた、それは違うんだけど…」というからだの声は、ふだん無視しているときと同様、聴きとれないままでいる。

 僕自身は一生、そんなものは聴きとれないままだと思いますが、マシカル・ヒーラーのたまわく、からだには精妙な自己治癒の力が備わっているからこういう仕事も可能なのだという話で、こういう治療は、「からだが自分で治す」手助けをしているだけなのだとのこと。それがかんたんなことではなく、長年にわたる地道な修練を要することであることは上に見てきたことからも明白ですが、宇宙的な見地からすれば、そういうからだ自身がもつ知恵や力と、僕らの精神がもつそれは、同じ源泉から発したものであるはずです。人間においてはそれは分離・分裂し、それだけならまだしも、精神内部においても分裂している。おかげで万事に知恵が働かず、漏電だらけの家みたいに、あちこちでショートを起こして火花が散り、電力は無駄に失われて、使えるパワーはごく僅かなものになってしまうのです。

 僕は今後もからだには「無神経」なままだと思いますが、あらためてそういうことに気づかされたのは、何ほどか教訓的なことではありました。
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