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外部の無秩序と内面の無秩序

2010.11.09(15:26) 29

「民は依(よ)らしむべし。知らしむべからず」
 そう言っていられた昔がうらやましいと、今の民主党政府の要人たちは思っているかも知れません。例の尖閣諸島での「中国漁船の日本の巡視船への衝突」映像ビデオが、インターネットのYoutubeを通して、全世界に閲覧可能(中国政府は規制をかけているそうですが)になってしまい、せっかく「手打ち」の段取りが整いかけたのに、「また面倒なことになったな…」と苦々しく思っているだろうからです。

 経済“貧”国への坂を転げ落ちかけている今のわが国の政権担当者にとって、頭を悩ませる問題は他にたくさんあるのに、こういうことで支持率の低下に拍車がかかってはたまらないと思っているのではないでしょうか。

 僕はその映像を、ネットではなくNHKのニュースで見ましたが、「さっさと公開しておけばこんな騒ぎにはならなかっただろうに」と思った人間の一人です。一部の右翼の愛国主義者たちを悪く刺激することになると恐れたのでしょうか。しかし、事実は事実なので、「こういうことらしいんですが…」と世界に公開して、それで他国や国内の反応も見ながら、落ち着いて対応を考えれば、その方がよほど適切に事を運べたのではないかと思ってしまいます。こうなってから流失させた人間を捜し出して刑事告訴すると言っても、隠す方が悪いのではないかと言われては、かえってヤブヘビになってしまうわけです。アメリカがかつて湾岸戦争のときにやったみたいに、嘘の証言者をでっち上げて、戦争支持への世論を喚起したり、この前のイラク戦争のときみたいに、ありもしない「大量破壊兵器疑惑」をでっち上げたりするのは、虚偽の情報によって国民と世界を欺くことなので、どう見ても正しくないが、別にこの程度のことで中国と戦争になるとは思えないし、おかしな隠蔽工作をやるからこういう余計な騒ぎになるのだと批判されても仕方はなさそうです。自民党は例の「沖縄密約」についてはずっと嘘をつき続けてきたわけですが、隠蔽体質は民主党も同じではないかと、「変わらない日本政治の体質」を印象づけることになったのは、民主党政権の支持者としてはいくらか残念です。

 アメリカのオバマ民主党政権も、空前のお粗末政権だったブッシュ・ジュニア(歴代大統領の中でもワースト3に入るでしょうが)の尻拭いをさせられていて、景気は政治の力だけではなかなかよくならないし、解決を約束したアフガンの泥沼は先が見えず、アメリカ政治の宿願だったと言われる国民健康保険制度の導入も、全く新しいシステムの構築は無理で、どこか中途半端なものになってしまったようで、この不況の中、税負担が増えるだけだというので芳しい評価は得られず、この前の中間選挙では大敗を喫してしまったようです。

 日米どちらの「民主党」政権も、今後が大変です。それでなくとも今の世界は複雑になりすぎてしまって、政治や経済の安定・成長をはかろうにも、考慮すべき要因があまりに多く、かつそれらの関係も複雑をきわめて、全体を見られる人などはどこにもいないように思われます。そうした中を、政治はその都度右往左往して非難を浴びながら“漂流”せざるを得ない。経済はその根幹をマネーゲームによる資金移動に依存して、不安定さを増す。しかもその「移動」自体、しばしば場あたり的な“心理反応”に依存するのだから、予測は困難です(次々新しいのが出現する「貿易協定」なども、各国の思惑入り乱れての産物のようで、深い考慮に基づくものではなさそうです)。

 これを要するに、人間は管理不能のシステムを、しかもそのシステム相互間の関係がどうなるかはよく理解しないまま、次々作ってしまって、その中で無力をかこつ羽目になってしまったということです。“便利な”コンピューター技術は、それをよけい複雑な、不透明なものにしてしまった。システムと技術に、人は翻弄されるだけなのです。

 こうした全体への無能と無責任が、それに対する無力感が、個々の人間の職場や私生活における対処の仕方に、どういう心理的影響を及ぼしているかは、興味深い問題です。全体に対する明確な理解、見通しがもてないということ―それは精神が無秩序にさらされるということですが、それは個々の人の行動にどういう影響を及ぼすでしょうか。同じように場当たり的な、無責任な対応を職場や私生活でも取ることにつながらないでしょうか。そしてそれはさらに全体にはね返って、この世界はさらに混乱した、無秩序なものになるのです。
 
 おそらく、個々の人が内面に秩序(機械的ないわゆる“規律”ではなく)をもち、それに則って行動するなら、システムや組織のありようはいま少しまともなものに変化してくるでしょう。そうすると、問題点を正確・具体的に把握し、それを改善してゆくこともそれだけ容易になります。そういう自律的な運動に支えられないかぎり、どんな制度改革も功を奏することはないでしょう。外部に秩序や規律を求め、それに依存して内部の秩序を回復しようと考える人は、永遠にそれが得られないのです。

 外部の無秩序・混乱に、人は物理的・社会的に関わらざるを得ません。しかし、“心理的”には、それと関わらずにいることは可能なのではないでしょうか。むろん、それに対して鈍感であるとか、認識をもたないということではなくて。それと戦いつつ、しかし、深い部分では影響されずに生きるということです。

 そういうことを真剣に考えないと、この世界の行き着く先は見えている。政治家たちも国民を子ども扱いしたり、神経症患者扱いしたりするのではなく、事実は事実としてきちんと公開して、痛くもない腹を探られないように気をつけるべきでしょう。僕は自分の塾の高校生たちを子ども扱いしたことはなく、いつもホンネで応対していますが、別にそれで不都合が生じたことはないので、少しは学校の先生たちや政治家先生たちにも見習ってもらっていいのではないかと思います。人は真実を土台とするのでなくては何一つまともなことは考えらず、適切な行動もとれないのですから。またそうするのでなければ、精神に秩序がもたらされることもないわけです。

 「しばらく休憩する」と言ったものの、一言コメントしておきたくなったので、書いてみました。
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祝子川通信 Hourigawa Tsushin


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