山本議員のあれは「天皇の政治利用」か?

2013.11.03.04:41

 騒ぎは続いているようですが、これについては、僕には次の朝日新聞電子版(11月2日)に出ている識者の次のようなコメントが一番ぴったりきます。

【明治学院大の原武史教授(政治思想史)は、「今回の行為を政治利用と言ってしまうことには違和感がある。警備の見直しについても議論されるなど大げさになっており、戦前の感覚がまだ残っていると感じる。政治利用というならば、主権回復の日の式典に天皇陛下を出席させたり、IOC総会で皇族に話をさせたりした方がよほど大きな問題だと感じる」と話した。
 原教授は自身のツイッターで、「山本太郎議員の『直訴』に対する反発の大きさを見ていると、江戸時代以来一貫する、直訴という行為そのものを極端に忌避してきたこの国の政治風土について改めて考えさせられる」ともつぶやいた。】

 「主権回復の日の式典に天皇陛下を出席させたり、IOC総会で皇族に話をさせたりした」ことは「天皇の政治利用」です。なのになぜそちらは大騒ぎにならず、こちらはなったかというと、それは園遊会というものの「しきたり」に反する「非常識」「軽率」な行為だったからでしょう。とりわけ自民党のセンセイたちにしてみれば、それがあの「反原発」の山本太郎で、「お手紙」の内容が原発事故のその後に関するものだったからです(「片手で渡したのが非礼でけしからん」なんて言っている議員までいるというので「そんな形式的な細かいことまで?」と僕は驚きましたが、名前を見ると、小泉政権時代、ブッシュのイラク戦争にわが国は「賛同」して自衛隊が派遣されたことがありましたが、そのときの「ヒゲの隊長」だった御仁なので、妙にナットクしてしまいました。軍人にはこの手のことにやたらとうるさい人が多いものです)。

 彼が何でそんなことをしたのかについては、会見の詳報がこちらに出ています。

 この通りなのだろうと、僕は思います。この会見のやりとりからわかるのは、彼はあまり「論理的」な人間ではないということです。男性には珍しいタイプで、「こう考えて、こういう目的で、こうした」というような感じでは全くない。「思い」を、とにかく彼は被災地の人々に深い思いやりを示されている陛下に直接お伝えしたかったのです。それが騒ぎになった。

 「論理的」に考えるなら、彼の行為はほとんど意味をなしません。なぜなら、天皇がそれを読んで首相や閣僚に、「原発事故へのその後の対応についてはどうなっておるのだ。子供たちについては特別の配慮をし、現場で困難な作業に当たっている人たちの待遇をもっと改善せよ」なんて、言えるはずがないからです。そういう政治介入は今の天皇には立場上許されない。僕ら一般国民には政治的信条を公にし、政治活動をする自由がありますが、天皇にはそれがないのです(議員センセイたちもマスコミもそれは百も承知しているはずでしょう?)。
 仮にその手紙に陛下が知らない情報が含まれていたとしましょう。陛下はそれをお読みになって心を痛められるのみです。結局山本太郎議員は「私(たち)と一緒に泣いて下さい」とお願いしてるのと同じなのです。

 通常、こういうのは成人男性には理解が難しい心理です。相手が妻でも恋人でもいい、何だか要領を得ない長い話にイライラして、「結局何を言いたいんだ?」とか、「要するに、君の考えはこうなんだから、これこれこういうふうにすれば問題は片付くんだよ」などと話を要約してしまって、「ひどいわ!」と泣かれて途方に暮れてしまった経験のある男性は少なくないでしょう。女性にとって重要なのはより賢明な思考やスピーディな結論ではなくて、自分の感情をそのまま受け止めてくれること、気持ちに寄り添って話を聞いてもらうこと、それ自体なのです(こう言うと「女性蔑視だ!」と怒り出す人がいるかも知れませんが、それは誤解です。「論理偏重」はしばしば心の貧困と理解の皮相浅薄さを伴うもので、男のそうしたいい気な愚かさに気づかせてくれるのは、他でもない女性だからです)。
 子供が親に求めるのも大方はそういうことです。自分の気持ちがわかってもらえること、それが一番大事なのです。

 山本太郎君にとっては、天皇は父でもあれば母でもある、そういう存在と感じとられているのでしょう。そういうのは多くの日本人に共通した深層心理なのかも知れないなと、僕は思いました。

 実のところ、僕は天皇制度にはほんとは反対です。「政治利用」を懸念する以前に、先に「天皇には政治的自由がない」と書きましたが、他にも多くの自由が制限されているので、それは一人の人間としてお気の毒なことだと考えるからです。今の天皇皇后両陛下は立派で稀に見る人格者だと、僕は思っています。だからそれとこれとは別の話なのですが、いくらか「論理的」すぎる僕は、自分の内面に天皇崇拝心理をもっていないのでなおさら、制度自体の必要性を感じないのです(多くの人はそうではないようだということは承知しているし、別にそれが悪いとも思っていないので、取り立てて反対する気もありませんが)。

 話を戻して、山本議員のあの事件は、「親に話を聞いてもらいたかった」子供と同じ心理から出たものなのだろうと、僕は解釈します。自民党の石破幹事長は「報道で取り上げられることで、自身の存在感を大きくしようと思ったのではないか。それは天皇、皇室の政治利用だ」と批判したという話ですが、それは違うでしょう(もしもそういう人柄なら、彼は第二の菅直人みたいになるしかないでしょう)。「国会議員としての品位を汚す」などという論難も、国費で海外視察名目の買春ツアーを行なったとか、そういう薄汚いのとは全く性質が違うのです。せいぜいが軽度の「エチケット違反」で、その程度のことで議員辞職勧告とは、そちらの方がずっと大人げないことでしょう。

 むろん、国会議員として山本太郎氏が行うべきことは、そういうことではありません。現実問題として、「陛下に気持ちをお伝えすること」では何も解決しないので、「論理的」にきっちり武装して、国会という場で現実政治とたたかうことです。それをやると約束して、彼は国会議員に当選したのですから。

 今回の事件のメリットは、彼は会見で原発事故に関するマスコミ報道に批判めいた言葉を漏らしていますが、そのあたりの問題提起につながったことではないかと思います。事故当時は雪崩のようにあった報道が、今はほんとに少なくなっている。何も問題がないのならまだしも、実は大ありなので、僕は先日『週刊朝日(11/8号)』を買いましたが、それは原発事故関連の気合の入ったいい記事が載っていたからです(「専門家が本気で心配する福島第一原発4号機の燃料棒溶解」と泉田新潟県知事へのインタビュー記事)。本来報道すべき多くのことを、マスコミは取材もしていないし、伝えてもいない。そのことにあらためて注意を向けただけでもお手柄だったのではありませんか。

 物事には本質的なことと、そうでないこととがあります。これで与野党一緒になって山本太郎議員に辞職を求めるようなら、今の国会議員は形式主義者の集まりで、ものの役には立たない連中ばかりだと、僕は判断するでしょう。あるいは山本太郎が隠れた大きな脅威になっているからなのだと。

 そのように思われたいのなら、彼に議員辞職勧告を出しなさいよ。
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