陛下のお言葉は一服の清涼剤

2015.08.17.15:11

 なくもがなの「安倍談話」には海外の目も相当厳しかったようですが、対照的に翌15日の全国戦没者追悼式典における天皇陛下の「お言葉」は、シンプルかつ感動的なものでした。以下、宮内庁ホームページより全文引用。

「戦没者を追悼し平和を祈念する日」に当たり,全国戦没者追悼式に臨み,さきの大戦において,かけがえのない命を失った数多くの人々とその遺族を思い,深い悲しみを新たにいたします。
 終戦以来既に70年,戦争による荒廃からの復興,発展に向け払われた国民のたゆみない努力と,平和の存続を切望する国民の意識に支えられ,我が国は今日の平和と繁栄を築いてきました。戦後という,この長い期間における国民の尊い歩みに思いを致すとき,感慨は誠に尽きることがありません。
 ここに過去を顧み,さきの大戦に対する深い反省と共に,今後,戦争の惨禍が再び繰り返されぬことを切に願い,全国民と共に,戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し,心からなる追悼の意を表し,世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります。


 平易ながら真心の伝わる、自然ないい文章です。各種ニュースでも報じられているとおり、「さきの大戦に対する深い反省と共に」という言葉が盛り込まれたのは、今回が初めてとのこと。他にも、「『苦難に満ちた往時』としてきた従来の表現も『戦後という、この長い期間における国民の尊い歩み』と、分かりやすく具体的な表現に変更」(北海道新聞)するなど、陛下ご自身の手で推敲が加えられ、政治的な発言が許されないお立場の中で最大限の肉声を伝えておられます。
 東京新聞の記事の最後にあるノンフィクション作家、保阪正康氏の、

「首相談話は傍観者的な印象だが、陛下のお言葉は『さきの大戦に対する深い反省』などと自らの言葉で言及しており、主観的に負の歴史に向き合っている」と指摘。「海外メディアは通常、終戦の日の陛下のお言葉には興味を示さないが、例年との違いを報じてほしい」と求めた。

 というのは、大いに共感できるコメントです。その海外の報道について、毎日新聞は次のような記事を載せています。

【ワシントン和田浩明】天皇陛下が70回目の終戦記念日である15日、政府主催の全国戦没者追悼式で「さきの大戦に対する深い反省」に初めて言及されたことについて、米主要メディアは安倍晋三首相の戦後70年談話とは「対照的」などと報じた。
 米通信社ブルームバーグは「天皇、戦争に反省表明、安倍首相と対照的」との見出しで記事を配信。また、米紙ニューヨーク・タイムズ(電子版)は「安倍首相の政策に対する静かな反対」との見方が強まると紹介した。
 全米公共ラジオ(電子版)も第二次大戦に関する「前例がない謝罪」であり、安倍首相の談話より踏み込んだもの、と評価した。米メディアは安倍談話について自らの言葉で謝罪がなかったとして「日本の指導者、第二次大戦で謝罪に至らず」(ワシントン・ポスト紙)などと批判的に伝えていた。


 こちらはちゃんと通じているのです。安倍晋三のハートのない、長いばかりで意味不明の「たわごと談話」の後ではとくに、陛下の上記のお言葉は一服の清涼剤のように感じられたのです。

 首相だから当然ですが、この式典には安倍も出席して式辞を読んだとのこと。産経記事によれば、「『(平和と繁栄は)皆様の尊い犠牲の上に、その上にのみ、あり得たものだということを、私たちは片時も忘れません』と戦没者に哀悼の意を示し、『歴史を直視して、常に謙抑(けんよく)を忘れません』と誓った」のだとのこと。「謙抑」などという言葉は本来彼の語彙にはない実感の伴わない言葉だろうし、そもそも安倍は最も「謙抑」からはほど遠い男です。「歴史を直視」していないことは言わずもがな。よくも恥ずかしくないものです。

 もう一つ、嫌味を言わせてもらうと、僕はかねてからこの「尊い犠牲」という言葉を好みません。あの戦争が祖国防衛のためのやむを得ざる戦争であり、兵士たちが皆真に主体的にその戦いに挺身したというのならまだしも、あれは明らかに「国策の誤り」による戦争であり、とくに末期の夥しい戦死者(その中でも食糧補給の手立てさえ講じずに放り出された兵士たちの餓死が多かった)は、勝ち目が全くないことを承知の上死地に追いやられた人たちだったのです(民間人の死者数が10万人を超えたあの東京大空襲だって、広島・長崎に原爆を落とされて戦争終結を余儀なくされる僅か5か月前の出来事です)。「尊い犠牲」なんて、あたかも軍部・政治家たちの無責任を正当化するような軽々しい言葉を使ってもらいたくない。「民衆の戦争支持」があったから、というようなことは理由にはなりません。それは愛国洗脳教育と、嘘八百の「大本営発表」の産物であり、政治や軍のリーダーたちは、国民がそれでどれほど熱狂していようとも、明確な責任の観念をもち、理性的で怜悧な判断ができなければならなかったのです。それができてこそのリーダーではありませんか。

 安倍晋三の場合は逆に、国民が冷静なのに、「おまえらはわかっていない」と危機感を煽り立て、アメリカの軍関係者の言いなりに、自ら軍事的対立と緊張を募らせるような馬鹿をやろうとしているわけで、そういうベクトルが反対の「国民とは別」は、迷惑この上ないものです。僕はほとほと愛想が尽きたので、この愚かな政治デマゴーグについて書くのはもうやめようかと近頃思うのですが、アベノミクスが大コケして、そのストレスで自ら政権を投げ出すまで、待つしかないのでしょうか。安倍はお気に入りの稲田朋美に政権をいずれ「禅譲」するつもりらしいという憶測がありますが、安倍に劣らぬああいう「極右」では事態はいっそう悪化するでしょう。

 他にまともな首相候補がいないとすれば、戦後70年、天皇陛下のご心痛にもかかわらず、日本はまた過去の暗い時代への回帰路線に入ってしまったと言えるかもしれません。世代交代が進み、経済の斜陽化と反比例するようにしておかしな愛国イデオロギーが再び台頭し、「戦争を観念でしか知らない」政治家たちが政権担当世代になった時代の、これは必然なのか? いずれにせよ、踏ん張れるか、迷走を始めるか、そういう歴史のターニング・ポイントに差しかかっていることだけはたしかだと思います。
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