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朝日の「従軍慰安婦」誤報騒動について

2014.09.02.05:11

「あの問題について書かないの?」としばらく前に知人に言われました。

 朝日新聞がかつての「従軍慰安婦強制連行」についての誤報を認め、しかし、それは「謝罪」と呼べるようなものではなく、けしからんと、右翼の新聞である産経をはじめ、週刊誌などでもボロクソ書かれている、あの件のことです。

 ウンザリするだけなので、僕はそうした議論の詳細を読んでいませんが、この「誤報」問題はずいぶん前から有名になっていました。『私の戦争犯罪』なる著書もあるという、自称文筆家の吉田清治という虚言症患者(そういう人はけっこういるもので、自分が創作した話にすっかりのめり込んで、迫真の“体験談”など語ったりするので、その場では噓を見抜きにくい)の話を真に受けて、誤報を続けてしまったというもので、“ウラを取る”のが鉄則のジャーナリズムとしては大失態です。

 問題は、韓国がそれを日本非難、反日の根拠の一つとして最大限に利用したことで、右翼はこれを「売国奴的裏切り」「日韓関係悪化の元凶」として指弾するわけです。そして朝日の今回の「訂正」釈明記事を読んで、「謝罪にも何にもなっていない!」と憤る。

 そのあたりのことについては「ご尤も」と言うほかありませんが、僕はこれまで、「軍による強制連行」があったかどうかは問題の核心ではない、という立場をとってきました。朝日のあれが誤報だという認識はすでにあったからです。当の朝日新聞が同じことを言ったのでは説得力はなく、そのあたりは素直に謝罪した方が男らしくてよかっただろうと思うのですが、南京大虐殺でも、従軍慰安婦でも、その名に相当する事実はあった(前者など30万というのは明らかに中国側の作り話にすぎず、多くても数万人だったのだろうと思いますが)、そしてそれはよろしくないことだと僕は考えていて、「われらが祖先は戦時とはいえ、ふるまいは立派で、卑劣・非道のふるまいなどするわけがない」という“愛国的”思い込みは、そんなこと信じるほうがどうかしている、と思うのです(中国では日本人の卑劣さをよく物語るものとして引き合いに出されることが多いらしい「柳条湖(溝)事件」など、関東軍の自作自演の爆破事件だったことは明白とされているので、それを中国側の犯行としたのは、自作自演の国会放火事件を共産党のしわざにして、共産党潰しに使ったナチスといい勝負のいやらしさです)。

 戦争になると、人間はロクなことをしない。戦時における悪逆非道のふるまいは、洋の東西を問わず、歴史上無数にあります。「よくもそんなひどいことできたな…」と寒気がしてくるような史実に、歴史は満ち満ちているのです。

 日本人だけはそんなことは決してしないというナイーブすぎる思い込みは、人間的な未熟を示すものでしかないでしょう。僕は小学生の頃、近所のオトナが酔っ払って、「チャンコロ」という言葉を使って、中国人に対する聞くに堪えない罵詈雑言を吐くのを聞いて、ひどく驚いたことがあります。その人は戦時中「満州」に行っていたのです。その人の感覚では「チャンコロ」は人間ではなかったようで、しらふのときにはそんなことは言わないが、意識の底にはどんな侮蔑が隠れているか、よくわかるようなものでした。中には個人として立派な日本兵もいたでしょうが、こういうどうしようもない兵もたくさんいたはずで、ご本人には自慢話だったその話は、紹介をはばかるようなひどい内容のものだったのです(さっきネットで見たら、「チャンコロは蔑称ではない」という珍論がありましたが、使う側の意識からすれば、あれは明白な蔑称だったのです)。

 こういうのは受けてきた教育にもよりますが、ユングがそのメカニズムを詳細に述べた、個人が集団に埋没するとき生じるおぞましい非人間化にもよるので、人を殺すことが仕事の戦争ともなればなおさら、無意識のおぞましい要素が出放題になると考えた方がよいでしょう。日本人だけは高潔でそんなことはしないというのは、人間心理の洞察力に欠けた人のお幸せなファンタジーにすぎません。

 従軍慰安婦も、それは軍隊という組織に“公に”組み込まれていた制度だったので、今の見地からすれば、それは女性の人権蹂躙のシステムだったことは明白です。むろん、兵士の中には慰安婦に対して親切だった人もいれば、粗暴きわまりない態度を取った人間もいたことでしょう。他の国の軍隊にも類似の制度があった、だから…というような議論もピントの外れた話なので、昔は容認されていたものが、今は容認されなくなった、それは進歩なので、それを逆行させるようなことは断じてしてはならないと、それを反省のよすがにすればいいのです(「慰安婦で稼いだのだから文句を言う資格はない」なんて言うのは、言う側の品性の下劣さを物語るものでしかありません。昭和金融恐慌の頃、東北の農村の娘が借金のカタに吉原に売り飛ばされた、というような話がありますが、それを自由な職業選択の結果とみなすのがどんな酷なことであるかというのと同じです。今風俗関係に従事している女性たちにしても、もっとよいキャリア形成の道があれば、多くがそちらを選択するでしょう。僕にはその方面の知り合いがいないので、正確なところはわかりませんが、ふとした過ちから引きずり込まれて抜けられなくなったという人は少なくないのではありませんか)。

 日韓、日中関係が悪化しているのは、朝日のこの「誤報」だけによるのではなく、実際に日本が「右傾化」していることと大きく関係します。先頃、こんなニュースがありました。これは産経記事ですが、

【安倍晋三首相が、A級戦犯やBC級戦犯とされた元日本軍人を追悼する法要に、自民党総裁名で哀悼の意を伝える書面を送っていたことが27日、分かった。
 法要は、和歌山県高野町の高野山奥の院にある「昭和殉難者法務死追悼碑」で4月29日に営まれ、陸軍士官学校OBらでつくる「近畿偕行会」と「追悼碑を守る会」が共催した。首相は書面に「今日の日本の平和と繁栄のため、自らの魂を賭して祖国の礎となられた昭和殉難者の御霊に謹んで哀悼の誠をささげる」と記し、司会者が読み上げた。】

 というものです。中国はすぐに抗議声明を発表、何でわざわざこういう挑発的なことをするのかと呆れますが、こういうのは「自分は日本の戦争責任など認めない」と世界にアピールしているのと同じです(それが安倍晋三のホンネでしょうが)。菅官房長官はさすがに困って、「『私人としての行為だ。政府としてのコメントは控えたい』と述べた」(同記事)という話ですが、日中、日韓関係をこじらせている元凶は、何よりこの男とその取り巻きなのです。それでも内閣支持率が50%近くもあるというのは、日本がおかしくなりかけている立派な証拠ではありませんか?

 従軍慰安婦報道に話を戻しましょう。アメリカには「従軍慰安婦像」なるものを次々建設しようとする韓国人の愛国団体の動きがあるという話で、それは地元のアメリカ人政治家を抱きこむようにして行なわれている。こういうのも元はと言えば、朝日のあの「強制連行」の誤報があったからだという話になるのですが、たしかに朴大統領の異常なまでにしつこい“言いつけ外交”といい、こういう話といい、今の韓国はいささか常軌を逸しているように見えます。日韓共に「ふつうではない」のです。

 日本にもA戦犯に謝意と「哀悼の誠」なるものを捧げる安倍や、先の戦争をやたらと美化・正当化したがる彼の「お友達」だけでなく、まともな歴史認識をもつ人間も(少なくとも今でも半分は)いることを、韓国の人たちはご存じないのでしょうか? それはわかっているが、少しでも「日本寄り(日本びいき)」のことを言うと、世論の袋叩きに遭うし、政治家なら次の選挙に勝てないから、誤報とわかってもなおそれを日本非難の口実に使い続けるということなら、それは実に情けない国だということになってしまうでしょう(昔からそうなのか、最近そうなったのかは知りませんが、どうも韓国という国は日本に劣らず集団的な同調圧力の強い国柄のようです)。

 両国関係が悪化する中、最近は在日朝鮮人に対するヘイト・スピーチも問題になっていますが、古代においては両国の関係は良好だったので、日本は朝鮮半島の渡来人から多くの文化や技術を学び、それを社会進歩に役立てたのです。中国も、朝鮮も、昔は日本の先生だった。そうした渡来人との交流を通じて、混血もなされたことは疑いないでしょう。

 これは、だから朝鮮人の方が土着の日本人よりすぐれていたとか、げんにすぐれているというようなことを言いたいのではありません。朝鮮人も日本人も、色々な民族の血が混じり合った混成民族で、そもそも今の人類は、ずっと遡るとアフリカのサバンナに住んでいた一人の女性に行き着くというのだから、生物学的には「人類は皆兄弟」というのは真実なのです。

 あえてこんな話を持ち出したのは、今の日本の右翼には朝鮮人や中国人に対するいわれのない優越感(その裏返しの蔑視感情)があって、「神州の民」の一員たる自分が何であんな奴らに「謝罪」などしなければならないのだ、というところが心の底に隠れているようだし、一方、韓国や中国の「反日」感情にまみれた人たちも、妙なナショナリズムから、「鬼子」(これは中国での日本人に対する蔑称で、韓国ではどう言うのか知りませんが)の言うことは全部信用できないというようなことになって、そうしたセクト的な感情が対立を後押ししているように感じられるからです。

 要するに、「あいつらはオレたちとは違うのだ」という論理以前の悪感情がそこにはあるように見えるので、別に大して違わないでしょう、ということを、僕は両方の人たちに言いたいのです。生きた個人として付き合ってみれば、どの国にも善人と悪人はおなじようにいるし、民族としての上下なんてものはないのがわかるはずです。民族的な差と見えるものも、多くは文化や教育、置かれた環境から出てくるものでしょう。白人にもつける薬がないような馬鹿はいるし、黒人にも並外れた知性と人格の持ち主がいるのと同じで、中国人だから、韓国人だから、日本人だからどうのというような話は、偏狭な価値観に基づく時代錯誤の決めつけにすぎないのです。

 今は幸い、ボーダーレスの時代で、若い人たちは国境を越えて個人としての関係を結べる機会が増えたので、それはステレオタイプの思い込みを打ち破ってくれるでしょう(それによって相互理解も進む)。歴史というのはなかなかにデリケートな問題で、人間はなかば無意識に自分が属する民族(先にも言ったように、元を正せばルーツは同じなのですが)に自己同一化してしまうから、自民族のそれを美化しようとして、相手には明白な事実と見えるものも防衛本能から否認したりするので、対立しやすくなるのです。

 安倍晋三やその「お友達」のような、自己正当化願望が先にあって、歴史もそれに合わせて好都合に解釈してみせないと気がすまないような、未熟な“非国際人”が権力を握ることは、相乗作用で相互の国民感情を悪く刺激する結果になるので、不幸なのです。

 朝日の「従軍慰安婦強制連行」誤報に話を戻すと、それで河野談話、村山談話は間違いに基づくものだったから、新たな政府談話を出して、そのあたりはっきりさせろという議論がありますが、A級戦犯の犯罪性さえ認めたくない安倍晋三がそんなものを出すと、それは先の戦争の責任の全面否認に向けてのそれだと受け取られることになって、致命的なまでに韓国、中国の「反日」感情を悪化させてしまう恐れがあります。それを見て、また日本人が反感を募らせるということになると、国家間のまともな外交関係の構築など不可能になってしまうでしょう。どうにも役者が悪すぎるのです。

 それを朝日の誤報のせいだけにはできない。たしかに、韓国のヘンな愛国団体の「従軍慰安婦像」設置運動などは、いい加減にしてもらいたいと、僕でも思います。それは先の戦争を正当化したがるわが国の右翼と同じレベルの強引なもので、どちらも対立の激化に貢献しているのです。他を顧みることはせず、それぞれの“正義”を主張するのみ。

 そうしたどちらの陣営も、僕は心理学的には“病気”なのだと思います。それぞれの国のもっと心理的に健康な人たちが、それをいさめてそうした動きをこれ以上エスカレートさせないようにしないと、事態は好転しないでしょう。

 前に日中韓の歴史家たちが共同で過去の不幸な歴史について討議し、統一的な歴史理解を目指すプロジェクトが発足したというような話を聞いた記憶があるのですが、あれはどうなったのでしょう?

 やるべきことはそういうことであって、それぞれが自国の“正義”を主張して、好都合な歴史解釈を並べ合い、それによってさらに相互の悪感情を募らせるようなことをしていてはどうにもならないのではないかと思うのです。

 僕は別に朝日新聞を擁護しているのではありません。人間は謝るときにはメンツやプライドはかなぐり捨ててそうしなければならないので、ところが朝日はそれは維持したままやろうとしたものだから、むやみと言い訳がましいものになって、よけいに叩かれる羽目になってしまったのでしょう。

 なかには「廃刊しろ!」という暴論まであるようですが、僕は残っていてくれないと困ると考える者です。産経とナベツネ支配の読売、むやみと増えた右翼の月刊誌や週刊誌に対抗するのが毎日や東京その他の地方紙だけでは心もとない。これに懲りてウラをよく取るようにして、“健全なサヨク”として存在感を発揮してくれるよう、僕は期待しています。これ以上社会の“右傾化”が進むと、それはとめどないことになって、ロクなことにはならないと心配するからです(他に『世界』や『週刊金曜日』のような良心的な左派メディアはありますが、新聞と較べて影響力はずっと小さい)。
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