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恐怖の起源について

2010.11.07.18:35

 先頃、柳澤桂子さんの『われわれはなぜ死ぬのか―死の生命科学―』(ちくま文庫)を偶然買って読み、感銘を受けた。とはいえ、それはこの本の中身からすれば、むしろ周辺的な箇所である。中心的な部分は、僕のような生命科学の門外漢には、相当難解に感じられた。それは他の一般読者にとっても同様だろう。
 しかし、そうした専門的記述にうかがわれる著者の誠実さにも僕は感心させられた。「文庫版へのあとがき」の中にはこう書かれている。

●私がこのような本を書くときにはいつも、第一線の専門家に読まれても恥ずかしくないような本を書くということを心がける。その結果、内容が難しくなってしまい、一般の方には申し訳ない面もあるが、そのような姿勢で書かないことは一般の方をおとしめることにもなりかねないと思う。/巷には耳学問だけで書いた一般向けの科学書もたくさんある。私は著者が一生懸命勉強して書かないことは、読者を見下していることになると思う。(p.229)

 そういうわけであるから、これはていねいそのものの本で、その分「専門的」であるから、本の中心をなす生物学的・細胞学的記述の部分は素人には難解なのである。そのあたりに関しては、僕はただ「読むだけ」であった。
 しかし、僕が面白いと感じたところは、この本の全体からは「周辺的」なことではあっても、著者の中では必ずしもそうではないだろう。それは科学的な読みものとしては周辺的な記述でも、「死生観」の観点からは非常に大きな意味をもつからである。おそらく、多くの読者にとってもそうだろうと推察する。

 著者は「おわりに」にこう書いている。

●この原稿を書き始めたのは、夏の盛りであった。原稿を書き続けるうちに蝉が死に、こおろぎが死に、蝶が死に、紅葉の季節になった。病床で、かつて見たあの紅葉、この紅葉と思いめぐらすと、紅葉の一樹一樹を流れるいのちのうめきが聞こえてくるような錯覚に捕らわれる。
 樹の幹を通して、いのちは連綿とつながっているが、ちょうど生殖細胞列から分化の道をあたえられた私たちとおなじように、そこに生える葉は、一年かぎりの寿命である。陽あたりのよい場所に生えて美しく色づく葉もあれば、まだ青いうちに風に吹きちぎられる葉もある。
 散りどきが近づくと、葉のつけ根に離層と呼ばれる組織ができ、葉が散る準備は整えられる。そして、美しく色づいた葉は音もなく散っていく。もし、紅葉の一葉ひと葉が散る苦しみに声を立て、嘆き悲しんだとしたらどうであろうか。となりの葉が散った寂しさと悲しみの涙にむせんだらどうであろうか。紅葉した山は葉のうめきで全山揺るがされるであろう。紅葉は音もなく散ってほしいと思う。
 同様に、自然の中の一景として眺めたとき、人間の死もまた静かであってほしいと願う。美しく色づいた葉が秋の日の中にひらひらと舞ってゆく。葉の落ちたあとの樹の梢には、冬芽の準備がはじめられる。死はそれほどにもささやかなできごとである。(p.223-4)

 一字一句ゆるがせにしない、静謐な緊張をたたえた過不足のない美しい文章で、僕には付け加えるべき何の言葉もない。「文庫版あとがき」の最後は、さりげなくこう結ばれている。「私の願いは、夫よりも長生きして、身の回りをかたづけて去りたいということだけである」と。自分の母親が日頃言っていることと、全く同じである。

 さて、人はそうした「静かな自然のいとなみの一部」である死をなぜ恐れるのか。僕がこの本を読んで驚いたことの一つは、凡百の人文系学者の企て及ばぬ、この「自然科学者」の哲学的・宗教的思想についての深い理解である。少し長くなる(写すのも大変である!)が、これほど簡にして要を得た説明も珍しいなと、一読思わず唸ってしまったので、そこを引用させていただく。

●バラモン教は紀元前一三世紀頃インドに入ってきたアーリア民族の宗教である。『ヴェーダ』は、このアーリア人によって数百年の間に残された一群の文献である。もっとも古い『サンヒター』(紀元前一〇〇〇年頃)から、『ブラーフマナ』(前八〇〇年頃)、『アーラニャカ』(前七〇〇年頃)、『ウパニシヤッド』(前五〇〇年頃)まで、四つの段階がある。最初の文献の『サンヒター』が中心となって、バラモン教の賛歌、祈祷文、呪文、告白文などのほとんどが詩のかたちで歌いつがれ、のちに文学として記録された。
 バラモン教では、すべてのものは根源の究極的存在であるブラフマンから生じたと考える。ブラフマンは絶対無差別の一なる存在である。それに何らかの原因で差別や分化が生じて、私たちの生きている現象の世界が生じたという。
『ムンダカ・ウパニシャッド』には、次のように書かれている。
「ブラフマンからすべての生命と心、さらに全生命の感覚が生まれる。ブラフマンから空間と光、空気と火と水、そしてわれわれすべてが抱くこの地球が生まれる。…このようにして、無限の存在が至高の魂から生まれる」
 ブラフマンから生まれたものの一つにアートマンがある。アートマンは各人がもつ内在的な魂である。それは人間の中にあって、生のいっさいの秘密と力を握っている。アートマンは生物的魂であり、意識と自我よりも根源的な内在的精神なのである。
 バラモン教では、私たちの生きている現象の世界は偽りの世界、マーヤ(幻影)であるとする。したがって、アートマンがブラフマンに帰属して合一することこそもっとも重要なことと考える。紀元前八世紀には、バラモン教はすでにブラフマンとの合一を願う願望へと完成されていたと考えられる。
『マンドゥキャ・ウパニシャッド』によると、
「ブラフマンは主体も意識しなければ、客体も意識せず、両方を意識することもなく、全意識のかたまりでもなければ、単なる意識でも無意識でもない。それは目に見えず、制御も把握も不可能で、区別もなく、思考を超越し、説明不可能である。二元性のない穏やかで恵み深い、発達の終焉にある自己の状態なのだ」
 このようなブラフマンにアートマンを合一させたときには、他のすべてのもの、自我、心、身体などは、単にその対象物に過ぎなくなってしまう。自我は切り離された意識である。自我も肉体も相対性の次元で存在するだけで、絶対的な次元では消滅する。自我や肉体を抹殺して、アートマンをブラフマンと合一させ得た者のみが死の深淵を乗り越えることができる。この同一性を理解できなかった者は死から死へと、つまり再生から再生へとさまようことになるのである。
 このように、バラモン教では、自我を抹殺することによって死の恐怖から逃れようとした。そのために肉体を痛めつける苦行を行う。このような考え方に疑問をもったブッダによって、紀元前四〇〇年頃に唱えられたのが「空」の思想である。
 ブッダはブラフマンの存在をも否定して、いっさいのものを相互の関係としてとらえた。この世界は主客未分で実体がない。その唯一全一性をわれわれは実感として把握しなければならない。現象は、実体がないことにおいて、いいかえると、あらゆるものと関係し合うことによってはじめて現象として成立しているのである。
 したがって、現象を見すえることによって、いっさいが原因と条件とによって関係し合いながら動いている縁起の世界を体得することができるはずである。たとえば、この「私」という現象を動かないものと仮定して、他との関連を見るとしよう。そのとき、「私」という現象が、つねに「私」でない他のものたちによって外から規定されつつ、現在の「私」とはちがった「私」、「私」でない「私」になりつつあるということが理解される。
 このように、物質的存在は、たがいに関係し合いつつ変化しているのであるから、現象としてはあっても、実体として、主体として、それみずからとしてはとらえることができないものである。現実には何もない状態であり、これを「空」という。このようにして、ブッダは存在の抽象化に成功したのである。
 バラモン教にしても仏教にしても、その根底にあるのは、主客一元的なものの見方であり、自我の無を求めるものである。このようなものの見方は、多くの宗教、あるいは哲学に見られるものであり、人類史上、あちこちでそれぞれ独自に生まれている。
 このような主客一元的なものの見方やアニミズムは、人類にとっては原初の感覚なのではなかろうか。自我の確立の未成熟な、したがって主客一元的なものの見方をする時期、周囲のものに自己を投影して、自分の分身やいのちの再生を感じる時期を通って、現在のようなはっきりとした二元的な認識をもつようになったのであろう。神話にはこのような人類の精神発達の過程が読みとれるとされている。
 人類の意識の進化とともに、主客二元的なものの見方が強くなったのちも、われわれは、はげしい踊りや呪術者や薬草の助けをかりて主客一元的な世界に戻れることを知っていた。おそらくそれはエクスタシーと呼ばれる状況であり、そこには脳の中から分泌される麻薬物質が関与しているのかもしれない。
 このような宗教の流れを探ってみると、われわれは早くから、非二元論的な視点に立てば自己を無にすることができ、自己の消滅というおそれから逃れられることを知っていたことがわかる。そのような思想をはげしく追求し確立したということは、その時代の人々が自己の消滅に対するおそれを強くもっていたことを示すものであろう。
 乏しい資料からは憶測の域を出ないが、まだ自己が確立されず、他人の死の苦しみを自分のものとして感じていた時代があり、やがて、他人の個体性を認識して、遺体を埋葬する時代がつづいたのかもしれない。そして次第に自分という意識が強くなり、自分の死、自分が無に帰するという形而上学的なおそれが強くなっていったのではなかろうか。(p.32-5)

 以上である。「簡にして要を得た」という評言が誇張でないことがおわかりいただけたと思うが、僕のような人間には、これは嬉し泣きしたくなるような文章である。文化人類学の知見などからも、現在見られるような「個」の意識が生まれたのは、それほど遠い昔のことではなかっただろうと推測されるので、最後のあたりも、これは正しい記述とみなせるだろう。
 個我意識には必然的に“分離”の感覚が伴うが、現実の人間の意識というものはそう単純ではなく、個としての意識のありようにも、時代や文化のありようによって質に変化が伴うので、他の部分が極度に薄くなってしまうと、最近多く見かけるようになった極度の“ジコチュー”人間が出現することになるわけである。それは著者の柳澤さんの言われる「原初の感覚」からすれば逸脱だということになるが、同時に、人間のもつ意識が主客一元的なものからだんだんと二元的なものにいわば「進化」してきたものと見るなら、自然な意識分化のプロセスから生じた必然的な現象の一部なのだとする解釈も成り立つ(ウパニシャッドの哲学なども、「『クリシュナムルティ病』について」でも少し触れたように、それが幼稚な自己イメージの投影に使われるようになると、かえって人を鈍感に、エゴイスティックにしてしまうだけになる場合もある)。
 僕は前にどこかに、今の時代は「自己愛性人格障害の時代」と呼んで差し支えのないものだと書いた記憶があるが、そうなると相互の孤立と他者の運命への無関心、思いやりの欠如を生み出すだけになって、何もかもがまともに機能しなくなり、この世界はおよそ人間が暮らせるようなところではなくなってしまう。げんにそうなりつつあるのではないかと心配になるのである。
 しかしそうした意識の偏頗なありよう、一面性と、その深刻な害毒に気づくのも、「進化」のプロセスの一部だろう。ブッダのような人たちはそれを先取りしていたのだと解釈することもできる。恐怖し、苦悩する自己は、やがてそれ自らが恐怖と苦悩の源泉であることを自覚し、そこから全く別種の意識のありようへと跳躍するのである。
 恐怖の根源が「死への恐怖」にあり、それが柳澤さんの言われる「自己の消滅に対するおそれ」「自分が無に帰するという形而上学的なおそれ」にあることは確実に思われる。そこから、自分の身体、財産、地位、身分、名誉、家族、愛する対象(人でもモノでも)を害されたり失ったりするのではないかという恐怖、未来の安全への恐怖、さらには「死後の魂(そういうものがあると思う人には)」が辿るであろう運命への危惧、というふうに、様々な恐怖が派生するのである(過去への過ぎたこだわりも同じである)。根本にあるのは、だから、主客二元的な意識の発生と共に生まれた分離的な、「実体としての自己」の観念である。
 それがなければ死への恐怖は存在せず、「自己」観念を淵源とする上記の各種の恐怖も存在しない。古くなって機能不全に陥った細胞は死んで取り除かれ、新しく生まれた細胞に取って代わられる。生物は子孫を残して死ぬ(個体としては子を残す場合も残さない場合もあるが、全体としてはそうである)。死がなければ生はなく、生がなければ死もない。死は生の一部であり、生は死の一部である。両者は切り離せない。
 その「現象」としてのこの世界の全体を、「主客未分で実体がない。その唯一全一性」を理解、実感するなら、死を迎えるとき、そこには個々の生物としてのごく自然な情としての一抹の悲哀はあろうとも、悩乱やはげしい恐怖といえるようなものはなくなるだろう。木々が静かに葉を散らすように、人もまた静かにいのちを終えられるのではなかろうか。一なる生命の人は一部であり、その一まとまりの生命の中に帰入してゆくのだと思えば、自然が個体としての生命にいっとき貸し与えた意識の働きによって数十年の物語の記憶をそこに形成したとしても、それに静かに別れを告げて、自然のふところへと帰ってゆくのは、それほど残念なことでも恐るべきことでもないのではないだろうか。
 そしてまた、そうした死の理解に基づいてこの世界に生きるとするなら、その生き方感じ方は、ずいぶんと異なったものになるのではないだろうか。その理解は、この世界をより暮らしよいものにする上でも、百のお説教より役立つに違いない。

 柳澤桂子さんのこの本は、僕にあらためてそんなことを考えさせてくれた。

 (最近、立て続けに文章を書いたので、ここらでちょっと“休憩”します。)
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