戦後教育のせい? たしかに武藤議員に関しては言える

2015.08.05.15:21

 最近僕は毎晩商品名「雪枕」(一晩中ひんやり感が持続!)のお世話になっていて、こう暑くてはやってられんなと、このブログもこのまま夏休みに入ろうかと思っていたところ(川に鮎とりにも行かねばならないので、多忙)ですが、これだけ書いておくことにします。

 いつのまにか自民党はネトウヨの巣窟になっていたらしく、先の「総理補佐官」というカッコいい肩書の礒崎何やら(東大法卒ながら、ツイッターで「ほなみ」という名の「十代女性」に「火事のたとえ」のことでコテンパンにやられてしまったというからお気の毒)と言い、今回のこの武藤なにがしと言い、「相当きてるな…」という印象です。

 このうち礒崎補佐官については、「ほなみ」ちゃんにやられてしまっただけでなく、「法的安定性は関係ない」発言について、参院特別委員会で発言を取り消しの上、「屈辱の謝罪」を余儀なくされたとのこと。「安倍政権のホンネを語ったにすぎない」というのが大方の見方なので、さぞや不本意だったことでしょう。しかし、安倍には気に入られているから、役職は辞任しなくて済んだ。「今はつらいだろうが、ここは耐えてくれ」「はい、総統!…ではなかった総理!」というようなやりとりが、彼ら二人の間では行われたことでしょう。感動の上下愛…。

 それで、武藤議員についてだけ書いておきます。次は北海道新聞電子版の記事です。

 自民党の武藤貴也衆院議員(36)=滋賀4区、釧路市出身=が短文投稿サイトのツイッターで、安全保障関連法案に反対する学生団体「SEALDs(シールズ)」の主張に対し「『だって戦争に行きたくないじゃん』という自分中心、極端な利己的考え」と批判していたことが3日、分かった。野党や専門家は「見識を疑う」と反発している。
 投稿は7月30日付で、武藤氏は「利己的個人主義がここまでまん延したのは戦後教育のせいだろうと思うが、非常に残念だ」とも主張した。2日には、インターネット上の交流サイト・フェイスブックに「世界中が助け合って平和を構築しようと努力している中に参加することは、もはや日本に課せられた義務であり、正義の要請だ」と書き込んだ。これに対し、民主党の枝野幸男幹事長は3日、国会内で記者団に「民意を受け止め政治に反映させる衆院議員として見識を疑う」と批判。国会審議を通じて追及する考えを示した。


 石原のじさまの立ち枯れ…ではなかった「立ち上がれ日本」(今は名前が変わったんでしたっけ?)あたりの超保守老人口移しのセリフを、36歳の青年が吐くというオリジナリティのなさにまずはビックリですが、文句なしの「戦後教育」で育った世代で、にもかかわらず自分はその「悪影響」を受けず、「利己的個人」ではないと間接的に主張しているあたりもお見事で、関西弁ではこういうとき、「よう言わんわ」と言います。

 こういう自己省察能力に欠ける厚顔な若者には言ってもわからないかとは思いますが、基本的に人間は「利己的」なものです。それは戦前も戦後も変わらない。「滅私奉公」だったから昔の日本人は「非利己的」だったなんてのは全くのこじつけなので、ことに当時の軍幹部や政治家たちにとっては、国民の命よりも自分たちのメンツや組織の中での保身が大事だったのです。だから誰も責任を取らず、負け戦が歴然としていたにもかかわらず、ずるずると戦争を続けて、死ななくてもすんだ多くの人々を死なせ、あやうく「民族絶滅」の瀬戸際まで行った。こういうののどこに「非利己性」が見られるのですか? 兵士を将棋の駒のようにしか思わない「非人間性」はしかと確認できますが。彼らには「これだけ多くの戦死者を出したのだから、今さら引けず、この戦争は負けだとは言えない」という心理も働いたと言われますが、そういうのが何ら「崇高な心の発露」ではないのも、少し考えてみれば誰にでもわかることだと思います。

 自分が政界進出の機会を窺って、要領よく立ち回り、首尾よく衆院議員になったのだって、それは「利己性」のなせるわざでしょう。その程度の自覚もなくて、人にエラそうなお説教を垂れるとは、「あったま、わるそー!」と女子中高生あたりにもわらわれますよ(自己の利己性に無自覚な人間には、「利己性を超える」なんて芸当ははなから不可能です。それがわからないのを正真正銘の馬鹿という)。

 経歴を見ると、彼は東京外語大を卒業して、京大の大学院に進んだ。ご本人のブログにもそう書かれているので、ご自慢の学歴のようですが、にもかかわらず、ここまで無知で頭が悪いのは、たしかに戦後教育のせいかもしれません(尤も、戦前戦中の軍幹部たちも士官学校出の「学歴エリート」たちだったので、学歴社会の弊害は昔からあったのです。「教育の普及は浮薄の普及なり」と言った明治時代の反骨の文人、斎藤緑雨は正しい)。

 ゆえに僕は彼自身に、「こういう独善的で軽薄な馬鹿が出るようになったのは戦後教育のせいだろうと思うが、非常に残念だ」と返してあげたくなるのです。人のことをエラそうにとやかく言うヒマがあったら、少しは自分の夜郎自大の思い上がりを反省してみればいいのです。こういうカン違いのアホを間違ってとはいえ、衆院議員に選出してしまう今の日本人の「人を見る目のなさ」も嘆かわしいかぎりですが、次はめでたく落選するでしょう。

 こういうふうに馬鹿だ無知だ恥知らずだと言われれば、ご本人は反発するでしょう。しかし、彼のブログ記事は突っ込みどころ満載の「バカの証明」みたいになっているので、その一端をここで示して、二度とエラそうなことが言えないようにして差し上げましょう。

 ツイッターの炎上発言のあとで、「とやかく言う人たちはカシコいボクの言わんとするところが理解できないようだから、説明しておいてあげましょう」とばかり、こんなことを書いているのです。

「国民に課せられる正義の要請」(2015年8月3日)

 私がツイッターで、「SEALDs」は「利己的個人主義」に基づいた主張をしていると述べたことについて、様々な意見が寄せられているので、ここでコメントさせて頂きます。ツイッターでは文字数が限られており、私の言いたいことが十分に伝えることが出来無いので、ホームページにて述べさせて頂きます。
 まず、読んで頂きたいのは、砂川判決における田中耕太郎元最高裁判所長官の補足意見、以下の箇所です。

「要するに我々は、憲法の平和主義を、単なる一国家だけの観点からでなく、それを超える立場すなわち世界法的次元に立って、民主的な平和愛好諸国の法的確信に合致するように解釈しなければならない。自国の防衛を全然考慮しない態度はもちろん、これだけを考えて他の国々の防衛に熱意と関心とをもたない態度も、憲法前文にいわゆる『自国のことのみに専念』する国家的利己主義であって、真の平和主義に忠実なものとはいえない。
我々は『国際平和を誠実に希求』するが、その平和は『正義と秩序を基調』とするものでなければならぬこと憲法9条が冒頭に宣明するごとくである。平和は正義と秩序の実現すなわち『法の支配』と不可分である。真の自衛のための努力は正義の要請であるとともに、国際平和に対する義務として各国民に課せられているのである。」

 このように、田中裁判長は自国の防衛を考慮しない態度も、他国の防衛に熱意と関心を持たない態度も、憲法が否定する「国家的利己主義」だと言っています。そしてその上で、真の自衛の為の努力は、正義の要請であるとともに、国際平和に対する義務として「各国民に課せられている」と言っています。
 つまり、「SEALDs」の方が仰る「だって、戦争に行きたくないもん」という自分個人だけの感情で、今議論されている平和安全法制に反対するのは、田中最高裁長官の言うように「真の平和主義に忠実なものとは言えない」と私も考えます。

 誰もが戦争に行きたくないし、戦争が起こって欲しいなどと考えている人はいないと思います。しかし他国が侵略してきた時は、嫌でも自国を守るために戦わなければならないし、また世界中の各国が平和を願い努力している現代において、日本だけがそれにかかわらない利己的態度をとり続けることは、地球上に存在する国家としての責任放棄に他ならないと私は考えます。


 この後、「加えて、7月13日の平和安全法制特別委員会にお越し頂いた元外交官の岡本行夫氏は、次のように述べています」として、僕が前にここに「こいつが問題だ」と書いた岡本行夫の無用な能書きを引用しているのですが、それについては「解決済み」としてカットします。

 国際政治を大学院で勉強したという割に無知なのにはあらためて呆れますが、田中耕太郎のこの砂川判決における関与には「司法の独立」もクソもない「売国奴」的なアメリカ追従があったというのは有名な話です。そのあたりのことに関するウィキペディアの説明はこうなっています。

 砂川事件で政府の跳躍上告を受け入れ、合憲(統治行為論を採用)・下級審差し戻しの判決を下す(1959年12月16日)が、当時の駐日大使ダグラス・マッカーサー2世と外務大臣藤山愛一郎両名による“内密の話し合い”と称した、日米安全保障条約に配慮し優先案件として扱わせるなどの圧力があった事が2008年4月に機密解除となった公文書に、またマッカーサー大使には「伊達判決は全くの誤り」と述べ破棄を示唆した事が、2011年に機密解除になった公文書に記されている。果ては上告審の日程や結論方針をアメリカ側に漏らしていたことが、機密指定解除となったアメリカ側公文書で2013年4月に明らかになった。当該文書によれば、田中はウイリアム・K・レンハート駐日首席公使に対し、「結審後の評議は、実質的な全員一致を生み出し、世論を揺さぶるもとになる少数意見を回避するやり方で運ばれることを願っている」と話したとされ、最高裁大法廷が早期に全員一致で米軍基地の存在を「合憲」とする判決が出ることを望んでいたアメリカ側の意向に沿う発言をした。田中は砂川事件上告審判決において、「かりに(中略)それ(=駐留)が違憲であるとしても、とにかく駐留という事実が現に存在する以上は、その事実を尊重し、これに対し適当な保護の途を講ずることは、立法政策上十分是認できる」、あるいは「既定事実を尊重し法的安定性を保つのが法の建前である」との補足意見を述べている。

 これはときにウィキペディアに見られる「悪意の中傷」の類ではありません。布川玲子・新原昭治両氏による次の調査結果ファイルは決定的なものです。

砂川事件「伊達判決」と田中耕太郎最高裁長官関連資料

 こういう、素人でも一定程度の政治的関心がある人なら誰でもニュース記事で見た覚えのある醜悪な事実は伏せて、田中耕太郎ごときを「権威」として持ち出し、恐れ入らせようとするのは全くもってお粗末の極みです(彼はその後、国際司法裁判所ICJ判事になったのですが、ウィキペディアに「ジャーナリストの末浪靖司は、砂川事件差し戻しについて、判決翌年の1960年にアメリカ側にICJ判事選挙立候補を伝え、支持を取り付けている事から、アメリカの論功行賞狙いだったのだろうと見ている」と書かれているのは妥当で、申し分なく彼は「利己的」だったのです)。

 要するに、田中耕太郎はエラそうなことを言っているが、表向きの論理と裏の論理は違っていたということなので、彼は終始一貫、時の権力べったりの男だったのです。だから、武藤が引用している彼の言葉には何ら人に感銘を与えるようなものはないので、「世界法的次元」だの、「民主的な平和愛好諸国の法的確信に合致」だの、御大層な美辞麗句を並べ立てて、要は「アメリカさんのお気に召す」結論を出そうとしていただけなのです。

 そうして、彼はその見返りに自分の野心を実現しようとはかった。僕はこういう男が一番嫌いなのですが、野心家の武藤議員にとってはお手本になる生き方なのでしょう。しかし、そういう男の言うことを、さも「高邁な理想」みたいに人に押しつけて利口ぶるのは許しがたい。安倍が金科玉条のように振りかざす最高裁砂川判決には、集団的自衛権云々の議論とはまた別にこういう「汚点」もあったのだということをあらためて紹介する機会を与えてくれたのは、不幸中の幸いと言えますが。

 彼のブログは典型的な「ネトウヨブログ」で、苦笑を誘う話が満載なのですが、これに反論してくれば「徹底爆撃」させてもらうとして、もう一つだけ、彼の珍説をご紹介しておきましょう。彼は相当熱烈な原発推進派のようですが、こんなことも書いているのです。

 確かに最終処分場は、世界中で北欧を除き明確に決まっている国は無い。しかしそれは住民の反対があるからだけではなく、高レベル廃棄物の放射能レベルが自然状態に戻るのに10万年かかるとされてきた期間が、もっと短縮できる技術が確立されようとしているからだ。
 例えばその10万年の半減期は、使用済み核燃料をプルサーマルで燃やすと8000年に短縮され、更にこれを次世代型高速増殖炉で燃やすと、驚くことに300年にまで短縮される。そして同時に高レベル廃棄物の量も7分の1に減少することがわかっている。300年にまで短縮されれば十分人間が管理することが可能となるだろう。つまり私がここで主張したいのは「科学は進歩する」ということだ。
 こうした事実が科学的に証明され、現在米国もフランスもそして中国もインドもロシアも、そして韓国も2025~30年実証炉運転開始を目指して再び開発を行っている。日本の周辺諸国を加えて、世界中で再び高速増殖炉の開発研究が進められているのである。


 へえー。すごいね。「最終処分場が決まっていないのは、高レベル廃棄物の放射能レベルが自然状態に戻るのに10万年かかるとされてきた期間が、もっと短縮できる技術が確立されようとしているからだ」なんて“斬新な”説明は生まれて初めて聞きました。例の「プルサーマル計画」なるものは、「理論」だけは尤もらしくても、技術的な問題が多すぎて現実化のめどは全く立っていないと僕は聞いていましたが、それは真っ赤な嘘で、小出裕章先生あたりはとんでもない嘘をついて国民を欺いているということなのですね。あの一兆何千億円だかのカネ食い虫の「もんじゅ」(何の仕事もしていないのに、毎日維持費だけで5500万もかかっているという話は有名)がコケたままだから、言い訳のようにして考えついただけ、という話も聞いたのですが、そんなことはない。技術はすでに「確立」されつつあるのです!「プルサーマルが 開く 明るい未来」そういう巨大な広告塔が日本中に林立する日も間近だというわけです。

 ネットで調べてみると、どうも無責任な手前味噌ばかり並べている連中がいて、彼はそれを受け売りしているだけのようです(たぶん彼のソースはこれです。経産省議事録「使用済燃料問題の解決に向けた取組と核燃料サイクル政策の推進」)。このことにかぎらない、彼の「意見」なるものは全部それで、「大本営発表」のみを真に受けて、宣伝の片棒を担ぎ、自分の目で物を見、自分の頭でものを考えるということは全くできない青年のようです(僕はSEALDsの若者たちのことをよく知りませんが、「『だって、戦争に行きたくないもん』という自分個人だけの感情で、今議論されている平和安全法制に反対する」というのは安直きわまりない、ネトウヨ特有の勝手な決めつけにすぎないでしょう)。学者や研究者になるには思考力も検証能力も足りなさすぎる。彼はだから政治家に転身したのでしょう。受験用の暗記勉強しかせずに育つとこういうどうしようもないのができるということで、これはやっぱり「戦後教育のせい」なのかと、ゲンナリしながら思った次第です(僕自身は塾で、暗記勉強以外は取柄がない、この種の無思慮な人間を「輩出」しないようにかなり気をつかっているつもりなので、武藤議員も高校時代うちの塾に来ていれば、もう少しはマシな人間になれたでしょう。それが残念と言えば、残念)。
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