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「水戸黄門」と「特定秘密保護法」

2014.12.13(07:47) 293

 しらけきった衆院選もいよいよ明日に迫りまりましたが、10日に例の特定秘密保護法が施行されて、今頃選挙をやるのは、評判の悪いそちらへの注目度を減らそうという狙いもあったのかなと思うほどです。だとすれば、安倍晋三は類稀なる策士かもしれません。

 ということで、今回はそちらの話を少し―。もう今から40年近くも前ですが、お盆か正月に親子ほど年の離れた従兄と話をしていて、その人がテレビの「水戸黄門」が好きで、「家で父権を発動するのは水戸黄門を見るときだけだ」と言うのを聞いて、思わず吹き出してしまったことがあります。他の時は家族にいるのかいないのかわからないような軽んじられ方をしているが、そのときばかりは「絶対権力」をふるい、チャンネルの選択権を断じて譲らないというのです(当時は各家庭にまだテレビが一台しかなかった時代です)。

 何で水戸黄門が好きなんですかという僕の問いに、従兄はこう答えました。この世の中は不正と理不尽に満ちているが、あれでは必ず「正義が勝つ」ことなっているので、安心して見ていられるのだと。なるほど。庶民を苦しめる悪代官や悪徳商人たちは、最後には「この紋所が目に入らぬか!」という助さん格さんの言葉に戦慄、平伏して、「水戸のご老公」の正義の裁きに服することになるのです。

 善良そのものの従兄らしいと思われ、気持ちは僕にもよくわかりましたが、次のような皮肉な見方もできます。水戸黄門は隠居の身とはいえ、国家権力を背後にしていて、あの印籠はその象徴です。あのドラマはだから、国家権力は正しい裁きを下してくれるものだという庶民の信仰に基づいているといえるので、100%フィクションとはいえ、ああいうドラマが長寿番組たりえたのは、幸せなお国柄と言うべきなのでしょう(ついでながら、僕自身の子供時代のヒーローは、映画の「鼠小僧次郎吉」[大川橋蔵主演かと思って調べたら、林与一でした]で、真似をして覆面姿で屋根に上ったり、塀や柵を見るとむやみと飛び越えたがるので叱られたものですが、今にして思えば、あれはお上に逆らうお尋ね者の盗賊だったので、成人後の好みは子供時代に早くも表われるもののようです)。

 話を戻して、特定秘密保護法も、国家権力が全き正義の体現者であるなら、他国のスパイなどに「我が国の安全保障に関する情報のうち特に秘匿することが必要であるもの」(第1条)を漏らす不心得な公務員や民間関係者をとくに厳しく罰する、というだけなので、何ら問題はないということになるでしょう。

 むろん、「鼠小僧」派の僕は、権力に対してそんな信頼はもっていないので、「奴らは漏れると権力の維持に不都合と考える情報は片っ端から『特定秘密』に指定して、それを隠そうとするおそれがある」と考えるわけです。昔の治安維持法のように、政情不安にかこつけて次々負の改訂を重ね、政府に邪魔になりそうな人間は公安警察を使って片っ端から逮捕するようにもなりかねないと(あれは戦後もまだ残っていたので、GHQの指令によってやっと廃止されたのです)。

 じっさい、秘密保護法が問題になるのは、不穏な政治情勢になって、国家権力が悪用の誘惑に駆られるようになったときでしょう。それは早ければ10年もしないうちにやってくるのではないかと僕は懸念していますが、そのときに人々は、あれは国家の安全保障のためではなく、国民支配の道具として作られていたのだ、ということに気づくのです。

 秘密保護法がメディアの委縮を誘発することは目に見えています。放送局に安倍の茶坊主二人がおかしな「通達」(むろん、法律的には何の根拠もない)を出したというだけで、この有様なのですから。秘密保護法は、その存在それ自体によって、「メディアの報道自粛」を強化する結果をもたらすのです。仕事のできない無能なジャーナリストにはていのいい言い訳の種にもなるでしょう。特定秘密“かも知れない”ということで、取材を控えた、と言えるからです。

 反対に、「特定秘密」を知り得て、その秘密を守る立場になった人間が、この法律のおかげでそれを漏らさなくなるとは、僕には思えません。つまり、「本来の趣旨」からはその効果は疑わしいということです。たぶん仮想敵国としては中国やロシアが考えられているのでしょうが、有能なスパイなら、しっかりと相手の弱みを握った上で、それをバラされて今の地位を失うか、国家機密を漏らすか、どちらかを選択しろと迫るでしょう。自己保身のために国を売る手合いは洋の東西を問わず昔から少なくなかったので、この法律では「行政機関の長、国務大臣、内閣官房副長官、内閣総理大臣補佐官、副大臣、大臣政務官」などは、特定秘密を知る上での身体検査(条文では「適性評価」)なしですむ例外扱いになっていますが、むしろそういう人間の方が保身欲は強いので、彼らが漏らさないという保証は何もないのです。いくら罰則を強化したところで、バレなければいいのだし、自分の弱みをバラされて失脚するという今現在の危険を、情報を売って免れたいと考えるのは凡庸低劣な人間にはむしろ自然な心の働きなのです。

 あまりこういうことを言う人はいないようですが、いかがですか?「水戸黄門」的な、権力に属する人間は皆清廉潔白で悪をなしえないというおめでたい幻想をおもちの方は「そんなはずはない」と思うかもしれませんが、ある程度世間というものを知っているオトナなら、なるほどと思うのではないでしょうか。

 元々この法律は、日本の政治家は口が軽すぎるとか、担当のお役人が平気で秘密を漏らしてしまう傾向があるということで、アメリカから「それでは困る。これでは国家間の重要機密など守られる保証は何もないので、情報がほしければもっと厳密なシステムを作れ」と言われて、「それでは…」ということで作られたものだという話です。

 しかし、ここにもそもそもの問題がもう一つあるわけで、アメリカ政府はこれまで自国民に隠れてロクでもないことをあれこれ重ねてきたのです。そういうのは、ノーム・チョムスキーの本などを読んだことがあればよくわかるので、卑劣な手段を使って民主的な手続きでえらばれた他国の政権を、親米的でないという理由でクーデタを扇動して潰したり、恐怖政治を敷く独裁者を、これまた自分に好都合だからというので支援したり、人非人としか言えないようなことを数知れずやってきたのです。あのブッシュのイラク戦争と来た日には、僕はあれは初めからでっち上げだろうと見ていましたが、「大量破壊兵器を隠し持っている」という確かな極秘情報(こういうのは秘密保護法の見地では当然「特定秘密」に指定されるわけです)があると主張し、結局なかったのですが、自分が持ち込んでおいて、砂漠の真ん中あたりの薄汚れた倉庫で「あった!」と言わなかったのがむしろ不思議なくらいでした。今のあの国はその程度のペテンは平気でやりかねないからです。

 だから、アメリカ政府そのものが腐っているのですが、それでもあの国には情報開示を義務付ける関係法規がちゃんとあって、その時はわからないが後になると政府が何をやらかしていたのかはかなり明確にわかる。ところが、わが国のこの特定秘密保護法の場合には、事実上その「秘密指定解除」を無限に先延ばしすることができるのです(第4条)。途中でその重要機密を記した文書が「紛失(実は抹消廃棄)」してしまうことも大いにありそうなことで、イカサマ規定もいいとこなのです。

 僕はむろん、特定秘密保護法の全文を読んだ上でこれを書いているのですが、全体にこの法律は国民に対して身内(政府)の秘密を守ることに重点が置かれたもので、役人や民間の関係者に対して、「バラしたらタダですむと思うなよ!」という脅しをかけたものだと解釈するのが妥当に思われます。日本人は概して脅しに弱いので、仮に気骨のあるジャーナリストがその秘密の一つまたは複数を暴露して逮捕されたとして、裁判で争いになったとしましょう。第22条の2には、「出版又は報道の業務に従事する者の取材行為については、専ら公益を図る目的を有し、かつ、法令違反又は著しく不当な方法によるものと認められない限りは、これを正当な業務による行為とするものとする」とありますが、この二つの要件「専ら公益を図る目的を有し」と「法令違反又は著しく不当な方法によるものと認められない限り」は「かつ」という言葉で結ばれているのです。どちらかではなく、両方を満たさねばならないので、裁判で勝とうと思えば、被告はその両方を証明しなければならない。「専ら公益を図る目的」というのは主観の排除が難しいかなり曖昧な言葉だし、軽微な「法律違反」も「法律違反」ではあるから、ハードルはかなり高そうです。そして、通常の「情報源(この法律では重罪人)の秘匿」がそこでは許されるのかという問題もある。

 裁判所がそこらへんの認定を条文の趣旨に合わせて「公正」にやってくれ、かつ、そのジャーナリストが「これは本来、特定秘密に指定されるべき案件ではない。国民の知る権利の重要性に照らせば、その指定は恣意的にすぎる」と主張して、それが認められれば、被告は裁判を通じて政府の非を明らかにすることもできるのですが、昔から裁判所というところは上に行けばいくほど「政府寄り」なので、そのあたりも甚だ心許ないものがあるのです(政府部内に監視機構を設けるというのでは、全くの茶番で、まともなチェックなどできようはずがありません。その人事を誰が決めているのですか?)。

 今後の事例を考える上で参考になるのは、日米の「核持ち込み密約」の問題です。ウィキペディアに「日米核持ち込み問題」の項目が立てられていて、わかりやすくまとまっていますが、タテマエとしては「非核三原則」を言いながら、事実米艦船の核持ち込みは代々黙認されていたということなのだから、当時これが外に出ていれば大騒ぎになったはずで、日米安保条約改定の行方にも大きな影響を及ぼしたでしょう。

 こういうのは間違いなく「特定秘密」に指定されるわけですが、集団的自衛権とのからみで米軍の軍事行動にわが国がつき合わされ、その中の機密事項がもし日本国民に知らされれば、世論の大反対が沸き起こるというようなときに、安倍ネトウヨ政権のような政府は、「これが国のためなのだ」という勝手な思い込みで、それを秘密にしたまま、とんでもない方向に国を引っ張ってゆく危険があるわけです。

 げんに、上記ウィキペディアの記事の末尾には、「第2次安倍内閣発足後の2014年(平成26年)1月31日、首相安倍晋三は衆議院予算委員会で密約について岡田の指摘を受け『政府が否定し続けて来たのは誤りだった』と、密約の存在を正式に認め、国民が『理解し得るかどうか、という中での判断だったのだろう』と答弁した」とあります。

 これが意味するのは、非核三原則などはナンセンスであった。しかし、“当時の”国民はそれを理解しなかっただろうから秘密にしたので、そのおかげで死活的に重要な日米安保条約は改定・存続したのであり、それは正しい判断だったのだ、という安倍自身の決めつけです。

 今は平然とそんなことを言っても、何ら問題視されない。頑なに密約の存在を政府が「否認」していた時代よりむしろ危険になったと、僕などは思うのですが、安倍やそのお友達はこれを「正常化」と見ていて、その方向をさらに進めようとしているのだから、そのためには、国民がそれを知れば騒いで猛反対に転じそうな情報は秘密にして、自分たちがいいと思う方向に舵取りすることを、「正義」と考えて恥じないのは明らかです。

 特定秘密保護法はそのための道具の一つです。その程度の認識はもってよく監視していないと、どんな目に遭わされるかわかったものではないので、「何、騒ぐほどのことではないさ」と言う人たちは、平和ボケしすぎているのではないかと思うのです。
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祝子川通信 Hourigawa Tsushin


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