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「人を殺したら死刑」と子供には教えよ

2015.03.01(19:40) 306

 例の川崎の中1の男の子殺害事件で、容疑者とみられる18歳の少年一人と、17歳の少年二人が逮捕されたそうですが、それまでも被害者の上村遼太君はこのリーダー格と見られる18歳無職の少年からたびたび暴行を受けていたようです。

 そしてそれが殺人の伏線になった。毎日新聞電子版に次のような記事が出ています。

 川崎市川崎区の多摩川河川敷で同区の中学1年、上村(うえむら)遼太さん(13)の刺殺体が見つかった事件で、上村さんの知人の少年らが事件発生の約1週間前、殺人容疑で逮捕された3人のうちリーダー格の無職の少年(18)の自宅に押しかけ、トラブルになったことが捜査関係者への取材で分かった。知人らは上村さんがリーダー格の少年から暴行を受けたことの抗議に向かったといい、神奈川県警川崎署捜査本部はこのトラブルへの逆恨みが事件の一因だった可能性があるとみて調べている。
 捜査関係者などによると、抗議に出向いたのは上村さんの友人の兄で、上村さんとは同じ中学出身の少年など数人。1月に上村さんが18歳の少年から激しい暴行を受け、顔にあざができていることを知り、少年宅を訪れて激しく抗議したという。
 この際、18歳の少年は不在で、対応した母親と姉が川崎臨港署に通報。署員が知人の少年らから事情を聴いた。同署によると、上村さんが現場にいなかったため詳しい事情が分からず、上村さんを巡る暴力について把握できなかったという。
 18歳の少年の友人らによると、同少年は「(上村さんは)俺に殴られたことを告げ口した。恨みがある」と話していたという。捜査本部もこうした情報を把握しているとみられる。
 また、捜査本部は28日に18歳の少年宅を家宅捜索し、事件当日に殺害現場付近の防犯カメラに映っていたタイプとよく似た自転車を押収したことが捜査関係者への取材で分かった。自転車を押して歩く少年グループの姿が記録されており、捜査本部は少年が現場に行った裏付けになるとして調べている。捜査関係者によると、上村さんが殺害されたとされる2月20日午前2時前後の防犯カメラ映像に、上村さんを含む4人が通り過ぎ、上村さん以外の3人が戻ってくる様子が映っていた。このうち1人が押している自転車が似ているという。少年は調べに対し「現場には行っていない」と供述している。【松浦吉剛、大場弘行、水戸健一】


 聞いて呆れるとはこのことで、「告げ口されて恨みがある」というが、嘘の告げ口ならまだしも、五歳も年下の子供をいじめ、暴行を加えるという卑劣なことをしておいて、それで男気のある上村君の年上の友達が怒って抗議に出向いたという、あたりまえの話なのです。

 しかし、ターゲットの少年はそこにはいなかった。ほんと言えば、こういうのは家族に言っても仕方がないので、昔の不良なら、家なんかには行かないで、遊び回っているところをキャッチして、人目のつかない公園にでも連れ込んで、そこでボコボコにして、「今度あの子におかしな真似をしたら、おまえの命はあると思うなよ」と警告したでしょう。ふつうなら、そこまでされればこわくておとなしくなるので、やり方が少し下手だったのです。たぶん少年たちは不良ではなかったので、効果的なやり方を心得ていなかったのでしょう。

 こういう筋の悪い不良は昔もいなかったわけではありません。僕は小学生の頃、友達と公民館で遊んでいて、中3のワルにからまれ、こわい思いをしたことがあります。運よくそこに同じ中3の従兄が現れ、「どアホ、やめんかい!」と怒鳴った。不良はナイフ(昔の子供がよく持っていた肥後守)を出して構えましたが、その従兄は別に不良ではありませんでしたが、めっぽう喧嘩が強かったので、難なく相手を叩きのめして、そのナイフを取り上げた。今の子供なら「カッケ―」と言うところで、皆尊敬のまなざしでその従兄を見上げたものです。おかげで僕らはもうそのたちの悪い不良からちょっかいを出されることはありませんでした。

 今はこういう頼もしい年上の少年や、由緒正しい不良(西部劇の早撃ちガンマンと同じで、挑戦は受けて立つが、決して弱い者いじめなんかはしなかった)がいなくなってしまったので、腐れヤンキーがわがもの顔でのし歩き、皆が迷惑するようになってしまったのです。オオカミなどのトップ・プレデター(頂点捕食者)がいなくなると、下位の動物(シカなど)が勝手放題ふるまって、生態系が破壊されることが知られていますが、これはそういうのと似たところがあります。

 実際、警察ではなく、トップ・プレデターがいるおかげで、町の秩序が保たれているということさえあったのです。僕は高校時代、実家から遠く離れた漁師町で三年間を過ごしましたが、最初寮に入って、数か月後下宿に移ったのですが、最初に下宿のおばさんに「夜の8時以降は絶対に港の方に行ってはならない」と申し渡されました。「どうしてですか?」ときくと、「命の保証ができないからです。親御さんから大事なからだをお預かりしている以上、私には責任があります」と厳粛な面持ちで言われたので、びっくり仰天しました。聞けば、夜間港のあたりは無法地帯に近い状態になり、暴力沙汰は日常茶飯だというのです。

 自分は一体どんな恐ろしい町に来てしまったんだろうと戦慄しましたが、住んでみると、気風は荒いが、人情の厚い、おおらかなほんとにいい町でした。そこには一人、ワルどもから神のごとくあがめられている人物がいました。地元の友達によれば、遠洋漁業の漁師をしていて、一年の半分は海に出ているが、その町がよく治まり、暴力団の事務所が一つもないのも、その人のおかげだというのです。その人の武勇伝はたくさんあって、ボクシングの達人で、喧嘩の天才だという。長ドスか日本刀を振り回すヤクザ者相手に単身素手で立ち向かって倒したことさえあるというのだから凄い。まだ二十代の若者だという話でした。

 僕はその人をゴリラかプロレスラーのような体格の人だろうと思い込んでいました。喧嘩のランキングというのがあって、その人がもちろん№1で、№2は誰か知りませんでしたが、№3はバイク屋の店員で、こちらは「いかにも」といった迫力満点のいかつい男だったからです。高3の時、僕はひょんなことから№4の人にも出会うことになりました。あろうことか、それは僕が一目ぼれしてしまった女の子の交際相手で、諦めきれずに彼女を横取りするようなかたちになってしまったことから、その社会人男性を激怒させる羽目になって「ご対面」と相成ったのです(彼女は「あんたが勝てるような相手じゃないわよ」と事前に警告してくれていたのですが)。

 この№4も男らしいいい人でしたが、それは別の物語です。僕が聞いた話では、喧嘩がレクレーションのようになっているその町では、高校の番長程度ではランキングの上位にはとうてい入れないということでした。その頂点に立つというのはだから大変なことに思われ、僕にはその№1の顔役は、容貌魁偉な化け物のような人であろうと想像されたのです。

 ところが、その№4遭遇事件の後に、僕はこの伝説の人物に、まさかそれがその人だとは知らないまま、お目通りすることになったのです。ゴリラどころか、細身のすらりとした体格で、背もそう高くありませんでした。何より驚いたのは、この人は女性に生まれていればどんな美人になっていただろうと思わせるそのハンサムさと、からだの隅々にまで神経が行き渡っていそうなその繊細な雰囲気でした。僕は一発でその人が好きになってしまったので、初対面なのに話し込んでしまい、途中で小料理屋のおばさん(下宿のおばさんに心臓の持病があったので、ある時期から夕食はそこで作ってくれることになっていた)がお茶を運んできたついで、その人に向かって「Sさん、まじめな学生さんに、おかしな話しなさんなよ」と言い、僕に「大野さん、この人はこんな優しそうな顔してるけど、ほんとは恐ろしい人なんだからね」と言った時に、初めてそれが誰なのかわかったのです。むろん、「おかしな話」なんかは何もしていなかったので、水商売の人らしく、そのおばさんはその方面のことをよく知っていて、僕が友達から聞いていた話は大方実話らしいということがわかったのですが、「喧嘩はもうよしたら」と言うおばさんに、「したくてしてるんじゃない。おかしな話を次々持ち込んでくる奴がいるから、仕方ないんだよ」と苦笑しながら答えていました。たとえば、タクシーの運転手に恐ろしくガラの悪いのがいて、皆が困っているから何とかしてほしいというので、そいつを脅し上げておとなしくさせる、といった具合で、町のトラブル・シューターとしての役目を、その人は負わされていたのです。

 別れ際、その人は「何か困ったことがあったら、いつでも遠慮せずに言っといで」と優しく言い残して立ち去ったのですが、「カッケ―」の十乗ぐらいの風情でした。喧嘩自慢のワルどもが崇拝するのも無理はない。根っからの民主主義者である僕は小さい頃から親分子分の関係が大嫌いで、小学生の頃、三つか四つ年上のガキ大将が地域の男の子を全部子分にしたときも、僕だけそれに加わらなかったので“迫害”(それは子分に大声で僕の悪口を叫ばせるといった程度の他愛もないことでしたが)を受けたことがありますが、この人の子分になら喜んでなると思わせる人間的魅力が、その人にはあったのです。

 今は、しかし、オオカミが絶滅してしまったのと同じで、こうしたトップ・プレデターは姿を消しました。それで腐れヤンキーがあちこちにはびこるようになって、最悪の場合には、それがこういう陰惨な事件にもつながるわけです。

 逮捕された少年三人は事件前に飲酒していたとも報じられていますが、飲酒は日常的なことだったようで、「一体どんな家庭なんだ?」と大方の人は思ったでしょう。この種のヤンキーの家庭はたいてい「崩壊家庭」のようですが、こういう「子供のやることに親は知らんぷり」も今の社会の特徴の一つです。

 地域の人も今は見て見ぬふりをする。こういうのは今に始まったことではありませんが、年々ひどくなるばかりのようです。僕も昔、こういう無関心には苦い思いをさせられたことが何度もあるので、20代半ばの頃のことですが、東京都下の田無市に住んでいたことがあります。OLの女友達が遊びに来ていたことからして、土曜の夜のことだったと思うのですが、どこかの家で大音響で音楽をかけ、夜の10時を過ぎてもやむ気配がない。僕の性格を知っている彼女は気配を察して関心を他に逸らさせようと懸命でしたが、とうとうブチ切れて、「内側から鍵をかけておけ」と言い残して、僕はその「音源」を探しに出かけました。二、三百メートルほど離れたところに二階建ての一軒家があって、音はその二階から出ているのを確認しました。それで静かにさせようとドアをバンバン叩いたが、全く反応がない。出てこいと怒鳴っても無反応。こうなったら仕方がないと、僕は交番まで歩いて行き、おまわりさんに事情を話して来てもらうことにしました。おまわりさんは自転車に乗り、僕は小走りでその家まで行ったところ、音はすでにやんでいました。「今は静かになってますが、この家です」「わかった」とおまわりさんは言って、ノックして「警察の者だけど、ちょっと開けてくれる」と言うと、しばらくしてドアが開きました。「近所迷惑だから、夜中にガンガン音楽なんかかけちゃダメよ」と中の何者かに教え諭すように言いました。おまわりさんの話によれば、高校生数人が二階で騒いでいたのです。

 僕は一緒に道を戻りながら、お礼を言って、「しかし、あの家には親はいないんですか?」と聞くと、おまわりさんは笑って「いるよ」と言いました。出てきたのは高校生だが、親は間違いなく在宅している、と言うのです。

「じゃあ、何で出てこないんですか?」
「君ねえ、自分とこのガキが傍迷惑な勝手放題をして、親が平気で顔を出せると思う? こういうケースはほとんどみんなそうなんだよ。親は子供にふだんから何も言わないし、言えない。こういう家庭の体をなしていない家が今はけっこう多いんだよ」

 それにしても、周りには家がたくさんあるのに、言いに行ったのがかなり離れたアパートの住人である僕だけだったというのは何なのでしょう? こういうことをする奴はどうせロクでもない馬鹿だから、イザとなったら殴り合いになる覚悟で出かけた(だから万が一を考えて彼女にロックしろと言った)のですが、周りの加勢は全く期待できないのです。ある意味ではそちらの方が恐ろしい。このときだけではない、埼玉の塾に勤めているときも、そのときは騒いでいるのは五、六人のアホな大学生たちでしたが、直接注意に出向いたのは僕だけで、しかもそのとき、僕の怒鳴り声が響いてしまったらしく、塾だから仕事に行くのが遅いのが、それを近所の人たちは勝手に誤解して、僕を暴力バーの用心棒か何かと思ったらしく、あるとき向かいの家のおばあちゃんが掃除当番の札をもってきたとき、気の毒なぐらいガタガタ震えていたのにはびっくりでした。それでどう思われているかがわかったのですが、聞かれもしないのに「いや、自分は怪しい者ではありません」と言い訳するわけにもいかず、困ってしまった。堅気の人間はそういうことで怒ったりはしないということなのでしょうか? どうもおかしな国になったものです。

 家庭にも、地域社会にも教育能力が全くないとすれば、そして適切な懲罰を加えるトップ・プレデターのような由緒正しい不良もいないとすれば、この手の卑劣なワルはどこまでも悪くなるしかないでしょう。挙句がこういう殺人事件を起こすのです。

 これも一種の「生態系の崩壊」です。僕は今週号の週刊文春を買って関係記事を読みましたが、被害者の上村君の家庭もまた「崩壊」していたようです。母親が看護師助手をして家計を支えていたようですが、看護師と看護師助手では収入に大きな違いがあって、生活は大変だったようです。離婚した父親からの援助は物心両面で全くなく、かえって父親の家庭内暴力が原因で離婚していたというのだから、何ともはや…です。不幸な家庭で育った、しかし人懐っこい明るい子だったのがこんな不幸な死に方をする、それを誰も助けることができなかったというのは、テレビのコメンテーターのおきまりのセリフになっているようですが、やはりやりきれない感じがします。

 しかし、どんな崩壊家庭であっても、「人を殺したら死刑」ぐらいのことは最低限教えておいてもらわないと困る。少年法がどうのこうのという問題ではない。父親なら、「法律がどうでも、そのときは親としておまえを殺すからな」と言っておかねばならないのです。むろん、不良でなく、悪質ないじめや暴力沙汰を起こす心配のない子にはその必要はない。しかし、日頃から素行が悪く、高校を中退して酒なんか食らっている馬鹿にはその必要は大いにあるのです。それもできないようなら、子供なんか作るな。

 ところが、犯人と思われる(たぶんそれは間違いないでしょう)18歳の少年の父親は、弁護士を通じて次のようなコメントを出したそうです。産経にそれが出ていた。

 上村君の事件につきましてはあってはならないことであり、ご遺族の気持ちはいかばかりかと察してあまりあります。また、犯人には事件相応の罪を受けてほしいと思っております。これを前提に、息子は上村君の殺害とは無関係です。ただ、上村君と息子とは面識がなかったわけではないので、事件の真相解明に協力できることがあれば協力したいと思っております。

 こうした反応も尋常ではない。なぜ自分の息子は「無関係」だと言えるのか? 昔の悪ガキの親は、何か暴力沙汰でもあるとすぐにわが子を疑って、「まさかおまえがやったんじゃあるまいね?」と問い質し、「それはボクじゃない」と言っても、なかなか信じてもらえなかったものです。尤も、その種の悪ガキは卑劣なことをするような種類のワルではなく、親もまともな人が多かったのですが。

 ところがこの父親は、息子が「やっていない」と言うからあっさりそれを信じる。ふだんの乱暴狼藉を放置して、ロクでもない腐れガキに育てておいて、息子の言い分だけは信じるというのはどういう人間なのかと思ってしまいますが、そういう便利な人間なのでしょう。この事件が「あってはならないこと」で、「犯人には事件相応の罪を受けてほしいと思って」いると言うのなら、わが子が犯人だとわかった時はどうするのでしょう? それは誰かの陰謀で、わが子は陥れられただけだと言い張るのでしょうか? 社会性ゼロのモンスターペアレントの最たるもので、こういうのが出てくるというのも世も末の証拠です。

 中心に育児放棄に等しいこわれた家庭と、こわれた親子関係があって、そこからこわれた若者が生産されて、それがこのようなとんでもない事件を起こす。そして地域社会はそのこわれた若者の暴走に見て見ぬふりを決め込んでいたのです。警察は、上村君に対する暴行を把握していながら、調査に乗り出すことはしなかった。殺されてからやっと重い腰を上げたのです。学校も、1月から上村君は不登校だったと言うが、事実上はそれを放置していたのです。どこをどう見ても救いのない話に思えてきます。全部がこわれている。

 上村君のことを心配している子供たちはいたわけですが、彼らはよい大人の相談者を見つけることができなかった。僕が高校時代に会ったSさんのような人がいれば、彼らと上村君を助けてくれたでしょう。しかし、今はもうそんな人もいないのです。
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