「ビリギャル神話」の読み方

2015.05.10.15:26

 ある人から映画にもなったという、例の「ビリギャル本」(65万部も売れたというからすごい!)についての感想を求められました。あいにくなことに、僕はその手の本はほとんど読まないので何とも言いようがなかったのですが、『学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話』というタイトルどおりのことが起きうるかどうかということについてなら、僕の答えはイエスです。

 まず単純に「一年で偏差値40アップ」ということですが、偏差値60の生徒ならそんなことは起きえないわけで、これは元があまりに低すぎたからでしょう。30が70になれば40上がった計算になるわけなので、恥ずかしながら昔僕も、英語の模試の偏差値38を三ヶ月で55に引き上げたことがあります。これは元がかぎりなく零点に近かったからなので、自慢にも何にもならないのです(理由はかんたんで、重要例文を暗記することから英語の勉強を始めたのですが、そのおかげで配点が30点ある英作がほぼ満点になったので、その分が偏差値に反映されただけなのです)。

 ネットで調べてみると、彼女が合格したという慶応の総合政策学部(本命の文学部は不合格)は、英語と小論文だけの“超”がつく軽量入試で、別に5教科7科目の総合偏差値が40上がったというわけではなかったのです。学科は英語だけだから、英語の偏差値だけ。

 それならやりようはあるわけです。塾にも高2の夏から通い出したそうで、途中からは年額百数十万の費用を出して(毎月の月謝が10万?!)、日曜以外は毎日行ってもいいということになっていて、学校には母親が直談判して、入試に無関係な科目の授業では寝るのを許容するよう要請していたそうなので、実際は一年よりもっと長く、彼女は英語と小論文の勉強に集中できたのです。そうして、多額の費用を支払っているということもあり、塾の手厚いサポートを受けられた。

 もう一つは、彼女は偏差値40を切るような公立底辺校の生徒ではなく、中高一貫の私立進学校の生徒で、その学校は中学入試の偏差値が60ある(大学進学実績でもそこらの地味な地方公立進学校よりはずっといい)というのだから、元々がかなり頭のいい生徒だったのだろうと考えられるのです。家庭であれこれゴタゴタがあり、両親の不仲に傷つき、父親に反抗して一時的に「不良化」していただけのようで、そういうことは多感な思春期の少女にはありがちなことです。

 要は、元々素質のある子が、1年半近く、英語と小論文の勉強に集中できる環境を与えられて、超軽量入試の私立大に合格できたという話で、事情を知れば、べつだんそれは「奇蹟」でも何でもない、ということになるのです。

 この手の話は大方がこれです。受験に奇蹟は存在しません。稀に潜在能力は高いのだが、自分は能力がないと思い込んでいて、それが何かのきっかけでそうではないということに気づいて、爆発的に成績が伸びる、というケースがあります。彼女もそれだったのでしょう。

 僕も、「ビリがトップになった」という例は、二度ほど見たことがあります。これは僕が関東のある塾の個別指導部門の管理責任者をやっていた頃の話で、当時の僕の仕事は入塾希望の親子の面談をして、学習プランを作成し、それを講師に回すことで、授業を行う義務はありませんでしたが、これは僕がたまたま授業も担当した例です。少しは自分が教えることもしないと、講師の苦労はわからないし、学生講師がわからないところを質問に来ることもよくあったので、学科能力が落ちないようにする必要もあり、自分が授業を受け持つこともあったのです。

 そういうふうに成績が急伸したりすると、生徒やその親からは「名教師」扱いされるものですが、実際は「迷教師」だったのが幸いしてそうなるという場合もあるので、最初の例などはその典型だったのです。ついでだから、その話をさせてもらいましょう。

 その生徒(男子)が母親と一緒にやってきたのは、高2の二学期です。英語がビリなので、これを何とかしないととても大学進学は覚束ない、とお母さんが言いました。本人も何とかしたいが、やり方がわからないと言います。その頃、僕は三十歳になるかならないかでしたが、その仕事を始めて一年かそこいらの経験しかなくて、相手をしてきたのは大方が中学生だったので、具体的なプランが思い浮かびませんでした。それで何回か授業をやってみて、教材を決めましょうということになったのですが、親子が帰ってから塾の棚を見るともなく眺めているうちに、有名な原仙作の『英文標準問題精講』が目に留まりました。それは僕にとっては懐かしの参考書で、自分も受験生のとき、お世話になったものです。それは「一ヶ月完成」の形式になっていて、あんな面倒なもの、一ヶ月で終わるわけはないのですが、僕はノートにその前期中期計20日分の英文全部を書き写し、それに著者の訳文に対抗して作った自分のオリジナル訳、自分に必要だと思われた要点解説(自分が辞書で調べたものも含め)を恐ろしい手間ひまをかけて書き加えました。それだけで分厚いノート二つが埋まり、そこで力尽きてやめてしまったのですが、あとで考えてみると、それが自分の読解力の土台をつくってくれたことは間違いなさそうでした。パラパラめくってみると、大方はまだ憶えている。

 それで、これを使ってみようと思いついて、英語ビリの生徒にそんなもの使うのは無謀きわまりないことで、今ならそんなことは恐ろしくてできませんが、詳しく解説してあげれば何とかなるだろうと安易に考えて、やらせてみることにしたのです。最初は自分が授業をやって、あとは学生講師に委ねるつもりでしたが、二、三回授業をやって、どうやら大丈夫そうだなと思ったので、講師にバトンタッチしてしばらくすると、母親から電話があって、「先生(ここは僕のこと)にずっと見ていただくわけにはいかないんですか?」と言われて、別にいいですよということになって、自分で直接担当することになったのです。

 あとで聞くと、彼は一題の予習に何と5時間もかかっていたそうで、週2回来ていたから、それだけで計10時間、復習も入れると最低10数時間はかかっていたわけです。本人が何も言わないものだから、僕はそんなこととはつゆ知らず、「これはいける」と思ってそのまま続けてしまったのですが、3年の一学期の期末テストの後、お母さんから嬉しげな声で電話があって、おかげで息子がとうとう英語で一番をとりました、というので、「それはよかったですね」と応えたものの、不可解です。というのも、僕は学校のテキストは一度も教えたことがなかったからです。それで本人にどういうことなのかと聞くと、塾のテキストが難しすぎたおかげで、学校のテキストがえらくかんたんに見えだして、そちらでは苦労しなくなり、自然に学校の成績も上がったのだというのです。その時点で彼が毎回5時間の予習をしていたことを知って仰天したのですが、その頃になると彼はすっかり英語好きになっていて、元は経済学部か何かが志望だったのに、外国語学部英語学科に変わり、成績がよくなったおかげで某私大外国語学部の指定校推薦が取れ、結果としてそこに進学することになったのです(塾には卒業までずっと通い続けたのですが)。模試の成績も、数値は憶えていませんが、当然見違えるほど上がっていたのです。

 こういうのはたんなる「怪我の功名」で、恐ろしく不適切な対応だったにもかかわらず、その子がたまたま並でない努力家で、潜在的な能力も高かったから、うまくいっただけなのです。

 もう一つのケースは、その地域トップの県立男子校の生徒で、こちらは半年あまりで校内実力テストで英語が首位になり、模試の偏差値もそれに見合うようなものになった。その頃は僕もいくらか経験を積んでいたので、前よりは教え方もだいぶマシになっていたはずですが、ともかく本人が猛然と勉強し始めたおかげで、偏差値的に20前後はアップしたのです。しかし、残念ながら入試には失敗した。本人が言うところでは、得意の日本史で大失敗してしまったそうで、それは得意だからと、入試前にしばらく何もしないでほっといたら、ドツボにはまってしまったという話なのです。彼は私大法学部志望で、ワセダか中大のどちらかに行くつもりでいたのが、日本史でどちらも派手にしくじって、両方とも落ちてしまった。一浪後、中大の方に受かってそちらに行ったのですが、現役時、完全なビリではなかったものの、それに近いところから成績を急伸させたというのは事実なのです。

 こういう話もありました。その少し後だったかと思いますが、二浪の医学部受験生がやってきて、大手の予備校で一年浪人したのだが、英語ができなくて落ちたので、何とかしてくれと言ってきたのです。数学など理系科目は偏差値65程度あるが、英語だけは50前後しかなく、そちらが全然上がらないのだというのです。
 母子家庭で、母親が看護師、入りやすい(当時は)私立はだから無理なので、国公立しか選択肢がないというので、とりあえず、前年の模試の英語の答案をもってきてごらんと言ってそれを見てみたら、英文和訳の日本語が滅茶苦茶です。彼はよく勉強していて、いわゆる文法用語(文法そのものではなく)の知識はものすごく、単語などもよく知っているが、こういう精神病院を脱走してきた人のような文章を書いていたのでは受かるわけがない。英作なども日本文の意味を取ってそれを自然な英文に移すということからはほど遠い。センスゼロで、最初は「ここ、ヘンだと思わない?」と言っても、「何がですか?」という反応で、先が思いやられましたが、だんだん自覚が出てきたようで、受けさせた模試も生まれて初めて60に届いたと大喜びし、翌年めでたく初志貫徹したのです。

 延岡に来てからは、こちらには大手予備校が存在しないおかげで、個人の零細塾にも元から成績優秀な生徒が来る確率が高くなって、大学の合格実績では比較にならないほどよくなったのですが、そういう関係で「ビリからトップへ」なんて極端な例はなくなりました。

 おまえの手柄話なんか聞きたくないと言う人もいるでしょうが、僕の話のポイントは、「いずれも潜在能力の高い子たちだった」というところにあります。どうしてかというと、塾にとっては「不都合な真実」ながら、いくら教えても成績がほとんどあるいは全く伸びなかった、という生徒もいるからです。むろん、そういう生徒ばかりでは塾は潰れてしまうので、ちゃんと上がっている生徒はいるのですが、目覚ましく伸びる生徒もいれば、まるで伸びない生徒も他方にはいるわけで、僕は生徒によって差別するような人間ではないので、これは生徒の資質や、置かれた環境にもよるということです。

 その「伸びない」生徒も、僕の見るところ、能力そのものが低いからというより、「忙しすぎるから」というのが想像される以上に多いのです。「ビリギャル」のように英語と小論文に集中できるというような環境にはないからで、あれもこれもとやらねばならないことが多すぎて、どれも中途半端になってしまい、身につかないのです。

 前に受験生のあるクラスで、同じことを前に何度も教えたことがあるのに、何で君らは忘れてしまうんだろうねと嘆くと、「キャパ(記憶容量)が決まっていて、古いのは自動消去されてしまうんです」と答えた生徒がいました。そうすると、と僕は笑って言いました。「先に教えたのがより基本的な重要なことなので、それが“自動消去”されてしまうということは、大事なやつほど勉強が進むにつれて消されてしまうってことじゃないの?」「そうです」とその子は明るく答えました。「だからどの科目も、どんどん成績が下がっていくんです」

 笑い話みたいですが、これは実話です。この生徒たちは性格は申し分なくよくて、毎回笑わせてもらっていた僕は彼らと会うのが楽しみだったのですが、3年になって5教科7科目をこなさねばならなくなると、模試の英語の偏差値が50台半ばに達したと喜んだのもつかのま、再び下降線をたどり始めたのです。やることが多くなりすぎて、それが彼女たちいうところの「キャパ」を超えてしまい、頭の中が大混乱に陥って、全体の成績が低下したのです。学校の先生たちが“善良な意図”から宿題を増やすのも災いして、だんだん何が何やらわからなくなってきた様子なのがありありと観察されました。

 こういうのも重要なファクターなので、「ビリギャル」にしても、5教科7科目のセンターと、それに加えて二次の対策も…ということになっていれば、やることが万事中途半端になって、まず確実に失敗していたでしょう。一年かそこいらでそれほど多くの科目を一から始めてマスターするのは、どんなに頭がよくても無理だからです。

 だからそこらへん、やるべきことを絞り込んだ「ビリギャル」は戦略的にも賢かったのです。ふつうの私大3教科入試でも、科目数の多い国立よりはずっと楽なので、準備の不十分な生徒の場合、偏差値のあまり高くない地方の駅弁国立より、偏差値的にはそれより高い都会の有名私大を狙う方が受験戦略上は「正しい」のです。ことに文系の場合は、学費も今はそれほど大きくは違わないのだから、そうしてみたらと僕は生徒に勧めることがあります。今は各種の奨学金が充実しつつあって、返済不要の奨学金もあるので、国立と親の負担が変わらない場合もあるのです。

 しかし、田舎、ことに九州地区では伝統的に国公立崇拝が強く、塾に来る生徒もほとんどが国公立志望です。それで無理にこなせない量の勉強に取り組むことになって、アブハチとらずに終わってしまうことがどれほど多いことか。

 僕自身は、自分の息子は私立に行かせるつもりでいました。「大学は私立でいいよ」と早くから本人にも言っていたので、塾で生徒が苦労しているのを見て、怠け者の父親に似れば、面白くもない受験勉強でたくさんの科目をこなすのはとうてい無理だろうと思ったからです。本人もそのつもりで、受験勉強は3科目だけこなせばいいと考えていたのです(彼は元々教科書勉強の嫌いな子供でした)。

 親御さんの中には「そんな甘いことを言うと、子供が勉強しなくなる」と思っている人が多いでしょう。しかし、多い仕事と、少ない仕事を前にしたとき、少ない方が気楽に取りかかることができるのではありませんか? それでそれが片付くと、「もう少しやってみようか…」という気持ちに自然になる。勉強も基本的にそれと同じなのです。

 わが家のお坊ちゃまは別に「ビリガキ」ではありませんでしたが、当初は第一志望の私立に入れそうな成績ではありませんでした。しかし、3科目だから何とかなるというのが僕の見立てだったので、社会科は好きでいい先生にも恵まれたようだったから、英語を上げておけば何とかなると考えて、一年生の頃から週に一回入試の長文(内容に彼が興味をもちそうな)を解かせていたら、だんだん成果が出てきて、2年の終わり頃には私立はまず大丈夫そうになったので、それならと、5科に範囲を広げて、国立に変えたのです(それでも3年一学期中は「国立はスベリ止めとして受ける」なんて妙なことをまだ言っていたのですが…)。1年の時の数学の先生がひどすぎて、皆目わけがわからないというので、緊急避難的に数学塾に通い始めたおかげで、数学もまあまあの線が維持できていたことも幸いした。要するに、「メモリー残量」を見ながらの私立→国立への変更だったわけで、親の側に無理をさせる気は毛頭なかったのです。

 こういう行き方は、子供に過度なプレッシャーをかけることがないので、おすすめできるやり方ではないかと思います。世の教育ママパパは逆に、子供に「ふっかけすぎる」から失敗するのです。僕がわが子にかねて言っていたことは、睡眠時間をたっぷりとれということと、学校の宿題が多すぎるときは手抜きして疲れないようにしろということだけでした。もう一つ、イヤになったらいつでも学校をやめていい、とも言っていました。僕はその県立高校の度の過ぎた管理教育を快く思っていなかったからです(その場合は、かんたんな高卒資格認定試験をパスして、自分で受験勉強をすれば足ります)。

 十分に明快な教育方針でしょ? その当初の私立の志望校も、無理そうなら下げればいいと僕は思っていて、母親はと言えば、わが子が「大それた野心」を抱くことを何より恐れていたので、外からのプレッシャーは可能なかぎり少なかったのです。

 話を戻して、「ビリギャル」の話から得られる教訓は、「何とかなりそうな」目標をまず立てて、それを効果的な戦略に基づいて推し進めよ、ということです。やみくもに何もかもやれでは子供はイヤになってしまうが、彼女の場合はそうではなかったのです。愛知県の学校だったようですが、地味な印象の名古屋大学ではなく、華やかなイメージの慶応に標的を定めたというところがミソです。準備の観点からは前者の方がずっと大変だが、後者の方が世間的にははるかにインパクトがある。本も、おかげでたくさん売れたのです。

 むろん、慶応の英語で合格点が取れ、かなり高度な小論文でも大丈夫ということになったのは、やはり元々の素質があったからなので、地頭がよくないと、真似しても同じ結果にはならないでしょう。それでも、先ほども述べたように、「科目をもっと絞り込んでやれば、この子はずっと伸びるんだけどなあ」と塾で思うことが僕はよくあるのです。同じ英語でも、こんな下らん課題だの宿題だのを出してくれるなよ、と学校に注文をつけたくなることがよくある。どうもここらへんの学校は、「戦略的思考」というものに欠けているのです。単語でも熟語でも、有機的な関連抜きのブツ切りのそれを、試験で脅して暗記させればいいと考えていて、そういうのは頭の秩序にも、主体性にも基づくものではないから、その試験が終わればきれいさっぱり全部忘れてしまうということをご存じないのです。どのみちそれでは「考える力」に裏打ちされた高いレベルの読解力なんてものはつくはずがないから、難易度の高い大学の問題は解けるようにならないのです。多科目の「暗記の洪水」に溺れて、もはや「考える」余力もないという生徒がたくさんいるのです。

 学校の先生も、親御さんたちも、次のことをよく考えるといいのです。すらすらと物覚えのいいとび抜けた秀才の場合には、憶えること、理解すべきことがたくさんあっても、たいして苦になりません。彼らはそういうのはさっさと片付けてしまって、自分に必要なもっと高度で主体的な勉強をやる余力があり、あれこれ考えたり、好きな本を読んだりする時間ももてるのです。この「自分でする勉強」が彼らの学力をさらに伸ばすのですが、そんなふうにさっさとは進めないふつうの生徒は、外からあてがわれた暗記学習、作業学習で手いっぱいになり、自分で勉強の仕方を工夫しながら必要な勉強をする余力が全くもてなくなるのです。つまり、本当の意味での「考える学習」が彼らにはできなくなる。だから学力が伸びなくなってしまうのです。

 この「ビリギャル」の場合には、小論文の必要から、あれこれ本も読んだり、時事や社会問題にも関心をもつようになったでしょう。そうして、小論文を書くには何より考えなければならない。自分の頭で考えて書くのでなければ、いい小論文にはなりようがないので、出題文や資料に書かれたことを“客観的”に読み取って、かつ自分の頭で考えて、それが一定レベル以上の「なるほど」というものにするには、相当な訓練が必要です。それが彼女の視野を広げ、知力を伸ばしたので、そのことはそのまま、英語の勉強にも役立ったのです。この二つの勉強はバラバラのものではなく、「相互援助」的に作用した。ほぼ間違いなくそうだったろうと、僕は思うのです。

 普通の場合でも、「試験に出る」こと以外は関心をもつのも損だというような考えでカリカリ狭い暗記勉強しかしないような生徒は、学科学力自体が頭打ちになって、途中でダメになってしまうものです。その意味でも、いい小論文が書けるようになるために「考える」訓練をしたことが、英語学習のポテンシャルを高める効果を引き出したのです。

 読書力や集中力があって、自分の頭で考える習慣がある生徒は、まるっきり学科勉強はしてなくてそちらの方はさっぱりという場合でも、潜在能力的には高いので、最初しんどいのを我慢して勉強し続ければ、まず確実に成績は上がり、いい大学に入れるようになります。逆に言えば、そちらの力を鍛えることなしには、いくら時間だけかけて勉強しても、学力は伸びないのです。視野が狭く、頭に柔軟性のない、本当の意味での知的好奇心には乏しい生徒が高い学力など獲得できるわけがない。

 いわゆる「真面目」な生徒がしばしば途中で頭打ちになってしまうのは、「頭の遊び」というものが少なすぎるからです。そういう生徒に小論文など書かせると、辟易(へきえき)するほど面白くない文章を書いてくるので、そういうのは文章技術がどうのこうのという問題ではなく、自分の頭で考えるということがどういうことなのか、まるでわかっていないからです。

「われわれは他人の頭でものを考えることがあまりに多すぎる」と言ったのはフランスの詩人で、犀利な文明批評家でもあったポール・ヴァレリィですが、突き詰めて考えると、僕らが「自分の考え」だと思っているものは大方は他からの「借り物」で、その根拠を問い質せば「何となくそう思い込んでしまっただけ」ということが多いものです。そのことに気づくのが哲学の始まりであり、心理学の始まりでもあるわけですが、受験生があまりそういうことに関心をもちすぎるとノイローゼになってしまうことがあり、げんに僕も十代の末頃そうなってしまって、お勉強どころの話ではなく、大学ではなく精神病院に入ることになってしまうのではないかと恐れたので、そこらへん、「ほどほど」にした方が賢いのですが、「借り物」思考に全く気づかず、仮に気づいてもそこで何も吟味しようとしないというのでは困りもので、人の書く文章には、そういう弱点が全部出てしまうのです。

「君、これ、書いていて、自分でも面白くなかっただろ?」
「はい」
「自分でも、何書いているか、よくわからなかったんじゃない? 課題文にこういう言葉があるから、それを無理に取り込んでみたけれど、ほんとのところは何言ってんだかわからなくて、でも何か尤もらしいこと書かなきゃってんで書いたら、型にはまりすぎた、自分でも実感がまるで伴わない平板な道徳のお説教みたいになってしまったというのが、ホンネのところじゃないの?」
「はい」
「こういうの、学校の先生たちがよく言いそうなことだよね? 君はそういう眠たいお説教聞いて、何か感動したとか、そこから得るものがあったとか、そういうことある?」
「ありません(笑)」

 それなら、何でそんなことを自分も書くのだと、僕は言いたいので、そこで立ち止まって考えることを何もせずに、とにかく何か書いて、外形だけ尤もらしく見えればそれで通るのだと思う安易さが、僕は気に入らないのです。それは自分自身に対して不正直、不誠実だということなので、自分の感情にしっかり錨(いかり)を降ろして、知情意の一致点を探り、そこから苦労して自分の言葉を紡ぎ出す努力をしなければ、いい文章なんか書けるようになるはずがない。いわゆる「真面目」な子ほどこういう手抜きをするので、それはほんとは全然「真面目」なんかではないということなのです。だって、自分の書くことにまるで責任をもとうとしてないでしょ。

 小論文の難しさはそういうところにあるのですが、だからこそそれは時間はかかっても、ものを考える上でのいい勉強になるのです。字のうまい下手、文章技術のよしあしなどは、枝葉末節にすぎない。かんじんなのは何よりその中身なのです。

 この点で、いわゆる「不良」の子たちの方が、彼らは自分の正直な感情と直接つながって生きているというところがあるので、知的なトレーニングを受けさえすれば、そのあたりごまかしの少ない文章が書けるようになる確率が高い、と言えそうに思います。「ビリギャル」の場合は曲がりなりにも「不良」の洗礼を受けていたので、型にはまった優等生や真面目な子たちより自分の感情やホンネとのつきあいがしっかりしていたはずです。そのあたりの利点もあったのかなと、僕は想像するのです。

 以上、「ビリギャルの偉業」についての僕の想像を思う浮かぶまま書いてみましたが、最後に付け加えておきたいのは、この「ビリギャル」にはやっぱりエラいところがあるということです。いくら家庭が裕福で、相性のいい先生と出会えたとはいえ、本人の努力なしではそれは成らなかっただろうからです。英語でも小論文でも、ゼロに近い状態から始めて、それをモノにするというところまでもっていくのはやはり大変です。よほど精神的にタフでないと、途中でギブアップしてしまう。彼女の非凡さはそこにあったと言うべきで、いくら家がお金持ちでも、懇切なサポートを受けられても、本人の頑張りがなければ、こういうことは成功しないのです。何と言えばいいのか、とにかく「ギャル根性」があったのです。

 しかし、こういうのは所詮は「自分の利益のため」なので、動機は利己的なものにすぎないとも言えます。今後この「ビリギャル」が一身の利害を離れて、世のため人のためになるようなことを何か成し遂げたとすれば、その時こそ彼女は賞讃に値する存在になるでしょう。たかが大学受験に成功したというぐらいで本にまでして、大騒ぎするのは行き過ぎた話なので、それが映画にまでなるというのは、今の日本社会の文化的貧困をよく物語っているような気がするのです。書いたのは「ビリギャル」ご本人ではなくて、塾の先生のようですが、そこらへんどう思っているのでしょう? 何にせよ、今のわが国にはその程度のことしか「感動」の材料がないのだとすれば、そのことの方が僕には気がかりです。
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