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「寝たきり状態」で考えたこと

2016.07.09(15:36) 394

 ウィンブルドン三回戦を脇腹痛のために途中棄権した錦織圭選手は、その後のインタビューで「人生で一番痛みと戦った」と語ったそうですが、僕も同じことを言いたい心境です。塾も先月29日(その時点でもずいぶんきつかった)を最後にずっとお休みにしていて、「いたた…」と家の布団の上でずっとうめいていたからです。だいぶよくなりましたが、最初はトイレや歯磨きに立つことすら恐怖で、歩ける距離は往復で計五、六メートル、もつ時間は一分がせいいっぱい、戻ってきたら、布団の上に前のめりにどっと倒れて、「うーっ」とうなって痛みが和らぐのを待つのみです。座っていることも痛くてできないので、寝ているしか方法がない。

 一体どうしてこういうことになったのか? 先頃出たガーダムの『偉大なる異端』の校正作業がほぼ終わった頃、しばらく前から右足裏に小枝のきれっばしでも踏んづけているような軽い違和感があって、それが消えないので、これは右足の股関節あたりに何らかの異常があって、それが神経を圧迫しているのではないかと考えて、接骨院に行きました。その時点では立ったり歩いたり座ったりはもちろん、跳んだり走ったりすることにも何ら問題はなかったのです。右腰にときにだるさのようなものを感じることがあるとはいえ、腰痛といえるほどのものもなかった。

 そこの先生は足を調べて、右足が三センチも短くなっていると言いました。いくらか大げさすぎるような気はしましたが、それは要するに右足が股関節を突き上げるようなかたちでずり上がっていて、それが神経の束を引っ張るようなかたちで圧迫しているというような話で、一応辻褄は合う。そのあたりには皮神経というものがあるのだという話です。してみれば、そこの骨を上からぐいっと押して、「適切な位置」に戻してやれば解決するわけです。僕は話を聞いて安心しました。

 それで週一の割合で通い出したのですが、一回目の施術後は、足裏の違和感には変化はないものの、心もち腰が柔らかくなったような気がしました。二回目も変化なし。三回目に診察台にあおむけになっているとき、左足は指が上を向いてきれいに立っているのに、右足の方は外側に倒れ掛かっているに気づきました。自然な状態でそうなるのです。それを先生に言うと、これはだから、右足が短くなっているからですよ。だから着地の際、重心が足の外側に行ってしまって、おかしな歩き方になっている。これも僕にはリーズナブルな説明に思われました。無理に足を届かせようとすれば、そうなるしかない。

 事態が深刻化して、物理的な圧力を全く加えることなく治療する、僕が「マジカル・ヒーラー」と呼んでいる人に診てもらったときは、全然違う説明(後述)になって驚いたのですが、とにかくその時点では説明に納得していたので、先生はその日は一段と気合を入れて骨を押し込むように見えました。

 ところが、その翌々日ぐらいから妙な痛みが出るようになったのです。足裏の違和感にそれが新たに加わった。四回目に行ったときは、座った時も痛みを感じるようになっていました。だから電気治療なるものも、それは座っていなければならないのでパスさせてもらったのですが、これには先生も内心焦ったらしく、腰の両側に施術を施しました。これが事態のさらなる悪化につながり、二、三日後には激痛のため立っていることもままならなくなったのです。僕は次の予約を取り消しました。

 それから病院とマジカル・ヒーラーの両方に診てもらうのを余儀なくされたのですが、病院のレントゲンでは骨にはとくに異常は見当たらないと言う。念のためMRI(磁気共鳴画像診断)で詳しく見てみましょうかというので、お願いすることにして、そこにはその設備がないので隣の病院で、ということで翌日検査を受けたのですが、「閉所恐怖症はありませんか?」と妙なことを看護婦さんが質問するので、何なのだろうと思ったら、あの筒のようなものに入って、ダンダンダンという音がして…というのがこの検査なので、なるほどと思いました。

 その検査結果はまだですが、とりあえず痛み止めをもらって、それはあくまで対症療法でしかないので、こんな痛みがずっと続いたのではたまらないと、同時にマジカル・ヒーラーのところにも通い出したのですが、症状がもっと重かったら初めからそうしていたでしょう。問題を安易に考えていた僕は接骨院あたりでどこかを一押ししてもらえば、こつんという感じで、一発で治るだろうと思っていたのです。完全に判断を誤ってしまった。

 マジカル・ヒーラーはひととおり診察した後、「龍一さん、治りますよ」と言ってくれましたが、実際通ううちに改善がみられるようになり、激痛の度合いは10から3ぐらいに低下し、立ち上がってからの「滞空時間」と「航続距離」も長くなったのですが、この人によれば、両足の長さが違うように見えたのは、右が上がって股関節を圧迫しているからではなく、右尻と左尻の大きさがかなり違い、接骨院では先生が足首をもって、「ストンと尻を落としてください」と言って、そうやった場合に右足が短く見えたのですが、それはお尻の肉の付き方がかなり違うから、右が下がってそう見えるからのようでした。股関節に問題があるわけではなかつたようなので、考えてみれば、足裏の違和感以外、症状は元々何もなく、腰痛があったわけでもないので、そこらへんからして理解が間違っていたように思われました。

 僕の利き足は左で、左足はかなり強力です。高校時代は高跳びで自分の身長の高さぐらいは跳べた。ゆっくりした助走から正面跳びでそれだけ跳べたのですが、体育の先生は「おまえの跳び方はウエスタンロールだ」と言い、背面跳びをやればかなりの高さまで跳べるだろうと言いました。そんな気はありませんでしたが、とにかく体育で高跳びをやるときは、いつも最後に一人だけ残ったのです。やせていて、体重が軽いからというのもあったのでしょうが、子供の頃流行っていたキックボクシングをやるときは、いきなりジャンプして膝を相手の頭の高さにまで飛ばすことができた(頭に当てたりはしませんでしたが)ので、短距離は速くないが、心臓が丈夫なので長距離走と、跳んだりはねたりは得意で、それは強い左足のおかげだったのです。

 だから、左尻の方が大きくなっているというのはわかるので、たしかに後で風呂に入って触ってみると、両尻の大きさが全然違うのです。軽の後部座席に「いたた…」とうめきながら横たわる僕を乗せて病院と治療院に運んでいた身内は、「あんたは元々右尻がすごく細かったわよ」と言いました。見た目にはっきりわかるほど、左右の大きさが違うのです。

 マジカル・ヒーラーが言うには、右が上がっているのではなくて、下がっているのだと言う。これは上下にではなく、前後にという意味で、足や手を何かに届かせようとするとき、当然体の向きを斜めにして、届かせようとする方を前に出しますが、あれと同じ理屈で、骨盤全体が左が前、右が後ろにというかたちで少し傾いているのです。前進面に対して水平になっていない。この場合も、当然右足は「短く」なります。股関節に右足がめり込んでいるとか、そんな問題ではなく、右尻が小さいから腰を落としたとき右が大きく下がり、歩く時も右を後ろに少し引いた格好で歩いていたのです。

 たぶん、左足裏の軽いしびれのようなものの原因は、別のところにあるのでしょう(その後も強まりこそすれ、全く減っていない)。接骨院の先生が誤った理解を前提に措置を施し、それで新たに別の狂いが生じて、別種の痛みが出始めたところで、これではならじと、短気な僕が痛みをおして自己流の体操など無理にやったものだから、筋まで傷めてしまい、負の連鎖反応が次々起きて、「寝たきり」になるほどの事態に発展してしまったのです。マジカル・ヒーラーは左側にも緊張が生じていると言い、それを緩める措置も施してくれましたが、右で踏ん張ることが全くできなくなっていたので、立ったとき左にばかり負担がかかり、放置していれば両方駄目になってしまったでしょう。「木を見て森を見ない」ことほど恐ろしく、有害なことはありません。

 皆さんもこういうことには気をつけられるといいと思いますが、近視眼的なものの見方と「推測による理論」が駄目なのは身体的な不調の診断にもあてはまるということです。腰痛の類では病院に行ってかえって悪化したなんて話もよく聞くので、接骨院の方がマシだろうと思ったのですが、そこでの「推測」が当たっていればともかく、外れているとこういう悲惨な結果になりかねない。検査をしてわかるところはやはり病院の科学的検査に頼った方がいい。そのあたり、MRIで原因がわかればと思っているのですが。

 接骨院の先生も、別に悪意をもって間違った対応をしたわけではないので、僕はそれは仕方なかったと考えていて、こういうことにでもならなければ、医者嫌いの僕は病院で検査を受けることもなかっただろうから、それはそれでよかったかなと思うのですが、それにしても難儀は難儀で、いまだかつてこんな苦しみは経験したことがありません。七百年前にカタリ派が経験した拷問の苦しみを追体験させられているかのごとくです。身内が皮肉って言うには、あんたは実は当時はカトリックで、カタリ派を迫害して、その罪滅ぼしであんな本を訳すことになり、それではまだ足りないので、こういうことになってるんじゃないのということでしたが、それもありえない話ではない。カタリ派の記憶がある知人によれば、僕は当時村はずれの道端に高熱を発して倒れているところを、荷馬車で通りかかったその人に助けられ、家で介抱を受けて回復したことがあったという話です。僕はとくにその手の話に関心をもつ者ではないので、「お世話になりました」で終わったのですが、別の時に、「あなたは昔も一匹狼みたいな人でしたよ」と笑っていたので、各地を転戦するカタリ派のゲリラみたいなものだったと考える方が辻褄は合います。性格的にも組織や形式ばった儀礼の類が嫌いなので、どこをどう見てもカトリック的ではない。この「カタリ派のゲリラ」という考えを僕は気に入っているのですが、どのみちあまり高級な存在ではなかったわけです(ガーダムの場合は、高名な司教ギラベール・ド・カストルの弟子で、歴史に名をとどめるような重要人物ではなかったとしても、カタリ派のパルフェの一人でした)。

 それにしても、カタリ派のパルフェたちはその多くがヒーラーだったのに、なぜその霊たちが「いたたたた…」を連発している僕を助けてくれないのかと、そのあたりはいくらか不満に思われました。接骨院に行く前に、「それは間違った選択である」と教えてくれてもよかった。ところが、そういうサポートも全くなかったので、結果としてもう丸十日間も、僕は痛みにあえいでいるのです。苦労してカタリ派の本をやっと出したのに、用が済んだから保護はもうやめましたみたいな、この不条理さは何なのでしょう?

 いや、そこには「高度な配慮」が隠されているということなのでしょうか? でも、痛いんですけど…。この状態が続いたのでは塾の仕事もできないので、せめてそちらに差し支えないようなものにしてくれればよかったと、思わざるを得ないのです。

 唯一「教訓的」に思われるのは、僕ぐらいの年になると、時間は自動的、機械的に過ぎ去るように思われ、“生の切実感”というものはほとんどないまま、時間が猛スピードで過ぎ去っていたのが、この痛みのおかげで一日一日がえらく長く感じられるようになったということぐらいです。ほんとにこの十日は長かった。

 実のところ、宿願だったあの訳本も出せたし、息子もまだ大学の三年生ですが、無事成人し、経済的にはともかく精神的にはすっかり自立した印象なので、自分の用事はこれで大方片付いたかな、という感じがしていました。早い話が、もうあんまり思い残すことはないので、いつくたばってもいい、むしろ早くこの世界からおさらばできた方がいい、なんて考えていたのです。身内によれば、僕のこういう傲慢かつ無責任で、独善的な考え方が許しがたいので、あんたには神と生命に対する感謝の念が欠けているからこうなるのだと非難と罵倒の嵐にさらされることになったのですが、人がひいひい言っている最中に、そんなにガーガー言わなくてもよさそうなものです。

 僕は今の人類は、地球にとって一個の害虫でしかなくなったと考えています。その害虫の一人が、図々しく「神と生命への感謝」など語るというのは、迷惑な存在が、その傍迷惑なありようを続けられるのを神に感謝していると言うのと同じで、神や自然からすれば、「やっとのこと我慢してやっているのに、その厚かましさは何なのだ?」と思うだけでしょう。痛みや病気を治してもらいたいから、「神への感謝」を口にするなどというのも、たんなる打算でしかないので、道徳とは無関係です。十代の末頃、僕は「エホバの証人」の信者の女性から勧誘を受けたことがあります。世界の終わりは目前に迫っているのだとその人は熱烈に語り、そのときイエス・キリストが再臨して、「よい羊」は助けられ、天国に昇る。だからあなたも早く改心して、「よい羊」におなりなさいと言われたのですが、助かりたいから「よい羊」になるというご都合主義には釈然としないものを感じ、「その場合、悪い羊の方はどうなるんですか?」とたずねました。当時から僕には「善良ならざる羊」の自覚があったからです。その女性は春風のような嬉しげな声で、「それは当然、見殺しにされます!」と答えました。何でも、悪い羊は全員地獄に落とされるのだというのです。それを恐れて「よい羊」になるというのは、たんなる偽装でしかないのではないかと僕には思われましたが、その女性には僕が何を疑問に思っているのかわからないようで、とにかくこの「悪い羊」は改心の見込みがなさそうで、地獄落ちは確実だと見切りをつけられてしまったようでした。

 それからもう四十年以上たちますが、その女性が「すぐそこ」だと言っていた世界の終わりはまだ到来せず、たぶんあの教団も今は布教戦略を変えているのでしょうが、幸か不幸か、僕はまだ「地獄送り」にならずにすんでいるわけです。カタリ派思想によれば、この世界こそが「地獄の等価物」で、それに従えば、僕は「地獄での長期滞在」を続けているということになって、実際この人間世界の皮相浅薄さと、それと表裏をなす悲惨な「地獄ぶり」は四十年前に比べてもいっそう鮮明になりつつあるように思えるのですが。

 ベースにそういう考えがあるので、僕はこの世界に長くとどまることを喜ばないのです。やることが済んだら可及的速やかに、この世界から解放されたい。カタリ派を知る以前から、僕は古代ギリシャの哲人の「存在しないことは存在することに優る」という言葉に大いに共感していたので、元からそうなのです。それでも若い頃は生命力そのものが旺盛だし、何かすることがあってここに生まれてきたのだろうから、それが何かはわからないけど、とにかくやれるだけのことはしておかなければならないと考えていました。結局世間的な意味で目立つようなことは何もできなかったが、自分なりに納得のいくことはいくらかあったので、もうこれくらいでいいかなと思うようになっていたのです。これは別に「悲観」とは関係ないので、僕は全然センチメンタルな人間ではありません。それが可愛げのないところだとよく言われますが、手放すのが惜しいものなど、とくに何もないのです。子供の時から僕を遊ばせ、慰めてくれた自然と別れることだけは、いくらか残念ですが、僕の田舎ですら、子供の頃あったような本当の豊かな自然はなくなっているのです。人間がそれを破壊してしまった。そうして、自然を破壊した後は、弱者への搾取を強化するというかたちで人間が自己虐待を募らせているのです。自然と同胞へのそうしたあり余る忘恩行為を前に、「感謝の心」もヘチマもありますか。今や人間そのものが巨大な災いになっているのです。僕にとってはこれは全く魅力のない世界です。ITと金融が支配する世界なんて、クソ食らえです。そこにあるのは無機的でモダンな顔をした、非人間的な野蛮でしかありません。

 しかし、坐骨神経痛ごときでは人間は死ねそうもないので、治ったらまた僕は活動を再開するでしょう。これで少しは生の切実感が生まれるかもしれないので、残された時間の使い方もいくらかはマシになるかもしれませんが。

 とにかく皆さんも、足腰に関することは甘く見ず、慎重に対処されることです。原因もわからないままおかしなことをすると、とんでもないことになりかねない。(満足に座ることもできないのに、どうやってこれを書いたのかと思われるかもしれませんが、パソコンの画面の文字倍率を上げ、少し離れても見えるようにして、布団にキーボードを置き、寝そべったまま書いたのです。まあ、その程度にまでは回復したということです。これでは明日の投票には行けそうもないので、野党は「貴重な一票」を失ったことになります。悪魔の使い走りのような安倍政権を勝たせるのは、僕としては何としても阻止したいので、皆さん代わりに頑張って下さい。)
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祝子川通信 Hourigawa Tsushin


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