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2020年東京五輪、これだけケチ続きなのはなぜなのか?

2015.09.01(17:45) 343

 新国立競技場の高すぎる建設費の問題が迷走の上、一段落したと思ったら、今度は公式エンブレムで、エンブレムを制作した佐野研二郎氏の「パクリ疑惑」が浮上、一連の報道を見ると、どうもこの人は“自作”の他のデザインに関しても同種の疑いが多すぎるようで、「パクリの専門家」と言ってよいほどのようです(こういう御仁が大学教授になったり、デザイナー界で大きな力をもてるというのはどういう社会なのでしょう?)。

 結局、「大会組織委員会はエンブレムの使用を中止する方針を固めた」そうで、それはあたりまえと思われますが、こういう不細工かつ不名誉な不祥事が相次ぐのは、オリンピックなんか招致している場合ではないのに、「人の道」にはずれた無理なことをやろうとしたからではないのかと、僕などは思ってしまいます。

「よく言うよ」と呆れる安倍のIOCでの自信たっぷりの「アンダー・コントロール」発言などもあって、あれは決定したわけですが、福島原発事故の収束のめども立たないまま、景気のいい話をぶち上げて、見かけ倒しの経済効果ばかり狙った策動に終始する現政権の姿を、こうした不祥事はシンボライズしているかのように見えるのです。高度経済成長真っ只中の1964年の東京オリンピックは、日本の復活を象徴するものだった。2020年のそれは終焉を象徴するものになりそうだと言えば、「縁起でもないことを言うな!」と叱られるでしょうか。

 今の安保関連法案も、「戦争法案と呼ばれるのは心外であり、誤解だ」と安倍一派は繰り返していますが、かつての世界恐慌のような事態が起きれば、国際政治状況は一気に緊迫したものになり、アベノミクスによる偽りの経済復興はとっくに馬脚を顕わしていて、他にどうしようもないので、理由をこじつけて戦争に乗り出して、それでもって「国威の発揚」をはかり、疲弊して自信喪失した国民の熱狂的支持を得て、「昔と同じになりました」なんてことにならなければいいがと思います。むろん、かつてと同様、それが「国益」にも自社の利益にもかなうということで、マスコミは「右へならえ」で皆それに加担しているわけです。少なくともそちらの道筋に行ける準備を、今の安倍自民はしているわけで、「戦前回帰」はそれによって完成するのです。

・関東大震災→経済恐慌→満州事変→日中戦争→太平洋戦争
・東北大震災(福島原発事故)→経済恐慌→??→???

 震災は、実はあれは「序曲」にすぎなくて、もっと規模のでかいのが待ち受けているということも大いにありそうな話ですが、国が落ち目になっているときは、ドイツにおけるヒトラーの登場にも見られたように、見た目だけは威勢よく見えるが、無意識には人間憎悪と自己破壊衝動にとりつかれた、病的な政治家が人気を博すということがあるようです。安倍晋三や橋下徹を見ていると、何かそういう不吉なものを感じないではいられないのですが、これは僕の「気のせい」なのでしょうか?

 いまさら2020年東京五輪を取り下げるわけにはいかないので、みっともないことを繰り返しながら話は進むのでしょうが、何かが本格的に狂い始めているのはたしかだと思われ、茶番の度合いが大きければ大きいほど、妙に不気味なものを感じてしまうのです。
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祝子川通信 Hourigawa Tsushin


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