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平和な大学に「機動隊突入」の怪

2014.11.15(16:57) 285

 例の京都大学の事件です。僕ぐらいの世代の人間は「中核派」と聞くと、「そんなのがまだ生き残っていたのか?」と、絶滅したと思われていた動物がまだ棲息していることを知ったときのような感動(?)を覚えるのですが、それはたしかに実在するようです。

 それでついでに昔話をさせてもらうと、僕が学生の頃というと70年代後半ということになりますが、かなりの稀少種になりかけていたとはいえ、その頃はまだ左翼過激派は健在で、最も有名なのは革マル派と中核派でした。両者は敵対していて、いわゆる内ゲバというやつで、互いに殺し合いを演じていた。キャンパスでよく見かけた、あの左翼特有の妙にカクカクした立看(タテカン)の文字を今でもよく憶えていますが、そこには「糾弾」とか「殲滅」とかいう穏やかならぬ文字が躍っていたものです。

 構内でアジ演説(ほとんど誰も聞いていない)もよくやっていて、当時の大学図書館は夏でも冷房がなく、窓を大きく開け放ち、天井に据え付けられた巨大な扇風機がブーンという音を立てて回っていましたが、外でそうやってハンドマイクでしょっちゅうガアガアがなっているのだから、うるさくて仕方がない。僕みたいに大学に来ること自体が少なくて、授業にはほとんど出ないという不良学生にはさしたる影響はなかったものの、真面目な学生には迷惑なことだったでしょう。それでもほとんど文句を聞かなかったのは、そういうところが大学なのだという暗黙の了解のようなものがあって、過激派もいてあたりまえみたいなところがあったのだろうと思います。僕は仲間に会うためにだけ大学に顔出ししていたようなものですが、一種独特の無秩序な活気があって、すこぶる居心地のいい空間でした。むやみと学生数が多いものだから、すれ違う人間の大方は他人でしたが、自由な空間はしかと共有されている、そういう感じがあったのです。

 僕が籍を置いていたのは早稲田大学ですが、当時早稲田の学部自治会は、法学部だけ軟弱な民青だった他は、革マルが牛耳っていると言われていました。「不法占拠」されている学生会館か何かのビルの屋上には革マルの「見張り小屋」と呼ばれているものがあって、それは中核派の襲撃に備えたものだと言われていました。怪しいのが来ると、無線か何かで連絡して、返り討ちにしてくれよう、ということだったのでしょうか? それは一般学生にはこっけいなものに思われましたが、内ゲバでげんに死人も出ているのだから、彼らは真面目だったのでしょう。

 自治会を過激派に乗っ取られているのは恥ではないかと思う人がいるかも知れませんが、それは一般学生にとっても大いに好都合な側面があったのです。彼らは事あるごとに「全学スト」を呼びかけ、試験ボイコットなどに突入しました。その理由も高田馬場から大学までのスクールバスの料金が10円上がったとか、かなり些細なことが多かった気がするのですが、そういうのも左翼的な論理では重大な問題になりうるのです。

 一般学生にしてみれば、それで試験が潰れて楽なレポート提出などに切り替わることは好ましいことなのです。あるときそれで後期試験が潰れて、僕は大いに喜びましたが、後で法学部だけ4月に試験を実施することになったという話を聞いたときは、やっぱり妥協的な民青ではなくて、自治会は革マルに限るなと、嘆いたものです。当時の早稲田は不良学生救済のためのセーフティネットが十重二十重(とえはたえ)に張り巡らされていて、卒業できなくなるのが困難なほど(それでも中退しないと出世できないと言われていた)でしたが、法学部は自治会が民青だったために、その完璧な制度にも僅かながら瑕疵(かし)が生じていたのです。

 当時唯一問題視されていたのは、学園祭で入場者に要りもしないパンフ(300円ぐらい)の購入を強制して、それが革マルの資金源になっているということでした。これは自由をモットーとする大学にはふさわしくないことで、個々の企画でかなりの費用がかかっているものはそこで料金を取ってもよいが、入場それ自体は無料にすべきだと僕も思いました。それであるとき、大学生協の書籍部から、注文していた本が入荷したという連絡を受けて、それを取りに行ったところ、ちょうど学園祭の最中で、こちらはそんなものに用はないのだから、勝手に入ろうとしたら、それを買わないと入れないと言われて、当の大学の学生が入れないとは何事だ、大体みっともないから一般の入場者からもカネなんか取るなよと押し問答になったのですが、相手は融通の利かない役人みたいな「決まりですから」の一点張りで、皆目埒が明かず、早くその本を読みたかったので、仕方なくそのパンフを買って入ったのですが、注文していた本が3000円で、生協だから1割引きになるのですが、その割引分がパーになって、腹立たしい思いをしました。コーヒー一杯分損した。僕の記憶にある「革マルの災い」はそれだけです。

 話をいい加減、京大の事件に戻しましょう。こちらは革マルではなく中核派だという話ですが、一体中核派の学生は今回どんな悪事を働いたというのでしょう? 報道によれば、今月2日、東京は銀座でデモ行進を行った際、「京大生ら3人」から、規制に当たっていた機動隊員が肩を殴られるとか、制帽をつかみ取られるといった「暴行」を受け、これが「公務執行妨害罪」に当たるとして逮捕、その3人のうち2人が京大の熊野寮に住む中核派の学生だったという話です。

 何、その程度のことでガサ入れをやったのか?と、僕は驚きましたが、京都府警はそれ以前にも私服警官を大学側に無断で学内に潜り込ませ、それがバレて学生たちの吊し上げを食っていたようですが、「逮捕者奪還などの恐れがあり、全学連活動家による活動を視察したもので、正当な職務だった」と後でコメントしたとのこと。「逮捕者奪還の恐れ」とは、要するに警察が襲撃されて身内に危険が生じる恐れがあると勝手に判断したということにすぎません。オウムのようにサリンを撒布目的で製造している疑いがあるとか、テロ目的で小型核爆弾を製造しているとか、そういう社会を危険に陥れる行為の疑いがあるというのとはまるきり性質が違うわけです。

 僕は昔も今も、左翼過激派の政治信条には同意できませんが、こういう警察の行為には危険なものを感じます。秘密保護法と言い、こうした軽微な違法行為に対する大げさな捜索(「機動隊員ら約120人が動員」と新聞記事にはある)と言い、どうもわが国の公安警察はだんだんと戦前の特高警察に似てきているのではないかという気がしてならないのです。在日朝鮮人に対する非道なヘイト・スピーチや、傍迷惑な右翼の街宣車にも同じような対応をとっているのか? 左翼だから、反原発や沖縄の米軍基地反対闘争にも関与しているからということで、殊更厳しくなっているように思われるので、そういうことをやるからには、社会を深刻な危険に陥れているという明白な証拠がなければなりませんが、そういうものは何ら示されていないのです。

 僕から見れば、今のわが国の最大の危険要因は安倍政権とそのお友達だと思われるのですが、そんなこと書いていると、あいつも左翼過激派に違いないということにされて、この先何をされるか知れたものではありません。警察には「思想信条によって差別」せず、「公正な対応」をお願いしたいところです。

 この一連の騒動を一般の京大生はどう見ているのか? 自分の息子が京大の1年坊主なので、折を見て一度感想を聞いてみたいと思っているのですが、「京大生の生態」についての笑える話はすでにかなり聞かされていて、「おまえも面白い大学に入ったな」「うん」ということで、今回の件もたぶん京都大学の「生物多様性」の一端を示すものと捉えられていることでしょう。世の教育ママたちは「まあ、過激派がいるなんて恐ろしい!」と言うかもしれませんが、いない方がむしろ不自然なので、失われつつある豊かな生態系があの大学にはまだ残っている(実際、どういう理由によるのか孔雀だのヤギだのまで寮で飼われて、人間に混じって構内を闊歩していたりするそうです)と考えた方がよろしいのです。
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祝子川通信 Hourigawa Tsushin


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